最近の話 2。 2013年5月以降。

防府市小・中学校連合音楽発表会 2013.11.08

きょうは防府市小中学校音楽祭。お目当ての華浦(かほ)小学校の出番は11時半頃だけど、公会堂には9時半頃着いた。受付で「お子さんのおじいさんですか?」と聞かれ、ムッっとするやらガックリ来るやら。俺もそんな歳になったんだなあと、しみじみ実感。演奏中は入れないので、しばらくはロビーのスピーカーから流れて来る中の歌や演奏を聴いていた。子供の音楽会というから童謡だの唱歌だのと思っていたら近頃は全然違っていた。和太鼓あり、民謡あり、アニメの歌あり、サンバ調あり、なんともう「あまちゃんオープニングテーマ」まで有った。これを聴いてみたかったけれど、次の用事に間に合わなくなるので華浦(かほ)小が終わると退散。そうそう、なぜ俺が小学校、それも自分の出身校でもない学校の合唱を見に行ったかというと、「みつばち合唱団」の四人のメンバーの内の二人が、ソロに選ばれたのだ! 防府には「防府少年少女合唱団」という大きな組織が昔からある。おそらく華浦小学校にも団員(?)がいることだろう。それを、私設弱小貧乏合唱団(4人だけど)の子が二人もソロに抜擢されたのである。これを威張らずに何を威張る!? 華浦(かほ)小(の4年生)は「語りあおう」と「たいようのサンバ」の二曲を歌った。「語りあおう」で「みつばち合唱団」の二人、ほのちゃんとりこちゃんが並んで歌い合った。バッチリ歌えていた。自分の子や孫でもないのに心の中で「どや!」と叫んでいた自分がおかしかった。もう一丁「どや!」。

こんなの出て来たシリーズ 6;Psychic Exchanges 1985.4.29

カミさんが、古いヴィデオテープを全部捨てると言い出したので「Live Videoだけは勘弁してくれ。」と言うワケで、ベータのテープ(VHSはデッキが無い)をブルーレイ・レコーダーにコピーを始めたところです。もう、何を持っているかもよく覚えていなくて、ガサガサやっていると「じぇじぇじぇ!」の連発。まずは、その中から「Psychic Exchanges 1985.4.29 Nagoya GEION」を紹介。

メンバーを全部書く気力が無いので後で載せるチラシを見て下さい。

とにかく85年のJohn ZornとIkue Moriさんが見れる聴けるのです!

しかし、俺のお目当ては本木良憲さん! そもそもこのヴィデオは本木さんが送ってくれたもの。(のはず) この頃のJohn Zornはまともにサックスなんて吹いちゃいない。ダックコール(狩猟用の笛)をブイブイピーピー鳴らしたり、お椀に水をはってブクブクさせたり、サックスを吹いてると思ったら、サックスのマウスピースじゃなかったりと、それは面白かったのだ。Ikue Moriさんはというと、「ついこないだドラムを始めたと思ったら、John Zorn達と共演を始めたんだって。テクニックなんて全然無いらしい。」との噂話が立っていた頃だった。その二人とあの本木さんが共演!「セッティング5時間。演奏5分」と言われていた本木さんが何をするか? 初めはテーブル上のガラクタをスティックでパカパカ叩いている。しばらくすると、テーブルの上のガラクタが飛び散り始める。もうしばらくすると、テーブルはひっくり返される。そして、ステージ上にあらかじめ用意されていた大量のガラクタが飛び散り始める。Ikue Moriさんはドラムから離れて避難。John Zornの口からは「危ないよう!」と日本語が発せられた。(彼は日本語はペラペラです。) 最後のセットは中部日本のImproviser達も奮闘するも、本木さんの大暴れにみんな持って行かれた感じ。だいたい本木さんの名前の横の( )に書かれてある楽器がなにせ「暴力etc」だもんなあ。嬉しいことに今でも「暴力」しているって噂です。残念なのは、このテープ相当にヨレヨレでノイズまみれになってしまっていました。Derek Bailey,Sabu&Brotzmannのテープなんて全く見ることすら出来なかった。我が家は湿気が多くてカビが生えたみたいだ。これにはガッカリ。

この本木さん、当時のエロ雑誌「セクシー・フォーカス」にも記事が載りました。超過激音楽家として紹介されていましたが、それにしても「フォーカス」ではなくて「セクシー・フォーカス」というのがエライ!

こんなの出て来たシリーズ 5;鶴田錦史&横山勝也/Improvisation

驚きの録音がひょっこり出て来た。自分でも持っているのを忘れていた。FM放送のエアチェックらしいが、いつの放送か書かれていない。どんな楽器を使っているかも書かれていない。

70年代には間違いないだろう。それも、多分誰かのをダビングしたに違いない。それ程音質が悪い。でも、演奏は最高! 御存知「ノヴェンバー・ステップス」のコンビによるImprovisationなのだから! この時代彼等までもが即興演奏に挑戦し、それをFMで放送していたのだから、今じゃちょっと考えられない。で、演奏なのだが、琵琶と尺八だけではなくて、どうやら二人とも色々な楽器等を使っているようだ。情報が何もない録音を聴くのは面白い。「これはどうやって音を出しているんだろう?」、「一体何を使っているんだろう?」と考えるだけで楽しい。人によっては「見なけりゃ分からないような演奏はつまらない。」と言うかもしれないが、俺は逆の人間なのだ。オリジナル音源が残っているのならCD化したいくらいだ。

            情報はこれだけ。

このCDでは、「ノヴェンバー・ステップス」の他、尺八と琵琶のDUO曲「エクリプス」も聴ける。

さようなら「オニオン座」!

オニオン座はあさって13年11月4日に閉店します。カミさんのアルバイトの休みを利用して、萩まで日本横断してまいりました。行ってみたら駐車場がいっぱい。相当待つようになるとのこと。店の回りを散策して時間をつぶしていたら、店の玄関に「売り切れのため閉店します」の札が下がった!心配せずとも俺達のはちゃんと確保されていてあわてることはなかった。他に待っているお客さんが多いらしいが、そこは観光地、車でどこかへ行ってるお客さんを電話で「入れます。」と連絡するという方法を取っていた。俺達は、一度ここを離れたらまず間違いなく迷子になるのが分かっていたので、ここを離れなかった。腹をすかして待っていたら、「席が空きました。」と店内に案内された。これが最後の激ウマカレーと思うと、一段と旨さも増した。カレーが無くなっても、どんどん客はやって来る。「売り切れだって!残念。」と帰って行った。こんなに繁盛していてもったいないなあと思う。が、そこは内部事情もあってのこと、これ以上は何も言わない。が、ひとつ言っておこう。オニオン座の隣の店は、駐車場も店内も空っぽだった。でも、止めなきゃいけない理由がある。俺は経験しているし、計算も出来るので、ホントこれ以上言わない。最後に「またどこかで食わせてくれー!」

これが「最後」にならぬようお願いします。佐々木君!

         絶品マンゴーラッシーも!

       オニオン座前を散歩中。赤の他犬。

ひょっとしたらもう来ることはないかもしれない萩だから、名産品を売っている店に入って、ここらへんで取れる野菜の他に、「毛利の殿様巻」なる津和野の「源氏巻」もどきも買って帰った。萩らしく夏みかんを入れたというのが、「源氏巻」との差別化か。まあ、おいしければいいのだ。不思議なことが一つ有った。こんな土産物屋のBGM用のスピーカーがB&W! 結構大きなスピーカーがドカンと床に置いてあったのだ。何故これ? 勿体ない。

もうひとつの瀬戸内国際芸術祭’13 

あさって瀬戸内国際芸術祭が終了する。これは、高松や宇野島沖に点在する瀬戸内の島々を使って、年間の三分の一近くを使って、現代芸術のフェスティヴァルを続けようという壮大なシロモノ。あの辺りは、俺にとってはつい最近まで庭みたいな所だった。年がら年中船で走り回っていたところだ。あそこらへんでTVをつけると、有りえない場所で有りえないアート展をやっている情報を放送し始めた。何だろうと思っていたら、それが瀬戸内国際芸術祭だった。地元のバカ(これ褒め言葉)が集まって、どこか古民家でも借りて企画したんだろうと思っていたら大間違い。スケールが違った。でも、「どうやって島に渡るんだ?」とか「宿は?」とか「めしは?」とか色々と?マークが浮かんで来た。じいさんばあさんと猫しか住んでいないような島だ。よくぞ、目を付けたなあと、感心する。今年は、チェロのインプロヴァイザー、トリスタン・ホンジンガーも出演したらしい。

芸術祭の会場の有る直島も、会場の反対側(北側)は工場と港(風戸港)が有り、狭い所でこんな大型船が荷役をしている。島の山の半分から下は、製錬所から長年排出された排気など(と、俺は聞いた)で木が生えていない。結構不気味な光景だ。

相当危険な場所に書かれてあるのだ。一体どうやって?

「由紀のバカ」&「順子のバカ」は、知り合いの船が犯人か? ハングル文字等々も。

         どう考えても足場が無い??

これは山の結構急斜面の高い所。どうやって登って行って書いたのやら?

大型船(外航)の船員は、行った港に入港記念に船名をペイントする者がいる。この直島の風戸港(芸術祭をやっている所の港ではない)も、ご多分に漏れず船名の落書きだらけ。中には「こんな高い所にどうやって行ってペンキを塗ったんだろう?」というのもある。ほとんど芸術作品というのもある。描いた日付を見たら30年以上前なんてものもある。こんな「国際芸術祭」も存在するのだ。徳山港の大型船だけが荷役をする工場内の岸壁も巨大アートと化していた。もう何十年にも渡って描き続けられたシロモノだ。一般人は絶対見ることの出来ない場所だ。とうとう写真を撮る機会の無い内に船の仕事を廃業してしまった。

詩人 牧野はるみさんの歌詞作り。

この度「みつばち合唱団」のテーマ・ソングの歌詞を書いていただいた詩人、牧野はるみさんは、バンクーバー在住の作曲家リタ・ウエダさんの依頼で、これまでも度々歌詞を書いて来られました。2009年、Musica Intima (バンクーバーの合唱団)、2012&13年、SYC Ensemble Singers(シンガポールの合唱団が日本語で歌われました)、この11月はBoston Coral Ensembleがリタ・ウエダさんと牧野はるみさんが作られた歌を歌います。小学校の音楽の先生からも3曲依頼があって、これはまだ曲が付いていないそうです。カナダの文化基金から助成金が出たらリタ、はるみ&トム・バックナーの三人で活動をして行くそうです。今回の「みつばち合唱団」の歌詞は、初めての日本の合唱団で日本語の歌詞で歌われる歌になるとのことでした。(地元の恵庭市のライヴ・ハウス「モジョ・ハンド」のマスターが日本語歌詞の歌を一曲歌われているそうです。)これからも、どんどん日本語の歌を作ってもらいます。日本全国で歌われるよう祈ります。まずは「みつばち合唱団」が歌います!

「無い無いどこにも無い。」と、探していた金さんの書が見付かった!

先日から「無い無いどこにも無い!」と一人で大騒ぎをしていた金大煥さんに書いていただいた書が、きょう出て来てほっとしている。例の「般若心経」や「アリラン」ではなくて、姜さんと崔さんのCDのジャケットの為にわざわざ書いていただいた書なので、もうこれが無くなったらと思うと心臓に悪かった。悪いのは肺だけでよい。久しぶりに見た書は美しくもあり力強くもあった。今でも残念なのが、金さん自身による「金大煥」の書が無いのだ。金さんのリーダー・アルバムを作る前に亡くなってしまった。金さん自身は吉沢さんのCD「音喜時」に、二人の演奏を収録したことをとても喜んで下さったが、(本当にいつもこのCDを持ち歩いていたのです!)やっぱりリーダー・アルバムで喜んでもらいたかった。

こんなの出て来たシリーズ 4;FMT in Moers '80

ガサガサやっていたら1980年のメールス・フェスティヴァルその他ヨーロッパのフェスティヴァルで録音されたカセット・テープ音源のCD-Rが、ゴソッと出てきた。これ全部イスクラの小原さんの録音。上村二男さんも全部録音していたはず。まずは、藤川義明、翠川敬基&豊住芳三郎「フリー・ミュージック・トリオ/FMT」のメールスでのライヴを紹介します。6月2日のメインステージでの演奏。キレのある怒涛のトリオ演奏だ。客席で録音されているので、勿論音質も悪い(そもそも、俺のはダビングされたカセット・テープを昔CD-Rに移し換えたシロモノ)、だが客席の反応がダイレクトに録音されていて、この反応が面白い。みんな黙って聴いてやしない。とにかく盛り上がりまくっている。「We love it!」を繰り返しているヤツ、サックスの音に合わせて口笛をピーピー鳴らしてるヤツ等々、FMTが大ウケだった証拠がここに有る。「証拠」などと書いたが、最も大事な「証拠」と言えば、副島輝人さんの御存知(で無い?)「メールス映画」だ。俺、この時の映画を今は無きJAZZ喫茶「DIG」で見た。その時高柳さんもおられた。ぎっしり満員の店内だった。(狭い店だったけど) メールス映画は一度カフェ・アモレスでも上映してもらいました。姜さんのソロ・ライヴの前日に姜さんとお客さんで見たことがある。ぜひまた上映会をやりたいものだ。

こんなの出てきたシリーズ 3;山崎泰弘/パーカッション・ソロ~イスクラ・テープ

山崎泰弘、言わずと知れた高柳昌行さんと長年活動を共にしたドラマーの、1978年6月15日 豊島区民センター・ホールでのライヴ録音。ミュージック・リベレーション・センター・イスクラがカセット・テープでリリース。私がイスクラに参加する前のリリースで、入会した時はすでに売り切れていて、これはコピーのはず。だから音質はちょっと厳しい。1曲目は36分くらい。2曲目は25分くらい。全編ドラム・ソロ。高柳さんと演奏している時の「暫時投射」と「集団投射」をドラムだけでやっていると思えばよい。しかし、一曲の中にそれは交互に現れる。2曲目の最後の部分で、エレクトロニクスを使っているんだろうか、電子的なノイズが大きく現れる。まるで、高柳さんが突然現れて演奏に加わったようにも聴こえる。

この当時は、LPを作るのは大変だったので、より安価に作れるカセット・テープでのリリースが多かった。アンダーグランドのミュージシャンはこぞってリリースをした。この時代の録音はカセット・テープの傑作が目白押しだった。一つでも多くの再発(CDがいいなあ。)を望む。

こんなの出てきたシリーズ 2;富樫雅彦;蝶の道

ギャラリー8と銀巴里での富樫雅彦さんの録音を探していたら、懐かしい録音が出て来た。1983年8月14日、NHK・FMで放送されたエアチェックを発見!「じぇじぇじぇ、こんな所に有った!」てなもんです。これは富樫さん42歳の時の演奏と会話と自然の音で編集、構成された「音と言葉とパーカッションによるファンタジー」。富樫さんと奥さんが蝶の採集に出かけた時の採集中の会話や、昔話を懐かしそうに話ている後ろで、パーカッションの演奏が重なる。その会話の内容も、蝶の話を中心とするも、二人の駆け落ち話まで出て来るもの。富樫さんの蝶の採集は、当時よく知られていた。日本には蝶が240種いるらしいが、この放送時富樫さんは220種もの採集をしていたそうだ。これを聴いていたらソロ・パーッカション・アルバム「RINGS」を聴きたくなった。

 

1975年録音。ヴァイヴラフォン、マリンバ、チェレスタ、グロッケンシュピールを含む各種パーカッションの独奏。ソロと言ってもダビングを繰り返して作られた作品と言ってよい。「RINGS・1~12」からなる音による詩といった趣。「RINGS・7」は、長野県糠地高原のフィールド・レコーディングから選ばれた音(鳥のさえずり等)が演奏に重ねられていて、「蝶の道」に繋がる雰囲気を醸し出している。

こんなの出てきたシリーズ 1;ギャラリー 8 と、銀巴里での富樫雅彦さんの録音。

相倉久人氏の「至高の日本ジャズ全史」という本を買った。氏の長いジャズとの戦いを綴った本で、60年代の日本のジャズの最もクリエイティヴだった現場である銀巴里やギャラリー・8についての興味深い記述も多い。今から2代前の新宿ピット・インやタローには行ったことはあるが、さすがに銀巴里、ギャラリー・8となるとまだ幼稚園児です。スリー・ブラインド・マイスがリリースした「銀巴里セッション」でかろうじて当時の様子が一部うかがい知れるだけだ。しかし、何故か俺は63年の銀巴里と、64年のギャラリー・8での富樫雅彦さんの録音を持っている。勿論というか当然というか音質は良くない。そもそも何代目のコピーかすらわからないシロモノだ。元々はカセット・テープだが、今はCD-Rで保管している。一体どうして俺がこれを持っているのか、誰がくれたのか全く思い出せない。ギャラリー・8の録音に高柳さんが参加しているところから考えると、多分イスクラの親分小原悟さんあたりにダビングしてもらったのだろうか? 銀巴里の演奏は「Dahomay Dance」を山下洋輔、日野皓正といった今では大御所となった人達と演奏。ギャラリー・8の方が特に貴重で、富樫さん作曲の「4つのリズム楽器の為の演奏曲」というもので、神田重陽のヴァイブラフォンと高柳さんのギター、寺川正興のベースで、現代音楽とジャズの両方の匂いがする演奏で、ピリピリとした感触が味わえる。とまあ、ここまで書いて来たけれど、これを公開するわけにはいかず、死ぬまで俺一人が聴いているということになるのかなあ?これって、自慢話? 

老松神社秋祭り 10月6日 2013年

みつばち合唱団(4人なので、そろそろ「合唱団」は変えないといけないなあ。)を出演させる為に、夏祭りに続き老松神社に行って来た。午後5時半すぎの出演なれど、すでに照明がいるくらいに暮れていた。外界とは異次元の空間と化す神社の祭りは、いつ行っても楽しいものだ。まるで「村祭り」そのもの。子供達の歌とハンドベルの演奏は、酔っ払いのジイイ&ババアにも大ウケだった。感嘆の声も聞こえた。この4人の子供たちは、華が有る。人を感動させる力を持っている。

さて、「みつばち日記」のネタがここに来ているワケとは?

子供相撲があったので見に行ったのだが、どいつもこいつも相撲の型になっていないのだ。グレコローマン・レスリングじゃない!ってんだ。俺達のガキの頃って相撲は遊びの内だったし、TVでもよく見ていた。みんなそれなりの相撲の型になっていた。きょうの行司のオヤジも悪い。なぜそんきょもさせない?柏手も打たせない?

立ち合いに手をつかせない?四股も踏ませない?だいたい神事が始まる前に相撲をとらせようとした?相撲は神事なのだ。そもそもここは神社だろう?

            相撲前の神事。

       相撲というか何というか?

JAZZTOKYOに「逍遥遊」、二度目の登場!

ウェブマガジン(と言うのか?)のJAZZTOKYOのアルバム・レヴュー欄に前号に続き「逍遥遊」が異例の二度目の登場となった!

「じぇじぇじぇ」×10くらいの驚き&感謝です。

水を差すようですが、記述に大きな誤りが有り、ここで訂正をさせていただきます。「当時のsabuは自らの演奏にとても厳しく、何度もミシャとの録音の機会があったがリリースのOKを出さずお蔵入りしていて本作もそうした中の1作。」との記述が有りますが、これは大きな間違いです。私は、ライヴは全て録音していました。このライヴの時は、元々CD化を前提にエンジニアの人にも来てもらい、DATに録音しました。後日ミシャさんにもサブさんにもOKはいただいています。サブさんは、すぐに曲名を考え手紙を下さいました。

でも、結局曲名は1曲目だったのが2曲目の曲名になり、曲名そのものが変更になった1曲目が現在の曲名になりました。問題なのは、そこまで決まっておりながら何故19年も後になってリリースとなったか?早い話が「金欠病」と言う、よくある話。よそ様のレーベルで、「逍遥遊」よりもっと前にも録音が存在しており、それはギャラも払われているのに未だリリースされていません。これがドマイナー・レーベルの実態です。ともあれ、19年経ってもリリースさせていただけて感謝あるのみです。

サブさん。河内さん。ミシャさん。一楽師匠。

防府日報、ドラトーーク第2弾!

防府日報にドラトーーク第2弾が掲載されました。第1弾は、一楽師匠の記事に間違いが少しみられ、師匠本人を激怒させましたが(表現がオーヴァーでした)、今回もオーストリアのはずが、「ラ」が余計に入っているなどの失態有り。でもなあ、せっかく紹介してくれたんだから、大人はガタガタ言わない!今時は「じぇじぇじぇ」で済ます!しかし、これがTV、大手新聞社だと、「おどりゃー!謝罪せー!」と、俺も切れてるな。とにかく、こんなイベントでも紹介していただけるのは有り難いことです。もっと紹介甲斐の有る事が出来る用がんばろうではないか!

防府日報にドラトーークの記事が掲載!

防府市の地元紙「防府日報」に、7月の印度洋での「ドラトーーク」の記事が掲載されました。

このような記事も。

World Tour de AIO~2 Days Beach Party 9/14+15 '13

防府の西隣の秋穂(今は山口市)の海岸を借りた「ビーチ・パーティー」の2日目に行って来た。DJあり、バンドあり、色々なお店あり、フラダンスありのイベント。そんなイベントに全く似つかわしくない俺が何故行ったのか?むか~しから行きつけのオーディオ店の通称「ジュニア」つまり社長の息子が音頭を取ってこの大イベントをぶちかましたのだから、いくらDJが苦手でも行かねばならんだろう。

行ったのが2日目の12時のオープン時。DJはズンドコズンドコやっていたが、後はフラダンスしか始まっていなかった。カメラ片手にブラブラするだけで何もすることがない。ようするに、浜辺での楽しみ方が分からない。ビキニのおねえちゃんでもいたら眺めてりゃいいが、それもいない。(だって、暑いけれど9月だ。これのどこが「コノナツ・アイオ・ガ・アツイ-。」 だ?)でも、ワン公がいたのでポチタマ気分に少しはなれた。ジュニアは2日目のオープニングで、すでに半分ダウン状態。こんな規模のイベントを仕切るのだからキツイだろう。でも、2日目は300人来るかもと言っていた。大勢の客を見たら元気も出るだろう。こんなこと言ってる俺は、浜辺をブラブラしただけで倒れそうになり、一時間もいない内に退散。フェスティヴァルだの言っている俺だが、そんな体力が全く無いのがしみじみ分かった。ドラ・ナントカ言ってるそこのオヤジ!俺の顔を見る度に「フェスティヴァルやろうやー!」言ってるが「わしにゃムリじゃー!」分かったか!いや、自分自身が十分分かった。やれやれ。

 

天気は曇り。台風が近づいていたが関東に行ってくれた。俺は、この海岸の沖を船で何千回通ったか分からない。この浜でイベントをすると聞いた時は、「こいつ、やるのおー。」と感心した。が、俺昼に行って、何も食べるものが無かった。ビーチなら「焼きそば」だろう!

前日の夜は凄く盛り上がったそうだ。昼間行った俺が間違っていたのかも。でも、俺が喜ぶバンドとか出てないし、結局カメラ持ってただの記録係しか出来ない哀れなオヤジです。

ところで、もし雨が降ったらどうなるんだろうねー?

フラダンスの会場。

フラダンスのおばちゃん、いやおねえちゃん・・・ん~。たくさん出演していた。子供のダンスもあった。

ここが、DJのテント。音はズンドコ鳴っているが、前にはまだダ~レもいない。BGMってことでよかったのかも。

売店が並んでいるコーナー。もっと、メシが食える店を増やすべし。

流木で作ったオブジェなんだろう。夜は照明が当たるようになっていた。このイベントには多くのDJやバンドも参加しているが、色々なアートの連中も参加しているらしい。やっぱり、俺は早く行きすぎたんだろうなあ。そんな匂いはこの木でしか味わえなかった。

会場を自由に歩き回っていたクロラブのワン公です。

クロちゃんに吠えて行った短足犬2匹。

このヨットはイベントとは関係なさそう。

 

さて、このイベント、終わってみれば黒字が出たらしい。

よくぞやった!

どうでもいい話ですが・・・。生じぇじぇ、聞いた!

NHKの朝ドラ「あまちゃん」が凄い人気だ。俺は、NHKの朝ドラなんて過去一度も見たことがなかった。でも、大友さんが音楽を担当しているというので見てみた。トーゼン音楽ばかり耳がいく。が、何度か見ていたらハマッてしまったではないか。CDも買ってしまった。北三陸という設定だが、実際は「久慈市」という所が撮影場所らしい。俺とはなんの縁もない岩手県の北に有るという田舎・・・と、思っていたらコレが違った!船「泰山」の船員さんにOさんという青森県民がいるんだが36歳までは久慈市に住んでいたというではないか。ようするに生まれ故郷。実家である。今もあるそうだ。「ホントは、何にもない田舎です。」とのこと。で、このOさん、しっかり訛っている。話をしても、時々分からないことがある。「久慈市」も「くずぃす(すとしの間)ぃ」に近い。船乗りは全国から集まる。毎日が「秘密のケンミンSHOW」だ。ところで、実際「じぇじぇじぇ」は使われているのか聞いてみた。「今の若い子は、あそこまで訛っていないですよー。でも、驚いた時とかじぇじぇ言いますねー。」とのこと。「わあー!今生じぇじぇ聞いたぞー!」でした。おしまい。

昔懐かしいEP、つまりシングル盤仕様のCD。値段がこれまた、当時と同じ¥700とは!そこまで凝るか。

キョンキョンの歌う「潮騒のメモリー」には、涙が出る程感動する。メロディーの良さと歌詞のむちゃくちゃさ加減は、膝が生まれたての鹿状態になりそう。(これ、ドラマを見た人には分かるネタ)

「南部ダイバー」も頭にこびり付く傑作だ!笑えます。

しかししかし、ドラマも最後の最後に登場した薬師丸ひろこの「潮騒のメモリー」が入っていない!このCDが出た頃は、ドラマの放送はそこまでたどり着いていなかった。これ、出してくれるんでしょうねー?大友さんお願いします。

 

豆情報。

このドラマで音楽を担当した大友良英さんは、なんとちゃぷちゃぷレコードのCDにも参加されているのです!「姜泰煥」です。残念ながら売り切れ。どマイナーレーベルとしては喜ぶべきことなれど、「大友さんが大ブレークした今となっては、売れ残っていた方がよかったのに。」という意見もあった。

岡山市「ペパーランド」で演奏中の大友さん。この時の録音の一部をCD「姜泰煥」に使わせていただきました。

「あまちゃん」の大友さんしか知らない人は、これで演奏とは「じぇじぇじぇ」でしょうねー。この日は、自作改造ギターも演奏されています。これが、凄い!CDには入れていません。あしからず。

高橋悠治さんと大友さんの話になった時、「大友君はあのギターがいいねえ。」とおっしゃってました。

こちらは、防府「カフェ・アモレス」での姜さんとネッドさん。まだ楽器の組み立て中。岡山と防府の音源を組み合わせてCDは出来上がりました。

河合孝治さんの友達、作曲家の小川類さん編曲の楽譜。

あのテーマ曲をlan lan lan,pa pa paで合唱するというもの。楽しそうなので「みつばち合唱団」でも挑戦してみようとなった。

広瀬淳二さんと大友良英さんのLP「シランガナン・インガイ」で初めて大友さんの存在を知りました。なんだか分からないアルバム名はフィリピンのタガログ語のはず。なぜタガログ語かは、結構プライベートなネタになるので止めておきます。

この時初めて大友さんの演奏を聴いたのだけど、何か音楽が新たな段階に入ったと思わされたものだった。乞うCD化!「お前がやれって?」 そうしたいところなれど、我が家は今崖っぷちに立たされているので、当分無理。と、最後は超プライベートな話でおしまい。

またまた行ってきました「オニオン座」 8月4日、2013年

佐々木匡士君夫婦の絶品カレー屋さん「オニオン座」に行って参りました。山口県は狂ったように雨が降り、山口線は寸断され、道路も寸断されるという大変な状況だった。萩にちゃんとたどり着けるか心配だったけれど、「オニオン座」にはすんなり到着。(ウソ。また道を間違った。)天気も不安定だったけれど、店にいる間はよく晴れた。店の前の絶景もバッチリ見れて良かった。「ミシャ&サブ~逍遥遊」のCDをプレゼントに行ったのだが、問題発生。持ち帰りのカレーも注文していたのだが、持って帰るのを忘れてしまったのだ。帰る途中電話が有って気が付いた。なぜかカミさんのケータイに電話して来られたのだが、ここにたどり着くまで、佐々木君は悪戦苦闘したみたいで、恐縮。俺のケータイの番号を知りたくて、DISK・BOX、山本達久君、一楽師匠にまで連絡しまくっていたみたい。俺のケータイの番号はカミさんやオヤジなんかの数人しか知らないのだ。だいたい俺が覚えていない。(自分のケータイの番号が言えるやつ、俺の前に出てこい!いないだろう。)佐々木君、代金を送って来るなんてことをしかねない感じだったので、「そんなバカはしないよう。」と伝えたのでした。俺も店をやっていたから分かるが、こういう時店側はなんにも悪くない。客が忘れる方が悪い。でも、店の側が悪いと感じてしまいあたふたしてしまう。「お客様は神様」じゃないのだ。バカな客(俺)は、どこまで行っても「バカ」なのだ(俺)。

なんと、後日佐々木君から「萩外郎」と「持ち帰らなかったカレー」代¥850が送られて来てしまった!もう、土下座。

プレゼントしたCDは大ウケしてくれていたので、ヨカッタヨカッタ。

 

店の前は海水浴が出来る砂浜。服を着たまま海に入って行った人が何人かいたが、近頃の流行なのか?

店の駐車場を海水浴客に占領されちゃまずいからこんな看板を立てたのだろうが、佐々木君人が良すぎないか。一日1000円はないだろう。30000円にしなさい!

あるDJとの会話 その2。

もう一つアイディアを披露。真っ暗なスペース(といっても、本当の宇宙じゃありません。)に、なるべく大勢のケータイ(またはそれに類した物。何と言うのか俺は知らん。)を持った人を集める。7時から8時までというように、時間を決める。その間、外からそのケータイに任意に電話をかけてもらう。かかってきたら、20秒以上は出ず、着信音がよく聞こえるよう、手を上に上げておく。その後、少し話をしてもよいし、切ってもよい。各自の着信音(曲、メロディー)が違うし、ケータイから光も出る。スペースの真ん中にマイクを置き、録音する。偶然の音と光の交錯。

と、こんなことをDJに話したら、「うちはそんなことに貸せません!」とアッサリ断られた。防府の者はノリが悪いでー。じぇじぇじぇじぇじぇじぇじぇじぇじぇ~だ。使い方が違うか?

あるDJとの会話。

あるアイディアがあって、実現可能かを探ろうと、知り合いのDJに話をしてみた。「DJを4、5人集めて、会場じゅうに散らばってセッティングをし、各自自由に音を出す。という、イベントをしないか。」、「??」、「同じリズムは絶対さけるんじゃ。」、「それじゃ踊れないじゃないっすか。」、「だ~れが踊れちゅうたんじゃ。踊れるようじゃダメなんじゃ。」、「???」、「混沌とした場をつくるんじゃ。」、「?????」、「音楽にリズムもメロディーもハーモニーもあったらダメなんじゃ。」、「末冨さん、おかしいっす!そんなの付き合うようなDJも客もいないっす。」でオシマイ。防府でこういうことをするのは1万年早いのか?亀は万年、のんびり行こう。

「?」の部分、東北じゃ「じぇじぇ」でいいんでしょうか?

ドラびでお&吉田達也 Solo&Duo Live At 印度洋 7月4日、2013年

毎度おなじみ印度洋で、ドラびでおと吉田達也、正しくは「ルインズ・アローン」さんのLiveが行われた。この日はあいにくの雨で、電車も止まってしまったくらいだ。お客さんも15人くらいか。でも、これ以上来ても印度洋って座る椅子が無いんだがなあ。

前座は印度さん&相棒(そういえば印度さんの名前も、もう一人のギター弾きさんの名前も未だに知らなんだ。)のギター・デュオ(前は「マリファナなんとか」というユニット名だったけど、この日は「友情出演」という名前じゃなかったっけ? 「友情出演」が友情出演したってワケだ。ホンマかいな?)。20分間くらいユル~い時間が流れた。目を閉じて聴くと、ECMのジャケットみたいな美しい風景が脳内に現れる。が、目を開けるとコ汚い印度洋の現実に戻される。一楽師匠が「一家に一台こいつらがいたらよく寝れる。」と、褒めているんだかけなしているんだか。気持ち良くなるということは、褒めているんだろう。俺は、こういうの好き!

続いては、ドラびでおのソロ。最後の方(というか、曲というらしい。)は初めてだったが、大半は去年サウンドテックでやった曲と同じだった。ちょっと残念。しかし、最後の曲の映像が大ウケだった。おそらくC級映画(Bどころじゃない)が元ネタなんだろうが、おねえちゃんの「おっぱいパンチの波状攻撃!」。これにはお客さん全員爆笑!ドラびでおの良さは「おげいじゅつ」しないところ。エロ、グロ、ナンセンスの「たんこ壺」だ。「たんこつぼ」はおそらく、ここいらへんでしか通じない方言だろう。理解出来た人にはウケてもらえるはず。

次はお待ちかねルインズ・アローン!一人でバンドの音を全部出してしまおうというもの。誠に忙しいソロ・パフォーマンスだった。隣で聴いていた「ロコ」というカーオーディオ店のおやじ、通称「やっさん」が、「よう全部覚えちょるのお。」と感心していた。感動のし方も色々有るもんです。

さてお待ちかね(Part・2)、DUOだ。一楽師匠、ソロのときよりパワーアップ。実際俺の座っていた椅子までも振動していた。耳も限界まで来ていた。隣の「やっさん」も耳がぶっとんでいたらしい。俺達二人は右チャンネルのスピーカーの真ん前かぶりつきだったのだ。吉田さんのドラムの音がよく聴こえないほどの大音量で、一楽師匠の発するノイジーな音をおやじ二人はずっと浴びていたのだ。「どらマニア」(俺が作った造語です。ドラびでおのファンってこと。)ならたまんねーところでしょうが、おやじには「ワシを殺す気か!」でありました。吉田さんは、一楽師匠の出す音と映像に反応し、変幻自在のドラミング。(勿論電子音も混ぜる。) うるさかったが、楽しかった!これに、広瀬淳二さんのサックスも入れて聴いてみたくなった。

さて、LIVEが終われば恒例の打ち上げといきたいところなれど、連日の打ち上げで疲れている、いや連日の演奏で疲れているお二人さんは(一楽師匠は9日連続のライヴだったらしい)、コンビニの弁当で済ますことに。実は夜の11時ともなると、ちゃんとメシが食える所なんて防府には無いのだ。(俺が知らないだけかも) 夕方には電池切れを起こす俺だが、この日も一楽師匠と吉田さんを隣の山口市の師匠宅まで送ることになった。まあ、いつものことだが。大雨が降ると山口市に通じるトンネルの前後は通行止めになるのだが、この日は電車も止まろうという天候だ。山口に行って帰るときになって不通になっていたらどうしようと悩んでいたら、「そん時は、お前もうちに泊まればいいじゃん。」と、いつものノー天気ぶりの一楽師匠です。ところで、もし俺がライヴに来なかったらどうやって家まで帰るんだろうねー?山口市までの俺の運転代は、お茶のペットボトル一個でありました。そうそう、一楽家の近くにコンビニが出来ていたのには驚いた。こんな辺鄙な所にまで進出して来るんだなあ。狸や猪が出るらしいぞ、ここらへんて。

あ~疲れた。

RUINS・alone。吉田達也さん。

ドラびでお。一楽儀光さん。

ど迫力のDUO。

まどろみの20分間。「友情出演」の友情出演。

「ルインズ・アローン」のCD。

Leoさんが、「Musician・Of・The・Year」に!

アメリカの「Jazz・Journalists・Association(JJA)・Jazz・Awards」2013の結果が発表された。なんとLeoさんが「Musician・Of・The・Year」と「Trumpeter・Of・Year」に輝いたのだ!ちなみに、ギターはBill・Frisell。ピアノはVijay・Iyer。彼は、Leoさんのバンド「Golden・Quartet」のピアノを担当していた。ソプラノ・サックスはウェイン・ショーター。ピューリッツァー賞のところでも書いたが、Leoさんの評価って、日本とアメリカではダイヤモンドと産業廃棄物(ちょっとひどすぎたか)ほどの違いが有る。ちゃぷちゃぷレコードが出した「Golden・Hearts・Remembrance」は、山のように在庫が有るのだ。買ってやって下さいな。いや、買え!いや、早う(「はよう」と読む。)買わんかい!ワレー!と、益々下品になる私です。

「Golden・Hearts・Remembrance」1997年録音。

「Golden・Quartet」の初代メンバーによるステージの写真。ピアノがアンソニー・デイヴィス。ベースが故マラカイ・フェイヴァース。ドラムがジャック・デジョネット。「このバンドで日本ツアーがしたい。」と言われたが、とてもギャラを払える(というか、払ってもらえない)グループじゃなくて断念した。だいたいジャックは、飛行機の貧乏人席にゃ座らないぞ。ジャック一人いい席に座り、リーダーのLeoさんが貧乏人席ってワケにもいかないわなあ。まあ、それ以前に日本では、Leoさんは無名に近いのだ。アンダー・グラウンドなのだ。なんという温度差!?毎年開催されている「Tokyo・Jazz」の出演者を見入るがいい。これでも「Jazz・Festival」って言えるのか?Jazzって未来を見据えた音楽じゃなかったのか。10年も経つとガラッとスタイルを変えてなかったか?えっ?

            ジャック・デジョネットさんちの庭とワン公。

            以上4枚牧野はるみさん撮影。

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