LP/CD Review 12

828~沖至 with 佐藤允彦:沖至 ラスト・メッセージ・ミーツ佐藤允彦(Super Fuji Discs, Mobys Record/2018)

2018年9月4日 私は、1996年1月2日以来の久しぶりの沖至さんのライヴを防府で開催した。96年のライヴは当時経営していたcafé Amores/カフェ・アモレスで行った、沖さん、井野信義さん、そしてスペシャル・ゲストでわざわざこの日の為だけに来日してもらった崔善培さんとのトリオ・ライヴだった。この日の録音は、No Business Chap Chap Seriesから「紙ふうせん」としてCD&LPでリリースされ、なかなかの好評を得ることになる。

2018年のライヴは、防府天満宮を下った場所にあるcafé Opus。ピアノが置いてある瀟洒な店だ。この日は、沖さん、川下直広さんと波多江崇行さんとのトリオ・ライヴ。久しぶりに会う沖さんは、相変わらずの異国情緒?を漂わせる強いオーラを纏ったままだった。演奏はというと、噂だけは聞いていた自作のユニークな形をしたトランペットや、民俗楽器の笛を操ってのフリーからスタンダード・ナンバーまで、沖節と言えそうな沖さんしか演奏しえない個性を持った演奏を堪能させていただいた。

 

このライヴの後に、東京では沖さんと佐藤允彦さんとの久しぶりの共演があると知り、胸が躍ったのだった。沖さんと佐藤さんは、富樫さん、高木さんを含めた日本のフリージャズ史の最初期を飾る伝説の(幻のと言ってもいいかも。なにしろ音源が残っていないのだ。あるいは発掘されていないのか?)Experimental sound space group(ESSG)のメンバーだった。だが、それ以降は、1985年と1993年の佐藤さんの欧州ツアーでの共演くらいという数少ないもので、2018年10月7日公園通りクラシックスでのライヴは実に25年ぶりというものだった。これは、沖さんからの「是非トーサとDUOをやりたいんです。」と、たっての願いが実現したライヴ。我々ファンとしても是非是非聞きたいDuo Liveではないか。これを知った時は、東京まで飛んで行きたかったが、残念ながらそれは叶わなかった。

だが、ライヴの音源(佐藤さんが録音していたもの)が、こうしてCDと言う形になって、我々の耳にも届くことになった。私は、まだCDが発売前にこれを書いているのだが、佐藤さんから送られて来たデータ・ファイルをCD-Rに焼いて(古い人間ですから)聴いていたのでした。実は、早くから佐藤さんに「ちゃぷちゃぷレコードから出さない?」との打診があったのだけど、色々と事情がありまして?断念したという経緯もあったりしています。

 さて、発売されるCDでは、お互いのソロが2曲。デュオが5曲の合計7曲。曲名は「Message1~7」と書かれている。佐藤さん自身が編集されたもの。

ライヴの始まりは、まずは沖さんの無伴奏ソロ・トランペットが10分くらい続く。佐藤さんは、沖さんの気持ちを乱すのを恐れてその間一音も弾かれなかった。25年ぶりの沖さんのトランペットの音を聴衆も含めて一番堪能していたのは佐藤さんだっただろう。佐藤さんの頭の中を走馬灯のように、沖さんとの懐かしい想い出の光景が浮かび上がっていたのではなかっただろうか。10分くらいたって、ここぞという場所に佐藤さんの打鍵が振り下ろされる。低音の一撃だった。瞬時に空間が緊張するのが分かる。沖さんのトランペットの音も一気に緊張をはらむ。しばらくDuoが続き、その後佐藤さんのピアノのソロになる。この演奏が凄まじい!色々なピアノ・ソロを聴く機会が多いが、近年まれにみる壮絶なソロなのだ。言っては悪いが、「1941年生まれですよね?」と聞きたくなる。パワーもスピードもあふれ出るアイデアも、とめどもなく奔流となって聴き手に襲い掛かる。無尽蔵のアイデアとパワーに圧倒されるのみ。続いて二人によるLush Lifeをモチーフとした演奏が始まる。壮絶な嵐の後の日の当たる海を感じるもので、一旦こちらの耳もリセットされる。そして、「待ってました!」と思うのは私しかいないかもしれないが、沖さんの民俗楽器の笛の演奏だ。シンプルな笛だけで、ここまで豊かな表情を見せるのは、あとはドン・チェリーとワダダ・レオ・スミス以外にはいない。素朴な音が沁みる演奏。これに見事に合わせられる佐藤さんのピアノもさすが。その後もデュオが続くが、この日の〆はシャンソンの名曲「バラ色の人生」だった。沖さんのトラペットの音がよく似合う。ドラマチックな25年ぶりの邂逅の〆にふさわしい演出だった。

全部で70分あまりの演奏だが、25年ぶりの邂逅とはいえ、おそらく「次はどうする?」といった事前の会話は一切なされていなかっただろう。これがインプロヴァイザーたる所以であり特権であり、我々もそこから湧き出て来る他では味わえないスリルを共有するのだ。沖さんの色彩感溢れる音色と変幻自在の演奏がもうライヴで聴けないのは残念だが、こうして残されたアルバムで後50年、100年と聴き続けられるのだ。佐藤さんには、まだまだ20年はこのままのエネルギーで突っ走ってもらいたいなあ。それだけ、凄い演奏でした。また、沖さんのトランペットのような肌触りの演奏を出来る者は本当に少なくなっている。これも時代の流れかもしれないが淋しい気がする。

 

兎にも角にもCD化実現に感謝!

 

*Jazz Tokyoレヴューより転載。

 

827~謝明諺/シェ‧ミンイェン/Minyen Hsieh:上善若水/As Good  As Water (好有感覺音樂/Feeling Good Music/2017)

謝明諺/シェミンイェンは、1981年台湾、台北生まれのサクソフォン奏者。

ブリュッセルのハーグ王立音楽院で、John RuoccoJeroen Van Herzeeleに師事。

2012年に台中サクソフォンコンクールで優勝。ジャズ、ロック、フォーク、ヒップホップ、エレクトロニクスからアヴァンギャルドまで様々なプロジェクトに参加し活躍している。

ファーストアルバムの「Firry Path」、日本人ミュージシャンとの「東京中央線:Lines & Stains」、「Non-Confined Space//密閉空間:Flow,Gesture,and Spaces」と言ったアルバムは、1作毎にジャズを基調としながらも、アコースティックなジャズからエレクトロニクスも導入した先端的なものまで多彩な演奏が聴ける。

 

本作「上善若水」は、台湾気鋭のピアニスト・李世揚/ Shih-Yang Leeと豊住芳三郎(ds,二胡)との即興演奏を収録したアルバムだ。彼のアルバムの中では異質な部類に属するかもしれないが、彼のたくさん有る引き出しの一つとも言えるだろう。演奏は、空間を広く取った録音の効果もよくて、サックスの存在感のある音や繊細な音、ペダルを効果的に使ったピアノの音の細やかな音、そして豊住の変幻自在なドラムや二胡の厳しい音色が絡み合った演奏がリアルに耳に飛び込んでくる。豊住は二胡を選択する事が多い。これが「サックス+ピアノ+ドラムス」から受ける印象とは異なるユニークな演奏に仕立て上げている一つの要因でもある。今、台湾は東アジアの重要な即興演奏も含む音楽の拠点になっている。

 

826~Matteo Fraboni Quintet:INDIA JAZZ VOL.1 (ERM/2019)

マッテオ・フラボニは、長く世界中のリズムを求めて旅を続けた。2019年ついにインド、ムンバイにてレコーディングを敢行することとなった。地元インドのジャズ・ミュージシャンのAnurag Naidu(el-p)Shirish Malhotra(as,ss,fl)にイタリア人のGianluca Liberatore(b)を加え、2曲だけだがヒンドスタニー音楽を演奏するヴァイオリン奏者Sharat Chandra Srivastava(vln、西洋のヴァイオリンとは奏法が大きく異なる。)も参加している。

インドこそリズムの宝庫だ。西洋音楽では到底及ばないリズムの多彩さは、インド音楽の大きな特徴だ。カルナータカとヒンドスタニと言う2つの大きな音楽の潮流があり、インド亜大陸を大きく二分している。よく知られているラーガは季節や時刻ですら演奏するに当たって規定され、西洋には無い微分音程が用いられる。ターラで規定されているリズムの複雑さは、コンピューターの演算レベルにある。ジャズのように感情の高ぶりやノリで演奏する場面はインド音楽には無い。

そんなインド音楽とジャズの融合か? これまでジャズとインド音楽の融合は無かったわけではない、アリ・アクバル・カーンとジョン・ハンディの共演。ヨーロッパのフリー・ミュージックのミュージシャン達がシタール奏者と共演したアルバム。ラヴィ・シャンカルとバド・シャンク。ジョン・マクラフリン・シャクティは、よりインド音楽寄りだった。ヴァイオリン奏者のスブラマニアムとL・シャンカルのジャズ・アルバムは多い。

さて、本作だが、ことさらジャズとインド音楽を融合させた演奏にはなってはいない。こちらのステレオタイプな発想はブチ砕かれる。あくまでもジャズのフィールド内での演奏だ。だからと言って通常のジャズのビートとは違うのだ。一見タイトなリズムなんだが、複合リズムになっていたりする。フラボニらしいリズムの仕掛けが施されている。しかし、それを難解には見せずに心地よい音楽に昇華させているところがにくい。

注目は地元インドのジャズミュージシャンというところになるだろう。これも、日本人が演奏するジャズだからとフィルターを掛けて聴くことがないのと同じく、世界中の国や地域で、人種・民族を問わず演奏されているジャズだから、ことさら「インド人の演奏するジャズ」と、フィルターを掛けなくても良い。とは言え期待はすると言うものだ。それを叶えてくれるのが、Sharat Chandra Srivastavaのヴァイオリンだ。2曲しか参加していないのが少々残念なのだが、こちらの期待答えたインドのヴァイオリンらしい音色と小節(こぶし)を効かせた演奏が聴ける。正直、彼のヴァイオリンをもっと聴きたかったなあ。

 

このアルバムは、Vol.1となっている。Vol.2.3とこの企画は続いて欲しい。生演奏を聴いてみたいものだ。

 

825~Matteo Fraboni Quintet:LATINO (OkListen/2016)

本作は、2016年にリリースされたマッテオ・フラボニ・クインテットのアルバムだ。

フラボニのドラムスの他は、自らのビッグ・バンドも率いているMassimo Morganti(tb)、イタリアのジャズ・シーンの最前線で活躍するサックス奏者Marco Postacchini(sax)、シンフォニー・オーケストラでの演奏もする気鋭のベース奏者Gianludovico Carmenati(b)、そしてピアニストの Emanuele Evengelista(Fender Rhodes)によるクインテット。

アルバムのテーマは「ラテン」。フラボニは、これまでジャズのリズムをメインにしながらも、様々な国や地域の多彩なリズムを探求して来た。今回のアルバムでは、ラテンに照準を合わせた様だ。

さて、「ラテン」とは何か? 私のような日本人には分かっているようで分かっていないところがある。「ラテン」は、古代から続く地中海世界の言語であり、文化を指す。ルーマニアや中南米もその文化圏に属する。「ラテン音楽」と言えば、主にスペイン語圏の音楽が思い浮かぶ。ヨーロッパの和声とジャズ、ゴスペル、ファンク、ブルースと言ったアフリカ系アメリカ人の音楽要素に加えて、アフリカのリズム、カリブ海のリズム等々が混ざり合って混血して出来た様々な音楽~スカ、レゲエ、サルサ、ミロンガ、マリアッチ、フォルクローレ、サンバ、ボサノヴァ等々が。

そんなラテン音楽の要素とジャズを混ぜ合わせてこれまでもディジー・ガレスピーのアフロ・キューバン・ジャズなんかが演奏されて来たし、キューバからはイラケレと言ったグループも現れた。チック・コリア然り。

本作だが、1曲目のアフロ・キューバン・ジャズからスタートする。ガレスピーのアフロ・キューバン・ジャズと比べると、燃える様なビートとリズムではなくて、現代的なクールな表情だ。続いては、ブラジル音楽の軽快なリズムが心地良い。フェンダー・ローズの起用が心地よく響く。アコースティック・ピアノではリズムのメリハリが強くなるので、ローズの使用はこのアルバムの色付けをかなりの部分背負っているところがある。演奏全体の重心が少し高くなっている。トロンボーンもサックスも様々な曲想にマッチした軽快な演奏が楽しい。

その後の曲は、これのどこが「ラテン」なんだろう?と、浅学の私には疑問符が浮かぶ。「これもラテンの部類にはいるのだろうか?」「フラボニの意図は何なんだろう?」と。

カリブ海、南米から中近東(「The Rythm of A Camel」と「A Muslim Call」)続いて日本かも?(IKIGAIと題された曲がある。)そして最後はニューオリンズに行きつく。地球を東回りをして一周したと考えれば壮大な音楽の旅だ。これのどこまでが「ラテン」なのか?

そんなことまで考えなくても、ハードバップを基調に、様々なラテン・リズムを混ぜ合わせて作られたカラフルなジャズの演奏を楽しめばいい。全8曲、曲毎に異なった表情を見せる演奏は何度聴いても楽しいのだ。「ラテン音楽」は楽しくなければつまらないではないか。

 

それにしても、フラボニの体にはどれだけのリズムが入っているのだろうか。