金大煥 コンサート&書と微細彫刻展 at毛利邸ギャラリー「舞衣」

金大煥さんは、大変ユニークな打楽器奏者でしたが、書道家(韓国では、書芸家)と微細彫刻家でもありました。1994年7月14日防府市の毛利邸内の「ギャラリー舞衣」で開催された金さんのコンサートと展覧会を紹介いたします。コンサートの写真の他、ここでは、その作品の一部を紹介いたします。しかし、これらの写真は、私が撮影したもので、作品の完全な姿を現せているものではありません。一部後日開催された、宮島の大聖院に展示された書も掲載しました。 最後には、このイベントが、どのようにして始まったか、どうやって終わったか、裏話も公開いたします。

防府日報の記事

コンサート

この演奏をCD化するためにCampfireのクラウドファンディングに挑戦中です。2017年1月末が期限です。何卒よろしくお願いいたします。

ここまでの撮影は、河内野純二さん。

金大煥さん、崔善培さん、大倉正之助さん、広瀬淳二さん。

打ち上げで、「かんぱーい!」。カフェ・アモレスにて。

書と微細彫刻

書。

これは、展示場の入り口に展示された書。

微細彫刻

これらは、米粒や象牙や金銀に彫られた般若心経等の経文です。実際は、顕微鏡で見ないと分からないくらいの小さな作品です。私の撮った写真では、ほとんど見えません。外観だけですが、掲載しました。

以上は、ソウルの金さん宅で撮ったもの。大きさの比較のために出された手は、姜泰煥さんの手。

これが、般若心経が全文彫られた米粒。283文字彫られている。

ギネスブックに掲載された。当日は、大きなルーペを用意し、お客さんには、これで見てもらった。

金と銀のお守り。般若心経全分が彫られている。これは、展示品じゃなく、私と孝代の個人所有。

裏話 公開 

金大煥(キム・デーファン)さんとは?

金大煥さんとは、どんな人? 金さんのネタだけで100回は書ける。そのくらい面白い、凄い、ヘンな人なのである。オレもまだ人生53年だが、金さん以上にインパクトのある人に今後出会うことは絶対に無いと断言出来る! 色々有りすぎてどこから書いてよいやら分からない程だ。金さんを知る者どうしが集まったら、金さんの話をしておけば、楽しい時間が経ってしまうというものだ。金さん自身についてくわしく知りたい人は、大倉正之助さんが書かれた本を読んで下さい。金さんとの最初の出会いは、怪獣めぐらの「金さん連れて行くからねー。」の、一言から始まった。正直言って、この時点では、金さんの情報は少なくて、「元姜泰煥トリオの打楽器奏者。」くらいなものだった。ライヴの前日に来られたので、その夜は、店の中で、翌日ライヴに来るであろう客の数人達と、金さんを囲んで、すき焼きパーティーとなった。このとき怪獣めぐらはいたのに、吉沢さんがいなかったけど、どうしてだったかは全く思い出せない。食べ終わったころ、怪獣めぐらが、「金さんは、書が上手いんだよー。何か書いてもらったら。」と、言い出した。すると金さん、機嫌が良かったらしく、「いいよ。」と、なった。オレは、近所の書道をやってる人の家に飛んで行って、書の道具一式借りてきた。すると、金さんは、するすると書き始めた。よく見ると般若心経だった。趣味でやっていますなんてシロモノじゃないのはオレにもすぐ分かった。いや驚いた。そりゃそうだ、金さんは、韓国でも有数の書家でもあったのだ。ただの書芸家(韓国では、書道を書芸と言う。)じゃない。ハングル文字の書は基本的には、楷書しかないらしい。金さんは、ハングル文字の草書体を独自に発明(と、言っていいのか?)されたのである。舞衣での展覧会の時、金さんとコーヒーを飲んでいたところ、金さんが凄いことを話始めた。仙台の現代美術館で、ヨーゼフ・ボイスと白南準(ナム・ジュン・パイク)と金さんとで、三人展をやったことがあったと、言われた。金さんは、ハングルの「あ」だけを色々な姿で書いてたくさん展示したとか。オレは、この話を聞いている最中興奮しっぱなしだった。「オレ今凄い人と一緒にしゃべくってんだ!」と、一人ぶっ飛んでいた。この話を、このイベントの前に話してくれてたら、良い宣伝材料になったのにと、言ったけど、はたしてこのネタでウケる人が防府に何人いたことやら。実際、金さんにこの話をしてもらった後に、「金さん、ボイスとパイクと展覧会をやったそうですよ!」と、近くにいた人達に興奮しながら話したら、「何をそんなに一人で興奮してるの?」という顔をされてしまった。

 

般若心経

アリラン

負けず嫌いの金さん。

金さんは、打楽器奏者としても、世界で唯一のユニークさを持っている。シンバル、ロートタム、プク(韓国の打楽器。パンソリなどの伴奏に使われる。)だけという、いたってシンプルなセットを、 片手に大きめのと、少し小さめのバチと、細いスティックの三本を持って(指に挟んで)、ドンドコドンと叩く。このドンドコを、金さんは、「ワンビート」と呼ぶ。「こっちは、ワンビートなので、相手は何をやっても合う。」との説明だった。片手に三本のバチなんかを持って叩くけど、これを全てコントロールしているのかといえば違うらしい。「70%は、ねらって叩くけど、30%は偶然なの。だから面白い。だからFREEなの。」と、言っていた。これは、金さんのライヴを見た者なら分かってもらえるだろう。まだ見ていない人は、あの世に行きなさい。金さんと同じ所に行ける人は少なそうだけど。さて、「どうして金さんは、片手に三本のバチなんかを持とうと考えたのか?」の答を、高田みどりさんが明かしてくれた。高田さんに限らず、マリンバ奏者は片手に二本のマレットを持って叩く。これを見た金さんは、「みどりが二本なら、僕は三本だ。」と、思ったのだそうだ。これは、金さん自身からも聞いた。これも高田さんに負けまいとした金さんのエピソード。腕力を付けなきゃと思った金さんは、手首に重りを巻いて太鼓を叩いて鍛えた。しかし、高田さんに、「金さん。打楽器って腕力で叩くものじゃないのよ。」と、言われたよ。と、金さんが言っていた。何事も、負けちゃいけないのだ金さんは。

ギネスブックの金さん。

金さんは、打楽器奏者、書芸家に加え、もうひとつの顔を持つ。金や銀、象牙等に般若心経等の経文を彫る微細彫刻家でもあるのだ。その中でもギネスブックに掲載されるほどの作品が有る。なんと米つぶに般若心経全文を彫ったのである! あの小さな柔らかい、そして壊れやすい米にである。たしか283文字だったはずだ。これまで五個作っている。しかし現存するのは、三個。内ひとつは割れていると聞いている。失われた二個の内の一つは、「多分チョコが食べた。」と、金さんは言っていた。ハハハ。もう一つは、友達に渡したら無くしてしまったのだそうだ。これを作ろうと思ったきっかけも負けず嫌いの金さんらしい。日本人に米に文字を彫った人がいた。たしかテレビに出たはずだ。オレも見た記憶がある。これを知った金さんは、「よし!僕も彫る!」と、言って彫ったのが般若心経だ。しかし、日本人の彫ったのは、米に一文字だったのである。それもひらがな。中国にも髪の毛(だったはず)に、一文字彫った人がいるらしい。たったの一文字から、いっきに283文字に飛躍する金さんは、やっぱ普通じゃない。この話をギネスブックが聞きつけ、何度も「掲載させてくれ。」と、金さんに連絡してきたが、金さんはいっこうに首を縦に振らない。とうとうイギリスからやって来た。さすがの金さんも、やっとOKを出したらしい。「どうして、なかなかOKしなかったんですか。」と、聞いたら、「目立ちたくないから。」とのお答え。さらに、「バカなことをしたよー。サーカスじゃないんだから。こんなことしてどうなるの。」とも言っておりました。何度も「目立ちたくない。」、「目立ちたくないから、いつも黒い服を着ているの。」などとも言っていた金さんでした。「金さん。存在自体がメチャクチャ目立ってますよ!」と、言ったら、「そうかなー?」と返事が返ってきた。ギネスブックに載ったのは、結構嬉しかったらしくて、金さん宅では、「これこれ。」と、嬉しそうに見せて下さいました。

宮島の大聖院での展覧会&コンサートのチラシに、この米粒の写真が掲載されています。

米粒の制作方法。

米粒の彫り方とは。だいたい米粒に小さな文字を彫るための道具なんて、元々無い。そこで金さん、この小さなノミも自分で作ろうと考えた。材料はタングステン。それを小さなノミの形に成形した。「岩手のお医者さんに、米に彫ったことより、このノミを作った方が凄い。と、言われたよ。」と、金さんは言っていた。このお医者さんて、金野さんですよねー?さて、このノミを使って米に文字を彫っていくわけだが、大きなルーペで見たって文字なんかよく見えない。このルーペを覗きながら彫っていくそうだけど、金さんもやっぱりちゃんと見えてるわけじゃないそうだ。じゃ、なぜちゃんと漢字が彫れてるんだろう? 「般若心経を唱えながら彫ってると、どういうワケかちゃんと彫れてるの。」と、金さんは言った。思わず、「金さん。どっか他の星から来たんでしょう。」と、言ってしまった。さて、彫ったはいいが、白い米に彫ったところで、文字はハッキリとは読めない。そこで、ああでもないこうでもないと、試行錯誤の結果、蝋燭の煤を米に付けてみたらこれが正解! 文字が浮き上がって、ちゃんと見えるようになった。これで完成。まあ、一個はチョコちゃんの腹の中に入ってしまったけど。

       米粒を食べたかもしれないチョコ。

金さん、自分の書に囲まれて演奏する。

ある日、金さんとしゃべっている最中に、俺が「金さん、いつか金さんの書いた書と微細彫刻の展覧会をしたいですねー。その中で演奏するというのはどうですか。」と、言ったことがあった。こっちは、あくまでも「いつか。」である。しかし、金さんは違った。もう、ノリノリ。「そのとき、崔を連れて行く。日本人の一番のカバンモチも連れて行く。そして、サックスは広瀬がいい。」と、さっさと、決めてしまった。崔とは、元姜泰煥トリオの崔善培さんのことだった。日本一のカバンモチとは、大鼓の大倉正之助さんのことだった。「カバンモチ」は、そのまんまで、韓国でも通じるんだそうだ。今の若い者には無理かもしれないけど。ちなみに、俺は「山口のカバンモチ」なんだそうです。広瀬は、もちろん広瀬淳二さんのこと。広瀬さんは、この当時大倉さんとは、よく共演する仲で、

大倉さんのことを、「正ちゃん。」と呼んでいた。ともかく、ライヴはこのカルテットと決まった。問題は、展覧会も出来て、演奏もできる場所なんて防府には無いのだ。Free Musicをやるのにデカイホールは必要ない。100人も入れば上等の広さの空間で良い。だいたいライヴにはいつも10人くらいしか来ないもんなー。やれやれ。さて、どうしたものかと考えていたところ、その頃ミュージシャンが来たら、観光ついで昼飯ついでによく連れて行っていた毛利邸内にある「舞衣」というギャラリーショップ(カフェもある。)の奥をレンタルしていたことを思い出した。和室なんで響きは悪いが、ここしか思いつかなかった。とにかく、話をしに行こうと思い行ったら、予想外の展開になってしまった。「舞衣」さんが、このイベントを共催したいと言われるのだ。こっちにとっては、大歓迎。これで、毛利さんの顔で客が集まるんだから断る理由なんかない。場所のイメージも良いので、「じゃ、やりますか。」と、なった。決まったはいいが、問題発生。それは、次回。

問題発生。

俺は、ライヴの企画はさんざんやってきてるが、展覧会なんて初めて。まるで勝手が分からない。そこで、くわしそうな小杉武久さんのマネージャー(で、いいんですよね。)の岡本隆子さんに聞いてみた。「作品は主催者が買い取って、売ればいいの。」と、言われたときは腰をぬかした。そんなお金有るわけない。「書、一枚いくらくらいなんでしょうねー。」の質問には、「私なら、50万円は最低つけるわねー。」に、俺は沈没しそうになった。「金さんは、安く売りすぎだと思う。」とも言われた。「こりゃ中止だわい。」と、思った。もう泣きべそかきそうだった。(ウソ) 金さんに恐る恐るお伺いを立ててみると、「末冨が買うことはない。」と言われ、ホッとした。しかし、まだ問題があった。書の額装だ。これまたハンパな出費じゃない。これも恐る恐る金さんにお伺いを立ててみた。「額はいらない。ピンでとめればいい。」との仰せ。もう、ホッとしたのなんの。元々金さんは、俺にあまり負担をかけさせまいと考えていたらしい。カムサハムニダ。でも、ピンでとめるだけじゃ、見る人には、

シロート作品みたいに思われやしないかとも思ったが、実際飾ってみたら、そんなことは何の影響も無いほどの書の数々だった。展示を終えて、ひとりでゆっくりと書や微細彫刻の数々を見て回ったが、改めて金さんの偉大さをヒシヒシと感じた。微細彫刻なんて、やっぱり金さんはよその星から来た知的生命体だと思った。この書は、当初売るつもりでいたのだけれど、直前になって、どういう訳か金さんは売るのはやめてしまった。俺も、売れなかったらどうしようと、気が気じゃなかったので、少しホッしたし残念でもあった。

さあ、演奏だ。

さあ、演奏だ。開場してみると大入り満員だった。Free Musicのライヴでは初めての経験。これが毛利さんの顔と、俺の顔の差ってことだ。大倉さんの大鼓が入ることで、一体どういう演奏になることか興味津々だった。鼓の固く乾いた音(初めて生で聴いた。)が、力強く場内に響く。それ以上に凄かったのが、大倉さんの迫力のある声だ。能楽恐るべしだった。ここぞという場所に切り込んでいくセンスも凄い。広瀬さんは、いつもの過激な演奏は控えめだった。曰く「俺、TPOをわきまえることが出来るんだよなー。」でした。崔さんは、鋭い音で空間を埋める。しかし、どこか優しい感じのする演奏だ。崔さんの性格が現れている。金さんは、明らかに機嫌がよさそう。後日聞いた話では、自分の作品に囲まれて演奏するのは、なんと今回が初めてだったそうなのだ。どうりで機嫌がよかったはずだ。この日、場内を大いに盛り上げてくれていたのがNO.1カバンモチの大倉さん。演奏の合間に楽しいおしゃべりが入る。広瀬さん曰く「正ちゃんは、おばさんキラーだから、おばさんの扱いがうまいんだよ。」でした。

目当ては大倉さん?

この日のお客さんのほとんどはオバサン達。舞衣のスタッフもオバサン達。このオバサン達の目当ては金さんじゃなかったらしい。大倉さんなのだ。ちょうどこの頃、大倉さんは、メルセデス・ベンツのテレビCMに出ていた頃だった。このイベントの直前には、新聞の一面広告にドッカーンと大倉さんが出ていたことも有った。オバサン達にとっちゃ金さんは全くの無名の韓国人。片や大倉さんは、テレビや新聞に出る有名人。「かっこいいー!」のだそうだ。まあ、バイクに乗ってさっそうと現れるしなー。「あくまでイベントの主人公は金さんですよ。」と言ったって、無駄。オバサンパワーをヒシヒシと感じたのは、演奏が終わってから。ファンが群がって、サイン(オートグラフが本当の言い方。)をねだるなんてーのは、よく有る光景。だが、この時は違った。ただの「サインちょうだい。」じゃなかった。各自半紙を手にしているではないか。どうやらあらかじめ用意していたと思われる。おまけに、金さんの名前を書いて貰おうとしているのじゃないようなのだ。なんと、般若心経を全文書いてくれなんて言ってる。「おめーらえーかげんにせーよ!」と言いたくなったのだが、金さんは、文句も言わずに、黙々と般若心経全文を一人一人に書いていた。それも楽しそうなのが、伝わって来た。この光景を見て、今回のイベントは成功だと、納得。まあ、少々の赤字くらい皆が楽しければいいのだ。ところで、このとき書いてもらった書は、今でもちゃんと保管するなり、飾るなりしてるかー?オバチャン達!

これでおしまい。