ソウル珍道中

初めてのソウルの旅~その一部始終。vol.1

姜さんのCDを作るにあたって、「とにかく姜さんに直接会って、CD化のOKやアイデアを聞こう。」と、思った。まあ、半分は韓国に行きたかったワケだけどね。で、俺の初めての海外旅行とあいなった。だいたい、国際線の乗り方すら知らない田舎者だ。立ち止まっては、「う~ん。」と、悩む。と、いうか、困ることも多かったのだが、何とか金浦空港に着いた。この頃は、まだ仁川じゃなかった。1994年11月30日のことである。韓国は、なんて寒くて乾燥してるのかと思った。旅行といったって、泊まる宿も不明、空港を出たらどうなるのかも不明の、今考えるとそりゃオソロシイ旅だ。スゴイだろ。しかし、俺には、金さん、姜さん、崔さん、そして、その奥さん達が付いていた。空港を出たら、金さんに迎えられ、崔さんと合流して、昼メシは金さんのお弟子さんが経営されている店で、「部隊鍋」という激辛の鍋料理を三人でヒーヒーいいながら食べた。コレ初めて食べる日本人にはチョイト厳しいかも。崔さんなんて、ハゲ頭に汗をかいて、トイレットペーパー?!で、頭を拭きながら食べていた。金さんのお弟子さんの店らしく、金さんの書が飾られていた。その後、これまた金さんの友達が経営するというホテルにチェックイン。その後、近くの金さん宅にオジャマさせていただきました。住んでいるマンションが、ちょうど再建中なので、ここは仮住まいだった。それが、チョット残念。入ると、まず金さんのお母さんが出てこられた。品のあるおばあさんだった。そして、奥さんが愛犬のチョコを連れて出てこられた。挨拶もそこそこで、金さんの部屋に通され、色々なものを見せてもらえた。その中でも面白かったのが、金さんのグループサウンズ時代の写真。チョー・ヨンピルの姿もある。その写真なんだが、なんと天井に何枚も貼り付けられていたのだ! その昔、バンドで稼ぐためには、日本に行かなければダメだというので、チョー・ヨンピルさんと日本語を勉強しようということになった。日本人の友達を捕まえて、ホテルの部屋でカンヅメになって勉強した。と、いうのはウソで、ほとんど三人で毎日飲んだくれていたそうな。チョー・ヨンピルさんが、金さんに「音楽を教えて欲しい。」と言ってきたとき、金さんは、「面倒だから、泰煥にあずけたよ。」なんだそうな。こんな昔話も色々聞けました。

金さんが、私の写真を撮りたいと言われて撮ったのが、コレ。撮ったとたんに、カチカチと音を立てて、カードサイズのこんなのが出てきた。新物好きな金さんでした。抱いているのはチョコ。いやがってる。

泊まったホテルのカード。よかったら、泊まってあげて下さい。私は、オンドルの有る部屋だった。

ソウルの旅 vol.2~俺、もう怖いものないけんねの巻

金さんに、「韓国に行きます。」と、言ったら、「それじゃ、後で詳しい物は連絡するけれど、バイク屋に行って買ってきてもらいたい物が有る。」と、言われた。初めてバイク屋に行って、言われた物を買ったのだが、想像以上の量になり、「こりゃ大変だー!」だった。「えんやこりゃ。」と持って、金浦空港に着いた。さぞかし税関でやっかいなことになりはしないかと思っていたら、これが予想とは裏腹にすんなりと通過。通関すると、金さんが待っていた。「あっさりと出てこれた。」と、言うと、「税関に僕の友達がいるから、メガネをかけた日本人が僕あての荷物を持って来るから、よろしく頼む。と、言っといた。」とのことだった。あっちこっちに友達の多い金さんだ。そんな金さんの友達の中でも極め付けの友達に会うことが出来た。ソウルの街中にあるバイク屋に、金さんのバイクに乗って連れて行かれた。店主と思われる人が出て来た。「彼は、悪役なの。役者なの。」と、聞こえた。てっきり悪役専門の役者さんだと思っていた。そこに、年配の貫禄のある男の人が入って来た。彼も金さんの友達らしい。「彼はNO.1の役者なの。体全身に入れ墨をしている。」と、金さんは紹介してくれた。このときはまだ、「韓国の悪役は、本当に入れ墨まで入れるのか。」なんて本気で思っていた。彼に、丁寧に挨拶をされた。驚いたことに、どう見ても俺の方が目下なのに、目下の者が目上の者にするやり方で、握手をされたのだった。今でもどうしてだったのか理解に苦しむ。さて、この人は、本当はどんな人だったのでしょうか? もうお分かりのことでしょうけど? 話をしていて驚いたのなんの! なんと韓国のやくざの大親分さんだったのでありました。「悪役の役者」じゃなくて、ホンマモンのやくざさんなのでありました。韓国語で「やくざ」は、「ヤクジャ」なのでありました。「ヤクジャ」が、「ヤクシャ」に聞こえていたというワケ。「この前、神戸に行ってきて、山口組のボスに会ってきたところです。」と、言われて、勘違いに気付いたというワケ。彼こそ、韓国のホンマモンの大親分さんなのだった! 驚いたのなんの! でも、いたって普通のふりをしていた私でありました。「何か困ったことが有ったら、すぐに言ってきなさい。解決してあげる。」という風なことを言われたのだ。でも、もう名前すら思い出せない。あの時の年齢からすれば、すでにあの世で金さんと、仲よくしている頃のような気もする。実に紳士的な人だった。言われなきゃ分からない。しかし、いわゆるオーラは、バンバンだったなー。この話を佐藤允彦さんにしたら、「末冨君は、もう怖いものはないなー。」なんて言われた。「どや。参ったか。」と、言いたいところだけれど、名前も憶えていないもんなー。ダメダコリャ。彼以外にも、 金さんの応援団というか、サポーターというか、大ファンというか、そんな人にも会った。これも、ソウルの街中の、とあるブティックに連れて行かれた時のお話。どう見ても俺と金さんは場違い。そんな店にノコノコ入って行って、色々話をして、コーヒーをよばれて出て行ったのだけれど、普段こんな店に入ることなんてないものだから、落ち着かないやら、ほかの客にジロジロ見られて恥ずかしいやらだった。帰り際「今度来る時は、奥さんを連れて来てね。」なんて言われてしまった。「まだアテがないです。」と、言ったら本気で笑われてしまった。でも、一体何をしにあそこへ行ったのだろう。あの店のオネーチャンに俺なんかを紹介してもしょうがないだろうになー? 金さん、サポーター紹介だけじゃなくて、一応、俺をソウル観光に連れ出してくれた。バイクの後ろに乗って、ただソウルの町中をダーっと走るだけ。それでおしまい。金さん曰く、「ソウルは、こんなものでいい。」でした。だから、韓国に行って来たといっても、普通の旅行客が行くような所は、全く行っていません!

 

ソウルの旅 vol.3~金さんは、治外法権の巻

金さんは、無類のバイクと車好きだった。だって、バイク(ハーレー・ダヴィッドソン)の排気音のブカブカという音と、太鼓で共演してしまうくらいだ。この録音が「黙雨」というCDに収録されている。この二枚組CDのブックレットには、どこにもクレジットされていないけれど、俺の撮った写真が二枚使われている。嬉しかったなー。金さんは、ヤマハのバイク、ハーレー・ダヴィッドソン、BMWの大きな車、そして軍用ジープを持っていた。このジープに乗せてもらってソウルの街中をあっちこっち走った。決して乗り心地は良いとはいえないが、自分がウキウキしているのが分かる。こんなのに乗っていると、周りからジロジロ見られてしまう。ちょっと恥ずかしかった。皆金さんが運転しているのを知っている感じだった。ソウルの道路は、アホみたいに広い。車間距離もメチャクチャ狭かったりする。実際目の前で、バスと乗用車が接触したのや、乗用車どうしがぶつかったのに遭遇した。ちょっと日本人がレンタカーなどを借りてソウルの道路を走るには、相当の覚悟が必要かも。金さんは、「面倒だ。」とばかりに、なんと歩道(といっても広いのだ。)をジープで走ってしまった。「えっ!大丈夫ですか?」と、聞いても、ニコニコして走っているではないか。どう考えても、あれは歩道だった。広かったけれど、車が走ってよい所ではないはずだ。でも、金さんはOKってこと? 隣に乗っている俺は、ヒヤヒヤもんだった。このことを、高田みどりさんに話たら、「韓国では、金さんは治外法権なのよ。」と、真顔で言われ、本当に信じそうになった。そんなバカな!いや、ひょっとして・・・。

でも、まあ、楽しい経験だったことには違いない。そうそう、なんで金さんが軍用ジープを持っているかについて書いておこう。金さんは、その昔軍隊にいたとき、パラシュートで北朝鮮に降りて、無事に韓国に帰ってきたという武勇伝の持ち主だ。そんなこんなで、軍関係の人達にもファンが多い。ある軍関係のイベントに呼ばれて演奏し、ギャラの話になった時、「お金よりも、あのジープがいい。」と、金さんは答えた。さすがに、あれは無理となった。しかし、「金さんにはかなわないな~。」かどうかは知らないけれど、「色を塗り替えればOK。」ということになり、めでたくGet!

車についてもうひとつ面白い話が有る。ある日、崔さんが電話をして来られ、「金さんが、友達のポルシェに乗って、ギヤを間違えてバックに入れてしまい、車がペシャンコになった。」と、なんとも楽しそうに話していた。人の不幸は楽しいもんだ!この話、バラしてもよかったかー?ごめんね金さん。

ソウルの旅 vol.4

ソウルに着いた夜は、姜さんの友達のモダンダンスの団体の公演を、姜さん、金さん、崔さんと俺の四人で見に行った。考えてみれば、俺以外は凄い顔ぶれだ。しかし、皆さん「シラーッ。」としている。姜さんは、一言「あれじゃ、ポピュラー・ダンス。ダメ。」と、いくら友達でもダメ出しをして、賛辞もせずにサッサと出て行ってしまった。友達は凹んだかも。「俺知~らねー。」と、俺もそそくさと、後をついて出て行ったのでありました。その後、「ちゃぷちゃぷ。」と、言って、これまた姜さんの友達が経営するという店に行って食事となった。オーナーは、有名なオペラの監督らしい。日本のうどんのような料理だった。ぜんぜん辛くない。というか、味が薄いと言ってもいいくらい。姜さんは、しきりに「これ、おいしいだろ。」みたいに言っている。日本人の俺は、うどんと思って食べているので何の問題も無し。しかし、金さんは違った。「味が無い。」と、言って、バンバン胡椒をブチ撒けている。俺は「韓国にも、薄味の料理ってあるんですねー。」と、「発見、その一」だった。もう一つ「発見、その二」が有った。公園の自動販売機から、姜さんが、何やら飲み物を取り出して、俺に「飲んでみて。これ、日本に有る?」と、聞かれた。飲んでみたら、いわゆる「はったい粉」(山口では、そう呼ぶ)を、湯で溶かした飲み物だった。自分が知る限り日本には無い。しかし、この味は日本人にも馴染みのあるものだ。結構これが美味しかった。崔さんがよく飲んでいたのは、ナツメのジュースだった。これも、日本では飲んだことないなー。これ、美味しいのだ。「発見、その三」か。

ソウルの旅 vol.5

最初のソウルの旅は、姜さんとCD制作について話し合うのが目的だった。その姜さんとCDの件で話をしたのは、ものの五分程度だった。ほぼ金さんにくっついて回ってる感じだった。もう金さんに拉致された状態。こういう拉致なら結構。拉致とは違うが、崔さんのお兄さんは、朝鮮戦争が終わり38度線が引かれた時、まだ北朝鮮にいたので、いまだに北から出れない状況なのだそうだ。今どこでどうしているのかすら分からないらしい。韓国では、北に拉致された人が、日本の比じゃないのに、韓国政府は何もしないそうだ。崔さんは、「金成日は、大嫌いだ。」と、何度も言っていた。金さんからも、「ソウルは、北朝鮮国境のすぐ南なの。今でも北からのトンネルが掘ってある。ソウルは危ない街なの。」といった話を聞かされた。K-Popなんかで浮かれている日本人には想像出来ない緊張感が韓国内には実は有る。まあ、あれから20年経つので、今はどうなのかは分からない。しかし、あの頃のソウルには間違いなく有った。

          盛岡での姜泰煥トリオ。

ソウルの旅 vol.6

韓国最初の晩メシは、金さん宅で金さんの奥さんの手料理を、姜さんとおよばれすることとなった。焼肉用の肉を姜さんと二人で近所の肉屋さんに買いに行くことになった。もし姜さんがいなくて、俺一人で行かされていたと考えたら、一体どうなったことやら。姜さんは全く肉を食べない人だけれど、どの肉がいいのか分かっているみたいで、テキパキと選んでいた。「どうだ。よく知っているだろう。」みたいなことを言って、威張っていた。ハハハ。さて、帰宅して、さあメシだ。 ちゃぷちゃぷ! といっても、姜さんは肉は全く手を付けない。いや、箸を付けないか。でも、姜さんも食べられる料理も勿論奥さんは作られていた。「おいしい。」と言って姜さんは食べている。その横で金さんは、俺に大きな声で(日本語なので姜さんには理解不可能をいいことに)、「姜家に行ったら、肉は一切出てこない。みんな虫みたいに葉っぱをムシャムシャたべているの。」なんてことを言う。どう反応してよいものやら。やれやれ。金さん、姜さん、崔さんの三人は、俺と一人ずつ会う時は、必ずお互いの悪口を言っている。まあ楽しそうにしゃべってるんだから仲の良さの証拠だったのだろう。

ソウルの旅 vol.7

最後の日(といってもたったの二泊三日だったけど。金さんは、「韓国に来るのは二泊三日がちょうどよい。それ以上いても韓国はつまらない。」なんてことを言う。金さんの口から韓国を褒める言葉を耳にしたことがなかったなあー。)、俺を空港に送ってくれる役目は、崔さんだった。これがなかなかの珍道中。時間待ちの為、テーブルに付いて崔さんとしゃべっていたら、周りからのヘンな視線に気が付いた。俺たち以外は、皆何人か分からないけど白人さん達だった。俺は韓国語は挨拶程度。崔さんも日本語は、習っているらしいけど、まだまだダメ。よって、二人はメチャクチャな英語で話すこととなる。周りにいた白人さん達にしてみれば、俺たちは同じような顔をした者どうし、何故メチャクチャな英語でしゃべっているのやら不可解だったことだろう。それに気付いた俺は急に恥ずかしくなったけど、崔さんは気付かないのか、度胸が据わっているのかどうか、しゃべくりまくっている。情けない俺でした。崔さんとの会話は、いつもこんな感じなのだけれど、意外とお互いの話した事を理解していたというか、不思議なほど色々な内容をちゃんと記憶しているものなのでした。まあ、お互い相当間違った内容で分かったつもりもあろうかと思うけど、これでいいのだ。そんな崔さんとの話の中で極め付けの話をしましょう。が、これは次回のお楽しみ。

ソウルの旅 vol.8~崔さん、姜さんファミリーの敵を取るの巻

これは、崔さんにCDの録音の為に山口に来てもらった時に聞いたお話。韓国の大統領が李承晩だった頃、姜さんのおじいさんは大統領の政敵だった。大統領は、姜さんのおじいさんを葬り去ろうと、身に覚えのない罪を着せて、裁判にかけたそうだ。姜家の者は海外渡航の禁止や、選挙権の剥奪までされたらしい。そんな時、朴チョンヒによる軍事クーデターが起こった。なんと、その海軍の部隊に崔さんがいたというのだ。「崔さんが、姜さんの敵(かたき)を取ったんですねー。」と、言った時、「そうそう。」と、頷いていた。が、多分崔さんには通じていなかっただろうなー。崔さんは、「軍隊は、大嫌い!」と、言っていた。崔さんの丸~い性格には、軍隊は似合わない。ここまでの話は、なにしろお互いがいい加減な英語で話した内容なので、ひょっとしたら間違いがあるかもしれない。どうしても確認したい人は、直接姜さんに聞くように。一見小さく見える崔さんだが(確かに背は低いが)、体格はガッチリしているのだ。韓国の武道の一つ「仙道」をやっているのだ。といっても、俺にはどんなのやら分からないけど、とにかく武道家なのである。崔さんは、トランペットを吹くときは、左手を使う。左利きじゃないはずだがと思って聞いてみた。実は、以前バレーボールをしていて、突き指をしてしまったのだそうだ。右指が使えなくなったので、左の指でバルブをコントロールできるように、練習を積んで出来るようになったのだとか。いつもニコニコしているが、根性入ってるんです。

崔さんと行った国立博物館。移転間近だったらしい。移転するはずで、古い王宮のような建物の中に、まるで場違いのコンクリートの建物がドカーンと建ってるのだ。これは日帝時代に日本が、こんなことをしたらしい。中に入って見学したが、その日帝時代のコーナーでは、日本人として複雑だった。殴った方は忘れても、殴られた方はなかなか忘れられないものだ。竹島問題も、日本人はそこらへんの感情は理解してあげる必要が有ると思う。これと、韓国政府が政治の道具に使うのとは違う。中国もそうだが、内政に問題が起きると、領土問題が鎌首を擡げてくる。とかく隣同士は難しい。こんなときこそ、俺達庶民は冷静になって、庶民どうしの交流は続けるべきだろう。一部政治家の動きの方が危険な気がする。

ソウルの旅 vol.9~二度目の旅はカミさん付。

二度目のソウルへの旅は、結婚して間もない頃だった。今度はカミさん同行だ。いや、カミさんどころじゃない。吉沢さん、高木さん、サブさん、そして怪獣めぐらの合計六人。なぜこんなことになったのかというと、崔さんが、吉沢さん達とのカルテットの演奏を韓国でやろうと思ったから。俺とカミさんは、どうして合流することになったのかは、どうも思い出せない。俺とカミさんは、ソウルに直行したけれど、ミュージシャンと怪獣めぐらは、先に光州のキムチ祭りで演奏することになった。キムチ祭りのようなイベント会場で、フリーな演奏をさせてくれたものだと、今でも不思議。その後みんなと合流して、ソウル市内に有る、移転新装となった豪華なジャズクラブ「ヤヌス」でライヴをやったのです。ここのママさんは、韓国NO.1のジャズシンガー。古い店の時、一度崔さんとオジャマさせていただいたことがあるけれど、久しぶりにもかかわらず、俺のことを覚えていて下さり嬉しかった。このお店、とてもフリーのライヴをやらせてもらえそうな雰囲気じゃないのだけれど、これも崔さんの顔なのかなあ? さて、この日の演奏だ。崔さんは、彼の尊敬する吉沢さん達に囲まれての演奏は、少々緊張ぎみ。高木さんは、「ここはいいお店だなー。」と、いたって気分が良さそう。演奏も気合が入ってた。それは、吉沢さん、サブさんも同じく。客席には、金さん、姜さん、朴さんも陣取っているくらいだから、そりゃ気合入れないとなー。だが、お客さんは違った。終始ベチャクチャしゃべってるし、どうもまともに聴きにきているとは思えない。崔さん達の演奏後、韓国のジャズ・バンド(これは、いたって普通のジャズ)が出演していたけれど、このときもしゃべくっていた。ジャズクラブの雰囲気を楽しみたいだけなのだろうか。まあ、いいけどね。このバンドのピアノの女性は、金さんのお弟子さん。前日一緒に食事したもんね。どや! この日は、演奏も楽しかったけれど、客席(俺、カミさん、怪獣めぐら、金さん、姜さん、崔さん、朴さん、吉沢さん、高木さん、サブさんは、VIP席!)は、さらに楽しかった!( といっても、演奏中は、みんなまじめに聴いていたぞ。)ただでさえ怒りっぽい吉沢さんは、高木さんが、吉沢さんのマッコリを全部飲んだといって、怒っていた。サブさんは、ペットボトルで高木さんの頭を殴っていた。これ以上はやめとこう。

崔さんの演奏前のご挨拶。もう手慣れた感じ。こういう姿は日本では見られないので、なんだか新鮮だった。

崔さん達の演奏後にステージに立った韓国のJAZZの人達。ヴォーカルは店のママさん。ママさんといって侮るなかれ、韓国JAZZを引っ張って来られた重鎮なのだ。と、書いている俺は、どうしても名前が思い出せない。失礼なヤローだなあ。俺って。 そうだ思い出した!パク・ソンヨンさんだ。いや、パク・ソンギョンさん? やっぱり俺は失礼なヤツだわい。

名前が判明。Park Sung Yeonさんでした。「パク・ソンヨン」でいいのだろうか?

ソウルの旅 vol.10~崔さん、大丈夫?の巻

崔さんにとっては、俺もカミさんも、吉沢さん達も全員「客人」になるんだろうか。どこに行くのも、何を食べるのも、ぜ~んぶホント何もかも、そこにかかるお金は崔さんが払う。こっちは、気の毒になって、払おうとすると、「NO.NO.」と言って引込めさせる。韓国人には、割り勘という文字は存在しないとは聞くが、崔さんの場合は、なにしろ人数が多い。それを全部払おうとするのだから、こっちも心配になる。最初に泊まったホテルというか、旅館というかは、部屋も薄暗く、とても綺麗とはいえない所だった。しかし、なにしろ大人数だ。こっちも納得していた。それどころか、普通の日本人観光客じゃ、まず泊まりそうにない所なので、結構こっちは面白がっていた。ちょっとした広間があって、そこに集まってはワイワイやっていたもんだ。それは楽しい時間だった。そこに金さんが現れて問題が起きた。金さんが崔さんに何やら怒ったように話てるではないか。金さんによると、俺とカミさんをこんな安宿に泊めてはいけない。以前泊まった金さんち近くのホテルに変えるように崔さんに言ったのだとか。かくして俺とカミさんだけ、金さんに拉致されて、ホテルに行ったわけです。その時の崔さんの表情は、いかにも悪いことをしてしまったかのよう。こっちもバツが悪くて困った。ホテルを変えてもらえなかった高木さんは、「いいなあ。」を連発しているし、ホントまいった。そこの高くなったホテル代まで崔さんは払ってしまった。これくらいはこっちが払おうとしても、「NO.」。結局吉沢さん達と会う時、みんなこのホテルの一階の喫茶店に集合することになったのです。金さんは、「新婚旅行で来た者をあんな安宿に泊めるなんて。」らしいのだけど、俺、新婚旅行のつもりはなかったんですけど。もうひとつ、崔さん大丈夫?編。金さんに先導されて、みんなで門構えのいい韓国風のレストランというか料亭みたいなところにゾロゾロ入って行った。金さんは店の人に親しそうに挨拶をしたら、「これから仕事があるの。」と言って帰って行った。またしても崔さんが払うのか?と心配になった。そこの料理はとてもおいしかった。食後に出された酒精(と、崔さんは言った。)が、ホントうまかった!食事中、サブさんが「これ全部崔さんが払うんだろう?」と凄く心配そうにしていたら、気配を察した崔さんが、胸を叩いて「大丈夫!」なんて言っている。これ、日本人だったらカミさんに殺されてしまうぞ。まだ崔さんは生きているところをみると、大丈夫だったのだろう。崔さんの奥さんってやさしそうだもんなー。Ned Rothenbergさん曰く、「コリアンスタイルはよくない!」でした。

宿の広間でのひと時。この空気が、俺は楽しかったんだがなあ。

ソウルの旅 vol.11~日本語で「僕、韓国人。」の巻

崔さんは、ライヴ前の空き時間を利用して、俺達全員を引き連れてソウル観光に連れて行ってくれた。古い宮廷にゾロゾロと入って行ったり、バスに乗ったり、地下鉄に乗ったり、その間においしい食事までご馳走してくれたりと、至れり尽くせり。俺、これでも、心の中じゃ「カムサハムニダ」を連発していたんだぞ。さて、ほとんどがオヤジの集団の中、ヘンな女が二人。怪獣めぐらと、俺のカミさんだ。浮世離れしたお二人さんは、ソウルに来ても、やっぱりマヌケさ丸出し。オヤジ連中がゾロゾロと歩いている時、ふと気が付くと、マヌケ二人が見当たらないではないか。「迷子になったか?」と思ったが、後ろを見たら、二人して屋台の前でトッポギらしきものを美味そうに食べていた。屋台のおばちゃんが何やら言ってる。どうやら、こいつら二人は、お金を払わずに食べているみたいなのだ。「あほか!」と、俺が払ったというワケ。韓国に行ってまで無銭飲食すな!(日本国内で無銭飲食をしているという意味じゃありません。) この日の昼メシが面白かった。マントウの店で、「ウメーウメー。」とみんなでパクついていた時(勿論この時も払いは崔さん。ホントごめんなさい。)、サブさんが披露したお話。サブさんと高木さんとで、食事の為、とあるお店に入ったそうな。韓国では必ずキムチは日本の漬物のように付いて出てくる。高木さんは、ご飯とキムチがあれば他はいらないらしく、店の人に「これだけでいいよ。」と言った。しかし、店の方は、おかずも注文してくれなきゃ困る。でも、高木さんは、「キムチがおいしいから、これだけでいい。」と言い張る。店の方もそれじゃ困る。最後は高木さん、なにやら注文したらしい。高木さんは、在日韓国人だ。李元輝(イ・ウォンヒ)が、韓国人としての名前。しかし、まったく韓国語は話せない。そのくせ、「僕、韓国人なの。」と、ニコニコしながら韓国人の店の人をつかまえて話していた。もちろん日本語で。これじゃ、聞かされている方は、何をしゃべっているのやらチンプンカンプン。でも、高木さんは、ニコニコしながら、何度も「僕、韓国人なの。」を繰り返していた。横で見ていて面白かった。「高木さん。それ通じてないですよ。」と言っても、やめなかったなあ。店の人は、高木さんのことは「ヘンな日本人」としか思っていなかっただろうなあ。でも、高木さんは、韓国に来れて、ホント嬉しかったみたいだった。よかった、よかった。

ソウルの旅 vol.12~打ち上げで、二度俺困るの巻

夜、みんなでサムルノリ(といっても、キム・ドクスさんのじゃなくて、若手達の)などが出るコンサートに行った。客席に座っている金さんが紹介された時の、その金さんの立ち振る舞いは、さすがの貫禄を示していた。正に、「スター」のそれだ。隣にいた俺は、ホント場違いにいた感じ。吉沢さん達も全員紹介されたけど、金さんのスター性は無かったなあ。ははは。(こりゃ、失礼。) 公演後、打ち上げの席に、俺達も加わった。俺の隣は、なんと!元祖サムルノリの李光壽/イ・ガンス(と、聞こえた。)さんじゃないですか! さあ、カンパイの時俺困る。俺、全く酒が飲めないのだ。飲めないどころじゃなくて、コップに三分の一のビールを飲んで、本当に死にかけた経験をしているアルコール特異体質なのだ。隣の元祖サムルノリさんが、「俺の酌で飲めないのか!」と、マジで怒ってる。いくら相手が、お弟子さん2000人の大物でも、これだけは無理。吉沢さん達は、俺が酒を飲まないのを知っているので、「こりゃ、困ったなあ。」という顔をしている。これに気付いた金さんが、李さんに説明してくれて助かった。やれやれ。その後の李さんは、楽しそうに俺に、色々話してくれた。そう、李さんは、日本語ペラペラなのだ。その中でいい話をしてくれた。仙台に行った時、ホテルの部屋に、金さんにいただいた般若心経の彫ってある象牙のお守りを忘れてしまったのだそうだ。このことを金さんになかなか言い出せなくて困っていたらしい。あるとき、勇気を出して白状したら、金さんは、「お守りは、今別の人のところに有るだけのこと。あやまる必要はない。」と、言ってもらえたのだそうだ。これを話してもらってる時、俺の隣で金さんは、ずっとニコニコしていた。李さんでも、金さんにとっては、「カバン持ち」の一人らしい。そんな打ち上げの最中、アメリカ帰りのサムソンだかヒュンダイだかのエンジニアだという若い兄ちゃんが俺に英語で話かけてきた。英語が苦手な俺は、正直困った。ところどころしか理解出来ない。そんな俺を、「英語も話せないのか。」と、バカにしだした。心の中では、このヤローを百回は殴っていたのだけれど、こんな席で本当に殴るわけにはいかない。それを見ていた怪獣めぐらが助けてくれた。俺のことを、「姜さんのプロデューサーなんだぞ。」と、嘘ついてくれたらしい。すると、このあんちゃん、コロッと態度が変わった。「姜泰煥先生は、韓国人にとって誇りなんです。先生のプロデュースをしていただいて有難うございます。」なんて言ってる。(めぐらの通訳によると) 相手によってコロコロと態度を変えよってに、このボケが!と、心の中で吠えていた俺でした。

サブさん、高木さん、李光壽さん。

ソウルの旅 vol.13~ごちそうさまの巻

カミさんと二人して金浦空港に着いた時、出迎えて下さったのは、崔さんの奥さん。崔さんより背の高い知的な人だ。姜さんの奥さんも同じく。崔さんが、背が低くてノータリンというわけじゃ決してないぞ。背が低くてノータリンは・・・・言わないことにしておこう。言ったら、殺される。タクシーに乗ってソウル市内に入って、「昼ご飯。」というわけで、焼肉のお店に連れて行っていただいた。昼間っから焼肉(プルコギ)なのだ!当然だが、美味! 食べ終わって俺たちは金さんにバトンタッチされた。金さんの隣におねえちゃんがいるではないか! カミさん連れなのを一瞬忘れて俺喜ぶ! 金さんの弟子だといっている。JAZZピアニストなんだそうな。後日ヤヌスでの崔さん達のライヴの時、出演された。金さん「夕ご飯を食べに行こう。」と言っている。もう予約してあるらしい。カミさんも俺も、今しがた食べたばかりで腹いっぱいなんだけど、断るわけにもいかず、韓定食のりっぱなお店に入った。テーブル二つの上に、所狭しと皿が並ぶ。もう皿と皿が重なり合うほどだ。四人じゃ到底無理な量に思えたが、これで当たり前田のクラッカーなんだそうだ。カミさんとヒーヒー言いながら食べたけど、それでも美味しかった! 辛いのはキムチくらいなものだった。このときの昼夜の食事の量を超える経験は、まだ無い。ともあれカムサハムニダでした。それにしても、韓国で「辛い!」と思った料理って、部隊鍋以外は口にしていないんだよなー? みんな俺達が日本人だからって、辛い料理を避けて通ってくれてたんだろうか。

プルコギを食べた二時間後にこれは、無理だ~!

ソウルの旅 vol.14~さようならの巻

短いソウルの旅もこれでおしまい。帰りは空港まで送って下さったのは、姜さん。韓国に行って、さぞかし土産を買ったのだろうと思われるでしょうが、実は自分のお金では何も買っていないのでした。何をするにも何を買うにも、ことごとく崔さん達が払ってくれるので、自分のお金を使う暇がない。しかし、帰ったら何故かお金は、財布から消えていたけどね。さて、俺とカミさんが帰るっていうので、みんなが土産を持たせてくれた。それがなんと布団だったりしたのだ! もう、とんでもない大荷物となった。こんなんで、通関は大丈夫かと思ったら、意外とあっさり通してくれた。人はいい、食い物は美味と、韓国が大好きな俺には、今の状況は辛い。もっと、人間は賢くなって欲しいもんだ。そういえば、人類は六千年前が一番賢くて、その後はドンドン馬鹿になってるらしい。みんな馬鹿なら、まあえーか。さーてと、また韓国に行ってくるか・・・と、言ってみたいなあ。韓国珍道中これにてオシマイ!!   

怪獣めぐら、観光に疲れるの図。

サブさん、巨木から気を貰う!