最近の話4

Sella CD発売記念ライヴ at Stage M。 2015年4月17日。

Sellaの初CD「Sella Best~Song Of Pease」のリリースの発売記念ライヴの記録係のオジサンとして行って来ました。開演前と言うのに純粋なお客さんはたったの一人。その後トトちゃん&ユミコちゃんのご両親が来られたが、「大丈夫か?」と不安がよぎるも、開演直前にゾロゾロと増えて行き、日本全国のジャズ・ライヴ程度?には席が埋まってほっとした。前半は、Sellaの二人だけで、ピアノとギターと歌と言うシンプルな編成のアコースティック・ヴァージョンで、CDの打ち込みトラックに載せて歌うのとは大きく趣が変わっていて、これはこれで良かった。こういったスタイルでのCDも作るべきだろうとオジサンは思う。出来れば何度も言ってるが妹のユミコちゃんも一緒に歌うべき。なんだが、彼女の「こんにちは」等のあいさつ以外の生声を聞くのも「前回いつだったけ?」なくらいだから、あきらめた方がいい。懸命にギターを弾いているだけでヨシとするのだ。オジサンは女の子には甘い。これが相手が男だったら、態度豹変。さて、セカンド・セットはSella Bandになってベースとドラムのオジサンが加わった、前半よりノリのあるバンド演奏となった。当然演目もそのようになる。「お前らAKBか?」と突っ込みたくなるノリも披露したトトちゃんに、「こんな姿もあるんやなあ。」とちょっと驚く。でも、オジサンついて行けません。もう30歳若ければ・・・。今回のライヴは、CDの中からほとんど選曲されていた。近頃作曲のヴァリエーションがより多彩になって来ている。今後は、一人でのピアノの弾き語り、Sellaの二人だけ、プラス・オヤジのSella Bandをうまく場所場所で使い分けながら、早いところ県外までは出ていこう。ところで、Sella Bandの通称キムキムさんは、クラシックの打楽器奏者でもある人で、テクニックのセンスも抜群。

 

「ドラびでお」at Organ's Melody 2015年1月15日

14日、一楽師匠から電話。「おい、明日暇か? 暇なら足が無いから付き合ってくれ。」と、いつものアッシー君の依頼。翌15日、新山口駅まで迎えに行って、夜は湯田温泉街にあるライヴハウス「Organ's Melody」で、「ドラびでお」のソロ・ライヴとなった。前座はshiNmm(シンミリメートル)と言うなかなかおじさんには覚えるのに時間のかかる名前のガールズ・バンド(内一人は男のギター。何と、Studio Mのイベントの時世話になった山崎君ではないか!)だった。これにはおじさん二人ビックリ! てっきり刺青した大暴れするでも実はボンボンorヒモで食ってるカッコだけのヤローバンドとばかり思っていたので、これには驚いた。一楽師匠これには大喜びで「もう前座は女の子だけにしよう。ヤローはいらん!」とのこと。実は、一楽師匠、大風邪をひいておりずっとゲホゲホ咳をしていて辛そうだったのだが、不思議なことにカワユイおねえちゃんに囲まれた打ち上げの最中の3時間半は、誠に元気いっぱいで、一人でおねえちゃん達相手にしゃべくり倒していた。おねえちゃん効果抜群! さて、演奏は、この日レーザーギター初体験のお客(ほとんどが、ガールズ・バンド+山崎君目当ての客みたいだった)ばかりだったようだった。始まった途端、「凄い!」の声が飛び交った。ウケたってことだ。メデタシ! スティーヴ・ライヒやディープ・パープルなんかの音も交えて(勿論相当変形させる)の1時間は、シリアスあり、ハードあり、ポップありのいつものソロの演奏だった。店が狭いせいかスモークが煙いのなんの。これには参った。

 

 

           ドラびでお ソロ

shiNmm(シンミリメートル)。ドラムの子が写っていません。

トトちゃん Live at Atage M(Jazz屋改) 2014年12月11日

トトちゃん(末冨家、みつばち合唱団&うたたま限定のあだ名。他ではTOMOちゃん。)のライヴがStage M(旧JAZZ屋)でありました。いつものSellaではなく、g,b,dsの入ったバンド演奏。これで、演奏にグルーブ感が出た。PCで作ったバックトラックだけだと、どうしてもカラオケ感が出てしまうので、今後もライヴはSella以外はこれで行った方がいいと思う。

トトちゃんのヒット曲!(イヤミじゃなくて・・)と、途中バックのオヤジ二人の歌を挟んでの2ステージ。笑いのこぼれるステージトークもなかなか板についていて楽しい2時間だった。

Richard Pinhas/リシャール・ピナス&吉田達也 at 印度洋 11.23  2014

印度洋でギターのリシャール・ピナスとドラムの吉田達也さんのライヴがあった。正直言うとR・ピナスの名前は初耳だった。フランス・プログレ界の巨匠とのことだったが、何しろロックに疎いものだから、今の今まで名前すら聞いた事がなかったのだ。だが、「知らずに行ったら面白かった」と言う最高のパターンだった。おそらく相当長いディレイを使っているのだろう、一音が長~く伸ばされ、それが分厚く重なる。店内中を密度の高い音の粒子で埋め尽くすのだ。正にこれ私の好み! 吉田さんのドラムは、その音の洪水を着地点にきっちり持って行けるように誘導しているように感じた。もう言わずもがなの演奏を堪能出来た。帰りにCDを買おうとしたら残念ながら防府に来る前に売り切れていた。

          Richard Pinhas&吉田達也

                                         KADATH

崔善培さんよりDVD-Rが届いた。

今朝(11/5 '14)崔善培(チェ・ソンベ)さんから一枚のDVD-Rが届いた。てっきりライヴ映像だと思って再生したら、インディーズの短編映画だそうだ。見ていると、しばらくしたら崔さんが出て来た。ベテラン・ジャズ・ミュージシャンが本を出版したらベストセラーになったという設定のようだ。カフェで若い女性にインタビューを受けている場面が結構な時間出てくる。本当のインタビューのようにジャズについて話している。これが映画の一場面ということを忘れて見てしまった。

SKY SHINE×Machine Electrique at 印度洋 2014/9/24

印度さんからの突然のメール。「SKY SHINE×Machine Electrique」をやるから来い!との仰せ。横文字だらけで、何のことやら分からない。しかし、なおちゃんが出るというし、萩の醤油屋さんも出るというから言ってみた。醤油屋さんとうだうだとしゃべっている最中もDJが音を出し続けていたが、「ひょっとしたら、これ本番?」と醤油屋さんが言ったけど、ずっと店に入ってからも音を出し続けているので、彼等の本番とは分からなかった。でも、ほっといて二人はしゃべっていました。だって、違いが分からないんだもんなあ。次は、独特な個性を持った歌を歌う山本初子(ういこ)こと、なおちゃんの番。これはおじさん二人も真面目に聴いていました。醤油屋さん、「ネグリジェみたいなもん着てるなあ。」でした。カワユイ歌と思ったら突然狂ったように歌い出す落差が面白い。次は、醤油屋さんともうひとりの「岡田御院家」というデュオ。マイクの前にすくっと立った男が突然読経を始めた。横で醤油屋さんがギターを鳴らす。和音をドローンのように伸ばす演奏で、私はノルウェー・ギターと勝手に呼んでいるスタイル。テリエ・リプダルあたりが演奏しそうな感じがするからだからだけど・・。顔は醤油屋という落差?がいい。このコンビ、何をするのか予測がつかなかったが、まさかこう来るとは!読経したのは浄土真宗のお坊さんだそうだ。本物です。私の隣にいたきょうの主人公、川端一さんもヤンヤの喝采で、ライヴ後にはこの二人に12月に川端氏が神戸で行うフェスティヴァルへの招待をされていた。「演奏だけじゃなくて、味噌、醤油も売って下さい。」とのこと。私も行きたい!

さて、次はメインイベント。SKY SHINE(川端一&DJ Urine)。DJというからターンテーブルかと思ったら、2台のプロジェクターを使い、インクや水?オイル?を垂らしながら様々な色や形に変化する映像をスクリーンに映し出すというもの。そのサイケデリックな映像の川端一氏のギターが音をかぶせていくというパフォーマンス。ギターといっても、ピックを使うのはまれで、十手のような金属の棒や、アルコを使って持続音を重ねて行く演奏。ドローンが重層的に分厚い音の壁を作る。もうみんな吸い込まれるように見入っていたし、聴き入っていた。これはいいものを見せて、聴かせていただいたと感動した。トリはフランスから来たヘンな兄ちゃんが、ヘンなDJをブチかました!正直DJというので、期待はしていなかった。ターンテーブルが3台置いてあったし、LPも山のように積んであったし・・・、という私の先入観をこのフランス兄ちゃんはぶち壊してくれたのだった。Machine ElectriqueでElectronicじゃないのだ。どこまでもアナログなうるさいノイズの洪水を印度洋にぶちまけた。広瀬淳二さんのノイズマシーンにも通じる使い方もしていたオブジェも見られた。LPなんて丸いのが少なくて、バラバラなんだが、LPをかけたと思ったら瞬間前に放り投げてる。これじゃLPは割るし、だいたい音も刻まれた溝の極瞬間しか鳴らされていないではないか。私のDJへの偏見をバラバラにしてくれたヘンで楽しいフランス兄ちゃんでした。「これで踊れるもんなら踊ってみ~や!」って所だ。いやー、楽しい3時間だった。これで¥2500ドリンク付きとは良心的すぎやしないか。

             山本初子

            岡田御家院

                                    SKY SHINE

                               Machine Electrique

OTOMO YOSHIHIDE FEN ORCHESTRA ASIA EXPLOSION

きのうに続きYCAMへ。きょうはFEN Orchestra。Studio Aに入ると、広く天井の高い空間に、円形に近い感じでそれぞれのミュージシャンのシステムが組まれてあった。客はミュージシャンに囲まれて聴くことになる。もうそれだけでワクワクして来た。前半はデュオかトリオで演奏。私のすぐ前はシンガポールのBani Haykal(ギター、ヴォイス、ドラム)。右横にトロンボーンとエレクトロニクスの米子匡司。左横に「なんだこりゃ?」のエイリアンが一匹固定されて生体実験をされている? なんとも妙なのがいたのだった。前身真っ黒けのミイラ男のようなのがいるではないか! 鉄骨に固定された3本のギターに色々なセンサーのようなものが取り付けられている。その下の鉄骨の枠にエイリアンは横にされて固定されていた。彼はM78星雲からじゃなくて、インドネシアから来たVenzha Christなるアーティスト。彼の出す音(それ自体はわりとフツー)と大友さんのギターとのデュオはエイリアン VS 流しのおっさん対決だった。米子氏の横にはベトナムのVu Nhat Tan。彼のエレクトロニクスの音はセンスよかった。韓国、中国、シンガポール勢は客が集まっているところからはちょっと遠くにあって、正直音がよく聴こえてこなかったのが残念。すぐ横にいたdj sniff/水田拓郎は、私のDJへの偏見を吹き飛ばしてくれた。DJはパーティー・フロアやクラブの客を踊らせて楽しませてナンボのシロモノくらいにしか認識してはいなかったのだが、彼は違った。彼こそがきょうの演奏の核になっていたように聴こえた。すぐ横で音が大きく聴こえただけの理由ではないはずだ。演奏も長いと所々「この先どうする?」的な場面が出て来る。そんな時、大友さんがホイッスルを時々吹きながら会場を歩いて回った。そんなローテクなアナログ な音が全体を締めた。あるとき後ろから面白い音が聴こえて来た。どんなことをして出しているのだろうかと振り返ったら、何とバニ・ハイカルのヴォイスだった。喉をこれ以上無理な感じまで絞り上げて出しているような声だったのだ。きょう一番面白かった音だった。エレクトロニクスの飛び交う音響空間に突然現れた声が良かったとは、ちょっと皮肉がきいているような。それに場を締めたのがホイッスルだったとは。

こんな贅沢なコンサートが聴けるなんて感謝あるのみ。お客さんも大勢入っていた。

YCAM Sound tectonics #14 8月2日 2014年

YCAMで催された[Sound Tectorics #14]に行ってきた。行く直前の大雨のため行くのを止めようかとも思っていたが(勝坂の峠が通行止めになるかもしれない)、一楽師匠の「このアホ!死んでも行け!」のお言葉に押されて行って来ました。日本、インドネシア、シンガポール、ベトナム、中国、韓国から集まった10人のミュージシャンが、YCAM内をバラバラに陣取って、各人各様な演奏を始め出した。2階も含めてのセッティングだったので、上に行ったり下に行ったり、右に行ったり左に行ったり、立ち位置で音の混ざり具合が変化するのが楽しかった。しかし、疲れた。韓国のリュウ・ハンキルの後ろに椅子があったのと、彼だけ一人隔離された位置にいて、そこに行かないと彼の出している音が聴けなかったこともあって、一番聴いた演奏は彼だった。会場の真ん中に竹の床が設置してあり、おそらくコンタクト・マイクが付けられてあったのだろう。子供達が上を歩くと音が増幅されて聴こえた。この音が絶えず聴こえており、これが通奏音となって、このコンサート?を下支えすることとなった感じがする。この音がなかったら、もっと殺風景な音環境になったかもしれない。また逆にこの音に聴く方の耳が慣れてしまって、予定調和のひとつになりかねないとも言えた。この広さで、こうした混沌とした音空間を作り出せているYCAMが羨ましい。さて防府だと、どこがいいか?

山本達久 Live at 印度洋。 7月14日 2014年。

防府から世界へ飛び出したドラマー、山本達久君(31歳になっていた)の久しぶりのライヴが古巣印度洋で行われた。印度洋が満員になる盛況だった。この日の共演は御大坂田明(as、cl、voice)と坂口光央(keyb)。普通「坂田明と共演するのは・・」となるだろうが、防府ではこうなるのだ。実際達久君目当ての客が多かったようだ。オープニングは「オニオン座」店主、奇々怪々フォーク・シンガー佐々木匡士君。去年の「ドラ✩美保」以来の印度洋。この日は旧友達久君とのデュオ(最後のささやくような歌のときはひとりで)だった。以前は何度もやっていたそうだが、それは私が船乗り生活をしていてほとんどライヴに行けなかった頃の話なので、この日初めて聴いた。面白いコンビでウケていたら、以前から聴き続けていたMさんは、「僕には物足りなかったなあ。」と本人の前で正直なご意見。ということは前はもっともっと良かったのだろう。CDでも少し聴けるんだが。さて、三人のライヴはと言うと、まずは坂田さんのお話から入った。泊まっていたホテルを出て水路を眺めていたら魚がいたという広大水産学部出身らしい話から始まったが、それがいつに間にやらエロ話に変わる頃は満員のお客さんをグイッと坂田ワールドに引き込んでしまったのはさすが。坂田さんの地元(呉市広)に近い防府ということもあってか方言丸出し。これもウケた。坂田さんの演奏はもう40年近くライヴ(と言っても、1981年の新宿PIT INNのテンテットのライヴ以来生に接していない)やレコード/CDで聴いて来ているので、想像はつく。つかなかったのがキーボードの坂口さんと達久君。正直「わあー、スゲー。」と思ってしまった。よく一楽師匠が「最近の若いのはみんな上手いぞ。」と口にするが、本当だったとあらためて実感。達久君も相当昔知っていた頃とは変わっていた。ドラムだけじゃなく、エレクトロニクスも非常に効果的に使っていた。正にワールド・ワイドなミュージシャンに変貌を遂げていたのだった。正直なところ達久君と坂口さんのデュオを聴いてみたい気にもなったものだ。色んなミュージシャンから「達久君が一番いい。」という言葉を何度聞いたことか。なかなか防府に帰ってこられないようだが、次が楽しみ。

     佐々木匡士君と山本達久君の久しぶりのデュオ。

     この日は坂田明さんの撮影はNG。

   売っていたCD-R三枚。「二人で全部やった。」そうです。

副島輝人さんがお亡くなりになられました。 7月12日 2014年。

これまでの私の人生で最もお世話になった人、副島輝人さんが7月12日に胃癌でお亡くなりになられました。つい先日電話でお話出来ました。確かに元気はなさそうでした。一昨日は佐藤允彦さんから「副島さん宅へお見舞いに行って来ました。」との連絡を受けたばかりで、自宅療養ならまだまだ大丈夫と思っていたところでした。正に突然の訃報です。副島さんとの初めての出会いは、イスクラの会合で新宿の喫茶店にいたところ、私達の席のすぐ右前の席に阿部薫るのお父様といっしょにおられたのが副島さんでした。紹介され、少しご挨拶しただけで、その後はライヴ等でお見かけするだけでした。新宿DIGでのメールス映画の上映会では、私の近くには高柳昌行さんもおられました。カフェ・アモレスを始めて3年後、姜泰煥さんのライヴをすることになり、その第1回目は、副島さんの8mm映像も上映され、姜さんとの音と映像の共演となりました。カフェ・アモレスでは、その後幾度となくライヴやメールス映画の上映会等で大変お世話になりました。ライヴの撮された8mmvideoが残っていますが、打ち上げ風景を含め副島さんの映像がたくさん含まれています。副島さんは私をメールス・フェスティヴァルに客ではなく関係者として連れて行き、運営の仕方等を学ばせて「日本のブーカルト・ヘネンになってもらう。」という驚くような事を真顔で話されたりと、思い出話を続けるには何日も必要です。CDのライナーノートは、姜泰煥さんと崔善培さんの2枚のアルバムに書いていただきました。去年リリースしたCD「Misha&Sabu;逍遥遊」も絶賛していただきました。あの世では、高柳昌行、阿部薫、吉沢元治、井上敬三、高木元輝、富樫雅彦、Peter Kowald等々とゆっくり楽しくやってて下さい。

「ドラ✩美保」at 印度洋 6.30 2014

「ドラ✩美保」、防府市の印度洋での二度目のライヴが6月30日に行われた。今回は故有ってちゃぷちゃぷミュージックの主催ではなく、印度洋の主催となった。「どら✩美保」としては二度目だが、今回は「ドラ」こと一楽儀光の新兵器「レーザーギター」の防府初のお披露目ライヴだった。

 レーザーギターの威力たるや想像を越えていた。これまでの「ドラ✩美保」とは、当然違うアプローチを見せた。特に美保ちゃんはレーザー光線を効果的に使うべく布を多様し、正に「女神降臨」の瞬間も!ライヴでは「ドラ兄さん」こと一楽師匠のソロからスタート。ソロではポップな側面を見せる。続く「ドラ✩美保」では音は表情を変える。よりサウンド・アートの領域に入る。「人とやるときは相手に迷惑のかからないようにする。大人だから。」らしい。

 この日前座(とは、呼ばないらしいが)は、一楽師匠曰く「西日本でこんな時代錯誤の変拍子バンドはこいつらだけじゃ!」と、褒めているんだか馬鹿にしてんだかわからないバンドの「カダス」がトップで演奏。こういうのを「プログレ」っていうのか?ギターとキーボードが「死神コスプレ」(美保ちゃんが言った)で、インストのロック。懐かしい音だった。続いては「きららちゃん」というヴォーカルとキーボードの二人組。これまた闇の世界を描く印度洋にピッタリの音楽。というか歌。語るように歌い、時に絶叫し、独特な世界を持っていた。これは想像してた以上に良かった。普段はステージとは落差のある普通の女の子達だった。印度洋に出没するくらいだから普通じゃないか。(防府レベルのお話)

 こんなまるで違った三組のライヴって楽しい。これがジャズの三組だったらあくびが出てる。途中下車間違いなし。こんなごった煮なフェスティヴァルが出来たら理想だな。一つとして同じ音楽がないステージが面白い。

            「ドラ✩美保」

            「KADATH/カダス」

        「きららちゃん」と美保ちゃん。

      「きららちゃん」のCD。「anemone」。

           防府天満宮にて。

怒神/NARUKAMI at 印度洋 4.15 '2014

印度洋から突然のCメール(つい最近Cメールが何なのかを知った)。

「明日和太鼓とエレクトロノクスのライヴがあるから来い!」とのこと。「和太鼓とエレクトロニクス?何じゃそりゃ?」と、正直入場料も安いしどうせアマチュアだろう。と、タカをくくって行ってみた。お客さんもちらほら程度。まあ、いつものことだが・・。しばらくして演奏が始まった。驚いた!とてもシロートの音じゃないし、それどころかエレクトロニクスなんて、正に私の聴きたい音だし、機材揃えて作っても見たい音。和太鼓もどう見ても聴いてもプロの演奏。様々な電子音が重なり合いながら大きな流れを作って行く。太鼓もそんな重層的な電子音の奔流に流されることなく対等に打音を打ち込んで行く。エレクトロニクスの人は、どこかで見たことがあるような・・・?「ひょっとしてK.K.Null? でも、こんな料金でこれが聴けるか?」等と思いながらも耳は大喜びの真っ最中。終わって直接ご本人に確かめると、何とK.K.Null氏ご本人でありました。もっと驚いたことに、すでに何度か印度洋で演奏しているそうではないか!? この印度洋というお店、今時ネットでライヴ情報すら流していないという稀有な所。ライヴに来たけりゃ、普段しょっちゅう店に顔を出しておけ!と言うエラソウなんだか、ただの面倒くさがりなんだか・・・。近頃は「前日、泣きつきCメール」が常套手段になっている。K.K.Null/岸野一之氏と和太鼓の富松慎吾氏のデュオ・ユニット「怒神/NARUKAMI」はまだCDを出してはおりませんでした。乞御期待というところです。近所に「NARUKAMI」が来たらぜひ行って下さい。

         「怒神/NARUKAMI」

        K.K.Null/岸野一之(electronics)

           富松慎吾(和太鼓)

       マイク・セティング中の印度さん。

「一番うるさいやつ。」と言うことで購入したCD。ライヴの音よりノイジーな演奏でした。23分20秒と35分05秒の曲が2曲。

JAZZ批評「2013年 マイ・ベスト・5」にCD「逍遥遊」が選ばれた。

JAZZ批評の「2013年 マイ・ベスト・5」で、横井一江さんが「Misha&Sabu;逍遥遊」を選んで下さいました。感謝いたします。

みつばち合唱団、フェスタ・アスピラート 2014 に出演。

防府市内のアマチュアの音楽、ダンス、詩吟等の団体が大勢出演する「フェスタ・アスピラート」に、今年は「みつばち合唱団」も出演させていただきました。朝10時のトップバッターでした。この日初披露となった「うたおう ぶん ぶん」は、時間の関係で前半のみとなってしまいました。他は小2と年長組のチビチビ達が、「春が来た。」、小5&6のチビ達四人が「ふるさと」(嵐の)、全員で「春の風」と「幸せのリズム」を歌いました。チビ四人の「ふるさと」は圧巻! 近頃は「ふるさと」と言えば、アイドルグループの嵐(顔すら出て来ない・・)の「ふるさと」なんだそうな。私は、小さい頃「うさぎ美味しい」とばかり思っていた「ふるさと」ではないらしい。さて、一ヶ月後はカフェ・レストラン「オーパス」で、Sellaと一緒にライヴです。そのSellaもきょうのフェスタに出演しましたが、何と出演時間が全く同じになってしまって、お互いが見れなかった。

             Sella

1983&4年の私の演奏を三曲収めたCD-Rが出て来た!

一楽師匠が私のコンクリート・マイクを「くれー!」と言ってるので、ガサガサやっていたら随分前にカセット・テープをCD-Rにコピーしたのがドサッと出て来た。80年頃のライヴ録音がほとんどで、80年中村明一さんの経堂の「東風ハウス」でのライヴ、81年荻窪「グッドマン」でのA-Musikのライヴ、80年吉祥寺「マイナー」での広瀬淳二、上村二男、永野秀一、小西ヤスのライヴ等々。そんな中に「Suetomi Takeo;Improvisation」と書いてあって、83年が一曲、84年が二曲入っていた。正直今更聴くのは自分でも恥ずかしい。しばらくほっといたが、やっぱり気になる。勇気を出して聴いてみた。すると、30年も前の録音なのにどうやって演奏したのかが、結構くわしく思い出されるのにはビックリ。今のような機材が無い時代によくぞここまで音がリアルタイムな即興で作れたもんだと自画自賛。自分の胸にコンクリート・マイクをガムテープで貼り付けて心臓が鼓動する音を取り出し、その音だけを使ってどこまで変形、変換出来るか試したモノ。長時間のディレイに次々と音を放り込んだらどうなるかというモノ。シンセは使わずに、エフェクター自体が発信する音だけで20分以上何とかした?モノ。の三曲。この三曲だけ残して後は廃棄したんだろうなあ。聴いてみたい人なんている?

民謡「さんさ時雨」の原曲が富海に有る??

奥州に伝わる民謡「さんさ時雨」はみなさんご存知のことと思います。伊達政宗が1589年会津の蘆名氏を滅ぼした後、伊達家の将兵が作り、歌われ広まったとされる説。室町時代に発生し、中央から奥州に伝わり広まったという説が有る。蘆名氏時代の会津若松ではすでに歌われていたという形跡が残っていることから考えると、室町時代には歌われていたのだろう。これがウィキペディアによる解説。だが、私が今から30年以上前に国会図書館で調べた分厚い本には、防府市民なら驚く(と言っても極々ひと握りだろうが)内容が書かれていたのだ。「さんさ時雨」の元歌が防府の東の端っこの富海(とのみ、駅も有る)に存在すると書いてあったのだ。驚いてノートに書き込んだのだった。そもそも現在の「さんさ時雨」は発生したとされる室町時代の歌の原型は留めていないという説も有る。一体どういう根拠で富海で「発見」した歌と奥州で歌われている「さんさ時雨」とが一致したのかまでは書かれていなかったので、少々?マークが何個も付いてしまう。「発見」したのも相当以前の話らしく、富海の写真も古かった。どなたか本当なのかどうかご存知の方はいらっしゃるでしょうか?30年以上気になってしょうがないんです。

真ん中の江泊の山の向こうが富海。海水浴場になっています。

その後の情報では、富海に伝わる「雨乞い踊り」のことでした。しかし、それ以上の情報が出てこない。

こんなの出て来たシリーズ ・12 ~「ダライ・ラマ;マントラ 2008」

CDの棚をガサガサと整理していたら、これを発見。2008年、確か熊本でダライ・ラマの講演が有ると言うので、カミさんと妹が日帰りで行って来た。そのお土産で持って帰ったのだったか、後日妹経由で手に入れたのかは定かじゃないが、当日のダライ・ラマ本人によるマントラを録音したCDーRなのだ。「OM NANI PADME HUM/オーム・マニ・ペニ・フム」と読むらしい。元々録音が禁止されていたのだが、どうも坊さんが密かに録音していたらしい。ダライ・ラマもそれは気付いていたらしいのだが、坊さんが録音するのだからと黙認していたのであろう。しかし、何故だか我が家にこうして有るくらいだから、結構持っている人は多いんじゃなかろうか。意味は全く分からねど、聴いてて心地よい。我が家秘蔵の録音の中でもピカイチかも。ご要望が有っても、これはコピーして渡すなんてことは期待せぬよう。

この本(とDVD)は、10年以上に渡るダライ・ラマの取材時に撮影された写真やチベットの写真と共に、サンスクリット語、漢字、英語による般若心経が掲載されている。サンスクリット語による般若心経の日本語訳も有る。奈良の正倉院にはおそらく世界最古と言われるサンスクリット語の般若心経が収められているそうだ。それでも8世紀だから、仏教の始まった頃と比べれば長い年月が経っている。かなり内容の変化も有るのではなかろうか。私は、今はもう無い防府の多々良学園高校の出身。ここでは、週に一度「宗教の時間」が有った。般若心経の内容を習ったり、座禅を組んだりした。全校生が集まって般若心経を読経したり、夏休みとかは、写経を相当枚数書かされたものだ。その頃はバカなガキだったから苦痛だった。だいたいテストで般若心経の一節を解釈しろなんて問われても、どだい無理。悲惨な点数だった。しかし、今この歳になると写経といい座禅といいやってて良かったと思う。

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  0835-24-2244

 

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