LP/CD Review 5

319~Peter Lemer Quintet:Local Colour(ESP/1968)

Peter Lemer /ピーター・レマーは、1942年ロンドン生まれのピアニスト。ポール・ブレイ、ジャッキー・バイヤードに師事。ロンドン・アカデミー・オブ・ミュージックで学んだ。スポンテニアス・ミュージック・アンサンブルの2枚、「Spontaeous MusicEnsemble

 Marmalade/69年)と「Live:Big Band&Quartet」(71年)や、Harry Beckett/ハリー・ベケット(tpfh)の「Got It Made」(Ogun/77年)で彼の演奏が聴けるが、正直あまり印象に残っていなかった。70年代までの彼のリーダー・アルバムは、この66年録音のESP盤しか見当たらない。LPすら見たことが無かったのに、国内盤のCDが出たときは驚いたものだ。John Surman/ジョン・サーマン目当てに購入したというのが本当のところだ。ここで演奏しているのは、当時のレギュラー・グループだったみたいだが、活動は66年のほんの短期間だったようだ。レマー自身の曲に混ざってポール・ブレイやカーラ・ブレイの曲をよく演奏したらしい。このアルバムでも、カーラ・ブレイの「ICTUS」を取り上げている。ポール・ブレイの弾く「ICTUS」と比べると、レマーらの演奏はキッチリとしすぎのような気がする。もっとつかみどころが無いような曲だったはずだが。他は全て彼自身の曲。2曲ほど全くの即興と思えるものも有る。「City」と「Enahenado」だ。曲名は後から付けられたのだろう。彼は、楽譜無しの演奏を、彼はOpen Performanceと呼んでいた。こういった演奏もするが、基本的には、きっちりと書かれた曲の中でフリーなソロを取るというもので、現在から見ると相当にオーソドックスと言える。ともあれ、イギリスのフリー・ジャズ黎明期の姿を伝える貴重なアルバムではあるそれにしても、これがESPからリリースされたというのが不思議といえば不思議。

318~Joachim Kuhn,Albert Mangelsdorff,Pierre Favre,Gunter Hampel:Solo Now(MPS/1976)

旧東ドイツ出身のJ・キューン(p)、スイスのP・ファーブル(perc)、旧西ドイツのG・ハンペル(fl、vib、b-cl)と、A・マンゲルスドルフ(tb)が集まり、アルバム・タイトル通りの各人のソロを収録したアルバム。せっかくこれだけのメンツが集まったのだからと? A・マンゲルスドルフとJ・キューン、P・ファーブルとG・ハンペルのデュオ2曲と、4人全員の演奏も収録された。一枚のアルバムの構成を考えると正解。タイトルの「ソロ・ナウ」通りの各ミュージシャンのソロがやはり圧巻。とにかく皆それぞれが一流のテクニシャンなので、聴いていて爽快なのだ。長年このアルバムを聴き続けているが、毎度この気分を味わえる。特にA・マンゲルスドルフとG・ハンペルのソロがいい。G・ハンペルは異なった三種類の楽器を見事に使い分ける。

317~David Murray Octet:Ming(Black Saint/1980)

David Murray/デヴィッド・マレイのアルバムは1976年録音のインディア・ナヴィゲイション盤で初期の傑作「フラワーズ・フォー・アルバート」やレスター・ボウイの語り口が雄弁な「The Lower Manhattan Ocean Club」以来、現在まで数え切れないほどリリースされて来た。中にはメジャーからのリリースのせいか、甘口の、おまけに自己のクリシェに陥ち入ってしまったようなブロウを繰り返すアルバムも散見出来た。だが、メジャーからリリースするようになる前のマレイには、ヨーロッパのレーベルがマレイをほってはおかなかった。その中でもまさにうってつけのイタリアのレーベルBlack Saint80年録音の本作は、DMurray(tsb-cl)の他Henry Threadgill(as)Olu Dara(tp)Lawrence "Butch" Morris(cor)George Lewis(tb)Anthony Davis(p)Wilbur Morris(b)Steve McCall(perc)といったそうそうたるメンバーを要してのオクテットの演奏。豪華なメンバー達に、マレイの代表曲を集め演奏させた私が最もよく聴いたアルバムだ。オーケストラほどには重くなく、さりとてどれも似たような内容になりがちなレギュラー・グループのアルバムとは違い、日常的に聴くには最適。強力なメンバーのソロを聴くもよし、マレイのアンサンブルの編曲を聴くもよし。翌81年にも全く同じメンバーで「Home」が録音されている。そろらくこのメンバーで、ライヴも行われていたのだろう。この両方に、マレイとは西海岸時代からの盟友ブッチ・モリスも参加してユニークなコルネットの演奏を聴かせてくれる。彼は、その後コルネットの演奏をやめ、即興と指揮するシステム、コンダクションを考案した。84年録音のマレイのビッグ・バンドにもブッチ・モリスは参加しているが、コルネットは吹かず指揮に徹している。そして、その後91年の「David Murray Big Band conducted by Lawrence “Butch” Morris (DIW)に結実することになる。これが日本制作というのが誇らしいではないか。まさか、この2年後防府でブッチ・モリスのライヴをやることになろうとは! 共演は吉沢元治!

316~Joe McPhee&John Snyder:Pieces Of Light(CJR/1974)

まさかこれがCD化され再発されるとは嬉しい驚きだった。私がジョー・マクフィーを知るきっかけになったアルバムで、ジョー・マクフィー自身のレーベル「CJR」からのリリース。全然名前すら知らなかったが、ジャケット・デザインとシンセサイザーとの共演に惹かれ購入したものだった。その後CJR盤は全て買い揃えた。アンダーグラウンドの匂いのプンプンする内容で、商業主義とは無縁の潔さが心地よい。シュナイダーが操るARPシンセサイザーに対抗してJ・マクフィーはサックス、トランペットの他、名古屋琴、竹や陶器の風鈴、ヴォイス等々を総動員。正直シンセサイザーの発する電子音とマクフィーの演奏するアコースティックな音が水と油のような時もある。意外や風鈴や名古屋琴が電子音とは相性が良いようだ。

315~Barre Phillips:Jounal Violone Ⅱ(ECM/1979)

Barre Phillips/バール・フィリップスが、1979年にECMに録音した大変美しいアルバム。ジョン・サーマン(ss、bs、b-cl、synth)とAina Kemanis(voice)が曲によっては加わるが、基本的にはベース・ミュージックと言ってよい内容。多重録音も含め、キッチリと構成された中でのインプロヴィゼイション。ECM独特のクリアーな録音の良さもあって、彼の力強いピチカート、美しいアルコの音がくっきりと浮かび上がる。演奏される音楽も、透明度の高い、そして広がりのある音空間を創造する。ベース一本なのに、ヴィオラやチェロも使っているかのように聴こえてしまう所もある。盟友ジョン・サーマンはシンセサイザーも繰り出して、演奏に華と広がりを与える。A・ケマニスの声も、この透明感のある音楽に貢献している。

314~Attila Zoller Quartet:The Horizon Beyond(Emarcy/1965)

Attila Zoller/アッティラ・ゾラーは、1927年ハンガリーのヴィゼランド生まれのギターリスト。ハイスクール時代まではトランペットを吹いていており、プロになるべくブダペストに出たが、トランペットでは仕事が無くて、やむなくギターに転向した。その後、ウィーンに出てギターの腕を上達させ、西ドイツに移る。そこで、ユタ・ヒップ、ハンス・コラーのグループに参加。59年に渡米し、ドン・フリードマンと出会う。65年録音の本作は、そのフリードマンとのコラボレーション。バール・フィリップス、ダニエル・ユメールとのコレクティヴ・インプロヴィゼイションによる、テンションの高い演奏が聴ける傑作。この時代、ゾラーは最も先鋭的なギターリストの一人だった。佐藤允彦とは2枚のアルバムを作っている。

313~Luc Ferrari:Und So Weiter,Music Promenade(Wergo/1966,69)

Luc Ferrari/リュック・フェラーリは、1929年パリ生まれの作曲家。05年に亡くなった。作曲家と書いたが、所謂紙に上に音符を置いていくタイプと違い電子音楽作品が多い。インスタレーション、シアターピース、ラジオドラマ、映画音楽(映画そのものも制作した。)と活動範囲は広かった。このWergo盤は60年代の電子音楽作品を2曲収録。「Und So Weiter」は、ピアノとテープ音楽との共演。ピアノの演奏も当時のヨーロッパのフリー・ジャズを思わせる激しさを聴かせるところもある。「Music Promenade」は、テープ作品。人の声、太鼓の音に合わせた行進の音、またはその音楽等の具体音が重ねられているようだ。音楽で迫り来る軍靴の恐怖を思い起こさせる。作曲されたのはベトナム戦争の時代だった。反戦の意味合いがあったのか? 聞こえる言葉がさっぱり分からないので実際のところは分からない。私は、そう解釈している。

 

312~Folke Rabe:Was??(Wergo/Dexterscigar/1967)

Folke Rabe/フォルケ・ラーベ?は、1935年スウェーデン、ストックホルム生まれの作曲家。この「Was??」はエレクトロニック・ドローン・ミュージックと呼べようか? 68年制作の電子音楽作品。初めて聴いたのは80年頃だったろうか。色んな現代音楽、フリー・アヴァンギャルドを聴いていたが(20歳すぎ頃だからタカがしれてるが。)、これには驚いた。67年には完成していたらしいのだが、ここまで徹底的に持続音が続く音楽は、聴くのはこれが初めてだった。途切れることのない音が幾重にも重ねられ、少しづつ変化しながら延々と続くだけ。と、そう聴こえるのはこれを面で聴いている時だ。点として聴くとこれほど変化に富んだ音楽もない。聴き方の多様さを求められる、またこっちも求める音楽。90年代に現れた「音響」に対するリスナーの姿勢を、60年代に問うている作品とも言えるのではないか。これまで最もよく聴いた現代音楽作品のひとつ。近年再発されたCDは、Wergo盤に入っていたBo Anders Perssonの「Proteinimperialism/蛋白質帝国主義??」をカットして「Was??」のテープを半速して再生したヴァージョンが収録されていた。「蛋白質帝国主義」?は未だCD化されず。「Was??」ほどのインパクトは無いが、これも傑作なんだが。

311~高柳昌行/Takayanagi Masayuki&New Direction Unit:Live at Moers Festival(TBM/1980)

1980年5月26日、ついに高柳昌行&ニュー・ディレクション・ユニットは、メールス・フェスティヴァルのステージに立ったのだった。アメリカのフリーともヨーロッパのフリーとも違う高柳昌行のグループの激しく、厳しい音楽が、メールスの観衆にどう受け止められたか? 1曲目は、第5福竜丸の乗組員だった久保山愛吉について語られたナレーションが、2曲目には韓国の反体制詩人、金芝河の詩が演奏に重なって流された。2曲とも演奏は静かに、そして厳しい表情で続けられた。暫時投射の新しい試みと言えよう。3曲目は集団投射で音の洪水をメールスの観衆に浴びせた。最後は高柳のソロ。「サブコンシャス・リー」でコンサートを締め括った。演奏後、ひとりのスイス人が目に涙を溢れさせながら「これは大事な事だ。大切な音楽だ。」と語ったそうだ。

 

310~明田川荘之/Aketagawa Shoji:This Here' Is Aketa vol,1(Offbeat/1975)

明田川荘之(自称 天才アケタ)は、1950年東京、荻窪生まれのピアニスト。父親孝は、高名な彫刻家で音楽家だ。19歳にプロ入りし、すでにアグレッジブなプレイをしていた。飯島敏勝のクインテットで演奏をしていたが、脱退し自己のトリオを結成し、PIT INN等都内のジャズ喫茶を中心に活動。立教大学卒業の翌年、西荻窪に「アケタの店」を開店。これは今でも続く老舗のジャズ・クラブだ。自身のレーベル「アケタズ・ディスク」主宰。父から継いだおそらく日本で唯一のオカリナを作る会社の社長でもあり、オカリナ奏者でもある。オカリナでスタンダードも流暢に演奏する。文筆も達者。「中央線ジャズ」のドンである。中央線(地方の人に少し説明すれば。新宿駅から吉祥寺方面に向かうJRの路線名。ジャズの店が結構有る。)から離れて日本全国津々浦々でも演奏して回っている。その途中寄って演奏したある店のママさんが、「こないだアケタが来て、ウチのピアノの上に乗っかちゃったのよー!」という、嬉しいんだか悲鳴なんだかを上げていたのを聞いたことがある。笑っていたから喜んでいたことにしておこう。75年録音の本作は、「アケタズ・ディスク」からではなくて、オフ・ビートからリリースされた当時のレギュラー・トリオ、山崎弘一(b)、宮坂高史(ds)での演奏。赤坂ミュージック・スタジオにて録音。華麗、流麗、クール等々とは正反対のゴツゴツした演奏。しかし、だからこそ思いっきりジャズを感じさせる。スタジオでの演奏だからか、ここではそれほどフリーに大暴れをする様子は無い。が、暑苦しい演奏なことは間違いない。これ、褒めてるんです。「これが中央線ジャズ」のルーツ。vol,2はピアノ・ソロ。

 

309~Zbigniew Namyslowski:Polish Jazz vol,4(MUZA/1966,73,75&87)

Zbibniew Namyslowski/ズビグニエフ・ナミスオフスキ?は、1939年ポーランド、ワルシャワ生まれのアルト・サックス奏者。57年「The Modern Combo」のメンバーとしてデヴュー時は、チェロ奏者としてだった。ディキシー・バンドではトロンボーン奏者としても活躍していた。60年代以降はヨーロッパ屈指のアルト・サックス奏者となる。作曲家としても優れており、魅力的なメロディーをたくさん書いている。このアルバムは、1966年、73年、75年、87年の録音を集めたオムニバスCD。75年と87年の演奏はエレクトリック・ピアノやキーボードを使って時代を感じさせるが、66年と73年の演奏は今の耳にも新鮮に響く。とは言え、フリー・ジャズをやっているワケではない。ジャズである。所々フリー一歩手前まで行く所も有るが。知性とエモーションが同居したジャズである。ポーランドのジャズのレベルの高さが伺い知れる。

308~Krzysztof Komeda:Polish Jazz vol,3(MUZA/1960,61&65)

Krzysztof Komeda/クシシュトフ・コメダ?は、1931年生まれのポーランド・ジャズ界の巨匠。これは89年にポーランドでリリースされたCDで、60年録音のトリオ、61年のトリオ+Bernt Rosengren(ts)、65年のTomasz Stanko(tp)、Zbigniew Namyslowski(as)、Gunter Lenz(b)、Rune Carlson(ds)とのクインテットが収録されている。61年の録音は、ロマン・ポランスキー監督の映画「水の中のナイフ」の有名なサウンド・トラック。65年録音のクインテットは、T・Stanko、Z・Namyslowskiというポーランドを代表するミュージシャン(勿論当時は若手だったのだが)と、これこそ「水の中のナイフ」がギラリと光るような鋭く硬質な響きを聴かせる演奏だ。65年の東欧ポーランドに、こんな新しい響きを持つジャズ・グループが有ったとは驚く。「Astigmatic」は23分の熱演。最近は、これら三つのセッションは全てオリジナルの形の単体でCD化されているはずだ。

307~Karl Berger&Edward Blackwell:Just Play(Quark/EMANEM/1976)

Karl Berger/カール・ベルガー(vibbalafondarbuka)Ed Blackwell/ブラックウェル(dsosi-drum)は、1966年に初めて会って以来度々共演を繰り返して来た仲だ。ドン・チェリーのアルバム「Symphoney For Improvisers(Blue Note/1966)でベルガーとブラックウェルの共演が聴ける。この76年ニューヨークの「エレクトロニック・ボディー・ワークス」での録音が初めての二人だけのデュオ演奏だった。カール・ベルガーは、ヴァイブラフォンの他、バラフォンとダラブッカといった民族楽器も演奏している。エド・ブラックウェルは、通常のドラム・キットとオシ・ドラムというスリット・ドラムを演奏。ベルガーの演奏するヴァイブラフォンはファンを回していないので、バラフォンとは金属と木の対比がより明確になる。二人の演奏は、これをフリー・ジャズとかフリー・ミュージックと呼ぶのをちょっとためらうような繊細で色彩感豊かな音楽だ。エド・ブラックウェルのドラムの演奏が、ヴァイブラフォンと負けず劣らずメロディアスなのに驚かされる。エド・ブラックウェルのドラムの演奏は、フリー・ジャズ界隈で演奏されるドラムの演奏とはかなり違っていて、結構カチっと枠にはまったタイトなドラミングだ。勢いに任せて叩きまくったりするようなことはない。そこがオーネット・コールマンに重宝がられたところではないか。それは、カール・ベルガーにも言えて、フリー・ジャズと言う言葉から想像するような破壊的な演奏とは程遠い。理知的にコントロールされた、されど自由な音楽を作る。ベルガーと佐藤允彦の共演作が「With Silence(ENJA/1972)としてリリースされているが、同質の音楽的性格を持つ者同士の相性のいいアルバムだ。オリジナルはQuarkからリリースされた。EMANEMから再発されたCDにはドン・チェリー作曲の「South of Imperial」がボーナスで入っている。

 

 

306~Bill Dixon:In Italy volume One(Soul Note/1980)

Bill Dixon/ビル・ディクソン(tpp)は、そのネーム・ヴァリューと重要度の割に驚く程アルバムが少なかった。特に60、70年代は。80年代以降は私のようなファンを喜ばせてくれるようにリリースされるようになった。しかし、アメリカ本国ではあいかわらずの扱いだ。この80年録音の本作もミラノでの録音。リリースしたのもイタリアのレーベル、Soul Noteだ。これは彼に限った事ではないのだが・・・。さてこのアルバムだが、三日間録音して、二枚のアルバムに分けてリリースされた。参加メンバーは、BDixonの他、Arthur Brooks(tp)Stephen Haynes(tp)Stephen Horenstein(tsbs)Freddie Waits(ds)Alan Silva(b)。トランペットが三人いることになる。そして六重奏団なのだが、B・ディクソンがトランペットを演奏する時は、他のトランペットもサックスも演奏に入らない。入ってもアンサンブル程度。彼らが加わる時は、B・ディクソンはトランペットは吹かずピアノに専念する。1曲目は、アラン・シルヴァのアルコによる地響きを立てるような、引きずるような低音が終始鳴り響く。その上をディクソンの柔らかなトランペットの音がゆっったりと鳴り渡る。2曲目は、ディクソンは、ピアノに回る。そこで他のミュートを付けたトランペットも入って来る。これも柔らかな演奏だ。3曲目は12分を超える演奏。シルヴァは、今度はピチカートで始める。それに乗ってディクソンが、ここでもゆったりと入って来る。次第に少しずつドラムや他のトランペット、サックスも入って来るがソロをとらずにアンサンブルのみ。これも終始たゆたうような演奏。最後にやっと少しスピードアップする程度。最後の曲は20分くらいのセシル・テイラーに捧げた超尺の演奏。ここでやっと、サックスや他のトランペットが活躍する場を与えられる。アルバム全体的に穏やかな演奏で、墨流しを眺めているようだ。

こちらはvolume two。

305~Stu Martin Trio:Sunrise(Marge/1979)

Stu Martin/スチュ・マーティンは1936年NY生まれのドラマー。50年代には、デューク・エリントン、カウント・ベイシー、クインシー・ジョーンズ、メイナード・ファーガソンと言ったビッグ・バンドのドラマーを経験している。ジャズ的な経歴として見ると、エリントン、ベイシー両楽団でドラムを叩くとは、これは凄いことだ。録音は残っていないのだろうか。大のエリントン・ファンの私には非常に気になるところだ。また、ドナルド・バードやカーティス・フラーとも共演をしていて、カーティス・フラーとは、61年チューリッヒでのライヴ録音がある「Curtis Fuller And The Jazz Ambassadors/Jazz Conference Abroad(Smash)。64年の「Sonny Rollins/The Standard(RCA)でも彼の演奏が聴ける。60年代に入りフリー:ジャズを指向し、ヴァルド・ウィリアムスと活動を共にしていたが、67年Savoyで「New Advanced Jazz」をリリース。68年に渡欧。ジョン・サーマン、バール・フィリップスと「The Trio」を結成。ヨーロッパで、フリー・ジャズ・ドラマーとしての地位を確固として行った。79年録音の本作は、フランスの個性的な二人のギターリスト、Gerard MaraisClaude Barthelemyとのトリオ演奏。バルテレミーは一曲ギター・ソロを取っているが、ギターではなくて全編エレクトリック・ベースを弾いている。G・マレもS・マーティンもシンセサイザーも演奏している。演奏はフリーというよりも、ハードなフュージョンといった感じか。マレのギターがハードなトーンで疾走し、バルテレミーのベースは地響きを立て、マーティンがドラムをスピーディーにぶっ叩く。気分をスカっとさせたい時にどうぞ。74年帰米後は、クリエイティヴ・ミュージック・ファウンデーションの副会長として活躍した。

 

304~George Adams:Sound Suggestions(ECM/1979)

George Adams/ジョージ・アダムスは、1940年ジョージア州コビントン生まれのテナー・サックス奏者。アトランタのクラーク・カレッジで音楽を学ぶ。NYCには68年に進出。ロイ・ヘインズやチャールズ・ミンガスのバンドで活躍。76年ギル・エヴァンス・オーケストラに参加。75年頃からドン・プーレンと双頭バンドを組む。79年録音の本作は、彼の異色作と言ってもいいのではないだろうか。何とECMからのリリースなのだ。この頃のECMはアート・アンサンブル・オブ・シカゴ、サム・リヴァースなんかもリリースしていたので、驚くこともないのだが、ジョージ・アダムスのイメージとは大夫違う。共演がジャック・ディジョネット、デイヴ・ホランド、リッチー・バイラークというECMハウス・リズム・セクション?に、ケニー・ホィーラー、ハインツ・ザウアー。この組み合わせで、ECMサウンドで録音され、大いに口を出すことで有名なプロデューサーの元、一体どんな演奏になるのか? 正直ケニー・ホィーラーの曲も演奏しているが、完全に母屋を取られた感じがしないでもない。しかし、トレード・マークの白目を剥いてのキレまくりブロウもしっかりと演奏しているし、ブルースも唸る。「ECMがなんぼのもんじゃい!」だ。でも、ザウアーとの2テナーにした意図やいかに? ヨーロッパのテナー・サックス奏者との対比をしてみたかったのか。これがアダムス自身のアイデアだったのか、アイヒャーのプロデューサーとしての感から企画されたのかは知る由もないのだが、結果は吉と出ている。防府市にギル・エヴァンス・オーケストラが来た事があった。そこにジョージ・アダムスの姿もあった。何度もソロを取ったのだが、本当に白目を剥いての大ブロウには拍手喝采だった。まるで坂田明がテナー・サックスに持ち替えて吹いているかのような迫力だった。

 

303~Daniel Humair,Francois Jeanneau,Henri Texier(OWL/1979)

1938年スイス、ジュネーブ生まれのヨーロッパ屈指のドラマー、Daniel Humair/ダニエル・ユメール。35年フランス、パリ生まれのサックス奏者、Francois Jeanneau/フランソワ・ジャノー。45年フランス、パリ生まれのベース奏者、Henri Texier/アンリ・テクシェ。モダンからフリーまで何でもござれのテクニックと音楽性を併せ持ったヨーロッパでも屈指の強者三人による強力なアルバム。三人共がバンド・リーダーで作編曲にも長け、膨大な共演歴を持っている。この三人の共演歴をひとりずつ書き上げていったら、何ページになるのやら。ヨーロッパでも人気を誇ったフィル・ウッズのヨーロピアン・リズムマシーンのベースとドラムは、テクシェとユメールだった。一見サックス・トリオで地味に映るかもしれないが、曲ごとに趣向を凝らし、最後まで一気に聴かせる。基本的には、この時代のニューヨークのロフト・ジャズ・ムーブメントに呼応するかの如くアグレッシヴな演奏だ。デヴィッド・マレイのトリオを彷彿とさせるかのごとき瞬間もある。しかし、一箇所だけ、瞬間に電子音が鳴る等の小技の利いた隠し味を使って楽しませてくれる。リーダー格3人が集まって、一丁上がり的な安易な方向に向かわず、きっちりと計画を立てた上でグループ表現を目指した演奏。だが、よくよく考えると、この3人には「フリー・ジャズ・ミュージシャン」のイメージが元々無かった。たしかにフリー・ジャズもやろうと思えばここでの演奏のように出来る。だが、テクシェにしても普段は、ジャズを基調にして、ヨーロッパ周辺まで含めた幅広い音楽を取り込んで、独自の音楽を作るようなクリエイティヴな活動をしている。そんな彼らが、このようなトリオを組んだ理由はなんだろう。ヴァーサタイルな活動の内のほんのひとつだったのかもしれない。

302~Norma Winstone:Edge Of Time(Argo/1972)

Norma Winstone/ノーマ・ウィンストンは、1941年ロンドン生まれのヴォーカリスト。カレッジでピアノとオルガンを学んだ後、65年からジャズ・バンドで歌い始める。66年Neil Ardleyのニュー・ジャズ・オーケストラに参加。その後、John Taylor、Mike Westbrookらと共演を重ねる。72年録音の本作は、当時のイギリス・ジャズ界の精鋭が多数参加した、彼女のファースト・リーダー・アルバム。曲ごとにカルテットから大編成のアンサンブルまで。作編曲も大きく変わる。歌詞のある歌物もあるし、ヴォイス・インプロヴィゼイションもある。どっちをやっても(歌っても)、澄んだ声質は変わらない。オーケストラの集団即興の渦の中でも存在感を大きく示す。後に、本作に参加したピアニストのジョン・テイラーと、トランペット・フリューゲルホーンのケニー・ホィーラーと三人で「アジマス」を結成。

301~Chico Freeman:Chico(India Navigation/1977)

Chico Freeman/チコ・フリーマンは、1949年シカゴ生まれのテナー・サックス、バス・クラリネット、フルート奏者。父親はシカゴの重鎮テナー・サックス奏者、Von Freemann/ヴォン・フリーマン。叔父に、ジョージ・フリーマン(g)、ブラズ・フリーマン(ds)もいる音楽的家系だ。ノース・ウェスタン大学で、ムハール・リチャード・エイブラムスやジョー・デイリーに学んだ。継いでガバナーズ州立大学で、作曲を学んだ。76年NYに居を移す。そして同年初リーダー作を、WHY NOTからリリースした。「モーニング・プレーヤー」だ。つまり日本のレーベルで、彼の最初のアルバムが作られたことになる。サム・リヴァース、ドン・プーレン、サン・ラー、エルヴィン・ジョーンズ、セシル・マクビーらと共演。77年録音の本作は、アルバム・タイトルを自分の名前だけにしたように、自信満々の演奏内容。24分を越える組曲「モーメンツ」と次の曲はドラムもピアノもいないセシル・マクビーのベースとのデュオ。グループでの表現よりもデュオで伝えたかったのだろう。気負ったところはなく、声高に叫ぶこともなく、セシル・マクビーのべースと二人で散歩しながら、会話に余念がない。時に二人で歌いもする。勿論楽器でだが。一転、最後の曲は、ムーハー・リチャード・エイブラムス(p)、スティーヴ・マッコール(ds)、セシル・マクビー(b)、ティト・サンパ(perc)のクインテットの演奏で、過激に雄叫びをあげる。このメンツで一曲とは残念。India Navigationには、この他「King Of Mali」(77年)、Outside Within」(80年、dsは、ジャック・ディジョネット)、「Spirit Sensitive」(79年)、「The Serch」(81年)と、傑作ぞろい。

 

300~Interface:This Time(Reentry/1978)

Interface/インターフェイスは、ピアニストのJohn Fischer/ジョン・フィッシャーが結成したグループ。Mark Whitecage(reed)とRick Kilburn(b)以外はアルバム毎にメンバーの顔ぶれも人数も変わっている。78年NYC録音の本作は、上記のメンバーにドラマーのPhillip Wilsonが参加したカルテット。それまでのアルバムにはJay Clayton(voice)、Perry Robinson(cl)、Lester Bowie(tp)、Arthur Blythe(as)、Charles Tyler(bs)等の豪華なサイドメンが参加していた。ジョン・フィシャーやマーク・ホワイトケイジあたりとなると正直言って、己の特徴を表現するのは難しかしかった時代ではなかったかと思う。ヨーロッパ・フリーはアメリカという対象がはっきりとしていたので、違いを作りやすかったとも言えよう。アフリカン・アメリカン達は自己のルーツに目を向けた表現に向かった者も多かった時代だ。これも違いを見せるのはそう難しくはない。だが、J・フィッシャーあたりのミュージシャンが、どこに中心を置いて音楽を創造するかは容易い時代ではなかったように思う。この頃からNYダウンタウンの一派や、ベイエリアからは、それまでとは明らかに異なる新即興と言ってもよい連中がたくさん現れたのだった。だが、よりジャズにどっぷりとはまっていたJ・フィシャー達には道行は大変だったはずだ。ヨーロッパ・フリーほど先鋭化せず、かと言ってブラック・ミュージシャンのような熱い演奏にはならない。程よい温度感のフリー・ジャズという感じ。これはこれで、ある意味地域色とも捉えられるのではないだろうか。

299~Giorgio Gaslini:L'Integrale No,3&No,4(Soul Note/1965&66)

Giorgio Gaslini/ジョルジオ・ガスリーニは、1929年ミラノ生まれのピアニスト。50年代にジャズと12音の融合を試みる等、常に先駆的存在だった。本作は、彼の1964~65年の「Dodici Canzoni D'Amore」、「Un Amore」と66年~68年「Nuovi Sentimenti」、「La Stagione Incantana」の4枚のアルバムを収録した2枚組CD。どのアルバムもユニークで興味深いが、ニュー・ジャズ的興味を一番そそれれるのは「Nuovi Sentimenti」。G・ガスリーニ(p)の他、スティーヴ・レイシー(ss)、ガトー・バルビエリ(ts)、エンリコ・ラヴァ(tp)、ケント・カーター(b)、ジャン・フランソワ・ジェニー・クラーク(b)、アルド・ロマーノ(ds)、フランコ・トナニ(ds)、ジャンニ・ベドリ(as、fl)そしてドン・チェリー(pocket-tp)という正にフリー・ジャズ・オール・スターズ。録音までの準備期間が48時間しか無い中で作曲されたようだ。4つに分けられた組曲が、10名のラージ・アンサンブルによって、熱気を帯びながら構築されて行く様は圧巻! 60年代のヨーロッパ・ジャズを代表する一枚と言って良い。

298~Lennie Tristano:Descent Into The Maelstrom(East Wind/1951~66)

これはLennie Tristano/レニー・トリスターノの、1951年から66年までの未発表録音を集めたアルバム。L・トリスターノが49年にLee Konitz(as)、Warne Marsh(ts)、Billy Bauer(g)、Arnold Fishkin(b)、Denzill Best(ds)と演奏した2曲「Intuition」と「Digression」が、史上初の「フリー・インプロヴィゼイション」の録音ということになっている。歴史に残らなかったが「フリー・インプロヴィゼイション」を演奏し、録音をしていた者もいたかも知れないし、本当に他にはいなかったかも知れない。そもそも「フリー・インプロヴィゼイション」の定義まで話を膨らませてはここでは書ききれないから止める。とにかくこのアルバムがリリース出来た事は快挙である。何が快挙かといえば、51年録音の「メエルストロムの渦」を聴けば分かる。この曲のタイトルは、エドガー・アラン・ポーの小説に触発されて付けられたもの。ピアノの多重録音だ。ジャズではまず行われない多重録音やテープ操作による音の変調、変換等を当時から積極的に行っていたのも彼である。だが、多重録音で驚くのではない。完全な無調の音楽なのである。重ねられたピアノの音が3分26秒の間、正に鳴門の大渦巻き状態なのである。セシル・テイラーが分身の術を使って、三人がピアノをガンガン鳴らしているような感じだ。これが51年の演奏だとは!何とも恐ろしいミュージシャンだったのだろうか。

297~Noah Howard:Patterns&Message To South Africa(Eremite/1971&79)

これはNoah Howard/ノア・ハワード(as)が、71年自身のレーベル、その名も「Alto Sax」からリリースした「Patterns」と、79年に録音されながらも未発表に終わっていた「Message to South Africa」をカップリングしたアルバム。「パターズ」にはミシャ・メンゲルベルクとハン・ベニンクのICPコンビが参加しているのに注目。二人の過激だがどこかトボけたような演奏がやはり光る。しかし、カシャカシャなっているギターに、コンガの入ったバンドには、やはりこの二人は違和感満載。この対比も面白いのだろうが、ちょっと無理があるなあ。N・ハワード自身のサックスも少々リード・ミスが気になるし、イマジネーションに欠けるきらいはある。だが、79年録音は良い。南アフリカでビコが殺された週に、パリで南ア出身のクリス・マクレガー、ジョニー・ディアニを加えて演奏された。ヴォーカルのカリ・ファストゥーが大変効果的なヴォイスを聴かせる。ハワードのサックスも素晴らしい。コンセプトがはっきりしているので、演奏も良くなるのだ。

ジャケット写真は、入手困難なLP「Patterns」。

296~The World Saxophone Quartet:Steppin With(Black Saint/1978)

The World Saxophone Quartet(以下WSQ)は、Hamiet Bluiett(bs)、Julius Hemphill(as)、Oliver Lake(as)、David Murray(ts)という、当時ロフト・ジャズ・ムーヴメントを牽引していたそうそうたるサックス奏者だけで結成されたグループのセカンド・アルバム。ファースト・アルバムはこの前年77年のメールス・フェスティヴァルでの録音。ドイツとイタリアでリリースされたことが、アメリカでの彼らが置かれていた状況が分かろうというもの。サキソフォン奏者4人によるカルテットだが、ジャズ版弦楽四重奏と言えるだろう。前衛派とみなされている彼等のイメージのワリには、あまり過激な表現は無い。同時期に結成された同じくサキソフォン・カルテットのROVAの方が先鋭的に聴こえたものだった。あるインタヴューでその謎が解けた。「WSQは、サックスだけでドゥー・ワップをやってみたくて集まったんだ。」との話だった。どこまで本音なのかは知る由もないが、アフリカン・アメリカンでなければ作り得ないサウンドであることは間違いない。このアルバムの1曲目の「Steppin'」が好きでもう何度聴いたか分からない。

295~井上敬三/Inoue Keizo:Intimate(日本コロムビア/1979)

井上敬三、1922年大阪生まれのアルト&ソプラノ・サックス、クラリネット、アルト&バス・クラリネット奏者。22年といえば大正11年なのだ。東京デビューが53歳の時。その頃「サックスを逆さまにして天井に向けて吹く、フリー・ジャズの爺さんがいるらしい。」という噂が流れた。それが井上敬三だった。今私がその歳をとっくに越えていて、「爺い」はないものだと思うが・・。その敬三先生(と呼ばせていただいていた)57歳にして初リーダー・アルバムが79年録音のこの「インティメイト」。ゴリゴリのフリー・ジャズ・アルバムと思ったら全く違っていた。プロデューサー兼ギターが渡辺香津美(B面3曲の作曲も)、キーボードが坂本龍一というだけでフリー・ジャズではないことが分かる。だが、広島時代の弟子だった坂田明や山下トリオ在籍中の小山彰太も参加し、師弟対決の曲も聴かれる。当時のフュージョン・サウンドに乗っかって敬三先生がサックスとクラリネットを吹きまくるアルバムと思っていただければよい。晩年になるほど楽器の音がよく鳴っていた(本人曰く)。83年1月9日、新宿PIT INNで敬三先生と渡辺香津美のデュオ・ライヴがあった。店内は大入り満員。アイラーの「ゴースト」、「セント・トーマス」やオリジナルを演奏された。ある時このライヴに行った事を先生に話したら、10年くらい前のライヴのことを、きのうのことのように話されていた。記憶力に驚いたものだった渡辺香津美とはもう一枚、83年、84年録音のアルバムが有る「Boys Be Ambitious」。フリー・ジャズのファンには、81年の「in Moers’81」が、必聴! 無伴奏ソロと、ギュンター・クリストマンとパウル・ローフェンスと言うドイツの強者と渡り合ったトリオを収録したアルバムだ。

294~山下洋輔/Yamashita Yosuke:ダンシング古事記(麿・Maro/1969)

これは山下洋輔トリオ(中村誠一、森山威男)の1969年録音のファースト・アルバム。録音された場所が、早稲田大学、4号館。学生運動でバリケード封鎖されている最中、大隈講堂からピアノを運び出し、熱くなっている学生達の前で怒涛のフリー・ジャズが演奏された。1曲目が学生のアジテーションというのが、我々を瞬時にこの時代にワープさせてくれる。その後トリオの演奏は2曲続く。アジテーションから、トリオの疾風迅雷のごとき演奏に続く瞬間は、いつ聴いてもゾクゾクさせられる。彼等の演奏は、殺気立ったあの時代にこそよく似合う。サックスが中村誠一から坂田明に替わり、トリオの疾走感もさらにアップした。それと同時に坂田明特有のユーモアも加わることになり、音楽も少し変化して行った。そして、70年代も終わる頃山下自身も変化を始めた。オリジナル以外も演奏し出し、他流試合も増えて行った。さすがに「ヨーイドン」で突っ走るだけでは先が見えてくるものだ。だが、こんな演奏をしたグループは無い。世界中を見渡しても、始まった瞬間にトップスピードに入り、そのまま何キロ先までも突っ走るような演奏をしたものは・・そうだ同じ日本にいた。高柳昌行・ニュー・ディレクション・ユニットだ。だが、彼らはそうしたマス・プロジェクションだけではなく、グラデュアリー・プロジェクションと呼ぶ静的な演奏も同時に行った。山下トリオは、ひたすら爆走あるのみだった。でも70年代から聴いて来ている私のようなリスナーにとっては、山下トリオといえばやはりこの時代を一番聴くことになる。掲載したジャケットは1995年貞練結社が発行し雪渓書房が発売した豪華ブックレット付き(というか、本にCDが付いているというか)CDのもの。オリジナルLPは3000枚作って、押し売りをして(と、本に書いてある)1500枚売れたそうだ。

293~Marcello Melis:The New Village On The Left・・・(Black Saint/1974&76)

Marcello Melis/マルチェロ・メリス(b)は、60年代マリオ・スキアーノと共に、イタリアのフリー・ジャズ・シーンを牽引して来た。しかし、彼はその後NYCのロフト・ジャズ・ムーヴメントの渦の中に飛び込んだ。76年録音の本作は、Enrico Rava(tp)、Roswell Rudd(tb)、Don Moye(ds)とのカルテットの演奏と、メリスの故郷サルディーニャのコーラス、「Gruppo Rubanu」の古い録音をミックスした(こちらは74年録音)ユニークなアルバム。このコーラスが強烈! 男声によるポリフォニーのカルテットなのだが、地声のドスの利いたオヤジ声が、メリスのカルテットの演奏を、いかにもスマートで洗練されたものに感じさせてしまうくらいなのだ。「フリー・ジャズって、こんなに洗練された音楽だったけ?」と思わせる。これだから、民族音楽を聴くのは止められない。何のレヴューだったけ?

292~Mario Schiano:Sud(Tomorrow/1973)

Mario Schiano/マリオ・スキアーノは、ナポリ生まれのアルト・サックス奏者。60年代初めからフリー・ジャズを演奏しており、66年には「グルッポ・ロマーノ・フリー・ジャズ」を結成。現在「エクスタティック」と題されてCD化されている。73年録音の「Sud(南)」は、当時まだ若手だったTommaso Vittorini(ts、fl、b-cl)やMassimo Urbani(as)らも参加しているクインテットから、ビッグ・バンドの演奏が聴ける。ここには参加していないが、Marcello Melisが作曲したサルディーニャ民謡をベースとした曲が2曲演奏されている。特にこれが私のお気に入りだ。CDのボーナス・トラックの「ラヴァー・マン」が面白い。というかヘン。Domenico Guacceroのエレクトロニクスが、場を考えず顔を出す。プリペアード・ピアノで伴奏もする。ヘンでしょ?

291~Srchie Shepp:Yasmina,A Black Woman(BYG/1969)

1969年、Archie Shepp/アーチー・シェップ(ts)はBYGに6枚のアルバムを録音している。この「ヤスミナ、ア・ブラック・ウーマン」、「ポエム・フォー・マルコム」、「ブラーゼ」の3作を何と2日おきに録音しているのだ。彼の内側からフツフツと湧き上がるものが大量に噴出していたのだろう。普通こういう真似は出来ないものだ。69年にはBGYの他にも「ブラック・ジプシー」、「ピッチン・カン」、「アンド・フィリー・ジョー・ジョーンズ」と出ており、たいそう多作な年だった。フリーの闘将として、ブラック・ナショナリズムの闘士としてピークにあったのだろう。ここではAACMもハンク・モブリー(ts)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)といったハード・バッパーも取り込み、ブラックの血をぶち撒けている。合計9枚全て聴くべし!

290~Art Ensemble Of Chicago:A Jackson In Your House(BYG/1969)

AACM特有の多様性を最も強く具現化したグループ「アート・アンサンブル・オブ・シカゴ」(以降AEC)のメンバーは、60年代後半他のアメリカのジャズ・ミュージシャン同様に、活動の場をヨーロッパに移した。これを待ってましたとばかりに、録音しまくりレコードをリリースしまくったのがフランスのマイナーレーベルだった。BYGはその代表格。AECは69年から71年にかけて、フランスでの録音だけで16枚も吹き込んだ。「ジャクソン・イン・ユア・ハウス」は「苦悩の人々」と並ぶ、この時期の代表作。「グレイト・ブラック・ミュージック」を標榜する彼等だが、この時期はまだドラマーのドン・モイエが参加する前で、R&Bを取り入れたような曲の場合、メンバー各人がパーカッションを叩くとはいえ、専門のドラマーがいない分弱かった。しかしそれは逆に音楽の抽象度を増すことでもあった。モイエが参加してからは、より広い視野で音楽を作り出して行ったAECだが、より抽象度の高いこの時期の演奏を好む人も多いのでは?

289~本田竹彦/Honda Takehiko&GerdDudek(Trio/1971)

1971年2月中旬、ジャーマン・オールスターズが来日。その間4枚のアルバムを残して帰った。3月1日録音の本作もその中の一枚。オールスターズの中からGerd Dudek/ゲルト・デュデック(ts、sn)とGunter Lenz/ギュンター・レンツ(b)が参加し、日本側からは本田竹彦(p)と日野元彦(ds)が参加した。デュデックは、グローヴ・ユニティを始め色々なフリー系のライヴやレコーディングのあちらこちらで名前を見るし、そう言ったアルバムを数多く聴いて来ていたので、このアルバムの事を知った時には正直ピンと来なかったし、逆に聴きたくもあった。でも、なかなかレコードを見たこともなかったのだが、近年CD化されて聴けるようになった。「ピンと来なかった。」と書いたが、よく考えてみれば、Konnex盤等で聴ける彼の演奏は決してフリーだけではなく、どちらかといえばメインストリームのジャズの方が「本業」のようなフシがある。多分本人もそう思っているだろう。そう考えると、このセッションは決しておかしな組み合わせではないのが分かる。しかし、本田竹彦は熱いジャズを聴かせてくれる私も大好きなピアニストなんだが、土俗的というかどう見てもG・デュデックとはかみ合いそうにない気がしていた。そこはお互い百戦錬磨の達人どうし、そこはギリギリのせめぎ合いの中で名勝負を残してくれた。意外や本田のエレピが良い。

288~Heiner Goebbels&Alfred Harth;Hommage:Vier Fauste Fur Hanns Eisler(FMP/SAJ/1976)

Heiner Goebbels/ハイナー・ゲッベルズ(p、accordion)、1952年うまれ。Alfred Harth/アルフレッド・ハルト(sax、cl)、1949年生まれ。共にドイツのフリー・ミュージック・シーンでは第2世代のユニークなミュージシャン。70年代半ば、H・ゲッベルズは「いわゆる左翼過激派ブラス・バンド」を結成。A・ハルトも参加した。このバンドと並行して二人でデュオ活動を始めた。76年の本作は、その第1作目。ハンス・アイスラーのブレヒト・ソングが素材。彼等のオリジナルと交互に配置されている。この二人が素直に演奏するはずもなく、原型は何とか止めながらも、少しずつ、そして大きくズレて行く。演奏にスピードがあって一瞬たりとも澱むところはない。彼等はその後、「カシーバー」を結成。A・ハルトは現在韓国に住んでおり、崔善培達とも演奏をしている。

287~Steve Lacy:The Sun(EMANEM/1967,68&73)

これは最近のEMANEMお得意のCD収録時間をいっぱいに使って、あっちこっちの録音を寄せ集めたアルバム。未発表録音がたくさん含まれていて有難い。収録されているのは68年S・LacyとEnrico Rava(tp)、Karl Berger(vib)、Aldo Romano(ds)、Irene Aebi(voice)のハンブルク録音。同じく68年ローマでのS・Lacy、I・Aebi(voice)、Richard Teitelbaum(synth)というエレクトロ・アコースティックの演奏。67年NYC録音もこの3人の演奏。すでに「フリー・ジャズ」の世界から大きく飛び出した現在でも十分通用する先進性だ。73年チューリッヒ録音の組曲「The Woe」は、彼の長いキャリアの中でも、最重要作だろう。S・Lacy、Steve Potts(as)、I・Aebi(voice、cello)、Kent Carter(b)、Oliver Johnson(ds)による反戦をテーマにした激しく、厳しい演奏を聴く事が出来る。戦場の銃声、弾丸の飛び交う音、戦闘機の爆音等々の轟音が演奏に被さる。その戦場の轟音に立ち向かうようなレイシー達の演奏は、この時代の空気を一気に我々に呼び覚ます。こんな強烈なアルバムはそうそう無い。必聴!

286~Steve Lacy:Avignon and after vol,1(EMANEM/1972)

これは、Steve Lacy/スティーヴ・レイシー(ss)が1972年フランス、アヴィニョンのTheatre Du Chene Noirで行った初のソロ・コンサートの模様を収録した記念すべきアルバム。オリジナルはEMANEM 301、タイトルも「Solo」だったが、CDでは全12曲収録されており(オリジナルLPでは8曲だった。)、74年ベルリンで「Workshop Freie Musik」(FMP主催のフェスティヴァル)に出演した折のソロ、5曲も追加されていて大変お得。S・レイシーのソロ・アルバムは、71年のサヴァラに吹き込んだ「ラピス」が一番最初。これは多重録音も含めたスタジオ録音だった。ここで聴けるソロは、初のソロ・コンサートの録音なので、大変貴重。この頃の彼のソロは、大変厳しい響きを持っている。後年は、彼独特のフレーズを紡いで行くソロ演奏だが、ここではノイジーな響きも厭わない。このような厳しいソロを聴くと、とても他者を交えた音楽なんて出来そうにないような気がしてくるが、逆に自己のグループは、あまりメンバーを替えず固定化して、オリジナル曲を何度も演奏し深化させて行っている。

285~富樫雅彦/Togashi Masahiko&高木元輝/Takagi Mototeru:Isolation(日本コロムビア/1969)

これは、足立正生監督の映画「連続射殺魔」のサウンド・トラック・アルバム。映画そのものが実験的な作品で、連続射殺魔永山則夫に関するもの。ドキュメンタリーの概念に当てはまらないものだというので、付ける音楽もこのように所謂サウンド・トラックとは程遠いものになった。依頼されたのが富樫雅彦。高木元輝とのデュオで、全くのフリー・インプロヴィゼイションを3テイク行った。録音テープを聴いている内にレコード化したいと思うようになり、後でLP用に2曲に編集され、「アイソレーション」とタイトルされてリリースされた。映画では、3テイク目から断片的に使われただけのようだ。富樫雅彦が下半身不随になる前の、ドラマー富樫雅彦が聴ける貴重な録音でもある。パーカッショニスト富樫雅彦を先取りするようにドラムの他、マリンバ、ヴァイブラフォン、ティンパニ、チューブ・ベル、ゴング、トライアングルも使った演奏をしている。高木元輝はテナー・サックス、バス・クラリネット、コーン・パイプを吹く。サウンドトラックと言いながら、フィルムを見ながらとか、脚本を読んだりせずに永山則夫のイメージだけを頭に描きながら演奏したのだった。映画云々抜きの演奏だけでも、これは凄いと思わせる。二人の音楽の速度とキレが半端じゃなく、二人の真剣による立ち会いを見ているようだ。正に真剣勝負。これがサウンド・トラックであることなど、どこかへ吹っ飛んでしまう。逆に言えばこんな音楽を付けてしまえる映画も見たいのだが、これは未だに見る機会が無いでいる。ライナーノートには、「自分が心身遊離の状態にならないといけない。」と富樫は言っている。「即興演奏の極限、ぎりぎりの限界に挑戦した。」とも。聴く側も、これを聴くには、それ相当の気合を持って望む覚悟が必要。正に音に対峙するのだ。

 

284~佐藤允彦/Satoh Masahiko/New Hard:那由佗現成(日本コロムビア/1976)

これは佐藤允彦が司馬遼太郎の小説「空海の風景」を読んだことによって、創作のヒントが閃き作曲、演奏された作品を収録したアルバム。空海が伝えた密教をさらに遡り、縄文時代にまで時間を巻き戻し自己の原点(日本人の)を探り出そうと、それを音楽で表現しようとしたとてつもないスケールの作品なのである。佐藤の音楽の基礎となっているジャズ(これもヨーロッパとカリブ海を経由したアフリカが衝突して起こったもの)に、日本を越えた汎アジアの音楽の要素をそこに投入し、一つの「ジャズ・オーケストラ」作品に仕立て上げた。こうやって見ると、正に地球を一周しているではないか。アルバム・タイトルの「那由佗現成」の那由佗は数の「千億」の単位。現成は「あるがまま」。曲名は全て仏教用語から取られている。「日輪」、「塵界」、「諦」、「修」、「兜卒天」。基本的には「ビッグバンド・ジャズ」なのだが、そこに声明やケチャまでの要素が忍び込んでいる。これは日本人、いや佐藤允彦にしか創造し得ない音楽だ。ジャズ界を越えて日本音楽界の最高峰に位置する作品のひとつ。共演するフルートの中川昌三とパーカッションの豊住芳三郎の熱演も聴きもの。LPに添付されている読み物もぜひ読んで欲しい。

283~Alan Shorter:Orgasm(Verve/1968)

Alan Shorter/アラン・ショーターは、1932年ニュージャージー州ニューアーク生まれのフリューゲルホーン奏者。ウェイン・ショーターの兄である。弟やグラチャン・モンカーⅢ(tb)らとビー・バップを演奏していたが、彼はしだいにフリー・ジャズへ傾斜して行った。偉大な弟の陰に隠れ、存在感の薄さは否めない。リーダー作は、これとパリ録音の「Tes Esat」の2枚のみ。68年録音の本作は、ガトー・バルビエリ(ts)、チャーリー・ヘイデン(b)、レジナルド・ジョンソン(b)、ムハマンド・アリ(ds)、ラシッド・アリ(ds)らサイドメンが豪華。ベースとドラムは、曲によって人選を変えている。兄は、弟とは別の道「フリー・ジャズ」という世間からの認知度が低い茨の道へと進んだ。弟は「フリー・ジャズ」を己の語法の一部として取り込んだ。曲は全て彼の作曲で、しっかりとリーダー・シップを握ったかに見えるも、いざソロとなると、フロント相方のガトー・バルビエリが、パワー全開フルスロットルで飛ばすと、母屋を脅かされてしまう。フリューゲルホーンという柔らかな音色の楽器を選ぶところをみても、「俺が俺が」の我の強さはあまりないものと見受けられる。実際彼のソロは、柔らかな音でパワー・プレイに走らず、フレ-ズを紡いで行くタイプ。この点弟と似てはいるが、弟の方はたった一音で全てを支配してしまうほどの存在感を示す。彼の演奏は、この他アーチー・シェップ「Four For Trane」(64年)、「Pitchin Can」(69/70年)、「Coral Rock」(70年)、マリオン・ブラウンの「Juba-Lee」(66年)、弟ウェインのアルバムでも「The All Seeing Eye」(65年)の中の1曲だけだが聴くことが出来る。

282~Don Cherry And The Jazz Composer's Orchestra:Relativity Suite(JCOA/1973)

JCOAが、ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ用の作品を、Don Cherry/ドン・チェリーに委嘱。そして、ジャズ史上屈指の傑作が生まれた。ドン・チェリーは、ジャズを基軸にして、アジア、アフリカの音楽を貪欲に取り込み、まだ「ワールド・ミュージック」が世間に認知される以前から「クリエイティヴ・ワールド・ミュージック」とでも呼べそうな音楽を創造して来た。本作はその集大成とも言える大作。音楽における東西南北を対比させ、混淆させ、これまでにないエネルギーを発生させている。総勢19名のオーケストラが、濃厚なドン・チェリー色に染め上げられる。ここでは、フランク・ロウもデューイ・レッドマンさえ全体の一部。弦楽器が効果的に響く。これは、ドン・チェリー版「ノヴェンバー・ステップス」と言えるのではなかろうか。東西の融合と言うよりも、対比と拮抗によるエネルギーの放出を狙っているように思えるのだが。

281~Michael Jullich:Das Befreite Schlagzeug(Moers Music/1980)

Michael Jullich/ミヒャエル・ユーリッヒは、1952年ドイツ、エッセン生まれの打楽器奏者、作曲家。地元のFolkwang Schoolで、ピアノ、フルート、打楽器を学んだ。Jazz/Improvisationの活動もContactというグループでの演奏や、デトレフ・シェーネンベルク、アンドリュー・シリル、ラシッド・アリ、ジョン・ハイズマンと言ったドラマーとの共演もしていたようだが、基本的には現代音楽サイドから即興演奏にもアプローチして来たといったところか。70年代は、現代曲のソリストとして多くのステージに立っている。Wergo盤の87年のソロ・アルバム「Energy-The Four Directions」では、ゴングを使った瞑想的な演奏だった。80年録音の本作は、A面はカールハインツ・シュトックハウゼンと、トン・デ・レーウの打楽器ソロの曲を1曲ずつ収録。B面は、ソロ・インプロヴィゼイションを1曲収録。インプロヴィゼイションといっても、ジャズ系のインプロヴァイザーの演奏とは、明らかに異なる演奏になっている。ジャケット写真にはたくさんの打楽器が並んで撮されているが、正にこれを次から次へと音を切らすことなく延々と叩き続けるといったイメージのまんまの演奏が聴ける。途中通常のドラム・セットの演奏もしている。カクカクシカジカの演奏というか、クールというか・・・。彼はその後サウンド・アートや、90年代半ばからは音楽療法に積極的に取り組むようになったようだ。Moers Musicには、この前年にもう1枚アルバムがあって、ギュンター・クリストマンとのコンビでフリー・ジャズ・ファンにもよく知られたドラマーの、デトレフ・シェーネンベルクとのデュオ・アルバムがある。これは両者がドラムも叩いている、このソロよりはもう少しジャズ寄りの演奏と言える。

 

280~Detlef Schnenberg:Spielf Schlagzeug(FMP/1974)

Detlef Schnenberg/デトレフ・シェーネンベルクは、1944年ベルリン生まれのドラマー。72年から81年まで続いたGunter Christmann/ギュンター・クリストマン(tb、b、cello)とのデュオ活動で注目を浴びた。音を切り刻んで、あたりにぶち撒ける抽象画を描くような相方クリストマンに対して、シェーネンベルクは鋭くキレのある音を打ち込んで行く。だが決してパワーファイトでは挑まない。構築的とも言える演奏でクリストマンに相対するのだ。74年録音の本作は、彼唯一のソロ・アルバム。ゴング類、メタル・パーカッション類を総動員しての打楽器ソロ。クリシェ・オンパレードのドラム・ソロに陥ることはない。創造性、独創性溢れる打楽器のソロ・アルバムの傑作だ。クリストマン&シェーネンベルクでの初来日の時、新宿の「タロー」ではこのデュオに佐藤允彦さんが加わったトリオ(途中見知らぬヴァイオリンも加わったような記憶が・・・?)のライヴを聴いたことがある。「ヨーロッパのハード・コア」との宣伝文句につられてか、普段はフリー・ミュージックのライヴというとガラガラなのに、この日は超満員だった。

 

279~Jack DeJohnette:Special Edition(ECM/1979)

Jack DeJohnette/ジャック・ディジョネットは、1942年シカゴ生まれのドラマー。今更かれの経歴等の説明はここで書く必要はないだろう。ジャズ100年の歴史でも、トップクラスのドラマーである。しかし、彼がAACM出身だということはあまり知られていないようだ。まあ、普通のジャズ・ファンにとってはどうでもいいことかもしれないが。79年録音の「スペシャル・エディション」は、その後の様々なメンバーの入れ替わりと、様々な音楽の吸収合併で進化して行くバンドの初アルバム。フュージョン旋風吹き荒れた時代に、ジャズ側からの「これでどうだ!参ったか!」とばかり現れたのがこのバンドであり、このアルバムだった。当時のフュージョン旋風に辟易していたジャズ・ファン(ジャズはフォービート!スタンダード!なんて言ってる連中には、このアルバムですら眼中に無かっただろうが)に拍手喝采で迎えられた。メンバーは、ジャック・ディジョネット(dspmelodica)David Murray(tsb-cl)Arthur Blythe(as)Peter Wallen(bcello)という当時「ロフト系」と言われていた「濃い」若手で構成されている。しかし、メンバーから想像されるようなゴリゴリのフリー・セッションではなかった。そこは単なるドラマーには終わらないトータル・ミュージシャンとしてのジャック・ディジョネットの力量が示された多彩な表現を聴く事が出来るし、それが出来るメンバーが集められている。熱さの中に、透徹した美しさを秘める現代ジャズの見本だ。しかし、これも今から30年以上前になるのだとは。それなのに、この後、ウィントン・マルサリスが現れて、ジャズを救っただのと言ってるジャズ界は、どうにかしているとしか思えない。このアルバムの重要度は、マルサリスとは比較にならない。

278~Creative Construction Company(MUSE/1970)

Creative Construction Company/クリエイティヴ・コンストラクション・カンパニー(略してCCC)の1970年NYC、Methodist Churchでのコンサート録音。同じAACMのグループとしては、Art Ensemble Of Chicagoに比べ知名度は低いが、これはグループが短命だったこともあるだろう。しかし、今から見ると凄いメンバーが集まっていたものだと驚くことになる。Anthony Braxton(as、ss、cl、fl、contrabass-cl、orchestra-chimes)、Leroy Jenkins(vln、viola、recorder、toy-xylophone、harmonica、bicyclephorn)、Leo Smith(tp、fh、french-horn、seal-horn、perc)、Muhal Richard Abrams(p、cello、cl)、Richard Davis(b)、Steve McCall(ds、perc)といった後全員がリーダー格となった強者ばかりだ。母体はA・ブラクストン・トリオで、そこにムーハー、S・マッコールのAACMの仲間、そしてベースのR・デイヴィスが加わった形と言ってよいだろうし、演奏される音楽もブラクストン・トリオの方向性を保っている。演奏は一つの方向に向かうのではなく、空間に広く拡散して行く。しかし、散漫にはならない。一つの大きな宇宙を作っているのだ。CCCは短命に終わったが、Revolutionary EnsembleとLeo Smith/New Dalta Ahkriという重要なグループに分化していった。アルバムにはvol.2もリリースされたが、現在vol.1しかCDで再発されていない。2 in 1で出せたと思うのだが。 

277~Howard Riley:Flight(Turtle/1971)

Howard Riley/ハワード・ライリーは、1943年イギリス、ハダーズフィールド生まれのピアニスト。6歳でピアノを始め、17歳で自己のトリオを結成。バンガー大学、インディアナ大学、ヨーク大学(哲学を専攻)で学んだ後は、自己のトリオを中心に活躍し、アルバムも多い。71年録音の本作は、その中でも屈指のアルバムだろう。Barry Guy/バリー・ガイ(b)、Tony Oxley/トニー・オクスリー(ds,amp-perc)というイギリス屈指のベーシストとドラマーの参加で、演奏は激しく、鋭く、熱いものになった。B・ガイのベースはアンプリファイされ、フットペダルも使ったもの。T・オクスリーも一部パーカッションをアンプリファイしている。20分近い1曲目は、激しいインタープレイの熱演。4曲目は静かなバラード。だが、甘さはゼロ。2曲目こそ、このアルバムの白眉。エレクトロ・アコースティックと呼んでもいいだろう、今の耳にも新鮮。

276~Eje Thelin,Jouck Minor,Pierre Favre:Candles Of Vision(Calig/1972)

Eje Thelin/エイエ・テリンは、1938年スウェーデン生まれのヨーロッパでも屈指のトロンボーン奏者。作編曲にも長けていてジャズ・オーケストラの作品も有る。72年オーストリア、グラーツでの録音の本作は、フランス人のサックス奏者Jouck Minor/ジュク・ミノールとスイス人のドラマーPierre Favre/ピエール・ファヴルとのトリオ演奏。色々な楽器を操るJ・ミノールは、ここでは主にバリトン・サックスを吹いているので、E・テリンのトロンボーンと相まって重心の低い演奏になっている。音の高い部分はP・ファヴルの担当といったところか。管楽器の二人がゴリゴリ、ボソボソ鳴らしている横で(後ろで)、ファヴルが常にカラフルな音を叩き続ける。三人が爆発、疾走する時は、爆音轟くがごとき迫力。これが気に入ってE・テリンの他のアルバムも何枚か買ってみたが、フリー・インプロヴィゼイションを演奏しているのはこのアルバムだけかも?この人の本質は根っからのジャズなのだろうが、このアルバムを聴くと、もっとフリーな演奏もどんどんやっていて欲しかった気もする。

275~Inspiration&Pawer 14 Free Jazz Festival 1(Trio/1973)

日本のジャズにとって1969年は、現在から見ると大きなターニングポイントだったようだ。この年に日本の地下で蠢いていた者達が一気に地上に現れた。「日本のフリー・ジャズの夜明け」の年と言ってもいいだろう。(現実は、普段は数少ない聴衆を前に夜な夜な薄暗い狭い場所で、細々と演奏活動をしていたにすぎないのだが。これは現在も変わってはいない。)高柳昌行の「ニュー・ディレクション」(吉沢元治、豊住芳三郎)、ESSG(富樫雅彦、佐藤允彦、高木元輝、沖至)、山下洋輔トリオ(中村誠一、森山威男)がコンサートを行った。アルバムでも「佐藤允彦;Palladium」、「富樫雅彦;We Now Create」、「高柳昌行;Independence」、「山下洋輔;Concert In New Jazz」(マイナーレーベルで「ダンシング古事記」も同年リリース)といった重要作がメジャー・カンパニーからリリースされたのもこの年だった。その後彼等を中心にして様々な形態のクリエイティヴなジャズ(を、はみ出して行ったものも)が数々湧いて出たのだった。ジャズ評論家の副島輝人氏は身も心も財産も投げ打って、これら日本のクリエイティヴなミュージシャン(ジャズ以外からも「タージ・マハル旅行団」も)のみならず詩人も含めて何と14日間のフリー・ジャズ大祭「インスピレーション&パワー」を催したのだった。このアルバムは、その極一部を収録した二枚組アルバム。極一部と書いたが、何しろ14日間もかけて繰り広げられたコンサートの模様をたった二枚のLPに収めようというのだから仕方のないことだ。収録されたのは、宮間利之とニュー・ハード・オーケストラ、吉沢元治ソロ、沖至クインテット、ナウ・ミュージック・アンサンブル、富樫雅彦&佐藤允彦、ニュー・ディレクション・フォー・ジ・アーツ、がらん堂(佐藤允彦、翠川敬基、田中保積)、山下洋輔トリオの8組。73年という時期にこれだけ見ても、多彩なフリー・ジャズが日本で演奏されていた事が分かるだろう。これでもほんの一部なのだ。後年、一グループ一枚で、アルバム化しようという企画が持ち上がったことがあったのだが、時すでに遅く「場所を取る。経費がかかる。」を理由にマスター・テープが全て消去されていたのだった。なんたる損失!文化遺産を消滅させたに同じ。

274~翠川敬基/Midorikawa Keiki;緑色革命/Grune Revolution(Offbeat/1976)

翠川敬基は、1949年生まれのチェロ、ベース奏者。特に70年代では世界的に見ても数少ないチェロのインプロヴァイザーの一人だった。70年代は、富樫雅彦、佐藤允彦、藤川義明らのグループで活躍をした。特に藤川とのNow Music Ensembleは反逆とユーモアが混ざり合った演劇性の強いアンサンブルだったが、その視覚も含めた表現は当時のメディアに收まりきれず、「インスピレーション&パワー」(1973年)に一部収録されているだけだ。これは日本の前衛芸術にとって、痛恨の事柄に違いない。藤川との共演はその後も長く続いている。このアルバムは、76年の「インスピレーション&パワー vol、2」でのライヴ録音。高柳昌行(g)と佐藤允彦(p)とのデュオが収録されている。高柳と佐藤というタイプの異なる相手とのデュオは、前者とは求心力の強い演奏、後者とは遠心力の強い演奏になっていて、一枚のアルバムとしても面白い構成に出来上がっている。この時のライヴでは、もう一人、富樫雅彦(perc)とのデュオも行われていた。近年の再発CDでは、このデュオも収録された二枚組となっている。快挙!

273~Pisa 1980 Improvisers Symposium(INCUS/1980)

これは、1980年の「インターナショナル・ピサ・ジャズ・フェスティヴァル」の期間中に行われた、エヴァン・パーカーのアイデアを元に企画されたコンサートを収録したもの。英独米伊蘭からGeorge Lewis(tb)Evan Parker(tsss)Derek Bailey(g)Maarten Altena(b)Barry Guy(b)Paul Lytton(perclive-erectronics)Paul Lovens(perc)Philipp Wachsmann(vlnerectronics)Paul Rutherford(tb)Giancarlo Schiaffini(tb)の10名のインプロヴァイザーが集まり、三日間に渡り25組みの異なった組み合わせで演奏を行った。デレク・ベイリーが行って来たCompany Weekのアイデアを周到していると言ってもよいだろう。2004年にpsi より再発されたCDでは、LPよりも収録時間が94分も増えた。LPでは聴けなかったG・ルイス、M・アルテナ、P・ローフェンスのトリオの30分あまりの演奏が聴けて嬉しい。他の演奏もLPよりも収録時間が大幅に多くなっている。エヴァン・パーカーとジョージ・ルイスの2曲のデュエットからアルバムは始まる。彼らのデュオは、この一ヶ月ほど前にロンドンでも行われ、それは単体のアルバムとしてリリースされた。ふたりの出す音が、もつれ合うように進行して行く。デレク・ベイリーとマールテン・アルテナとの弦楽器どうしのデュオも、CD化に際して29分あまりの完全収録になった。「San Zeno Quintet」と称するB・ガイ、E・パーカーらのクインテットの演奏は、その後の「エレクトロ・アコースティック・アンサンブル」の原型のような演奏だ。3トロンボーン+2ベースの演奏にはイタリアのトロンボーン奏者G・スキアフィーニも加わっている。重心の低い楽器が5つ絡み合った演奏は、オリジナルでは11分程度の1曲だったが、CDでは27分の演奏も収録された。この三日間これらの演奏に浸ってみたかったなあ。

272~Evan Parker&George Lewis:From Saxophone & Trombone(INCUS/1980)

Evan Parker/エヴァン・パーカー(ssts)George Lewis/ジョージ・ルイス(tb)の1980年ロンドンでの録音。発売当時からすこぶる評判の高かったデュオ・アルバムだ。INCUS vs AACMの図式で語っていた者もいたように記憶する。そんな派閥の枠組み的発想をぶっ飛ばしてしまうE・パーカーとG・ルイスの個と個の濃密な対話である。完全即興となると、せいぜい4人くらいまでが可能だろうか?それを越えると何がしかのルール(楽譜に限らない)が必要になってくる。集団即興でオーケストラサイズも無いわけでは無いが、ブッチ・モリスのコンダクションのような方向付けがなされるようになる。そこで、自ずと即興のライヴとなるとデュオやせいぜいトリオの演奏が多くなる。(会場側の経済的問題も多い。何しろ客がヒトケタは当たり前の音楽だから。)デュオ、トリオのアルバムは、古今東西掃いて捨てるほど存在する。(どんなアルバムも捨てやしないが・・。どんなアルバムも存在価値はある。)さて、このアルバム。そんな星の数有るデュオ・アルバムの中でも最上位に位置するものと思うのだ。一瞬たりとも音楽が停滞することは無い。お互いが前に回ったり、後ろに付けたり、横に並んだりと、己の立ち位置を瞬時の判断で決めるのだ。それも瞬間移動でもしているようなスピードで。いやもっと早くに演奏の展開を読んで次の音の準備を無意識下で行っているのが、即興演奏だ。人間は、ある行為を行う10秒前には脳がやることを決めているそうだが? 10秒後の未来はすでに決まっているとも言われている。なんだか、「即興」の概念が吹っ飛んでしまいそうな話だが、脳科学者はそう言っている。それは横に置いといて、我々即興のファンは、この瞬間に立ち会う為にライヴ会場に足を運ぶのだ。当然「きょうはちょっとなあ。」も時にはある。それも含めて楽しんでいる。この演奏の場にいることが出来たらとこれを聴く度に思う。

271~Errol Parker Experience:Baobab(Sahara/1978)

Errol Parker/エロール・パーカーは、1930年アルジェリア生まれ。ピアノとドラムを両方演奏する。47年彫刻の勉強の為パリに移住すると、すぐにジャズの演奏も始めた。本名はラファエロ・シェクロンだが、お気に入りのジャズマン、エロール・ガーナーとチャーリー・パーカーの名前を拝借し、エロール・パーカーをワーキング・ネームとした。68年アメリカに移住後はドラムを主楽器とした。当時のアメリカの黒人達のアフリカ回帰思想の影響があったのだろう。彼は通常のドラム・セットにアフリカの太鼓類を組み込んで演奏をしている。78年録音の本作には、Monty Waters(as、ss)、Bruce Johnson(acoustic-g)、Adetobi(cuico、agogos、congas、berimbow、shaker)、James"Fish"Benjamin(fender b)が参加。アフリカ経由NYCサウンドといったところか。所謂「フリー・ジャズ」ではない。地味なミュージシャンの地味なアルバムなんだが、これまで結構聴いて来た。彼のグループには、スティーヴ・コールマン、バイヤード・ランカスターらも参加したこともあった。

270~Jerome Cooper:The Unpredictability Of Predictability(About Time/1979)

Jerome Cooper/ジェローム・クーパーは、1946年イリノイ州シカゴ生まれのドラマー。アメリカン・コンサーヴァトリーとループ・カレッジで学んだ。68年オスカー・ブラウン.jrやカラパルーシャと共演後、渡欧。ヨーロッパでは、AEC、スティーヴ・レイシー、ローランド・カーク、フランク・ライト、アラン・シルヴァ、ノア・ハワード等の渡欧組みを中心に共演。71年に帰国。サム・リヴァース、カール・ベルガー、ジョージ・アダムスらと共演。リロイ・ジェンキンス、シローンと共にレヴォリューショナリー・アンサンブルのドラマーとしての活躍は有名。レスター・ボウイのグループで、セシル・テイラーのユニットのメンバーとしても、アンソニー・ブラクストンのアンサンブルのメンバーとしても録音を残している。1979年7月NYC録音の本作は、サウンドスケイプで収録された彼のソロ・アルバム。ドラム・ソロだけ?と、引くことなかれ。そこらへんに転がっているクリシェまみれの退屈な「ドラム・ソロ」とは一線を画す。バス・ドラとハイハットだけを鳴らしながら、チャルメラを吹いたり、ホイッスルを鳴らしたり、バラフォンを叩いたりと、いたってシンプルな演奏なんだが、これが聴かせる演奏なのである。とくにバラフォンを使った演奏は圧巻! 前年の78年にも同じくソロのアルバムを出していた。79年5月にも同じサウンドスケープでオリヴァー・レイク(as,fl)とのデュオが行われており、これはHAT HUTから「For The Peole」としてリリースされた。彼の演奏は、太古からの響きが彼を通して伝わって来るようだ。

269~Osawa Yoshito/大沢善人;Piano Solo(大沢善人のレコードを作る会/1975&80)

80年7月6日喘息による心臓麻痺で若くして亡くなったピアニストの大沢善人を追悼し、トロンボーン奏者の河野優彦(彼は80年代以降NYCで活躍している。)が中心となって「大沢善人のレコードを作る会」を設立し、このアルバムを制作しリリースした。75年京都のライヴ・ハウス(喫茶店か?)でのソロ・ピアノのライヴ録音と、80年の京都大学での近藤等則(tp)、河野優彦(tb)、羽野昌二(ds)とのカルテットのライヴ録音が収録されている。ソロ演奏は全部で9曲。シンプルな童謡を思わせるメロディーや、ジャズ・ピアノ然とした演奏が、淡々と流れて行く。オリジナルのおそらくカセット・テープはどんな状態だったのだろうかと訝しがるくらい、音質は良くない。音が揺れているし、こもっているし、正直これを商品化するのは厳しいのではないかと思うほどだ。だが、「レコードを作る会」の面々にはそれでも出さねばならないと思わせるものが彼の音楽や人柄には有ったのだろう。音質云々の向こう側には、繊細な可愛いらしい音達が佇んでいる。何気なく日常に聴く音楽のようでもあるし、正座して聴くべき音楽でもある。よく音楽は人柄を表す鏡と言うが、これがそうなのだろう。最後のカルテット演奏では、ソロとは打って変わったフリー・インプロヴィゼイションで、大沢はトイ・ピアノも弾いている。残念ながら収録時間の都合からか、カルテット演奏は1曲だけで、それもあっという間に終わってしまう。このカルテットの演奏をもっと聴いてもみたかった。金井英人のアルバム「アランフェス協奏曲」(78年)と「ホワット~チャールズ・ミンガスに捧げて」(79年)に、ピアノ、大沢善人とクレジットがあるが、同一人物なのだろうか。

 

268~Hirose Junji/広瀬淳二;Solo Saxophone(Cacoon/1980)

Hirose Junji/広瀬淳二、1955年東京生まれ。ソプラノ&テナー・サックスと自作のノイズマシーンを演奏。明治学院大学のジャズ研に入部。シュリッペンバッハ・トリオのアルバム「パキスタニ・ポマード」を聴いて、エヴァン・パーカーのサックスの演奏に衝撃を受けた。卒業後、永野秀一(b)、山崎泰弘(ds)と「フリー・エクスパンション」を結成。その翌年の80年に厚木の「Far-Out」でライヴ録音されたサキソフォン・ソロを自身のレーベル「カクーン」より、81年に発売。エヴァン・パーカーとペーター・ブロッツマンを合わせたような演奏には当時驚いたものだった。だが、現在から見れば(聴けば)、まだまだエヴァン・パーカーの影響圏内から脱してはおらず、オリジナリティとなると、今からこれからの感はある。そうは言っても、これだけの演奏技術とスピードと馬力を全て併せ持った彼のようなサックス奏者はそうそういないのだが、サウンドへの興味はすでに広く大きくなって行き、この翌年頃からはガラクタを集め、床に散らばせて、ノイズを撒き散らし始めた。そのガラクタがコンパクトに収められ、コンタクト・マイクを取り付け色々な変調を加えノイズ・ミュージックへと向かって行った。これは、ポール・リットンからの影響が大きかったようだ。リットンは、早い時期からドラムに加えてライヴ・エレクトロニクスを導入している。なんだか、エヴァン・パーカー&ポール・リットンのデュオの両方から大きく影響け、以降の彼の独自な演奏スタイルの礎を築いたと言えるのではないかろうか。80年代彼は、富樫雅彦のグループのレギュラー・メンバーとなり、84年にのオーケストラ作品「Follow The Dream」。95年の「Inter-Action」(富樫、佐藤允彦、井野信義、広瀬淳二)で彼の演奏が聴ける。現在でも、サックスもセルフメイド・サウンド・インストゥルメントも同時進行に演奏を続けている。

267~Charlie Haden:Closeness(A&M/Horizon1976)

これは、1976年にCharlie Haden/チャーリー・ヘイデン(b)が敬愛するミュージシャン達とデュオ演奏をしたアルバム。共演相手はKeith Jarrett(p)、Ornette Coleman(as)、Alice Coltrane(harp)、Paul Motian(ds)の四人。K・ジャレットとA・コルトレーンとのデュオの美しいこと! O・コールマンとは早いテンポでグイグイと迫る。注目は、P・モティアンとのデュオだ。C・ヘイデンは「リベレーション・ミュージック・オーケストラ」で有名なように「戦う音楽家」だ。曲の冒頭、ポルトガルのフェスティヴァル出演時のヘイデンが、アフリカの黒人民族解放運動支援の立場を表明した時の彼の声と、アンゴラ黒人民族解放運動支援表明をした時の声と、アンゴラ解放人民運動のテーマ・ソングと、ポルトガル軍と人民運動軍が交戦した時の銃声が演奏に重なる。ヘイデンのベースは叫ばない。重々しく訴えかけて来る。

266~Don Cherry:Brown Rice(EMI/1975)

普段Don Cherry/ドン・チェリーの名前が視界に入っていないジャズファンにとっては、彼はフリー・ジャズを演奏するトランペット奏者くらいの認識しか無いと思う。しかし、それは彼の60年代半ばまでの彼の姿でしかない。60年代後期に入ると、彼の音楽的視野はジャズの狭い世界を大きく飛び越えてしまい、時間も空間も超越してしまった。73年の「Eternal Now(Sonet)」なんてトランペットすら吹いていない。彼の中ではあらゆる垣根は取り払われているのだ。75年録音のこの「Brown Rice」はDon Cherry(tp、p、voice)の他、Charlie Haden(b)、Billy Higgins(ds)、Frank Lowe(ts)、Ricky Cherry(p、Fender-p)、Bunchie Fox(el-bongos)、Verna Gillis(voice)、Hakim Jamil(b)、Moki Cherry(tamboura)が参加。このメンツだけ見ると、60年代初頭のオーネット・コールマン・グループのサウンドに70年代当時のサウンドが混ざる程度に感じるかもしれない。たしかにフランク・ロウもいつもの咆哮だし、チェリーもフリーなソロを取る。民族楽器も使われてはいない。しかしフリー・ジャズには聴こえないのだ。全体的にはインド経由の無国籍な薫り。何とも不思議な音楽だ。ドン・チェリー以外にこんな音楽は作れないだろう。Verna Gillisの参加が嬉しい。

265~Music Revelation Ensemble:No Wave(Moers Music/1980)

「Are You Glad To Be In America?」(Rough Trade/1980)で世間を(の極々一部を?)「あっ!」と言わせたJames Blood Ulmer/ジェームズ・ブラッド・ウルマー(g)が、半年後にドイツのメールス・フェスティヴァルにDavid Murray/デヴィッド・マレイ(ts)、Amin Ali/アミン・アリ(b)、Ronald Shannon Jackson/ロナルド・シャノン・ジャクソン(ds)を引き連れて出演した。グループ名は「Music Revelation Ensemble/ミュージック・リヴェレイション・アンサンブル」。このアルバムはその時のライヴではなくて、デュッセルドルフでのスタジオ録音。ウルマーは、この音楽を「ハーモロディック・ファンク」と呼んだ。ファンクを基調にどこまで飛んで行けるか? ポップのようでいてシリアスで、フリー/アヴァンギャルドのようでいて、独特の軽みを持つ。このアンサンブルは、8年後日本のレーベル「DIW」に第2作目。10年後にも第3作目を残した。彼等の向こうにはオーネット・コールマンのほくそ笑む顔が見れるようだ。

264~Roscoe Mitchell:Nonaah(Nessa/1976&77)

これはLPにして2枚隅から隅まで丸ごとRoscoe Mitchell/ロスコー・ミッチェル(as)の聴ける有難いアルバム。初めて聴いた時は、まずは1曲目から脳天をガツンとやられた感じがした。アルト・サックスのソロなのだが、短いテーマを延々と繰り返すだけ。初めて針を下ろした時(LPでした。)、途中盤に傷があって同じところを繰り返しているんじゃなかろうかと思ったほどだ。だがよく聴くと、ただ機械的に同じ音を繰り返しているのではないことが分かる。微妙に音の強弱や伸縮があるし、一音の存在感が大きいのだ。一音が記号化していない。これが現代音楽との違いか。しばらくすると、徐々に変化をし始める。そして10分くらいして次の展開に移った。こんな書き方をしていては終わらない。全部で9曲。内、ソロが5曲。Anthony Braxton/アンソニー・ブラクストン(ss)とのデュオが1曲。Malachi Favors/マラカイ・フェイヴァース(b)とのデュオが1曲。George E.Lewis/ジョージ・E.ルイス(tb)とMuhal Richard Abrams/ムーハー・リチャード・エイブラムス(p)とのトリオが1曲。Joseph Jarman/ジョセフ・ジャーマン、Wallece McMillan/ウォレス・マクミラン、Henry Threadgill/ヘンリー・スレッギルとのアルト・サックスのカルテットが1曲という構成。

263~Jan Garbarek:Afric Pepperbird(ECM/1970)

Jan Garbarek/ヤン・ガルバレク、1947年ノルウェー、オスロ生まれのソプラノ、テナー・サックス奏者。J・コルトレーンに触発され、14歳からテナー・サックスを独習。翌年にはアマチュア・コンテストで優勝。65年からArild Andersen/アリルド・アンデルセン(b)や、Jon Christensen/ヨン・クリステンセン(ds)を加えた自己のグループで活動を始める。その後Terje Rypdal/テリエ・リプダル(g)も参加。70年ECMに当時のグループで本作を録音。当時の彼等の姿を窺い知る事が出来る。ここでは現在のJ・ガルバレクのトレードマークの美しいソプラノ・サックスの音は聴くことは出来ない。ここでは、フルート、クラリネット、そしてバス・サックスまで吹いている。音色も現在の彼とは別人のようだ。4曲目は完全にフリー。T・リプダルが、まるでソニー・シャーロックのように振舞う。その後の彼はECMそしてヨーロッパを代表するミュージシャンに成長して行った。

262~Hans Koller:Kunstkopfindianer(MPS/1974)

Hans Koller/ハンス・コラーは、1921年ウィーン生まれのソプラノ、アルト、テナー・サックス奏者。クラリネット、バス・クラリネットも。ドイツ・ジャズ界のリーダー的存在だが、彼自身はオーストリア人。抽象画の画家でもある。ウィーン音楽アカデミー在学中の38年にジャズの演奏を始めている。後ドイツ軍に徴兵された。徴兵後も隠れてジャズを演奏したと言うから、命よりもジャズが大事という事だ。戦後は、エルンスト・ランドルの「ホット・クラブ・ウィーン」に参加。47年には、リーダーに収まる。50年ドイツへ移る。52年に「Hans Is Hip」というクール・ジャズのアルバムを録音。53年アルバート・マンゲルスドルフも参加した「ニュー・ジャズ・スターズ」を結成。ドイツ・ジャズ界の中心的存在になるも、70年ウィーンに戻り「フリー・サウンド」を結成。ヲルフガング・ダウナーら新感覚のミュージシャンが去来するグループになった。74年録音の本作は、H・コラー53歳にして大変若々しい音楽をクリエイトしたもの。共演メンバーが強力。HKoller(ssts)Wolfgang Dauner(pel-psynthnagoya-harp~名古屋琴?)、Zbigniew Seifert(vlnas)Adelhard Roidinger(bel-b)Janusz Stefanski(ds)という全員が、モード、フリー、ジャズ・ロックも全てバリバリとこなす面々ばかりだ。特に、W・ダウナーほどヴァーサタイルに色々な音楽を同等にこなすミュージシャンは、他には佐藤允彦くらいしか思いつかない。山下洋輔とも共演歴のあるA・ロイディンガーのベースも強力だ。ザイフェルトのヴァイオリンも素晴らしい。しかし、「若造に負けてたまるか!」のノリで、H・コラーのサックスが爆発する。熱気あふれるエレクトリック・ジャズの傑作!

261~Don Pullen Featuring Sam Rivers:Capricorn Rising(Black Saint/1975)

Don Pullen/ドン・プーレン(この頃はピューレンと呼んでいた)は、1944年バージニア州ロアノーク生まれのピアニスト。ジュゼッピ・ローガンとムハール・リチャード・エイブラムスに師事。彼のレコード・デビューは、ジュゼッピ・ローガンの64年の録音「The Giuseppi Logan Quartet」。翌年録音の「More Giuseppi Logan」にも参加している。当時、フリー・ジャズ以外にもR&Bのバンドでオルガンを弾いていた。彼のサックス奏者の相棒はミンガス・グループで一緒だったGeorge Adams/ジョージ・アダムスと相場は決まっていた。しかしここでのサックスは大先輩格のSam Rivers/サム・リヴァースをフィーチャー。ライヴでは共演していたのだろうが、この二人の演奏を録音で聴けるのは多分このアルバムだけだろう。全4曲、手を変え品を変え、リズムに変化を持たせているが、プーレンもリヴァースも基本的には「ガンガン行くぞ」のノリ。聴いていてスカッと爽快のフリー・ジャズである。プーレンもまだ「セシル・テイラーの後継者」などと呼ばれたりしていた頃で、パーカッシヴでパワフルこの上ない。リヴァースとがっぷり四つの快演だ。共演はAlex Blake/アレックス・ブレイク(b)Bobby Battle/ボビー・バトル(ds)Black Saintには、この他ソロの「Healing Force」、(76年)、チコ・フリーマンとの「Warriors」(79年)、ドン・モイエとのデュオで、オルガンも披露する「Milano Strut」(78年)、ソロの「Evidence Of Things Unseen」(83年)が有る。

260~Rashied Ali&Le Roy Jenkins:Swift Are The Winds Of Life(Survival/1975)

 

 Rashied Ali/ラシッド・アリ(ds)LeRoy Jenkins/リロイ・ジェンキンス(vln)の1975年録音のデュオ・アルバム。元々はラシッド・アリの自主制作レーベル「サヴァイヴァル」からリリースされ、その後Knitting Factory/ニッティング・ファクトリーから99年にCDで再発された。ジャズですら初心者の頃、リロイ・ジェンキンスが何者かは知らないが、いかにも自主制作盤らしきアルバムの佇まい(ジャケットの紙質の安っぽさとか・・)に惹かれて買ってみた。ラシッド・アリのドラムの演奏はすでにコルトレーン・グループの演奏で想像はついていたが、リロイ・ジェンキンスのヴァイオリンの演奏は、まずはその音色に驚いた。それまで聴いてきたヴァイオリンの音色とは大きくかけ離れていたのだった。ステファン・グラッペリ、メニューイン、パールマン、オイストラフ等々とは全く逆の、はっきり言って「こんな音を出してはいけません!」と怒られるようなノイジーな音なのだった。そこで拒絶すれば今も私は呑気に「美音」な音楽を聴いていただろうに、困ったことに?このサウンドに大いに惹かれてしまったのだった。だから未だにクラシックのヴァイオリンでも、ちょっと癖のある音色のヴァイオリンを好む。コルトレーンのグループにジェンキンスが入って演奏したらどうだったろうと思ってしまう。ドラムとヴァイオリンのデュオなんてこれ以外に存在するかどうか。スリリングなふたりの対話に耳を傾けていると、あっという間に終わってしまう。アリはもう一枚「サヴァイヴァル」から素晴らしいデュオの傑作アルバムをリリースしている。フランク・ロウとの「デュオ・エクスチェンジ」だ。アリには、コルトレーンとのデュオ・アルバムがあるが、これはまたサックスとのデュオ・アルバムの傑作。ロウのパワフルでノイジーなサックスの最良の記録。

 

259~Ernst-Ludwig Petrowsky Quartet:Just For Fun(FMP/1973)

Ernst-Ludwig Petrowsky/エルンスト・ルートヴィヒ・ペトロフスキー?(読めません)は、1933年旧東ドイツ生まれのサックス奏者。旧東ドイツのフリー・ジャズ・ミュージシャンとしては最古参の一人。FMPの初期にリリースされたこのアルバムは、73年旧東ベルリンで録音されている。E-L・Petrowsky(as、ss、ts、cl)の他Conrad Bauer(tb)、Klaus Koch(b)、Wolfgang Winkler(ds)も同じく旧東ドイツのミュージシャン。このアルバムはFMPでも初の壁の向こう側のドイツ人ミュージシャンのLPだった。FMPで最初でも、E-L・Petrowskyのアルバムは自国のレーベル「AMIGA」では、60年代から発売されていた。曲によって、アルト、ソプラノ、テナー・サックス、そしてクラリネットを吹き分け、ハードなゴリゴリのフリーから、間を活かし、聴く方が聞き耳を立てるような演奏まで多才な演奏を聴かせる。当時の旧東ドイツのフリー・ジャズ・シーンのレヴェルの高さを見せつけた好アルバム。

258~Ulrich Gumpert、Gunter Sommer Duo Plus Manfred Hering:The Old Song(FMP/1973)

旧東ドイツのミュージシャンの二人、Ulrich Gumpert/ウルリヒ・グンペルト?(p)と、Gunter "Baby"Sommer/ギュンター(正確にはuにウムラウト)・ゾマー(ds)は、70年代はデュオ活動を行っており、FMPに「・・・Jetzt Geht's Kloss!」と「Versaumnisse」の二枚を残している。同時に、デュオにアルト・サックスのManfred Hering/マンフレート・ヘリンクを加えたトリオの演奏も行っていた。73年録音の本作は、デュオ・アルバムより先にリリースされている。三者の激しいインタープレイが基本だが、ゾマーが大暴れしている横で、グンペルトは同じように激しく暴れずに、淡々とメロデイーを紡いでいたりもする。ゾマーも、一聴して彼と分かる個性をすでに持っており、時にリズミカルに、時にメロディアスにグンペルトと渡り合っている。M・ヘリングはと言うと、これはもう突貫小僧の役割に徹していて、清々しい。

257~Kelo Palacios:El Humahuaqueno(Victor/1974)

Kelo Palacios/ケロ・パラシオスは、アルゼンチンのフォルクローレ、タンゴ、ラテン、ジャズ、クラシックまで弾きこなすギターリスト。その彼がここではチャランゴを弾いて、Rolando Martinez/ロランド・マルティネス(ケーナ)、Norberto Pereyra/ノルベルト・ペレイラ(g)、Arderete Lobo/アルデレテ・ロボ(perc、Bombo)とアンデスのフォルクローレを演奏している。フォルクローレと言っても、純粋なアンデス地方の民族音楽だけを指すワケではなく、西洋音楽の影響を受けたもっとポピュラーな音楽も含んでいる。元々和声の概念の無いはずのこの地方の音楽に、ギターが使われる事がそれを暗示している。だから逆に我々日本人も欧米人も、ポップスでも聴くように楽しめるのだろう。このアルバムで演奏されている曲も、民謡というには新しい曲やケロ・パラシオスの曲も含まれている。それでも、我々日本人には十分アンデスの風を感じさせてくれる。

 

256~Graciela Susana:Recital(東芝EMI/1975)

これは70年代に大変な人気を誇ったアルゼンチンの若き歌姫Graciela Susana/グラシェラ・スサーナのリサイタルのライヴ録音盤。菅原洋一が中南米旅行中、ブエノスアイレスの「エル・ビエホ・アルマセン(古い倉庫)」にタンゴやフォルクローレを聴きに行ったらその時歌っていたのが、まだ17歳のグラシェラ・スサーナだった。その歌声を大いに気に入った菅原洋一が彼女を日本に呼んで、彼のリサイタルにゲスト出演させた。それ以降何度も来日し、「サバの女王」、「アドロ」等のヒットを生んだ。何枚もアルバムが作られたが、これは数少ないライヴ盤だ。前半はフォルクローレとタンゴ。後半は弾き語りと、ストリングス入のオケの伴奏が入り、「別に(当時ダウンタウン・ブギウギ・バンドの宇崎竜童が作曲)」、「雪が降る」、「少しは私に愛をください」等を日本語で歌っている。実年齢よりも10歳は年齢を加えたような歌いっぷりだ。前半の「Plegaria A Un Labrador」はVictor Jara/ヴィクトル・ハラの曲。「El Condor Pasa」も歌っている。もちろん「アドロ」も。これはアルマンド・マンサネロの作曲。

 

255~Perry Robinson&Hans Kumpf:Free Blacks(AKM/1975,76)

1938年ニューヨーク生まれのベテラン・クラリネット奏者のPerry Robinson/ペリー・ロビンソンと、1951年シュツットガルト生まれの同じくクラリネット奏者のHans Kumpf/ハンス・クンフ?の、75年12月から翌年1月にかけてのシュツットガルトでの録音。クラリネットのデュオは、ライヴではあるだろうが、こうしてアルバムとなったのは少ないのではないだろうか。ニューオリンズ、スウィング時代ではクラリネットは花形楽器だった。ビ・バップ以降は人気は急降下。一気に日陰の存在となってしまった。名前を上げて行ってもトニー・スコット、バディ・デフランコ・・・? しかし、フリー・ジャズ/フリー・ミュージックでは参入する楽器も、音楽的背景も自由なのでクラリネットを演奏する者も増えた。その代表格がこのペリー・ロビンソンだ。その彼とドイツの次世代のクラリネット奏者のハンス・クンフの会話を楽しんでいるような演奏がここでは聴ける。演奏のテンポも歩いているようで、決して走らない。散歩中の会話と言った感じ。ひたすらつっ走るフリー・ジャズではないので、今の耳にも古さは感じさせない。3曲クンフのソロが有る。シンセサイザーを通して電子変調させており、デュオの時の姿とは全く違った印象だ。ヴォルフガング・ダウナーがシンセサイザーの操作をしているようだ。

254~Sonny Simmons:Staying On The Watch(ESP/1966)

Sonny Simmons/ソニー・シモンズは1936年、ルイジアナ州の小さな島、シシリー島生まれのアルト・サックス奏者。幼少の頃は島の自然の音が彼にはシンフォニーだった。西海岸に移住し、16歳でプロのミュージシャンのスタートを切った。50年代半ばオーネット・コールマンと出会う事によって大きな影響を受ける。その後プリンス・ラシャと双頭グループを作り活動を続けた。その間、66年NYCで録音されたのがこのアルバム。Barbara Donald(tp)、John Hicks(p)、Teddy Smith(b)、Marvin Pattillo(ds)とのクインテットの演奏。P・ラシャとの演奏よりも過激だ。S・シモンズのキレのあるアルト・サックスの演奏はもちろんいいが、彼の夫人のB・ドナルドのトランペットも聴きもの。バリバリと勢いよく吹きまくってスカッとさせてくれる。中身のないブロウなどではない。伝統をしっかりと踏まえた上でのフリーなのだ。遠く摩天楼を背にして、すくっと立った彼の姿に決意の程が示されているようだ。いいジャケット写真だ。

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