最近の話 3

こんなの出てきたシリーズ11;John Zorn at 六本木WAVE。

ヴィデオの整理をしていたら「John・Zorn・Live・at・六本木WAVE」と書かれたβテープが出てきた。困ったことに日付が書かれていない。多分80年代半ばではなかろうか。おそらくサブさんが企画したライヴだったはず。テープを恐る恐る再生したら、どうにかカビの状態もひどくはなく鑑賞に耐えうる状態でほっとした。当時知り合いだった広瀬淳二さんがライヴに参加するというので、その頃ヴィデオの学校に行っていた友達に撮影してもらったと記憶している。六本木に有ったWAVEというレコード店の玄関前で行われた演奏で、サブさん(ds)、ジョン・ゾーン(as,game calls etc)、佐藤通弘さん(三味線)、翠川敬基さん(cello)、広瀬淳二さん(home-made instrument)という5人の演奏。John Zorn のファンの方なら「地」と書かれたアルバムで聴けるような演奏と言えばお分かりのはず。もうJAZZのかけらも聴こえてこないFREE IMPROVISATIONが繰り広げられている。JAZZ的なものから一番大きく逸脱しているのは、広瀬さんだろう。元々はサックス奏者(それは現在でも日本屈指のサックス奏者であることは間違いない)だが、80年前後からは通称ガラクタでノイズを撒き散らし始めた。ここでも、全くサックスは吹かず、金属のフレームに色々な物をぶら下げたり、くっ付けたりして、それを細いスティックでバチバチ叩いたり、弓で擦ったりしている。サブさんも、当時は細いスティックでドラムを叩いていた。所謂ドラムの大きな音は避けていた。J・ゾーンは、あの強烈なアルト・サックスはほどほどに、どちらかというとゲ-ムコールを取っ替え引っ替えして、ピーピーブイブイ鳴らしたり、うどんの器?に水を張ってブクブク鳴らしたりとせわしない。そんな輩とは反対に佐藤通弘さんは津軽三味線からは大きく逸脱することなく振舞っている。その対比が面白い。翠川さんのチェロは、あいかわらず我が道を行く。一見とっ散らかってしまいそうな演奏を支えているのは翠川さんだったりする。これを聴いた(ヴィデオを見た)時、「フリーもここまで来たか。」と感じたものだった。

Sella Live at ピアノ イン ステラ (宇部市) 。

荒瀬朋子&裕美子姉妹ユニット「Sella」が宇部の「ピアノ・イン・ステラ」(おしゃれないい店でした。こんな感じの店が防府にもあったらいい)という小さな店に出演するというので、宇部まで行って来ました。「記録係は行くよどこまでも。」です。仕事では宇部港を基地にしていたので、どうにか場所は分かるだろうと行ったら、やっぱりくるくると回るハメに。おまけに帰りは道路が変わっていたせいで、本当に「ここはどこ?私はだ~れ?」になっちまった。この方向音痴はこうにかならんものか。海の上じゃあ視界50mでもレーダー見ながら狭い所を走っていたのに、オカはダメ。さてと、ライヴです。せいぜい1時間くらいで終わるだろうと思ったら2時間近くやっていたし、あっと言う間に終わった感じだった。ということは楽しかったってことだ。途中のおしゃべりも楽しいし、これはこれで才能だ。オリジナルに混ぜてカヴァー曲も数曲披露。あまちゃんのテーマ曲をピアノで弾いたのにはビックリ。大友さん、こんなところでも「あまちゃん効果」が! きょうのお客さんの中には常連さんと思しき人もいたが、その誰もが私ら夫婦が勝手に「トトちゃん」と呼ぶきっかけになった「トト」と言う猫の歌がいたく気に入ってるようで、「トト」の入ったCDをご所望だった。(YouTubeでも見れますので、ご覧あれ)「Singing」ではお客さんも参加。 私としては「New Biggining」が歌われなかったのが、ちょっと残念。セカンド・セットの頭にはトトちゃんとは顔見知りと思われるおじさんが吉田拓郎の曲を歌われましたが、終わりにやられた馬の鳴き声があまりに上手いので一同爆笑のヒトコマもアリ。楽しいひと時でありました。今度は萩でライヴが有るそうです。地元防府で歌う場をつくらないとね。移動が大変。方向音痴には。夜の運転は見えないし・・・。

俺とカミさん(小銭社長)が「芸術メディア研究会」の研究員及び「山口支部長&副支部長」に。

河合孝治(本名 明)からこんな連絡が入った。「今後末冨健夫&孝代を芸術メディア研究会会員及び山口支部長&副支部長に任命する。」と言うお言葉。芸術メディア研究会といえばこれまでも「芸術・メディアの視座」や「メディア・リテラシー」といった極々真面目な学術的な本を出版してきた学術路線の研究会だ。そこに俺たち夫婦が!? 俺ら本に載せられるような文章書けないし、研究なんぞしないし??と、じぇじぇじぇ状態。そこで河合曰く「かしこまって学術路線っていたってつまらないから、面白い人間は全部入れることにした。」 って、ことはアホでもOKってことだ。これで気楽になった。ところで、会長はどっちだ?「小銭社長」って言うくらいだからカミさんでしょう。これで、俺たちにも肩書きが出来た。でも、他の真面目な研究員はこれでいいのか?

日本の2大クリエイティヴ・インプロヴィズド・ミュージック・レーベル。「FTARRI」&「doubt music」。

今、日本には私のような即興音楽をこよなく愛するヘンタイ・オヤジ(耳が)にとって最後の砦のような貴重なレーベルが二つ存在する。「FTARRI」と、「doubt music」がそれだ。一昔前なら「フリー」と称すると、JAZZから派生した所謂FREE・JAZZが頭に浮かぶ。だが、21世紀も10年以上も経つと、「即興」と言っても、JAZZから、ロックから、現代音楽から、民族音楽、伝統音楽等々から、種々雑多な語法を背景に持った音楽家が参入して来て、もう「こういった形」ということがとっくに言えない状況になっている。オマケに、メディア・アートや美保ちゃんのようなストリパー(その他諸々で活躍されておりますが・・・)、まあこれは当然のようにモダン・ダンスや舞踏、詩の朗読等々と、収拾がつかない程だ。だが、そうだからこそ「また別の何か」がこの中から生まれる機会が多い。ひとつのジャンルに固まったら、そこは「博物館行き。」というカビの生える場所に取り込まれてしまう可能性大。雑多だからこそ、そりゃあ質量共にこれまた雑多に存在するだろうし、所謂ここでも自然淘汰は免れない。それはどのジャンルにも存在することだ。やってる方も、聴く見る方も、今の状況は愉快だ。未来を感じることが出来る。今や現代音楽もフリー・ミュージックもカビまみれ。JAZZなんてカビを取っても取っても形が見えやしない。こんなのだから、JAZZを聴く時は20年代、30年代ばかり聴くハメになる。クラシックもバッハ、ベートーベン、ちょっと飛んでドビュッシーあたり聴いてりゃ残りの人生大丈夫てな具合だ。そんな俺の耳をこの二つのレーベルは、今のところ大いに潤してくれている。FTARRIは先日2度のFTARRI・FESTIVALから厳選した録音を収録した7枚のCDをリリースした。ジャケット・デザインをほのぼのとした絵で統一し、厚手の袋に収めてある。中身も今の状況を示すように、色んな演奏が楽しめる。世界に誇るこの2大レーベルが末永く存続することをセツに願う。「ちゃぷちゃぷレコードはどうなんだ?」と言う声が聞こえて来そうだが、とてもとてもこの2大レーベルと比べるなんざあ100年早い。というか、永久に追いつけない。だいたい、こんな売れないCDばかり出して、やっていけてるのが不思議。そもそも、どうしてこんなに大量にリリース出来るのかも不思議。2大不思議レーベルでも有る。

           FTARRIのCDと袋。

           doubt musicのCD.

夜中の2時、焼肉食った勢いで「ドラ☆美保」の初DVDを「出すぞー!」の巻。

印度洋でライヴを終え、我々一行は一路トボトボといつもの打ち上げ場所の焼肉店へ向かった。食って飲んで(俺はウーロン茶)盛り上がって、きょうの赤字なんざあーどっかに忘れ?、「ドラ☆美保」のDVDを出すぞー!と宣言しちまった。その宣言したのは「ちゃぷちゃぷミュージック」の親分、カミさんでした。この日より、カミさんは「小銭社長」と呼ばれることに。早速年が明けたら収録に入り、電光石火の勢いでリリースすることになっております。多分CPDV-001となり、今後「ドラ☆美保」+オプトロン、カミンちゃん、坂田明さん(その時はローソクを頭にタラタラと)、JoJo広重さん、大友さん、Sachiko-M、内橋さん、吉田達也さん、坂田利夫(まさか)等々夢は広がる。

クリスマス会、置いてけぼりの巻。

きょう12月8日は、「みつばち合唱団」の練習場所、老松神社が有る地区の子供会のクリスマス会の日。ここに「みつばち合唱団」が出演させてもらえるのだった。朝9時すぎにカミさんを神社に連れて行った。そこで子供達の歌とハンドベルの練習が始まった。俺はカメラをぶら下げてもう何度も撮った神社の巨木の写真を撮って時間をつぶしていた。車に戻って、今度はスティービー・ワンダーのCDを聴いて時間つぶしをしていた。10時になった。でも、誰も出て来ない。確か出番は10時じゃなかったっけ? 出て来ないところをみると、11時だったのか?10時38分になった。これは呼びに行かないと遅刻すると思っていたら、向こうからカミさんがやって来た。それも、会館の有る方だ。カミさんが「気分でも悪かったん?来なかったけど。」と言うではないか!? 「もう終わったんよ。」、「じぇじぇじぇじぇじぇ!!!!!?????」である。出番10分前に子供が「近道が有る。」と言って、練習場所の社務所の裏から出て行ったそうなのだ。会館に着いたらすぐ本番。カミさんは俺に連絡しようにも、すぐ本番だし、だいたいケータイを社務所に忘れて来たそうで連絡が出来ないかった。俺も、家に自分のケータイを置いて来ていた。そうとは知らず1時間半車の中で、「まだ出てこんのー。」と待ってた私でありました。これでも、チビさん達の歌を聴くのを楽しみにしてるんだぞー!やれやれ。

 近頃「みつばち合唱団」の子供達の間で問題になっているのが、呼び名の問題。最近小学校2年生2人と幼稚園児1名が新しく加わった。今いる4年生以上と一緒に練習すると、どうしてもどちらかが休んでいなけりゃいけなくなる。そこで、小3で分けることにした。小3以下担当でご登場願ったのが地元で活躍中のシンガーソングライターの荒瀬朋子さん(通称トトちゃん。みつばち合唱団限定のあだ名です。)。合唱の指導経験は無いし、4年生以上の本田先生のクラシックの唱法とは違う。おまけに、子供の親が見ている前での指導と、一回目はなかなかの船出となった模様。でも、これも経験、勉強と前向きな所が素晴らしい。いずれ自分の作る歌にも反映すること間違いなし。と、あくまでこっち目線の言い分。さて、何が子供達にとっての問題事かと言うと、2つにグループ分けしたので、小3以下だの上だのと呼ぶのは面倒だと言うので、小3以下は「トト組」とした。そして小3以上は「ビービー組」とした。すると、「ビービー組」から大ブーイング!「いやだー!カッコ悪い!トト組が可愛くていい!」なのだ。一番年長さんの「のんちゃん」が「ビーってみつばちのことなんよ。」と、大人?の発言。でも、他の子は「いやだ!!」。で、きょう子供達が言うには、「本田先生なんだから”本田組”でいいや。」と投げやりな回答。これじゃ、そのスジの組か土建屋みたいだからと、却下!でも、面白いかもと俺は思っている。やっぱダメか。

合唱団員募集のチラシ。子供達が配って回った。増えてくれないと存続が危ういのだ。

車の中で置いてけぼりを食った俺にも参加賞が有った!涙涙!ごっちゃんです。これ、子供達のお母さん達の手作り!

小3以下担当の荒瀬朋子さん。通称「トトちゃん(みつばち限定の呼び名)」。だから「トト組」。

              老松神社。

この楠木は山口県内では幹回りの太さNO,2なんだそうだ。それも50cm違いで。下は、これまた大きな銀杏の木。

こんなの出て来たシリーズ10~Takehisa Kosugi;Berlin Events&four devices

引出しの中に有った茶封筒を開けてビックリ! 「Takehisa Kosugi;Berlin Events」という小さな冊子というか立派なパンフレットというかが入っていた。Kunstverein Giannozzo Berlinが1989年に発行というか出版したもの。多分「Berlin Events」というイベントが行われて、その時イベント会場で配られたか売られたものだろう。60年代の写真や楽譜(といってもグラフィックなものだったり、配線図?だったりするが)、発行当時のパフォーマンスの写真が満載。

もう一つ入っていたのがもっと凄い。「four devices」と題された小さな箱というか厚めの紙で出来た封筒というか・・・。8-26 october 1991/P3 art and environmentと紙に打ち込んである。おそらく、この日P3(ブッチのコンダクションでオジャマしました。)で、小杉さんのイベントが行われたのだろう。もう覚えていないのだ。行ってはいない。さて、この中身が凄い!大きさはB5の半分なのだが、1991年までの小杉さんの年表(文字が小さすぎてサッパリ読めない。老眼なもので)の他、なんと24枚の楽譜やサウンドインスタレーションの写真が封印されているのだ!俺のような目の悪いオジサンの為に、ルーペまで入っているという、至れり尽くせりなシロモノ。この二つ、家宝です。カミさんには、ただの邪魔物か?

これらのお宝は、HEAR sound art libraryの岡本隆子さんの好意によりいただいたもの。それを行方不明にするんだから、失礼の極み。出て来て良かった。これからは、絶対安全な場所に保管いたします。でも、近頃大事なものだからとなおしたら、その場所を忘れてしまうんだなあ。犬があまったエサを掘って隠すが、結局そのまんま忘れてしまうのと一緒。とうとう犬並みの脳みそになっちまったか。

こんなの出て来たシリーズ9~「小杉武久の世界」

「小杉武久の世界」!? 「何じゃ?何じゃ?」&おそるおそる(カビでダメな確立90%だから)デッキに入れてみたら、カビてない!

最後まで見ることが出来た! どこかの普通の家の中で、元タージ・マハル旅行団&元イースト・バイオニック・シンフォニアのメンバー各々半分づつくらいが一緒に演奏しているではないか!参加メンバーは上の写真をご覧あれ。1986年の映像なので、なかなか泣ける画質(ダビングされたテープだろうし)だが、思わず見入ってしまった。再会セッションということになるのだろうが、よくぞこんなことが企画出来たものだ。吉村弘さんは、この頃環境音楽みたいなカセット・テープをよく出されていた頃ではないか?それでも、この中に入って即興演奏をされているのが面白い。永井さんも、多田さんも、向井さんも今もバリバリの現役で即興をされているのが嬉しい。故小沢靖さんの映像記録としても貴重だ。

            小杉武久さん。

          小沢靖さんと多田正美さん。

            永井清治さん。

         吉村弘さんと向井千恵さん。

こんなの出て来たシリーズ8~飯村隆彦&高橋悠治 インタビュー・ヴィデオ

古いヴィデオ・テープをせっせとブルーレイ・レコーダーにコピーをしている。90%はカビていてゴミ。β用のクリーニング・テープが出て来たので、ゴミの確立もほんの少しだが下がってきた。そんなヨレヨレ・ヴィデオの中にお宝発見! 何と!飯村隆彦、高橋悠治インタビューと書いてあるではないか。嬉しいことにどうにか再生出来た。80年代のNHKの教育TVでは、高橋さんは時々出演されていて、先日も故如月小春さん、巻上公一さんと出演されていた番組のテープが出て来たところだった。みんな若いこと。もう30年くらい前だもんなあ。だから、このヴィデオもてっきりテレビ番組だろうと再生してビックリ!画質は元々がひどい。あの当時の家庭用ヴィデオ・カメラで撮っているに違いない。それよりも、なんで俺がこんなの持っているんだ?誰かからもらったのか?買ったのか?当時はメチャクチャな画質のくせに、裏ヴィデオでもあるまいに¥10000などという値段を付けて、特にアート系のヴィデオが売られていた。「少数コピーしかされていないから高いのだ!」とのアート関係者の理論なんだろうが、こんなもん一人が買って、ほかのヤツはどんどんダビングを繰り返せばいくらでも増え続ける。でも、¥10000!?がまかり通った時代だった。このヴィデオの内容はというと、飯村隆彦さんと高橋悠治さんが一人づつカメラの前で30分くらいインタビューに答えているというもの。高橋さんの話の途中で、テープのカビ状態が悪化しているとみえて、何も映らなくなってしまって残念。

            飯村隆彦さん。

            高橋悠治さん。

地元で活躍されているシンガーソングライター、荒瀬朋子さんからCDが届く。

まだfacebook上での付き合いながら、最近知り合った防府市在住のシンガーソングライターの荒瀬朋子さんからCDが三枚届いた。これまで色々な国から人からCDが届いて来たが、どれもそれは暗黒世界?からのもの。今回は女性のシンガーソングライター、おまけに俺の子供といっていい年齢の人。これでやっと俺も地上に出れた!てな感じだ。冗談はともかく、送られて来たアルバムを聴いてみた。まず、彼女の歌声がいい。中村明一さんの本の受け売りだと、この声は整数次倍音の声になるのだろうか。ということはカリスマ性のある声ということになる。(確かそう書いてあった。)澄んだ美しい声だ。ちょっとまだ線が細い感もあるが、これは経験を積めばもっと存在感のある声に変わって来る。おそらくアレンジも自身でしているのだろう。(その後本人より「全部自分でアレンジして、打ち込みで作っています。」とのことでした。エライ! )ピアノやギターの弾き語りとは違う多彩なバックトラックになっている。本当なら生の弦楽アンサンブルの方がいいなあと感じる曲もあったが、いずれ実現できるだろう。彼女の声を聴きながら、薬師丸ひろ子の声が浮かんできた。まさにあの透明感を持った声だ。おじさん(俺のこと)彼女の「よいしょ係」になることにしたぞ。

            荒瀬朋子さん。

             「Sella」

  荒瀬朋子さんのソロ・アルバム。2011年のリリース。

   「みつばち合唱団」でも歌えそうな歌も有りました。

    「小さな家」です。

妹さんとのユニット「Sella」の2枚。2012年と13年のリリース。

Sellaの曲がこれらのイメージソングや応援歌に採用されています。

 

「ただ輝いている君がいるだけで」は「みらいプラネット」の応援歌。

「New Biginning」は、「山口県難治性血管奇形相互支援会」のイメージ・ソング。

カフェ・アモレスのピアノが保育園に引越しの巻。

諸事情の為ピアノを人手に渡さざる得なくなって、引き取り手を探していた。そこで現れた引き取り手が、なんと我が家の近所の向島(むこうしま)保育園。園長さんは、そのすぐ山の上にある西福寺の住職さん。これでピアノが三台も有る保育園となる!お寺の本堂にも有るそうだ。ご自身も曲のアレンジまでされるそうで驚いた。日フィルのヴァイオリン奏者石井啓一郎さんは、向島(むこうしま)出身なんだそうで、毎年この保育園で演奏をされているとか。すぐ近所に住んでいながら知らなかった。これからは、このピアノが活躍することだろう。このピアノは、佐藤允彦さん、ミシャ・メンゲルベルクさん、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハさん、高瀬アキさんも弾かれたピアノだ。手放すのは不本意なれど、妙な所に行くよりは、こうして有意義に使われる所に行くことになって、ほっとしている。彼等のオートグラフが書かれてあるが、「子供に自由に落書きさせて下さい。」と言って別れた。

    元カフェ・アモレスからトラックに積み込まれる。

置き場は二階。ユニックで空高く持ち上げられたピアノ。秋空が綺麗だ。

         ミシャさんのオートグラフ。

        アレックスさんのオートグラフ。

         アキさんのオートグラフ。

            子亀が4匹!

       とうちゃん&かあちゃん亀。玄関に亀!

          子供達の絵に感心!

ここ向島は、天然記念物の狸が生息している。だから「タヌちゃん」。

            向島保育園。

ポスター発見!

何やらグルグル巻かれたポスターらしき物が出て来た。広げてみたら、崔さんや金さんにいただいたポスターだった。それと、レオさんのCDを作った時に、アメリカのCD制作会社がサービスに作ってくれたCD販促用のポスターだった。当時たくさん送って来たのだが、日本でこんなのを配っても張ってくれるような場所は限られていて、未だにたくさん残っているのだ。CDを買ってくれた人にはプレゼントしようと思ったが、ポスターをくるくる巻いて郵送するのも大変なので、結局カミさんに邪魔者扱いされていた。欲しい人は言って来て下さい。差し上げます。というか、CDを買わないとあげない!これ当たり前。ポスターだけじゃなくて、在日韓国人向けの雑誌だろうか、「韓日文化ジャーナル GURUTOGI」2002年4月号も出て来た。これ、崔善培さんが来日した時のインタビューが掲載されている。この雑誌はAllハングルだけれど、インタビューだけは日本語訳が掲載されていた。日本では数少ない(多分未だにこれだけ?)崔さんの貴重なインタビューです。といって、今現在これを入手するのは無理だろうなあ。

レオさんのCD販促ポスター。まだたくさん残っています。CDを買わないとあげない。

崔善培さんは、金さんと姜さんの所に入っていない!?

フリーばかりやってちゃ韓国で食えるワケがない。崔さんはJAZZも演奏しています。高級ホテルのラウンジでも。以前金さんと姜さんに「そんなことしてちゃダメだ。フリー・ジャズだけやらないとダメだ。」と言われたそうです。崔さんはトランペット一本で家族全員を食べさせています。金さんは韓国ではいわゆる有名人。あちらじゃ、驚くようなギャラをもらっていた人。姜さんは、奥さんの経営する薬局が有る。姜さん曰く「近所の人は、掃除のおじさんと思っている。」そうです。崔さんは、そう言っていられる立場じゃないのです。

金さんにいただいたポスター。カッコいいでしょう!

韓日文化ジャーナル「Grutogi」2002年4月号。表紙の崔善培さんの写真は松本晃弘さんが撮影されたもの。

こんなの出て来たシリーズ 7~B・Bang,P・Lovens,近藤等則&河野優彦 ’81

CD-Rの山をガサガサやっていたら、これを発見! 1981年7月29日、吉祥寺の「曼荼羅」でのビリー・バング(vln)、パウル・ローフェンス(perc,本当はどう発音するの?)、近藤等則(tp,スピーカー、voice)、河野優彦(tb)の4人。上村二男さんに誘われて二人で行って、カウンター席に陣取って、二人してマイクをカウンターの上に並べて置いて、正々堂々と録音したもの。上村さん(ガジさん)と近藤さんはミュージシャン仲間。それで良かったのかも。その頃やっと海外からインプロヴァイザーの来日が増えだした。P・LovensとB・Bangが生で聴けるって、結構俺達には大事件だったのだ。そこに近藤さんと河野さんというNYCでバリバリ活躍中だった二人が加わり、それは期待もしようと言うもの。客席も満員だった。90年代では考えられないこと。ヨーロッパ・フリーのドラマーと、所謂ロフト系の黒人ヴァイオリン奏者とが噛み合うのかと言う疑問を持つことになろうが、即興を聴くという事は、その疑問を抱くところがまず楽しいのだ。「一体どうなるんだ?」というワクワク感だ。はたして、この演奏は? NYC勢がヨーロッパ寄りの完全即興に興じたというのが第一印象。だが、俺はその当時のヨーロッパもNYCも行った事が無い。実際日常的なライヴの現場がどんなのかなんて知る由もないのだ。せいぜいレコード(自分の持っている範囲)を聴いての、ごく限られた情報からの判断だ。

現場を見て聴いての体験から来る批評やリポート以外は半分疑った方がいい。だから俺の書いていることなんか、半分/半分で読んで下さいませ。何だが、責任放棄だなあ。だから副島輝人さんのメールス報告なんて重みが有ったのだ。

近藤等則さん。この写真は「Evan・Parker、近藤等則&森山威男」のコンサート終了後、上村二男さんと「やあやあ」とやっているところをパチリ。

        これはそのコンサートのチケット。

Billy・Bang。ヨーロッパで上村さんが撮影。この来日の時彼は飛行機に積んだ荷物がどこか他所に行ってしまい、着の身着のままの来日になったそうだ。

Paul・Lovens。これも上村さんがヨーロッパで撮影されたもの。

彼も荷物の一部が行方不明になり、ノコギリ(演奏用の)が無くなってしまったそうだ。

高木元輝さんの最晩年の録音。

高木元輝(イ・ウォンヒ)さんの最晩年の録音のCD&CD-Rを入手。これまで、ヤフオクで¥9800でオークションに出されていた為、全く手が出せなかった。この度上尾の散髪屋さん「バーバー富士」さんから(散髪屋の中でフリー・ミュージックのライヴを長年に渡って行われている。CDの通販もされている。)で販売され、普通の値段で手に入るようになった。早速注文し、購入。高木さんの録音となれば、晩飯代を諦めてでも買わねばなるまい。CDが届いて、そのジャケット写真を見ていたところ、どうも見覚えが・・・。at KUKUとか摩訶耶寺なんだけど、写ってる場所がなんとカフェ・アモレスではないか!? 写真そのものも写真家・松本晃弘さんのもの。こういうのを無断で掲載という。当然ジャケットには何も記載されていない。まあ、怒っているように書いているけど、こうして高木さんの演奏が聴けるだけで有り難くもあるのだ。どんな人がこれをリリースしたのかは分からないが、高木さんに生前貰ったか借りたかした写真を気に入ってCDに使ったのだろう。誰が撮った写真かを確認する手立ても無かったはずだ。そういう場合はせめて、「撮影者不明。写真提供;高木元輝」くらいの配慮はすべきだった。そうした後にでも、撮影者を探す努力はする・・・と。

幸い俺が気付き、撮影者も知っているから、彼にCDを「すみません。」と渡せるから、問題も起こらなかったが、これがたまたま「おら!勝手に使いやがって、落とし前つけてもらおうか。ワレー!」という者だったら困ったことになっただろうなあ。って、写真家はいません。でも実際それなりの問題にはなるところです。もっと、やっかいなのは著作権。曲のクレジットが全く書かれていない。完全即興(懐かしい言葉)なら高木さんだからいいが(JASRACに登録されているミュージシャンの場合だと、いくら即興でも著作権が発生する。30人くらいしか入らないカフェ・アモレスでも、一回のライヴで5万円くらいしたはずだ。こんなの払ってちゃライヴが成り立たない。)、ソロの演奏は色々な曲をやっているのです。「これ、○○の曲。」と言われたら、これもそれなりの問題が起こる可能性あり。しかし、即興演奏の場合その線引きが難しいのも事実。当人は即興のつもりで演奏していたが、途中既存の曲のメロディーが出て来たなんてことはよくあること。そこまでは著作権云々は勘弁してくれってことにもなる。ここでの、高木さんは明らかにそのつもりで演奏しているんだなあ。ここでこんな事を書くと俺が悪者になるかもしれないが、こうしてCDが流通してしまっているんだから、いずれ分かることだ。自分もCDを作ってきたから、そこらへんの苦労は身に染みている。このレーベルオーナーさんが次にリリースする時に間違いを起こさないようにと、あえてここで公表させていただいた次第。本音は「高木さんのCDを出してもらって有難う!」なのです。ちゃぷちゃぷレコードでも出したい録音が有るけれど、さていつのことになるか。生前CD二枚分のギャラを先渡ししてあるというセコイ理由じゃなくて、広く多くの人に聴いてもらいたいのだ。そのためにも「逍遥遊」が売れないとなあー。

ライナーノートのバックの写真がカフェ・アモレスでの演奏風景。金大煥さん、崔善培さんとのトリオ・ライヴの時松本晃弘さんが撮影。

この写真もカフェ・アモレスでのライヴ。上と同じ時の撮影。KUKUでのライヴなんて亡くなられる2ヵ月前くらいの録音。生との決死の戦いといった音。ある意味感動の名演とも言える。聴いていてジーんと来た。尚もう一枚サブさんとのDUOが出ている。こちらは別に問題が無い(俺とは)ので掲載せず。(ホントはスキャンし忘れていた。at まんぼう。)

その後、これらCD(高木さん3枚、Steve Lacy1枚)は全くのブートレッグと判明いたしました。これを取り扱ったショップも全部返却されました。LacyのCDを見て、どう考えてもイレーネさんに許可を貰っているとは考えにくかったので、ひょっとしたらとは思っていましたが、やはりブートレッグでした。残念な話。

この写真は広島でのライヴ。カミさんが撮影。庄子勝治さんと盟友豊住芳三郎さんとの共演。

「おら、合唱はきらいだー!」~ダブル・バインドで納得の巻。

なんと、子供の合唱団を運営しているくせに「合唱が嫌い!」だと?

と、思われた方がほとんどでしょう。ハイ、大嫌いです。それも、日本語で歌われるヤツです。合唱だけではありません。クラシックの(西洋の)発声法で歌われる日本語の歌も! でも、シューベルトの歌曲をフッシャー・ディースカウが歌う、シュヴァルツコップが歌うのとかは大好きです。エマ・カークビーなんて大好きです。もっと言うと、デ・ロス・アンヘレスも。だが、これが日本の唱歌だろうが何だろうが、あの発声法で日本語の歌を歌われた日には、お天道様はあっという間に曇り空。これは何なんだろうと、ずっと思っていた。単に「気持ち悪い。」では済まない問題。そこに現れたのが尺八奏者の中村明一さんの本「倍音」だった。倍音の少ない発声で歌われる為に、歌われている言葉の意味と実際鳴っている音響が食い違っている(ダブル・バインドと言うそうです。)からだそうです。日本語を西洋の発声に乗っけることから起こった矛盾がそうさせるってワケ。まあ、こんな説明じゃ何のこっちゃ分からないだろうから、この本を買って読んで下さい。子供の頃音楽の授業が嫌いだったアナタ!これでその理由が分かるはず。でも、まてよ。子供の歌や合唱は、全然気持ち悪くないんだ、これが。それどころか楽しいのだ。この理由を誰か教えて下さい。「みつばち合唱団」のYouTubeを見た一楽師匠のように「カワユイなあー。」だけじゃないはず。これらの問題は、日本の音楽界にとっては相当大きな事と思うが? 

まだ、お江戸にいた頃のお話。尚美音楽学校(今は大学か?)で若い作曲家が集まって(河合孝治~当時は本名の明さんも参加)ある歌詞に皆で曲を付ける会(?)があって、誘われたので行った。(その時の録音が出て来た。)クラシックの歌手(結構有名な人だったらしい)が皆が作って来た歌を歌った。どれもこれも「おら、こんなの嫌だー!」だった。だって、歌詞が聴き取れないのだ。音響としても気持ち悪かったのだ。感想を聞かれて正直に「何歌ってるんだか分からない。つまらない。」と答えたら。「有名な歌手が歌ってくれたんだぞ。失礼な!」と、怒られた。でも、分かっていないのは、こいつらの方だと、この本を読んで今頃になってその理由がはっきりした。目から鱗の本です。

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