LP/CD Review 12

854~巻上公一:Kuchinoha (Tzadik/1995)

巻上公一は、1956年生まれ。ヴォイス・パフォーマー、ホーメイ、口琴、テルミン、コルネット、作詞・作曲、詩人、演劇、映画、そして現代も続く長寿バンド「ヒカシュー」のリーダー等々多面的な活躍をする。ヒカシューの名前は、武満徹の曲「悲歌」から取られた。「Jazz Artせんがわ」、「湯河原現代音楽フェスティヴァル」、「熱海未来音楽祭」といったジャンルを横断したフェスティヴァルのプロデューサーとしての活動は特筆出来る。1995年にNYCで録音された本作「Kuchinoha」は、その後巻上公一が、ヴォイス・パフォーマーとして、世界各地のフェスティヴァルに召喚されるきっかけとなったソロ・ヴォイス・アルバム。エフェクトや編集一切無しの、素のままの喉の音、口の音、頭蓋骨の響きと言った具合の強烈な音の連なりが聞こえて来る。大きく開けられた口の中、声帯までものぞき込むかのような生々しい肉体を感じる声の、口の響きを浴びることになる。ヴォイス・パフォーマーは、キャシー・バーベリアンから始まって、今日では数多く存在し、夫々が個性豊かなのだが、巻上のヴォイス・パフォーマンスはそれらとは位相が大きく異なった得意なパフォーマンスだ。演劇者で歌手で朗詩も行う芸達者ぶりを反映したヴォイス・パフォーマンスと言えるだろう。思わず笑ってしまうようなところも。トゥヴァのホーメイに出会い、今ではその普及にも尽力している。最後にアルファベットで記載された曲名を日本語で記しておこう。

 

1.石榴/ざくろ 2.百日紅/さるすべり 3./まゆみ 4.木槿/むくげ 5.土筆/つくづくし 6.鈴掛/すずかけ 7.青柳/あおやぎ 8.玉葛/たまかづら 9.花薄/はなすすき

 

853~Rob Brown,Guerino Mazzola,Heinz Geisser:Orbit (Music&Arts/1996)

Guerino Mazzola、1947年スイス、ウスター生まれのピアニスト。Heinz Geisserは、1961年スイス、チューリッヒ生まれのドラムス、パーカッション奏者。二人はデュオ・チームを結成して、これまで「Tonis Delight-Live in Seoul」、「”Folin”/The Unam Concert」、「Someday」、「Live At Le Clasique」の4枚のアルバムをリリースしている。演奏場所は、ソウル、東京、藤沢市、メキシコ・シティーと多様だ。このデュオのコンビに、Rob Brownが加わったトリオの演奏が聴ける1996年ニューヨークで録音されたアルバムだ。Rob Brownは、1962年バージニア州ハンプトン生まれのアルト・サックス、フルート奏者。16才の時にはジャズ、ブルースのバンドでツアーもしていたそうだ。1981年にボストンに出る。1984年にニューヨークに出た後は、ボストン時代からの仲間だったマシュー・シップと組んでデュオを中心にトリオ、カルテットを組んで演奏活動をしていた。その後ウィリアム・パーカーと出会い、彼のグループやオーケストラで長年共演を続けており、参加アルバムも多い。ジョー・モリスとも共演は長く、「Joe Morris-Rob Brown Quartet:Illuminate(Leo Lab)をリリースしている。そのRob BrownGuerino Mazzola,Heinz Geisserの共演は、長らくトリオを組んでいるかのようなコンビネーション抜群の演奏で、全く淀みがないテンションの高い演奏が続く。丁々発止とした演奏は、フリージャズの持つ最良の瞬間だ。Mazzolaのピアノは、強度とスピード感に溢れたもので、それと共にRob Brownを鼓舞するGeisserのドラムスは、元々がクラシックの打楽器を学んでいる事もあって、あいまいな音はなく、一音がクリアーで演奏のダイナミックスが広い。Brownasも良いが、フルートは時に尺八を思わせる深い音色と管を通る風を感じさせるものだ。

 

852~Clusone 3:Love Henry (Gramavision/1996)

Clusone 3は、オランダの強者3人Michael Moore/マイケル・ムーア(as,cl,melodica,panpipe)~彼は、生まれはカリフォルニアの北部で、80年代初頭にアムステルダムに移住。Ernst Reijseger/エルンスト・レイズグル(cello)Han Bennink/ハン・ベニンク(ds,perc,p,voice)によって結成されたユニークなトリオ。その何処がユニークなのか? インプロヴァイザーとして知名度も実力も突出している三人が集まって演奏しているのは、アーヴィング・バーリン、ジョニー・マーサー、ゴードン・ジェンキンスと言った、所謂スタンダード・ナンバーなのだ。もちろん、三人によるフリーな即興も混ぜられているが、どれもスタンダード・メドレーの間のつなぎのような短い演奏だ。本作は、Clusone 3の5作目に当たる1996年フランクフルトでのジャズ・フェスティヴァルに出演時のライヴ録音。3つのメドレーから成る全18曲(1曲はアナウンス)が収録されている。ブレヒト&ヴァイル「BilbaoSong」、7月のコンサートなのになぜか演奏される「ホワイト・クリスマス」と言った中に混ざって、ミシャ・メンゲルベルク、トリスタン・ホンジンガーと言った同僚たちの曲も並ぶ。もちろん、メンバー3人による曲もメドレーの中に挟み込まれている。短い3人によるフリーな即興も含めて違和感なく18曲が進行するという統一感が感じられるもので、いつものフリーな即興のセッションとは大きく趣が異なっている。だが、ICP オーケストラや色々なアンサンブルでは、オランダのインプロヴァイザーは、作曲された曲を演奏する事は日頃から手慣れたものだ。そこには常にユーモアを忘れない彼等ならではの音楽が作られる。レイズグルのチェロもムーアのサックス、クラリネットもハンのドラムスも何と引き出しの多い事か。

 

851~田村夏樹/Natsuki Tamura:A song for Jyaki (Leo Lab/1997)

田村夏樹は、1951年滋賀県大津市生まれのトランペット奏者。ピアニスト藤井郷子の夫君でもあり、二人の共同での活躍は目を見張る活躍ぶりだ。中学校のブラスバンド部でトランペットを始める。京都のネグリジェサロンでプロデビュー。上京後は、キャバレーのハウスバンドを経て、スマイリー小原とスカイライナーズ、今城嘉信とザ・コンソレーション、宮間利行とニューハードで演奏した。その後、フリーランスになってからは、アイドル歌手のツアー・バンド、TV、スタジオで活躍。1986年バークリー音楽院に入学。87年帰国し、「Fanky Fresh」、「飛不動」で演奏活動をする。93年には、ニューイングランド音楽院へ入学。その後は、国内外を股にかけて活躍を今日までヴァイタリティー豊かに続けている。本作は、1997年Brooklyn, New York Systems Two Studiosで録音された無伴奏トランペット・アルバムで、彼のファースト・アルバム。田村のトランペットは、それまでの学歴や経歴から見えてくるスマートなものではなく、彼が作る曲の曲名にも現れているように、ICP Orchestraにでも入ったらさぞかし似合っているような、諧謔味も混ざり合ったユニークなものだ。だが、ストレートにトランペットをぶちかましたら一気に持って行かれそうな勢いも持つ。反対にトランペットの管の中に息を吹き込むだけの微細な音響までを自在に操る。ファースト・アルバムの本作で、すでにそれは開陳されている。曲によっては、深いリバーブをかけて洞窟の中での響きのような音から、一本の管を吹き鳴らしているような音まで、全12曲、多彩な音響を繰り出すので、あっと言う間に55分が終わる。その後の怒涛のCDリリースには驚かされる。

 

850~向井千恵:Three Pieces Solo Improvisation (SIWA/1997,99)

向井千恵は、大阪生まれの二胡とヴォイスを使った即興演奏家。75年神田美学校小杉武久教場で学ぶ。二胡を手に即興演奏を始める。地歌を中華絃耀に師事する。East Bionic Symphoniaに参加。これは、集団即興演奏のグループで、タージ・マハル旅行団以降GAPと並び重要な位置にある。81年今も続くChe-SHIZUを結成。当初は即興ユニットだったが、83年頃には自作曲を演奏するロック・グループに変わっていった。82年風巻隆とのデュオLP「風を歩く」、82年本木良憲とのデュオ・カセット・テープ、84年Plan Bでのソロを収録した「胡弓インプロヴィセイション」は、当初カセット・テープ(50本!)でのリリースだったが、後PSFよりCD化された。本作「Three Pieces」は、97年と99年のソロを収録したアルバム。二胡とヴォイスの演奏に、ケンガリ、リング、シンバルが同時に鳴らされる。二胡は、アンプリファイされている。即興と言っても、ジャズ的な展開だとか、名人芸を聴かせるとかの正反対を行くもので、緩やかに二胡の音が持続され揺れて行く。その上に声が重なる。時に、金属音がそのまた上に重なるといった塩梅で永遠と続く感じだ。弦を弾く音を増幅させたノイジーな演奏も聴けるが、その上に重なる声がまた違う次元に連れて行く。向井は、2001年から「即興表現を体験したことのない人に、そのおもしろさを伝えたい。」と即興表現のワークショップを続けている。

 

849~Derek Bailey,Pat Metheny,Greg Bendian,Paul Wertico:The Sign of 4  (Knitting Factory/1996)

このアルバムがリリースされるとの情報を知った時の反応は、「デレク・ベイリーが、パット・メセニーと共演??」or「パットと同じギターで共演するベイリーって、何者??」に分かれたのは容易に想像がつく。だが、メセニーは、既に敬愛してやまないオーネット・コールマンとは、1985年に共演を果たし「Song X」を残している。それまでの作品では、1980年録音の、デューイ・レッドマンらとの「80/81」が秀逸だった。1992年録音のソロ・アルバム「Zero Tolerance For Silence」には正直驚いた。当時発売されていたのが「シークレット・ストーリー」なのだから、ここで展開されるノイジーなギター・ソロは想像もしていなかった。それに続く本作だが、1996年12月13,14日のニッティング・ファクトリーでのクラブ・ギグとスタジオ録音からなる3枚組! ライヴのインフォーメーションでは、メセニーはXとして伏せられていた。立ち見を入れても収容人数300人のニットに、「We Live Here」のメセニーを求めて殺到されても困る事態に陥ってしまう。当時ベイリーと共演をしていたベンディアンとメセニー・グループのワーティコの二人が一緒にアルバムも作るほどの間柄だったことで、お互いの師匠どおしの共演を計画して実現となったようだ。Disc-1は、1曲のみの長尺の演奏で、正に怒涛のフリー! ベイリーらしくないとも言えるかも? ドラマー2人がノリを見せる時、違和感を感じてしまうが・・。他の2枚は、短くまとめられた全15曲。メセニーは、色んなギターを用意して、ベイリーと対峙するが、ベイリーは「あのベイリー」だ。ちなみにベイリーは、メセニーの事を知らなかったそうだ。

 

848~Hugh Davies:Interplay (FMR/1996)

ヒュー・デイヴィスは、現代音楽、特に電子音楽の分野では1960年代以降の最重要人物の一人と言ってもよいだろう。シュトックハウゼンのプライヴェート・アシスタントを務め、ライヴエレクトロニクックなアンサンブルのメンバーだった。デイヴィスは、家庭用品を材料にして作ったShozygと呼んでいる創作楽器を作り、演奏を始めたが、その初期の姿は、1968年から1971年まで続いたThe Music Improvisation Companyの2枚のアルバムで聴くことが出来る。これは、デレク・ベイリー(g)、エヴァン・パーカー(ss)、ジェイミー・ミューア(perc)、クリスティン・ジェフリー(vo)との、即興演奏では歴史的な伝説的グループだ。1996年録音の本作は、デイヴィスと、Max Eastley(ARC)Hilary Jeffery(tb)Hans-Karsten Raecke(Blas-Metall-Dosen-Harfe)らとのデュオが3曲と、John Russell(g)Roger Turner(perc)とのトリオ4曲が収録されている。EastleyRaeckeとの創作楽器同士の演奏は、一体どこまでがデイヴィスが発している音なのか、はたまた他の2人の発する音なのか判別するのが難しい。ノイジーなんだが、所謂ノイズミュージクのそれではなくて、弱音でサワサワと日常のどこかで聴こえて来そうな音達の戯れのようだ。まことにデリケートな音達に耳をすませることのできるディープ・リスニングな時間を楽しめる。さて、「楽器」との共演はいかに? ジョン・ラッセルのギターは、元々が金属の針金をはじくような演奏なこともあって、創作楽器の二人との演奏を聴いた後でも違和感が無い。ターナーの打楽器然り。ジェフリーのトロンボーンは、弱音を基調にした音数を極力絞った吹奏だが、音の一つ一つは時に倍音唱法でも聴いているような感覚になる。デイヴィスとの共演も違和感なく、デリケートな演奏が心地よい。

 

847~Adam Bohman:Music and Words by Adam Bohman (Paradigm Discs/1996)

Adam Bohman/アダム・ボーマンは、1985年にコーネリアス・カーデューのスクラッチ・オーケストラのメンバー等が集まって結成された、エレクトロニクス等々でジャズには属さないフリーな即興演奏を行っているグループMorphogenesisのメンバーの一人。ジャケットに掲載されている写真を見れば分かるように、色々なガラクタと言っても良い物を、直に触って、叩いて、こすって様々なノイズを出す“演奏”をしている。ここでは、それに加えて、語りも多く含まれる。演奏時間は、1分台のものから10分までと、ほとんどが短かい14トラックから構成されている。96年にロンドンのVortexでのライヴ以外は、自宅での録音のようだ。Morphogenesisのメンバーで、このアルバムをリリースしたレーベル、PARADIGM DISCSのオーナー、Clive Grahamによって録音され、アレンジが施されている。よって、生のノイズではなくて、編集が加えられて作品化されていると言ってよい。

聴こえて来る音は、ジャケットの写真に見えるガラクタの生の騒音(見ての通りか)が生々しい。70年代終わり頃~80年代初頭にかけて、日本でもアンダーグラウンドなシーンでは、このようなエレクトリック/エレクトロニックではない、生のノイズを聴かせるライヴは、結構な数が存在していたので、ボーマンの演奏を聴くと懐かしくもある。これを、現在までも続ける意地を感じる。近年は、ベルギーのヴォイス・パフォーマーのJean-Michel Van Schouwburgとのアルバムを残しており、アルバムは結構多い。

 

846~Green Room:Live Trajectories (Leo Lab/1996)

Chick Lyall/チック・ライアルは、1958年スコットランド生まれのピアニスト、作曲家。グラスゴー大学で音楽を学んだ。その後、ボストンのニューイングランド音楽院ではジョー・マネリに師事している。映画、ラジオの為の音楽やジャズ・アンサンブルの為の作曲の他、「バスクラリネットとコンピューターの為のThreads」といた現代曲も作曲している。チック・ライアルと、スコットランドにおいて様々なスタイルのドラムの演奏で知られていたDavid Garrett/デヴィッド・ギャレット(1958年生まれ)と、ベーシストのDavid Baird/デヴィッド・ベアード(1962年生まれ)が、1986年に結成したのがGreen Room。当初は、ジャズ・トリオとしてスタートしたが、次第に様々な音楽の壁を飛び越えて、電子音も含んだ多彩な音響を含んだ演奏へと変化して行った。1994年スコットランドでの録音が、Leoの姉妹レーベルLeo Labからリリースされた。聞いた事の無い名前のグループとミュージシャンだったが、3人が各々自分のメイン楽器の他に、エレクトロニクス等々を使用した演奏に興味が湧いた。アコースティックをベースにしながら、電子音やパーカッション類を効果的に混ぜ合わせながらエレクトロ・アコースティックな即興演奏が聞こえて来た。続く1996年に録音された本作は、チャップマン・スティック、エレクトリック・チェロ、テープ、ヴォイス、プリペアード・ピアノ、ダルシマー、キーボード、シンセサイザー、バンブーフルート、打楽器を3人が操り、前作以上に多彩で多様で重層的な音響を作り出している。ライアルとギャレットの二人はその後もGreen Roomを続け、2000年以降もFMRから新作をリリースを続けている。

 

845~Bojan Zulfikarpasic:Koreni (Label Bleu/1998)

Bojan Zulfikarpasic/ボヤン・ズルフィカルバシチ(現在は、BojanZ)は、1968年旧ユーゴスラヴィア、現在のセルビア、ベオグラード生まれのピアニスト。1988年に、パリに移住している。89年には、ベスト・ヤング・ジャズ・ミュージシャン・オブ・ユーゴスラヴィアを受賞。本作は、98年のスタジオ録音。リーダー作としては、3作目に当たる。参加メンバーはBojan-Z(p),Vojin Draskoci(b),KudsiErguner(ney),JulienLourau(sax),Vincent Mascart(sax),Tony Rabeson(ds),Predrag Revisin(b),Vlatko Stefanovski(g),KarimZiad(prec)Ziadの演奏するパーカッションは、karkabou,bendir,taarjija,La-tchatcheと、この表記だけだと何やら分からないが、バルカン半島や中近東あたりで聴ける音が聴こえて来る。そして、Ergunerの演奏するネイ(ダブルリードの笛で、ナイとも呼ばれて広く分布している)が全編に渡って活躍する。使用される楽器だけではなくて、音楽そのものが非常に強くバルカン半島や、その近郊のアラブ音楽の影響を受けたものだ。ジャズという大きな鍋に、ボヤン・Zの生まれ故郷のセルビアの音楽を代表に、バルカン半島の音楽(ロマの影響が濃い)や近郊のアラブの音楽をぶち込んで、グルグルとかき混ぜたら出来上がったような演奏だ。彼らならでは創造出来る音楽で、ジャズのワールドワイドな波及と、アメリカ以外の地域、それもヨーロッパだけじゃない地域へのローカル化が化学反応を起こした結晶のような音楽だ。アルバム・タイトルの「Koreni」は、Rootsの事。

 

844~Agencement:Viosphere (Pico/1991)

Agencement/アジャンスマンは、1962年石川県金沢市生まれの島田英明によるソロ・プロジェクト名。70年代金沢市で発行されていた音楽誌「Avant Garde」の編集に携わる。1978年京都でのデレク・ベイリー達の公演を体験後の翌年、ヴァイオリンによる即興演奏を始める。1984年にヴァイオリンの音を歪ませた演奏が聴けるソロ・アルバムをカセットテープで少数リリースしている。85年からは、ヴァイオリンの音に電子変調を加え、細切れに切り刻み、それを多重録音し、多層な構造をもったミニマルな音響を作り出すソロ・プロジェクトを始めている。それを「アジャンスマン」と名乗った。アジャンスマンとは、フランスのポスト構造主義の哲学者Gilles Deleuze/ジル・ドゥルーズとFélix Guattari/フェリックス・ガタリの著書の中に現れる言葉から取られている。本作は、アジャンスマンの1991年の作品。ヴァイオリンを演奏した音を、デジタル・リヴァーブを使った変調、テープを使った変調を施した音源を更に重層的に録音を重ねて行き制作された「電子音楽」、「テープ音楽」の一種とも言えるだろう。弓での演奏とピチカートによる演奏も含めて、切り刻まれたヴァイオリンの音が、どこを切っても同じとも言えるし、全く違うとも言えるミニマルな音の連なりが永遠と続く。細部では複雑な音の重なり方、連なり方、絡み方を見せる。本書で扱っている即興演奏、即興音楽とはある意味真逆の音楽ではある。こうした録音技術による作品の制作とは別に、本名、島田英明を名乗って、ヴァイオリンを演奏し、数々のインプロヴァイザー達との共演も続けている。その中には、Evan ParkerJohn Russell、豊住芳三郎らの名前も見える。また、細密な抽象画も描く。

 

843~Sun Ra Arkestra:live at Pit-In Tokyo,Japan,8,8,1988 (DIW/1988)

1988年、SUN RA ARKESTRA/サン・ラ・アーケストラが来日ツアーを行った。サン・ラ・アーケストラの名前は、我々のような長年フリー・ジャズに親しんで来た者には、知らぬ者はいない。だが、一般的な音楽ファン、ジャズ・ファンでさえも、さて、サン・ラ・アーケストラのコンサートに足を運んでくれるものなのか?と、心配になったものだった。当時は、バブル全盛真っただ中の日本。今では考えられない規模のジャズの野外コンサートがひしめき合っていた。その頂点が、「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」だった。毎年テレビでも放映されていた。1988年のステージには、マイルス・デイヴィスのグループが立っていた。そのステージに、まさかのサン・ラ・アーケストラも立ったのだった! 当然、テレビでも放映された。ファンとすれば狂喜乱舞である! 実は、サン・ラは、当初、このオファーには心が動かされなかったらしい。「なぜ、俺様が極東の島国くんだりまで、飛行機の長旅をしなきゃならんのだ?!」てな感じだったらしい。だが、同じステージにマイルス・デイヴィスも立つと聞いて心変わりしたそうだ。そんなこんなで、サン・ラ・アーケストラが来日したのだった。だが、もっと驚く事件?があったのだ。サン・ラ・アーケストラがなんと新宿PIT INNに出演したのだった! ここで紹介するのは、そのステージの模様を捉えたアルバムなのである。全8曲。イントロに続いて「Cosmo Approach Prelude」から始まる。途中「さくらさくら・・」とメロディーが挟まれる。彼らなりの日本への賛辞なのだろう。後は、スウィングからフリーまで、エリントンあり、ファンクも味付けされてのごった煮で楽しませてくれる。EP三枚組も出た。

 

842~Werner Ludi&Burhan Ocal:Grand Bazar            (Creative Works Records/1988)

Werner Ludi/ヴェルナー・ルディは、1936年生まれのスイスのアルト・サックス奏者。残念ながら2000年に亡くなっている。FMPのブロッツマンとのデュオ等でも知られている。BurhanOcal/ブルハン・オチャルは、トルコの打楽器奏者。チューリッヒに住む。共演者が幅広い。ジョルジュ・グルンツ、マリア・ジョアン・ピリス、ジョー・ザビヌル、クロノス・カルテット、ジャラマディーン・タクマ等々と豪華な顔ぶれだ。ジャンルも様々。1988年録音の本作は、二人のデュオ・アルバム。ブルハン・オチャルは、通常のドラム・セットにあらず。大小様々なダラブッカ、自作のドラム、シンバル、ゴング、ベル、そして弦楽器のタンブールも披露する。所謂フリー・ジャズのデュオとは大きく趣が異なる。たしかに、ヴェルナー・ルディのアルト・サックスのプレイは、フリーキーなサウンドも厭わない激しさもあるが、ブルハン・オチャルの独特なリズムと乾いたサウンドに乗せて、縦横にサックスのサウンドを繰り出して行く。4曲目では、オハルのタンブールの演奏が聴ける。それに合わせるサックスの音は、平均律では音と音の間隔が広すぎると感じてしまう。もっと、細かい音の動きが欲しくなる。

 

841~Masahiko Togashi/富樫雅彦(SPACE WHO/1987)

 埼玉県の岡部町(現在は深谷市)にあるSPACEWHOで1987年10月26日に録音された、富樫雅彦のソロ・アルバム。ここは私設の小ホールで、ピアノもスタインウェイがデーンと鎮座している。このLP、私のはsampleと、印刷してある。ジャケットが一枚一枚少しづつ違っているらしい。そもそもプレス枚数も100枚とかではなかったか? 富樫さんに事後承諾のような形で作られたという噂も聞いたのだが? 演奏だが、所謂フリー・ジャズのような熱を帯びた熱いドラム・ソロとも、現代音楽の打楽器の独奏によく聴かれるカクカクシカジカとキッチリと構成された硬い不自由なそしてヒンヤリしたシロモノでもない。富樫雅彦の打音は切れ味鋭くそして、一音一音が美しい。あいまいな響きは一音とて存在しない。その時の気分、ノリ一発の演奏も存在しない。クールなんだが、温度感もほどよく感じることが出来る音楽だ。この温度感がちょうどいいのだ。吉沢元治さんが、富樫さんについて言われた言葉に、「富樫は共演者が”ここでこの音が欲しい”と思ってたら、正にそこに最高の音を入れて来るんだよ。」が有る。海外のミュージシャンも、こぞって富樫雅彦との共演を望んでいたが、残念ながら鬼籍に入られその望みは絶たれてしまった。

 

840~富樫雅彦・Masahiko Togashi&J.J.Spirits:Step To Next (Polydor/1993)

1989年埼玉のSpaceWhoに、富樫雅彦、佐藤允彦、峰厚介、井野信義のカルテットが出演した。「全曲ビ・バップでやってみよう。」となった。リハなしぶっつけ本番だった。その時富樫雅彦の体に、昔さんざん演奏し身に染み込んでいたジャズの血が騒いだようだ。今、ビー・バップを演奏するとなると他の3人のレベルには太刀打ちできないと考え、最初のこのバンド「J.J.Spirits」の録音まで2年を要している。1991年収録の2枚がリリースされ好評を博した。3作目は翌年夏のライヴ・アンダー・ザ・スカイでのライヴだが、ここでは富樫と佐藤のオリジナルが演奏された。さて、この4作目は、93年のスタジオ録音なのだが、全曲オリジナルなのは前作と同じ。だが、ここではビートのあるジャズを演奏することは無く、峰厚介を除く3人には日常的なフリーな演奏になっているのだった。全て富樫の曲が取り上げられている。フリーとは言え、ゴリゴリとパワーで押し切るようなフリー・ジャズではなく、抑制の効いたクールな表情を持った空間の感触を感じさせる演奏だ。でも、J.J.Spiritsのテーマ曲の「Monk'sHat Blues」の導入部は生で聴いたら凄い迫力だっただろう。フリーな演奏となると峰厚介はどうなるのかが、フリー・ジャズに普段馴染んでいるリスナーの注目部分となることだろう。激烈とな言えないが、パワーで押すところは押す。フリーの猛者3人に入っての演奏だが、堂々の演奏は立派。

 

839~Diedre Murray&Fred Hopkins:”Firestorm”(Victo/1992)

ジャズファンには、1970年代のハンニバル・マーヴィン・ピーターソンのグループで演奏する彼女の演奏をご存知の方は多いだろう。ジャズには珍しいチェロ奏者として注目をされた。フリージャズの動きをこまめに追って行っている者には、Leroy Jenkins’s The Jazz Composer’s Dieder Murray/ディーダー・マレイは、1951年NYC,ブルックリン生まれのチェロ奏者。 Orchestra:For Players Onlyの参加が知られるだろう。ムハール・リチャード・エイブラムス、ヘンリー・スレッギル、ジュリアス・ヘンフィル、アーチー・シェップらのアンサンブルに参加し、多くのアルバムにも参加してる。ジェームス・ブラウンとの共演もあるようだ。現代音楽の演奏と作曲でもたくさんの成果を現しており、ダンス、オペラ、合唱曲の作曲でも大変評価が高い。Fred Hopkinsは、1947年シカゴ生まれのベーシストで、ヘンリー・スレッギル、スティーヴ・マコールとのトリオAIRのメンバーとしても有名だ。マレイとホプキンスは、ヘンリー・スレッギルのアンサンブルに同時に参加をしていた仲で、多くのアルバムで二人の演奏が聴ける。本作は、1992年に録音された二人によるチェロとベースのデュオ・アルバムだ。マレイのチェロは、ジャズ・ベーシストが余技に演奏しているようなレベルに非ず。ホプキンスはと言うと、元々がチェロを弾きたかったのに、楽団にチェロが置いてなかった為、ベースを演奏するようになった経緯がある。単に「マレイの後ろでバックを務める」レベルに非ず。二人のアイデアが湧き出て止まらない感じの演奏は、弦楽器二人だけの演奏をはるかに超えており、聴き手も時間を忘れる。翌年にも二人の演奏は録音され、Black Saintから「Stringology」としてリリースされた。

 

838~Marion Brown Quintet:Offering (Venus/1992)

マリオン・ブラウンは、コルトレーンの「アセンション」に抜擢され、ESPImpulseと言ったレーベルに重要な録音を残した60年代のフリー・ジャズの闘士の一人だった。しかし、ESP盤での「カプリコーン・ムーン」のようなリリカルな曲を作り演奏をしたり、そのアルトサックスの音色も当時のアーチー・シェップ、ファラオ・サンダース、ガトー・バルビエリらのようなノイジーな音色ではなく、ジョニー・ホッジスがフリー・ジャズを演奏しているかのような軽やかで明るく柔らかい感触を持った音色だった。実際、1950年代、ブラウンはジョニー・ホッジスのバンドに参加した事もあった。1969年のアルバム「Port Novo」のようなHan Benninkと渡り合ったハードな演奏もあるが、70年代に入ってからは、ジョージア3部作のように自身のルーツに向き合った心象風景を現したような傑作を連発して行った。70年代半ばになると、よりオーソドックスなスタイルに向かって行った。とは言うのの、無伴奏ソロ・サクソフォンのアルバム、Gunter Hampel(vib)とのデュオ・アルバムも残している。1979年リリースの「November Cotton Flower」は、当時の傑作アルバムだ。1978年と79年には来日公演もあった。本作は、1992年日本のヴィーナス・レコードのためにNYCで録音されたもの。当時、ブラウンはギターとピアノを従えたトリオでの演奏が多かったが、ここではベースとドラムも加えたクインテットで演奏している。恩師と言ってよいコルトレーンの曲名をアルバム・タイトルに持って来て、コルトレーンの「After The Rain」も演奏し、コルトレーンに捧げたオリジナル曲「Ode To Coltrane」を演奏している。演奏からは、成熟した薫りが立ち昇る。

 

837~Island Sanity :New Music Frok New York City          (No Man’s Land/1987)

No Man’s Landは、ドイツ人Jürgen Königerによって1984年に設立された当時の主にニューヨークを中心とした先鋭的な音楽シーンを紹介していた重要なレーベル。Fred FrithChristian MarclayTom CoraZeena ParkinsLindsay CooperDavid GarlandZoviet-FranceHalf JapaneseSkelton CrewIva Bittovaの中に混ざって藤井郷子のGato Libreも有ったりもする。「Island of Sanity」は、エリオット・シャープがプロデュースしコンパイルした80年代半ばのニューヨーク・アンダーグラウンドの沸々と煮えたぎるような新しい音楽シーンの正に創成期を切り取ったアルバム。2枚のLPの中に、Wayne Horvitz率いるThe PresidentSkeleton CrewChristian MarclayCharles K.NoyesButch Morris,Bill Horvitz&J.A.DeanSam BennettらのBoshoMrtin BisiElliott SharpらのMofungoDavid GarlandCarbonRobert PreviteDavid FultonDavid LintonJohn ZornらのLocus Solus等々超個性豊かな全22曲が聴ける。通常の音楽のコンパイルものだと、ミュージシャンやバンドは変われど、全体の雰囲気は想像を超えるものではないけれど、この2枚組LPは違う。当時はNew WaveどころかNo Waveとの呼ばれていたが、一人一グループが夫々の新しい音楽を作り上げて行っていた。各々が我々聴き手の想像をはるかに超えた鮮度とエネルギーが満ち満ちた音楽を創造しており、もうそこにはFree Jazzも、Rockも、Funkも、Improvised Musicさえもが混濁と化した鍋の中に放り込まれて煮込まれて行ったのだった。もはや一つのジャンルとして「」付け出来るはずもなく、だからこそのエネルギーが噴き出て行ったのだった。だが、この大きな流れも時間と共に、時代に取捨選択されていくのは仕方のない事。この中から、一部のスターが生き残り、次のシーンをその後現れた若い者達がまた新たに作り上げる。その循環こそが大事なのだ。

 

836~Pheeroan ak Laff:Sonogram (Mu/1989)

Pheeroan aKLaff/フェローン・アクラフ(Paul Maddox)は、1955年デトロイト生まれのドラマー。日本では、山下洋輔ニューヨーク・トリオのメンバーとしてよく知られている。イースタン・ミシガン大学では、映像史、弁論、比較政治学、スピーチ、演劇を学んでいる。エール大学では、アフリカ芸能史、ジャズ、デルタ・ブルースの歴史を修めた。その頃から演奏を始め、Dwight Andrewsと「DejaVu」を結成した。1976年ワダダ・レオ・スミスと出会い、彼のアンサンブル「New Dalta Ahkri」に参加しアルバムも残した。スミスとの関係は現在も続き、多くの共演アルバムがある。その後、Oliver LakeAnthony DavisHenry ThreadgillAnthony BraxtonJay HoggardGeri Allen、山下洋輔ら共演は多数に上る。1977年と78年には、ニューヨークのシェークスピア祭に俳優として出演もしている。伝統的なジャズのビートに固定されない幅広い彼のドラムの演奏は、それまで学んで来たアフリカからブルースまでの影響や、その文化的背景や、演劇、スピーチからの影響も大きいのだろう。初アルバムは、1979年の「House Of Spirit:Mirth(Passin’ Thru)は、ドラム・ソロ・アルバムだった。続くアルバムがこの「Sonogram」だ。すぐれたミュージシャンでプロデュサーのRobert Mussoが立ち上げたレーベル「MU Records」からのリリース。Pheeroan ak Laffの他は、John Stubblefield(ts)Carlos Ward(as)Sonny Sharrock(g)Kenny Davis(el-b,b)。グループの編成自体は特に変わっている訳ではないが、シャーロックの超個性的なギターが加わった事で、ギターが第三の管楽器のように聴こえたり、時に爆発するようなソロを取って演奏を異次元に連れて行ったりもする。フロントとバックのリズムが異なっていたり、またはその逆であったりと、アレンジも凝っている。リズム・キーパーに終わらないリーダーとしての大きな力量を開示した力作。

 

835~Barry Guy&The London Jazz Composers’ Orchestra:HARMOS(Intakt/1989)

Barry Guy/バリー・ガイ(ベーシスト、作曲家)率いるThe London Jazz Composers Orchestraは、1970年に結成された。1972年のThe English Bach Festival at The Oxford Town Hallで演奏された「Ode」は、当時INCUSからリリースされ、1996年には、スイスのレーベルIntaktから、コンプリートな形で再発されている。そのIntaktから、Barry Guy &

 

The London Jazz Composers Orchestraのアルバムは、リリースされ続けており、今日まで8枚のCDと1枚のDVDがカタログに残っている。尚、1983年リリースの「Stringer」は、FMPからのリリース。本作「Harmos」は、1989年チューリッヒで収録されたオーケストラの4作目に当たるアルバム。総勢17名による、43分を超える曲が1曲収録されている。バリー・ガイが参加しているエヴァン・パーカー・トリオの3人は勿論の事、バール・フィリップス(b)、ポール・ラザフォード(tb)、トレヴァー・ワッツ(reeds)、ハワード・ライリー(p)、ヘンリー・ロウサー(tp)、ラドゥ・マルファッティ(tb)、フィル・ワクスマン(vln)、マーク・チャリグ(cor)等々のリーダー格が勢ぞろいした豪華な布陣だ。バリー・ガイ作曲の「Harmos」は、柔らかで厳粛なムードのメロディーとハーモニーを中心としている曲だ。その合間を縫って、エヴァン・パーカー、ポール・ラザフォードら1音聴けば誰と分かる個性を持った者達が、ソロや複数でのソロの絡みで誠にパワフルな演奏を繰り広げている。作曲された部分と彼らの過激なソロの対比や混ざり具合が面白い効果を上げている。本作以外の作品も、どれも必聴だ。

 

834~Didier Petit:Sorcier (Leo/1989)

Didier Petit/ディディエ・プチは、1962年フランス生まれのチェロ奏者。6歳からチェロを学んだ。12歳の時、ミッシェル・ポルタルとベルナール・リュバの演奏を聴いたことで、大きな衝撃を受けて自身の音楽の方向性を見つけたようだ。その後は、Sun Ra ArkestraAlan Silva Celestrial Communication Orchestraに強く惹かれて行った。後、Celestrial

Communication Orchestraに参加し、「Desert Mirage」で彼の演奏が聴ける。フランスの即興演奏の重要なレーベルのひとつ、In Situを1989年創設。Daunik LazroMichel DonedaJoelle LeandreHerve BourdeLe Quan NihnDenis ColinFrancois TusquesJac BerrocalUn Drame Musical InstantaneLois SclavisHelen Breschandらフランスの重要なミュージシャン達の他、Steve LacySakis PapadimitriouJoe McPheeMalcolm GoldseinCarlos ZingaroEvan ParkerXu Feng Xiaらも取り上げて、質量ともに重要なレーベルに成長させている。本作は、In Situからではなくて、イギリスのレーベルLeo Recordsからのリリースだ。ここでは、ディディエ・プチは、19世紀にドイツで製作された古いチェロを演奏している。全12曲に分かれたチェロによる無伴奏ソロが収められている。内9曲は、チェロ1本による長さが4,5分のソロ演奏だが、最後の3曲は多重録音になっている。ピチカートとアルコを使い分けたゆったりとした、又はせわしないノイジーな演奏が混ざり合う。最後の多重録音された3曲は、その前に聴こえて来た様々な演奏パターンやテクニックを同時に混ぜ合わせた感じで、再生の音量を上げて聴くと結構迫力がある。古いチェロの持つ楽器のボディの響きも捉えられた録音からは、木の振動を感じさせる。2013年に録音された、Petit(cello)Sylvain Kassap(cl)Miya Masaoka()Xu Fengxia(guzheng/古筝)Larry Orchs(ts)による「Humeurs(RegueArt)が新鮮な響きを聴かせて、推薦したい。2016年には、北京でソロ・アルバム「D’Accord(RegueArt)を録音している。

 

833~Ornette Coleman:In All Languages (Caravan Of Dreams/1987)

オーネット・コールマンの故郷のテキサス州フォートワースに1983年に、バックミンスター・フラーが設計したジオデジック・ドームに囲まれたスタジオ、劇場、レストラン、屋上庭園等が集まった総合施設「キャラヴァン・オブ・ドリーム」が設立された。オーネット・コールマンも地元の文化施設の設立に関わりがあったようだ。その施設が運営したレーベル「キャラヴァン・オブ・ドリーム」からは、オーネット・コールマン、ロナルド・シャノン・ジャクソン、ジェームズ・ブラッド・ウルマーらのアルバムがリリースされた。そのキャラヴァン・オブ・ドリームからリリースされた本作は、1987年に収録されたオーネット・コールマンのユニークなアルバム。LPの1枚目は、1959年当時ジャズ界を震撼させたドン・チェリー、チャーリー・ヘイデン、ビリー・ヒギンズを擁した「オリジナル・カルテット」を。2枚目は、当時の「プライム・タイム」の演奏が収められた2枚組としてリリースされた。このアルバムのユニークな点は、対照的な二つのグループが同じ曲を7曲演奏していることだ。アコースティックなオリジナル・カルテットと、エレクトリックなアンサンブルのプライム・タイムが、同じ曲を演奏することで、何が同じで何が違うのか。アコースティックな演奏をしている当時から「ハーモロディック」の概念は曲作りにも反映されていたそうだが、本作は、オリジナル・カルテットから始まる30年間を総括したアルバムとの位置付けも出来るだろう。羽織った衣装は違えど、彼の演奏の本質は何ら変わってはいないことが分かるアルバムでもある。

 

832~THE GROUP:LIVE (No Business/1986)

Ahmed Abdullah/アーメド・アブドゥラ(tp,fl-hr)Marion Brown/マリオン・ブラウン(as)Billy Bang/ビリー・バング(vln)Sirone/シローン(b)Fred Hopkins/フレッド・ホプキンス(b)Andrew Cyrille/アンドリュー・シリル(ds)と言う正にオールスターが集まった、その名も「The Group」。一回限りのレコーディング・セッションで集まったのではないのが凄い。マリオン・ブラウンとシローン(Norris Jonesとしても知られている)は、ジョージア州アトランタの同郷の仲。1966年録音のマリオン・ブラウンのアルバム「Why Not」と、同年のアーチー・シェップの「Three For Shepp」にも揃って参加している。ここでは、シローンともう一人のベーシスト、フレッド・ホプキンスも参加しており、これ以上無いほどのツゥー・ベース・ヒット!の組み合わせが嬉しい。グループの屋台骨をしっかりと支えている。そこに百戦錬磨のドラマー、アンドリュー・シリルが加わるのだから、これ以上何を望む?と聞きたくなるくらいだ。そして、70年代のロフト・ムーヴメント以来シーンの先頭を風を切って進んでいたビリー・バングとアーメッド・アブドゥラが加わる。アルバム冒頭は、ブッチ・モリスの曲から始まる。ブラウンのソロがいい。お馴染みミンガスの「Goodbye Pork Pie Hat」では、アブドゥラの20年代のエリントン・バンドから抜け出して来たようなご機嫌なソロが聴ける。ブラウンの名曲「La Placita」は、ブラウンは勿論だが、バングの力演が聴ける。アルバム全編に渡って、バングのソロは快演だ。そのバングの曲に続いて、ミリアム・マケバの「Amanpondo」は、25分の力演! 1986年NYCでのこの貴重な録音は、アブドゥラの靴箱の中に25年間眠っていたのだそうだ。無事サルベージされて感謝。

 

831~Gerry Hemingway Quintet:Outerbridge Crossing (Sound Aspect/1985)

Gerry Hemingway/ジェリー・ヘミングウェイは、1955年コネチカット州、ニュー・ヘヴン生まれのドラマー、作曲家。彼の祖母はコンサート・ピアニスト、父はヒンデミットに作曲を学んでいたと言う音楽一家だった。自身は、10歳の頃ドラムを始め、17歳でプロになりジャズを演奏していた。当時のニュー・ヘヴンには、Wadada Leo SmithAnthony DavisGeorge E.LewisAnthony Braxtonが住んでいた。彼らとの共演は、若いヘミングウェイにとっては他では得られない大きな糧となった事だろう。70年代後半に、Mark Helias(b)Ray Anderson(tb)と共に、「BassDrumBone」と言う名前のトリオを結成した。1983年から94年にかけて、Marilyn Crispell(p)Mark Dresser(b)と共に長年アンソニー・ブラクストン・カルテットのレギュラー・メンバーとして活躍をした。リズム・セクションの3人は、マリリン・クリスペル・トリオとしても活動をしていた。ここでの活躍が、彼の名を広く知らしめる事にもなった。何より、彼のドラマーとしての腕前にはいつも感心させられたのだった。本作は、1985年、地元ニュー・ヘヴンのスタジオでの録音。Helias(b,el-b)Anderson(b,tuba)という長年の盟友に加え、David Mott(bs)Ernst Reijseger(cello)の参加したクインテットでの演奏だ。全5曲、曲毎に変化に富んだ作曲家としてのヘミングウェイの力量も見せたアルバムになっている。トロンボーン(チューバも)、バリトン・サックス、チェロ、ベースという重心の低い楽器だけを揃えて、それを非常に効果的に表現出来る曲になっている。ボトムをベースに任せて、チェロはより自由に曲調に合わせて演奏する。特に2曲目は、低音域だけを重く響かせる12分余りのユニークな曲だ。ヘミングウェイは、ドラマーというよりは打楽器奏者の雰囲気で、繊細な音を叩き出している。

 

830~Hamiet Bluiett:Bearer Of The Holy Flame (Black Fire/1983)

現代のジャズ・シーンでの最高のバリトン・サックス奏者の横綱は、ジョン・サーマンとハミエット・ブルーイェットが東西を分けると言っても過言ではないだろう。特に、ハミエット・ブルーイェットは、ハリー・カーニー以降の最高のバリトン・サックス奏者ではなかっただろうか。過去形で書いたのは、2018年残念ながら亡くなってしまったからだ。フリー・ジャズ・ファンなら知っていて当たり前のような活躍をして来たブルーイェットだろうが、一般的なジャズ・ファンはどうなのだろうか。もしチャールズ・ミンガスのアルバム、「Mingus at Carnegie Hall」をご存知なら知らず知らずのうちにブルーイェットの演奏を耳にしているはずだ。このライヴ・アルバムには、Charles McPherson(as)John Handy(as,ts)George Adames(ts)Roland Kirk(sax)と言う強者達のサックス奏者の集まったグループなのだが、ブルーイェットのバリトン・サックスは大いに活躍を見せている。R・カークの大暴れは別格だが・・。そんなジャズからインプロヴィゼイションまでをこなすブルーイェットの両面が聴ける1983年のSweet Basilでのライヴ録音がこれだ。Hamiet Bluiett 5

 

のバンド名で出演しており、ブルーイェット(bs,cl,a-fl)の他、John Hicks(p)Fred Hopkins(b)Marvin Smitty Smith(ds)Chief Bey(African ds,perc)と言う、幅広い演奏が出来るメンバーを揃えている。1曲目は、ウェイン・ショーター作曲の「Footprints」では、クラリネットが聴ける。続くオリジナル曲「EBU」ではバリトン・サックス。「Song Song」ではフルート。その後の3曲は全てバリトン・サックスでバラードからノリノリのブルースの演奏が聴ける。なんでもこなせるメンバーだからこその演奏なのだが、ヒックス達の演奏も、彼等の通常のアルバムからは聴けないような多彩な顔を見せてくれている。

 

829~Dewey Redman Quartet:The Struggle Continues (ECM/1982)

デューイ・レッドマンは、1931年テキサス州フォートワースと言うオーネット・コールマンと同じ町に生まれた。サンフランシスコでファラオ・サンダースらと演奏していたが、1967年にニューヨークへ進出後は、同郷のオーネット・コールマンのグループに参加して、「ニューヨーク・イズ・ナウ」、「ラヴ・コール」、「パリ・コンサート」等々の傑作を残している。脱退後は、キース・ジャレットの通称アメリカン・カルテットへの参加が注目される。現在のキース・ジャレットの姿からは、デューイ・レッドマンとの共演はあり得ないようなイメージかも知れないが、オールド・ファンには、そんな濃い時代のキース・ジャレットも今のソロやスタンダーズ・トリオ同様にキース・ジャレット像を形作っているのだ。「Death and the Flower」、「The Survivor’s Suite」、「Fort Yawuh」等々も聴いて欲しい。レッドマンが参加したアルバムで、意外でもあったし、聴いて納得だったのが、1980年にリリースされた「Pat Metheny:80/81」だ。マイケル・ブレッカーとの2テナー・サックスを吹き合ったアルバムで、お互いの強い個性の違いが、パット・メセニーの設定した場でせめぎ合って楽しめた。この時、メセニーのオーネット・コールマン・フリークが露わになった瞬間でもあった。この録音の2年後に同じくECMに吹き込まれたのが、本作「The Struggle Continues」だ。チャールズ・ユーバンクス(p)、マーク・ヒライアス(b)、そしてオーネットのグループ仲間だったエド・ブラックウェル(ds)が参加したカルテットは、所謂フリー・ジャズと言うよりは、オーソドックスなジャズの演奏だが、そこはかとなく60年代のオーネットのグループの香りが漂うのだ。

 

828~沖至 with 佐藤允彦:沖至 ラスト・メッセージ・ミーツ佐藤允彦(Super Fuji Discs, Mobys Record/2018)

2018年9月4日 私は、1996年1月2日以来の久しぶりの沖至さんのライヴを防府で開催した。96年のライヴは当時経営していたcafé Amores/カフェ・アモレスで行った、沖さん、井野信義さん、そしてスペシャル・ゲストでわざわざこの日の為だけに来日してもらった崔善培さんとのトリオ・ライヴだった。この日の録音は、No Business Chap Chap Seriesから「紙ふうせん」としてCD&LPでリリースされ、なかなかの好評を得ることになる。

2018年のライヴは、防府天満宮を下った場所にあるcafé Opus。ピアノが置いてある瀟洒な店だ。この日は、沖さん、川下直広さんと波多江崇行さんとのトリオ・ライヴ。久しぶりに会う沖さんは、相変わらずの異国情緒?を漂わせる強いオーラを纏ったままだった。演奏はというと、噂だけは聞いていた自作のユニークな形をしたトランペットや、民俗楽器の笛を操ってのフリーからスタンダード・ナンバーまで、沖節と言えそうな沖さんしか演奏しえない個性を持った演奏を堪能させていただいた。

 

このライヴの後に、東京では沖さんと佐藤允彦さんとの久しぶりの共演があると知り、胸が躍ったのだった。沖さんと佐藤さんは、富樫さん、高木さんを含めた日本のフリージャズ史の最初期を飾る伝説の(幻のと言ってもいいかも。なにしろ音源が残っていないのだ。あるいは発掘されていないのか?)Experimental sound space group(ESSG)のメンバーだった。だが、それ以降は、1985年と1993年の佐藤さんの欧州ツアーでの共演くらいという数少ないもので、2018年10月7日公園通りクラシックスでのライヴは実に25年ぶりというものだった。これは、沖さんからの「是非トーサとDUOをやりたいんです。」と、たっての願いが実現したライヴ。我々ファンとしても是非是非聞きたいDuo Liveではないか。これを知った時は、東京まで飛んで行きたかったが、残念ながらそれは叶わなかった。

だが、ライヴの音源(佐藤さんが録音していたもの)が、こうしてCDと言う形になって、我々の耳にも届くことになった。私は、まだCDが発売前にこれを書いているのだが、佐藤さんから送られて来たデータ・ファイルをCD-Rに焼いて(古い人間ですから)聴いていたのでした。実は、早くから佐藤さんに「ちゃぷちゃぷレコードから出さない?」との打診があったのだけど、色々と事情がありまして?断念したという経緯もあったりしています。

 さて、発売されるCDでは、お互いのソロが2曲。デュオが5曲の合計7曲。曲名は「Message1~7」と書かれている。佐藤さん自身が編集されたもの。

ライヴの始まりは、まずは沖さんの無伴奏ソロ・トランペットが10分くらい続く。佐藤さんは、沖さんの気持ちを乱すのを恐れてその間一音も弾かれなかった。25年ぶりの沖さんのトランペットの音を聴衆も含めて一番堪能していたのは佐藤さんだっただろう。佐藤さんの頭の中を走馬灯のように、沖さんとの懐かしい想い出の光景が浮かび上がっていたのではなかっただろうか。10分くらいたって、ここぞという場所に佐藤さんの打鍵が振り下ろされる。低音の一撃だった。瞬時に空間が緊張するのが分かる。沖さんのトランペットの音も一気に緊張をはらむ。しばらくDuoが続き、その後佐藤さんのピアノのソロになる。この演奏が凄まじい!色々なピアノ・ソロを聴く機会が多いが、近年まれにみる壮絶なソロなのだ。言っては悪いが、「1941年生まれですよね?」と聞きたくなる。パワーもスピードもあふれ出るアイデアも、とめどもなく奔流となって聴き手に襲い掛かる。無尽蔵のアイデアとパワーに圧倒されるのみ。続いて二人によるLush Lifeをモチーフとした演奏が始まる。壮絶な嵐の後の日の当たる海を感じるもので、一旦こちらの耳もリセットされる。そして、「待ってました!」と思うのは私しかいないかもしれないが、沖さんの民俗楽器の笛の演奏だ。シンプルな笛だけで、ここまで豊かな表情を見せるのは、あとはドン・チェリーとワダダ・レオ・スミス以外にはいない。素朴な音が沁みる演奏。これに見事に合わせられる佐藤さんのピアノもさすが。その後もデュオが続くが、この日の〆はシャンソンの名曲「バラ色の人生」だった。沖さんのトラペットの音がよく似合う。ドラマチックな25年ぶりの邂逅の〆にふさわしい演出だった。

全部で70分あまりの演奏だが、25年ぶりの邂逅とはいえ、おそらく「次はどうする?」といった事前の会話は一切なされていなかっただろう。これがインプロヴァイザーたる所以であり特権であり、我々もそこから湧き出て来る他では味わえないスリルを共有するのだ。沖さんの色彩感溢れる音色と変幻自在の演奏がもうライヴで聴けないのは残念だが、こうして残されたアルバムで後50年、100年と聴き続けられるのだ。佐藤さんには、まだまだ20年はこのままのエネルギーで突っ走ってもらいたいなあ。それだけ、凄い演奏でした。また、沖さんのトランペットのような肌触りの演奏を出来る者は本当に少なくなっている。これも時代の流れかもしれないが淋しい気がする。

 

兎にも角にもCD化実現に感謝!

 

*Jazz Tokyoレヴューより転載。

 

827~謝明諺/シェ‧ミンイェン/Minyen Hsieh:上善若水/As Good  As Water (好有感覺音樂/Feeling Good Music/2017)

謝明諺/シェミンイェンは、1981年台湾、台北生まれのサクソフォン奏者。

ブリュッセルのハーグ王立音楽院で、John RuoccoJeroen Van Herzeeleに師事。

2012年に台中サクソフォンコンクールで優勝。ジャズ、ロック、フォーク、ヒップホップ、エレクトロニクスからアヴァンギャルドまで様々なプロジェクトに参加し活躍している。

ファーストアルバムの「Firry Path」、日本人ミュージシャンとの「東京中央線:Lines & Stains」、「Non-Confined Space//密閉空間:Flow,Gesture,and Spaces」と言ったアルバムは、1作毎にジャズを基調としながらも、アコースティックなジャズからエレクトロニクスも導入した先端的なものまで多彩な演奏が聴ける。

 本作「上善若水」は、台湾気鋭のピアニスト・李世揚/ Shih-Yang Leeと豊住芳三郎(ds,二胡)との即興演奏を収録したアルバムだ。彼のアルバムの中では異質な部類に属するかもしれないが、彼のたくさん有る引き出しの一つとも言えるだろう。演奏は、空間を広く取った録音の効果もよくて、サックスの存在感のある音や繊細な音、ペダルを効果的に使ったピアノの音の細やかな音、そして豊住の変幻自在なドラムや二胡の厳しい音色が絡み合った演奏がリアルに耳に飛び込んでくる。豊住は二胡を選択する事が多い。これが「サックス+ピアノ+ドラムス」から受ける印象とは異なるユニークな演奏に仕立て上げている一つの要因でもある。今、台湾は東アジアの重要な即興演奏も含む音楽の拠点になっている。

 

826~Matteo Fraboni Quintet:INDIA JAZZ VOL.1 (ERM/2019)

マッテオ・フラボニは、長く世界中のリズムを求めて旅を続けた。2019年ついにインド、ムンバイにてレコーディングを敢行することとなった。地元インドのジャズ・ミュージシャンのAnurag Naidu(el-p)Shirish Malhotra(as,ss,fl)にイタリア人のGianluca Liberatore(b)を加え、2曲だけだがヒンドスタニー音楽を演奏するヴァイオリン奏者Sharat Chandra Srivastava(vln、西洋のヴァイオリンとは奏法が大きく異なる。)も参加している。

インドこそリズムの宝庫だ。西洋音楽では到底及ばないリズムの多彩さは、インド音楽の大きな特徴だ。カルナータカとヒンドスタニと言う2つの大きな音楽の潮流があり、インド亜大陸を大きく二分している。よく知られているラーガは季節や時刻ですら演奏するに当たって規定され、西洋には無い微分音程が用いられる。ターラで規定されているリズムの複雑さは、コンピューターの演算レベルにある。ジャズのように感情の高ぶりやノリで演奏する場面はインド音楽には無い。

そんなインド音楽とジャズの融合か? これまでジャズとインド音楽の融合は無かったわけではない、アリ・アクバル・カーンとジョン・ハンディの共演。ヨーロッパのフリー・ミュージックのミュージシャン達がシタール奏者と共演したアルバム。ラヴィ・シャンカルとバド・シャンク。ジョン・マクラフリン・シャクティは、よりインド音楽寄りだった。ヴァイオリン奏者のスブラマニアムとL・シャンカルのジャズ・アルバムは多い。

さて、本作だが、ことさらジャズとインド音楽を融合させた演奏にはなってはいない。こちらのステレオタイプな発想はブチ砕かれる。あくまでもジャズのフィールド内での演奏だ。だからと言って通常のジャズのビートとは違うのだ。一見タイトなリズムなんだが、複合リズムになっていたりする。フラボニらしいリズムの仕掛けが施されている。しかし、それを難解には見せずに心地よい音楽に昇華させているところがにくい。

注目は地元インドのジャズミュージシャンというところになるだろう。これも、日本人が演奏するジャズだからとフィルターを掛けて聴くことがないのと同じく、世界中の国や地域で、人種・民族を問わず演奏されているジャズだから、ことさら「インド人の演奏するジャズ」と、フィルターを掛けなくても良い。とは言え期待はすると言うものだ。それを叶えてくれるのが、Sharat Chandra Srivastavaのヴァイオリンだ。2曲しか参加していないのが少々残念なのだが、こちらの期待答えたインドのヴァイオリンらしい音色と小節(こぶし)を効かせた演奏が聴ける。正直、彼のヴァイオリンをもっと聴きたかったなあ。

 

このアルバムは、Vol.1となっている。Vol.2.3とこの企画は続いて欲しい。生演奏を聴いてみたいものだ。

 

825~Matteo Fraboni Quintet:LATINO (OkListen/2016)

本作は、2016年にリリースされたマッテオ・フラボニ・クインテットのアルバムだ。

フラボニのドラムスの他は、自らのビッグ・バンドも率いているMassimo Morganti(tb)、イタリアのジャズ・シーンの最前線で活躍するサックス奏者Marco Postacchini(sax)、シンフォニー・オーケストラでの演奏もする気鋭のベース奏者Gianludovico Carmenati(b)、そしてピアニストの Emanuele Evengelista(Fender Rhodes)によるクインテット。

アルバムのテーマは「ラテン」。フラボニは、これまでジャズのリズムをメインにしながらも、様々な国や地域の多彩なリズムを探求して来た。今回のアルバムでは、ラテンに照準を合わせた様だ。

さて、「ラテン」とは何か? 私のような日本人には分かっているようで分かっていないところがある。「ラテン」は、古代から続く地中海世界の言語であり、文化を指す。ルーマニアや中南米もその文化圏に属する。「ラテン音楽」と言えば、主にスペイン語圏の音楽が思い浮かぶ。ヨーロッパの和声とジャズ、ゴスペル、ファンク、ブルースと言ったアフリカ系アメリカ人の音楽要素に加えて、アフリカのリズム、カリブ海のリズム等々が混ざり合って混血して出来た様々な音楽~スカ、レゲエ、サルサ、ミロンガ、マリアッチ、フォルクローレ、サンバ、ボサノヴァ等々が。

そんなラテン音楽の要素とジャズを混ぜ合わせてこれまでもディジー・ガレスピーのアフロ・キューバン・ジャズなんかが演奏されて来たし、キューバからはイラケレと言ったグループも現れた。チック・コリア然り。

本作だが、1曲目のアフロ・キューバン・ジャズからスタートする。ガレスピーのアフロ・キューバン・ジャズと比べると、燃える様なビートとリズムではなくて、現代的なクールな表情だ。続いては、ブラジル音楽の軽快なリズムが心地良い。フェンダー・ローズの起用が心地よく響く。アコースティック・ピアノではリズムのメリハリが強くなるので、ローズの使用はこのアルバムの色付けをかなりの部分背負っているところがある。演奏全体の重心が少し高くなっている。トロンボーンもサックスも様々な曲想にマッチした軽快な演奏が楽しい。

その後の曲は、これのどこが「ラテン」なんだろう?と、浅学の私には疑問符が浮かぶ。「これもラテンの部類にはいるのだろうか?」「フラボニの意図は何なんだろう?」と。

カリブ海、南米から中近東(「The Rythm of A Camel」と「A Muslim Call」)続いて日本かも?(IKIGAIと題された曲がある。)そして最後はニューオリンズに行きつく。地球を東回りをして一周したと考えれば壮大な音楽の旅だ。これのどこまでが「ラテン」なのか?

そんなことまで考えなくても、ハードバップを基調に、様々なラテン・リズムを混ぜ合わせて作られたカラフルなジャズの演奏を楽しめばいい。全8曲、曲毎に異なった表情を見せる演奏は何度聴いても楽しいのだ。「ラテン音楽」は楽しくなければつまらないではないか。

 

それにしても、フラボニの体にはどれだけのリズムが入っているのだろうか。