金野吉晃/ONNYK's Novel

Le Pollen

 

LE POLLEN  par Onnyk

 

 

 

 堅忍は禅僧である。得度して二十年、ひたすら修行に励み、いま若い僧達を指導する立場となった。しかしまだ悟達したとは思わない。

 

 悟りが最終の目的地ではないことは自明であり、その境地から衆生を救済に戻り尽力する。この菩薩行こそ今生での役目となる。菩薩たる免許が悟りである。

 

 だが堅忍はまだ、その免許を得ていない。そんな己が直堂となり、修行僧を警策で打つなど許されるのかと、常日頃思っていた。

 

 さらに彼を悩ます事態が年々悪化してきた。それはスギ花粉症である。

 

 

 

 近年、若い僧達が花粉症に悩むのは知っている。座禅中にくしゃみをする、洟をすする、目の痒みに顔をしかめるなどは、本人のみならず、周囲にも大いに支障がある。あまりにも続く場合、自主的にあるいは促して退席もやむなし、となる。

 

 堂宇は山間、杉林の真ん中にある。花粉症の僧は次第に増えてくる、というより参禅してから酷くなったという者も出てきた。医者に聞けば、花粉に接するほど、というか限度を超えたとき発症するのだから当然でしょうという。

 

 仕方なく症状の強い者にはマスクとゴーグルを許した。しかしなんとも示しがつかない。

 

 座禅の基本は姿勢と呼吸にある。いくらマスクをしていても、いやしているからなのか、呼吸は荒い。当人によれば粘膜はあれ、鼻水は垂れてくるという。

 

 ある書には、瞑想により副交感神経が優位となれば、アレルギー症状は緩和するとあったが、花粉渦巻くど真ん中で、いくら神経が落ち着こうとしたって限界はある。耐えきれず下山した僧もある。

 

 堅忍自身が最初に発症したのは三年前だった。

 

 急に鼻がむず痒くなり、喉の奥にも何か張り付いた気がした。鼻をかみ、うがいをしたら気にならなくなった。

 が、それから半年後には立派な花粉症患者になってしまった。医者に毎月、点鼻薬、のみ薬を出してもらうが、使う量は増える一方。座禅中にくしゃみをしたのでは権威失墜だ。そこで、欠伸を噛み殺すように、くしゃみを押し潰す方法を編み出した。ハナは垂れても仕方がないがかまない方が垂れないと分かった。


 しかし、押し潰す度に目に思い切り力がかかるのが分かる。
 そんなある日、座禅を終えて僧坊に戻ると、同僚が呼び止める。
「どうしたんですか!その目は!」

 

「え?何か変ですか?」
 堅忍は東司に急ぎ、鏡を見た。
 白目が恐ろしく充血している。半端ではない。別に痛くも痒くもない。瞼をめくるとこちらも真っ赤だ。
 翌日医者に行った。
「花粉症の結膜炎のレベルよりは充血してますね。こすったかな?」
「いや、目薬使いますし、ああ、思い当たるといえば、くしゃみを押し潰すようにしたら目に力が入ります」
「どんな風に?」
 堅忍は、くしゃみはでなかったが、やってみせた。
「ははあ、それかな。結膜の毛細血管に過剰な血圧がかかって裂けたんだな」
「まずいですか?」
「良くはないねえ」
「どうすれば」
「普通にくしゃみしたら?」
「いやあ、できないときがあるから困るんです」
「なるほどね。じゃあ強い薬出そうか?」
「お願いします」

 

 

 

 医者にもらった薬は確かに効いた。しかし同時にかなりの眠気をもたらすのだった。それと、何とはなしに頭がぼーっとして注意力が散漫になる。鼻水、くしゃみが出ないのは良いとして、日常生活にぼんやりしては割りが合わない。いずれ慣れるだろうと思っていた。そして確かに眠気もぼんやりも減ってはきた。

 が、今度は薬の効いている時間が短くなった。だから、連続服用することになる。また、鼻の中がからからになり、喉も渇く。それでも、座禅に支障がないから続けていた。無くなりかけると、そわそわ不安になる。医者に行く回数が増えた。

 しばらくすると、次第に効き目が薄れてきたのを感じた。そこで医者には黙って倍の服用をしてみた。確かに効く。薬はあっという間に減った。

 

 医者に、もっと強力なのは無いかと尋ねてみた。
「貴方ねえ、そりゃもう薬物依存手前ですよ、ダメだよ三倍も四倍ものんだら」

 

 堅忍は、薬に頼るのを止めようと決心した。
 また鼻水とくしゃみを押し潰す日々が来た。症状は薬を服用する前以上にひどい。それもその筈、花粉の飛散量が増加している時期に入ったのだ。
 離れて見る堂宇は、花粉で霧にけぶるがごとき有り様だった。
 座禅と指導の後の堅忍の白目は目をそむけたくなるほど真っ赤になって、次第にそれが普通になってしまった。だからといって症状は収まらない。くしゃみ、鼻水、喉の痒み、目のむずむずは続く。
 次第に全身も不調となり、不機嫌、苛立ちが、若い僧に八つ当たりをするような態度となる。若手からは「赤目の仁王」とか「くしゃみ夜叉」などと陰口を叩かれる始末。

 

 ある日、堅忍は管主に呼ばれた。

「堅忍よ、お主は最近、若い者に当たっておると聞く。何か心に溜まっているものがありそうじゃ」
「誠に、仰せの通りにございます」
「申してみよ」
「はあ、花粉症にてございます。目といい、鼻、喉が無性に辛く、最近は体のあちこちまで痒く、一向に落ち着きません。心頭滅却など到底できぬ有り様」
「ふむ、噂には聞く。かなり苦しいものとな。お主はその病と如何に向き合うておるか」
「医者から薬をもらっておりましたが、次第に効かなくなり、医者からはこれ以上は無理と匙を投げられ、もはや我慢するしか」
「その我慢が人に当たる訳じゃ。我が慢心と書いて我慢と読む。お主はいま、慢心の塊になっておる」
「ははっ!堅忍、病に託つけ己を見失っておりました!」
「うむ、じゃがのう、くさめ、鼻水をだしたいだけだせと言うのでもないぞ」

 

「わかっております」
「己を虚しうしたとき、仏は自ずと現れると心得よ」

 

 堅忍は深く頭を垂れた。

 

 

 

 堅忍は禅堂でひとり座していた。

 

 今日は不思議に全ての症状が出ない。これは有り難い、仏のご加護かと喜びつつ、そんなことで悦に入るのは座禅の本意ではないと打ち消し、さらに邪念を打ち消して行った。

 

 禅定は深まって行く。こころは明鏡止水の境地となり、ただ、虚空に阿字だけが浮かんでいる。堅忍の意思は阿字の発する光の中に溶け込んで行った。これは嘗て何度も辿った過程である。更にその先、意識できる何物も消えた時、恐怖が襲ってくることが度々あった。もはや身体はない。

 

 しかしまだかすかに我という名が、梵なるものと合一することを拒んでいる。(嗚呼、私はまだ私であることを捨てられない。これは死の恐怖に似ているだろうか。)

 

 其の時、虚無と思えた宇宙から、何か煌めきが発した。

 

 堅忍ははっとした。何かがやってくる。嘗て経験した事が無い何かが。

 

 輝きは急速に大きくなり、その輝きは彼の意識の核に迫り、飲み込もうとせんばかりの勢いと強さとなった。もはやそれに抗することはできない。

 

 次の瞬間、光のやってくる反対側から恐ろしい勢いで闇の渦が迫ってくるのを感じた。自分を飲み込むのは光か、闇か。こんな話は聞いた事も無い。叫びだしたいが、それも押し殺した。

 

 闇の渦が彼をブラックホールのように吸い込んだ。

 

 

 

「ぶえっくしょ〜〜〜〜い!」

 

 

 

 翌日、堅忍が堂内で倒れているのが発見された。

 

 両眼が眼窩から飛び出して、だらりと垂れ下がっていた。

 

 

 

****************

 

 

 

 私が読み解いたのはここまでである。他に、僧堅忍が息絶えたとも、生き延びて「目出たの和尚」と呼ばれたとも、幾つか異本がある。20世紀も終わりの頃の話だから、よくわからない。今後の古文書研究の成果を待つばかりだ。

 

(終わり)

 

 

 

番外編~フリージャズ川柳

「なぐこはいねが」

「お、これおもしぇな」

 隆は思わず口に出した。ツイッターにではなく本当につぶやいたのである。もうそんなことをしている場合じゃないのはわかっている。早く仕事を探さなければ。しかし、東京から秋田の実家に帰ってもう三月、居心地の良さに流されてずるずるとしていた。

 農家としては、雪が降る前に色々準備をしなければならないし、体が弱った祖父の面倒もみなければならないので、母は一人で一日中きりきりと働いている。

 しかし隆は炬燵にあたりながら、スマホをいじくっている。それでも一応、地元の就職先情報を探しているつもりではあるのだが。

 向かい側では祖父の甚助が炬燵に半分埋まりながら口を開けて寝ている。

 「かっちゃ(母さん)、おもしぇ資格試験みつけだ」

 母は台所で夕飯の後片付けをしている。返事が無い。もう一度声をかけた。

 「かっちゃ、ナマハゲの認定試験だど! 一日研修受げで、その日のうちに認定試験通れば、地元ガイドでぎるし。認定ナマハゲになれば、この辺りあちこちさ行ってウォーってやれっど」

 その時、むっくりと甚平が起き上がった。

 「はんかくせエ!なぬ、ばがなごどしゃべってらんだ!そったなものは、ナマハゲでもなんでもね!このホズナスが!」(=何を馬鹿な事を言ってる!そんなものはナマハゲではない。この馬鹿者め)

 普段は感情もほとんど表に出さないような、というか一日中眠っているかのような祖父が、その時ばかりは驚く程の語気で怒鳴った。

 祖父は炬燵からようやく抜け出ると、片足を引きずりながら隣の仏間に入り、ぴしゃりと襖を閉めた。

 ナマハゲはご存知の通り、正月の15日に、蓑、ケラ、藁靴(ハバキ)に、髪を振り乱した大きな鬼の面をつけ、桶や出刃包丁を持った若者集団が、子どもの居る家を訪れては、部屋まであがりこみ、日頃の行いが悪い子を追い廻し、そういう子どもがいれば連れ去ってしまうぞと脅す行事である。子ども達は恐ろしがって泣きわめき、隠れる。家人は笑いながら「そういう子はいませんからどうぞお引き取りください」と酒肴でもてなし、お帰りいただくのである。

 秋田の男鹿地方ではいまでも村落毎にこの行事が続けられており、迷信の影響が少なくなった現在でも、幼い子ども達には恐怖の儀式である。成長してからは自分がナマハゲと化して家々を回るのが楽しみになる。

 隆は秋田市の高校に進学し、そのまま東京の美術系専門学校にいったので一度もナマハゲになったことがない。幼い頃、確かにナマハゲが恐ろしかった。それが顔見知りの大人達の扮装であると分かってからも、なぜか怖かったのだ。

 父は早くに亡くなり、ナマハゲ経験を聴いた記憶がない。そして祖父はといえば、なぜかナマハゲに興味がないような、どちらかといえば忌避していたような節があった。

 母が手にハンドクリームをすりこみながら戻って来た。そしてどすんと座り込むと隆の眼を見つめながら言った。

 「たがす(隆)、なすてじっちゃがそんたに(あんなに)ごしゃいだが(怒ったか)わがるが」

 「わがんね、おらびっくりすた。むがすっから何考えでんだがわがらねがったども。おらえ(自分のうち)さナマハゲ来たって全然見ようどもすねんで変わってらなどは思ってらったども」

 「おめはすらね(知らない)んだもんな」

 「なんに?」

 「別に言うなども言われでねども、なんだが勝手に話すのも悪り気すてだまってらった」

 隆は母に茶をいれてやった。母は茶をすすりながら、まだ卓の上にあった漬け物をひとかじりして言った。

 「あのな、じっちゃはな、わげころ(若い頃)伝説のナマハゲだったんだ」

 「はあ?ナマハゲの伝説だばわがっけど、伝説のナマハゲってなに?」

 母は祖父の若かりし頃の話を始めた。伝説のナマハゲについて。

 祖父、甚助は、先代のナマハゲ連中が残した扮装、小道具、面を拒否し、全て自分で作り上げた。それは仲間でも恐ろしく思うようなものだったという。つまり祖父は並以上の情熱をナマハゲに注いでいたのである。小柄ではあった祖父だが、扮装をすればまるで体格が倍になったかのような威圧感があったという。

 そして祖父を中心としたナマハゲ連中が夜回りを始めた。祖父ががらりと戸口を開け「ウォーッ」と吠えると家中に響き渡るようだった。そしてその恐ろしさは、まさに鬼が実在するならこれだという程のリアルさ!子ども達のみならず家人でさえも予想していなかった怪物の出現に動転し、失神する女子どもまででた。家長は酒を差し出す手がふるえ、杯につげなくなる程だったという。

 「ほんとにが」

 「だば、じっちゃはアーティストがパフォーマーさなればいがったなあ、ははは」

「ばが、笑いごどでね、んだってな、本気で逃げて転んで怪我すたどが、湯コひっくりげすて火傷すたどがもあったづし、ほんとだがわがらねんとも、子どもひきつけおごして病院さやったり、ナマハゲ終わって何日もたってがら夢さでできて夜泣きする子どもがよ、夜にトイレさいげねってしょんべんもらすわらす達が何十人もでだのよ」

 「はあ~、いわゆるPTSDづやづだな」

 「して、2年くれ、じっちゃがやった後、いろんたな家がら『あんたにおっかねナマハゲ、ちょっと勘弁すてけねが』って申し入れでるは、他の家さいっても、戸口あげてけねぐなったりな。あど、家の人、本気で鍬だの竹箒だので追い出そうどすたど」

 「かっちゃは見だのが」

 「いやあ、おらの生まれる前の話だもの」

 「ふーん、んで」

 「だがらよ、皆で話あって甚助さんはもうやるな、となったんだど。んでな、じっちゃも責任感じて、ほれ、どっちがつうと普段は内気なほうだから、だば俺やめっがらと言ったんだど。そんで次の歳からは『こわいナマハゲは封印されましたので、どうぞご安心ください』ってお知らせ回してな。あどは、じっちゃの前でナマハゲ話すのもなんだが御法度みてになってな」

 「それはじっちゃにはつれぇ話だな」

 「んだ。それがら全くナマハゲには関わらなぐなったづ話だ」

 「んで、じっちゃの衣装どがはどすたの」

 「聴いでねな。捨てたんでねが」

 「いやあ、そんたに精魂込めでつぐったんだば、どごがさ仕舞ってあるんでねが。見てえな、俺」

 「聴ぐんでねぞ、じっちゃ、まだごしゃぐがら!」

「んだが」

 母は話をきりあげ、ドラマを見るためにテレビのリモコンをつかんだ。

 隆も自室に戻った。

 (ちょっと納屋、探してみるかな)

 翌日の午後、母が農協に出かけた隙に隆は探索を開始した。それは意外にあっさり見つかった。納屋の二階の奥の隅に古い大きめな行李があり、蓋に紙がはってあった。埃を払うと、そこに「ナマハゲノイシャフ」と墨で書いてある。(なんだ、拍子抜けだな。封印なんていうから厳重に仕舞ってんのかと思えば紐さえ結んでいない)

 隆はさらに埃を払うと慎重に蓋を外した。

 まず小道具があった。くるんでいた新聞紙を開くと巨大な出刃包丁が出て来た。柄は枝を丁寧に磨き上げ、刃はベニヤの上に紙を貼って彩色しているが、なかなかの出来だ。暗いところで見れば本物の刃であるかのように見えるだろう。御丁寧に血糊mで描いている。

 (ふふふ、あのじっちゃがここまで凝るとはな)

 そして藁の衣装。これは別に特別な感じはしない。

 その下にまた、今度は和紙でくるんだ面があった。

 (やはりこれが一番大事だもんなあ)

 隆は包装を解き、じっちゃのナマハゲに対面した。その瞬間、思わず腰が浮いた。

 「こいつぁすげえ!」

 思っていたよりはリアルではないし、稚拙ともいえるが、まるでチベットの僧院の祭りで使うお面のような、一種独特の迫力があるのだ。はりぼてとはいえ、ここまでの造形はなかなか出来ないだろう。どこから見つけて来たのか本物の牛の角までつかっている。

 隆はしばらく手に取ってながめていたが、まるで催眠術にかかったようにその面をつけてしまった。

 (やべえ、こういうのは大体、面にとりつかれて気が狂うなんて展開だよなあ)

 しかし、やってしまった。なにも起こらない。埃臭い、カビ臭いだけだ。

 眼の位置の穴は隆にもぴったりだった。

 しかし、その穴の外には、彼が知らない世界があった。

 そこには昔の、冬の夜道があった。雪が背丈以上に積り、その奥に旧い茅葺きの屋根の家があった。情景は一気に玄関のなかへ。そして恐怖に満ちた家族の表情。また違う家の情景、年寄りは思わず手を合わせて拝んでいる。逃げ回る子ども達、ひっくりかえる餐盆、転がる徳利や杯。囲炉裏に薬缶の湯がこぼれ灰神楽が立ち上がる。ゆっくりと情景は消えていき、納屋の二階の風景に戻った。

 隆はなぜか高揚感を覚えていた。

 隆は全ての装束をしっかりくるみなおし、蓋を閉めて行李を元の位置にもどした。

 じっちゃが死んだ。

 隆が行李を開けてから数日もしないうちに祖父は体調を悪化させた。隆は何か責任を感じて積極的に面倒をみはじめた。病院に連れて行くと言ったが祖父は頑強に拒否した。

 「おら、死ぬならわがえ(我が家)で死にて。病院なんかさ行ってもずるずる生かされるだげだもの」

 往診を頼んだ医師は入院しないなら何日もつかわからないと言った。

 母は多忙を極めて居たので、とにかく危篤になったらすぐ連絡しろと言い残して仕事に出た。仏間に寝かせた祖父が、かすれ声で隆を呼ぶ。

 「たがす(隆)、たがす」

 「なんだ。水が、トイレが」

 「おめ、見だべ」

 「なに」

 「いい、別に隠してもいだ訳ではねがらな」

 「聴いだよ。伝説のナマハゲの話は」

 「・・・そが」

 「じっちゃ」

 「・・・」

 「じっちゃ、おい、じっちゃ!」

 じっちゃの唇が動いた。

 「何?、何いいてんだ!」

 「・・・なぐこはいねがあ」

 祖父を納棺する段になり、隆は行李をひっぱりだしてきた。そして親戚の前で宣言した。

 「じっちゃの最後の言葉を聴いたのは俺です。俺はじっちゃの遺言を守ろうと思います。それはあの伝説のナマハゲにもう一度なりたいということです。して、俺は納屋で昔の衣装を見つけました。これです。ご存知の方もいると思います」

 一堂はその面をみて仰天した。しかし遺言とあらば仕方ない。葬儀を仕切る叔父が許可し、祖父は遂に再び伝説のナマハゲになった。

 火葬場に行く翌日の昼下がり、霊柩車を待つ親戚一同が座席に座っていると、叔父の携帯が鳴った。

 「はい、・・・・何!ほんとが?それだばだめだ!なんとするじよ!いやあしかだねー。皆来てるべし、延期づ訳にもいがねすー。え・・・他のどごも皆予定はいってんの?こまたなー。ちょっと一回切るがら」

 「おじさん、何したって」

 「いやあ、実はな、おととい一人、近所で事故で死んだべ。おめだづも知ってるがもしれねども、あいづぁ困ったマニアでな。てすた(大した)数のレコード集めすてらった奴だ。んで今日の午前中に焼いだんだど。その時よ、息子がなんと余計なことすて、棺の中さレコード沢山いれですまったんだど。すたっけ、それ融けで、火葬場の釜の中真っ黒でベダベダとなってすまったど! んだがら。それ掃除すのに2日ばがりかがっからど言って来たのよ。他の焼き場も予定はいってでだめだど!」

 「なしたど!」

 親戚一同はさわめいた。

 隆は立ち上がって提案した。

 「野焼きしてはだめですか。ここに村長さんもいるし、和尚さんも、消防団の人もいるし、許可してくれたら俺はうちの休耕田の田んぼで焼いてもいいと思います」

 一堂は驚いたが意外にもあっさり皆は承諾した。

 隆は先頭に立って動いた。手分けして使わなくなったハセ掛けの材木を切って積み上げ、藁を敷き、そこに祖父を安置すると周囲に石油をまいて火をかけた。

 皆が合掌し、読経のながれるなか、荼毘が始まった。炎は次第に勢いをまし、顔をむけていられないほどになった。薪が崩れ落ち、一瞬火勢がひときわ強まった。隆は、その炎の中にあの伝説のナマハゲが立ち上がったように見えた。

 (あっ!じっちゃ)

 一陣の風が吹き付けてさらに炎が大きくなった。ゴオーッという音の中に隆は聴いた。若きじっちゃの、ナマハゲの咆哮を。

 「なぐこはいねがあーっ」

 (終)

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