CPCD-016 Sabu Toyozumi,Simon Tan,Rick Countryman,Yong Yandsen:Voices Of The Spitit

1 Voices of the Spirit         (18:34)

2 Unity of Opposites          (21:28)

3 Cosmic Breath                (09:40)

 

Acoustic Bass – Simon TanAlto Saxophone – Rick CountrymanDrums – Sabu ToyozumiTenor Saxophone – Yandsen

Citizenjazzのレヴューはこちら。by Guy Sitruk.

Jazz Tokyoのレヴューはこちら

Jazz Wordのレヴューはこちらこちら

 

金野吉晃氏のレヴュー

 

Sabu Toyozumi,Simon Tan,Rick Countryman,Yong Yandsen

:VOICES OF THE SPIRIT (Chap Chap /2020)

 

 

「第四の男」

豊住芳三郎、リック・カントリーマンのフィリピン録音シリーズは、サイモン・タンという、未知のベーシストを紹介してくれた。2017年の二枚、”SEARCH FOR THE FIVE SENSES”, “THE CENTER OF CONTRADICTION”に続き2020年録音の”VOICES OF THE SPIRIT”で、また彼の演奏が聴ける。

そして、ここに素晴しいテナーマンが登場した。「第四の男」はYONG YANDSENヨン・ヤンゼンというマレーシア人だ。

彼を「第四の男」と言うのはカルテット故ではない。以前のアルバムにタン以外の二人のフィリピン人ミュージシャンが参加していたからだ。

いずれここに至ってピアノレス、2サックスという攻撃的布陣、初めてサブ、カントリーマンの双頭コンボは安定したフォーマットを獲得したのではないだろうか。

冒頭サブの鋭い一発をきっかけに、いきなり四人はフルスロットル(嗚呼、古語!)。タンのベースがうねり、カントリーマンの鋭いアルトに対抗して、ヨンの野太いテナーが突進してくる。これぞフリージャズ!一音一音が全て生きている。暴れ回る四匹の獣。ぞくっとくる。

こんな陳腐な言い方でも全く恥じる所はない。これを待っていたとさえ言える。ここには「スピリチュアル・ユニティ」も「マシンガン」も「Aの第二幕」もある。それらから時間も距離も隔てられた場で、奴らのスピリットが甦る。まさにタイトル通りの出来事だ。

 

フィリピンは多島国家であり、国家というより地域、群島というべきかもしれない。アジアでは最古の直立猿人の化石が出ているが、熱帯のため歴史的遺物が残りにくく、また多くの人種が移住して来たことで多層化している。

910世紀から中継貿易で栄えた王国が出現し、14世紀あたりからイスラムの影響が強まる。16世紀、スペインの侵略が始まりカトリックへの改宗を強要し、半ばにはほぼ全域がスペイン領と成った。またスペインからの入植者も増加した。しかし長期にわたる原住民とスペイン勢力の戦いは継続していた。

17世紀、日本や中国からの移住者が増加して、多様な混血人種が社会を形成した。そしてオランダがこの領域を攻撃、中国系居住者の反乱も起こった。18世紀には英国がマニラを占領する等、欧州列強の紛争地域と成った。

19世紀末、フィリピン共和国が建国されるが、スペインは米国にフィリピン領有権を売り渡し、1901年、初代大統領を捕えた米国は遂に統治権を得たのである。太平洋戦争が始まるとすぐに日本はフィリピンを攻略、米軍は撤退した。日本は共和国を認めたが民衆はこれを良しとしなかった。

日本の敗戦直前に米軍は全土を奪還、親米政権が樹立した。その後、マルコス大統領独裁、その放逐でアキノ政権、現在のドゥテルテ大統領というのは記憶に新しい。

 

くどくど(ウィキペディア仕込みの)フィリピン史をおさらいしたのは、この国の性格が、東南アジアの歴史を象徴しているかの如くだからである。

少数の反乱はあっても、欧米の勢力にデラシネ化され、経済も文化も帝国主義、資本主義のグローバリゼーションに晒された歴史。フィリピンは多くの人種の坩堝となり、本来のとか、固有のという言辞が無意味になってしまった。いや、それは彼等の責任ではないし、それを無理矢理復古させることもまた無意味だろう。後顧の憂いはあってもよい。そして史的事実を閲することは必要だ。が、そこに生活する者は常に前を向かねばなるまい。

多くの島はそれぞれの文化をもっていた。それが漸次イスラム化したのは想像に難く無い。勿論中国人は自らの音楽文化も持ち込んだだろう。不思議に日本の影響は見られない。

そして長いスペイン統治は、それまでの文化背景を一掃したかの観がある。だからフィリピンの固有の音楽はと聴かれればどうしても多くがラテン系の様式を見せる事になる。

もちろん離島や周辺部には古くからの音楽を残しているがイスラム以前のものに遡る事は無い。

そして20世紀には、アメリカのポピュラー音楽が一気に流入し(それはメディアの発展があったからだ)、一時期日本の統治があっても、そのまま、現在のフィリピン音楽は、米文化の影響下にあることは疑いないし、現地演奏家たちも演奏規範をアメリカに準拠しているといえよう。

日本の戦後ジャズ界は米兵の娯楽の為に発展したが、当然先輩であるフィリピン人のジャズミュージシャンが多く来日して仕事をしていった。残念ながらその記録は乏しく、古老ジャズメンの記憶に残るばかりだという。

ならば、日本とアメリカのジャズメンが、それぞれの思惑でフィリピンに再上陸することは如何なる意味を持つか。

 

サブとカントリーマンが、その地に赴かなければ、これらフィリピン録音シリーズは世に出なかった。私は、二年程前から、ちゃぷちゃぷレコードの末冨さんから届く、この古くて新しい入植地の果実を、少しずつ賞味させてもらっていた。それは美味いことはうまいのだが、正直、どこかまだ納得いかない味ではあったのだ。

しかしここに至り、私は感嘆する。この音楽は、その地の精霊とフリージャズのホーリーゴースト(聖霊)が共に歌い上げる声なのだ。

東南アジアだからこそ生まれた新生フリージャズに栄えあれ!

ハレルヤ、インシャラー、オーム!

(金野ONNYK吉晃)