LP/CD Review 8

530~芳賀隆夫;PIYO-PIO(PINAKOTHECA RECORDS/1981)

芳賀隆夫は、阿部薫の弟子と言われたアルト・サックス、ソプラノ・サックス奏者。70年代後半から活躍し、LPを4枚出している。私は生では聴いたことは無かったが、よくライヴ会場で自身のライヴのチラシを配られていたのを見かけたり、チラシを渡されたのを覚えている。80年代に入ってからはライヴの情報も聞かなくなった。演奏はやめてしまったのかどうか・・? これは、彼の4作目にあたるアルバムで、キッド・アイラック・ホールでのソロの録音。1曲、新宿西口公園高速道路入口で録音されたソプラノ・サックス・ソロも収録されている。明らかに阿部薫の影響を強く感じさせる演奏だが、一瞬姜泰煥が演奏するような揺れるようなフレーズが飛び出してドキっとするところがあったりする。基本的には、切り刻んだフレーズにもならないような音の断片を強く押し出す演奏。何らかの事情で演奏を断念されたのだとしたら残念な存在だった。一度でもいいからライヴに足を運ぶのだったと後悔している。この他のアルバムは「Tidal Wave」(with 山口修ds.1977)、「械器」(with Shunji Iwase,p .79)、「Oops!」(with 吉沢元治 b,cello.80)がある。アルト・サックス、ソプラノ・サックスの他、クラリネット、バス・クラリネット、ハーモニカ、リコーダー、ピアノの演奏も聴ける。師の阿部薫と演奏する楽器も似たところがある。これらのLPは、どれも100枚しかプレスされていないようで、入手は相当に困難かもしれない。

 

 

529~小田切一巳 トリオ;突撃神風特攻隊(オフビート・レコード/1976)

小田切一巳は、1948年福島市生まれで、80年に脳血栓の為亡くなったテナー・ソプラノ・サックス奏者。上京し渡辺貞夫に師事。これは彼の唯一のリーダー・アルバムのはずだ。森山威男のアルバム「ハッシャ・バイ」でも演奏は聴ける。ここでは山崎弘一(b)、亀山賢一(ds)とのトリオ演奏。このレコードを企画・制作したのは明田川荘之。彼のレーベル「アケタズ・ディスク」が制作し、販売がオフビート・レコードで、手作り感満載のレコード。何しろ天才アケタの手書きのジャケット、手書きの帯、手書きのライナーノート。おまけに印刷した紙をぺたっと貼り付けたという代物。音質も正直良いとは言えない。だが演奏は素晴らしい。熱く燃え上がるコルトレーン直系のストロング・スタイル?で、デイヴ・リーブマンやスティーヴ・グロスマンに似たタイプ。硬質な音色で切れ味鋭くガンガンと押しまくる。この時代の音と言われればそれまでなのだが、いつの時代にもJAZZに求められるのはリラックスじゃなくて、こうした熱くなれるものではないだろうか。

528~Gato Barbieri&Don Cherry;Togetherness(Durium/1965)

これは1965年パリで録音されたLee Gato Barbieri/ガトー・バルビエリ(ts)Don Cherry/ドン・チェリーの双頭アルバム。他のメンバーは、Karl Hans Berger(vib),J.F.Jenny Clark(b),Aldo Romano(ds)といった面々で、アルゼンチン、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリアの5ヵ国のミュージシャンが集まったバンドだ。ドン・チェリー以外は彼らの最初期の演奏が聴けるアルバム。フリー・ジャズ旋風が舞っていた60年代半ばの典型的な演奏だ。くわしい事はライナーノートがイタリア語だけなので皆目分からない。全5曲の組曲が並んでいる。きっちりと構成された演奏は野放図なフリー・プレイとは一線を画す。抑制の効いた、だが行く時は行くといった演奏だ。クールなベルガーのヴァイブラフォンが全体を締める。この翌年ブルー・ノートに、ドン・チェリーの「Symphony For Improvisers」という傑作アルバムがある。メンバーは、このアルバムのメンバーにファラオ・サンダース(ts,piccolo)とヘンリー・グライムス(b)が加わり、ロマーノに変わってエド・ブラックウェル(ds)が参加した形の7名のアンサンブル。「Togetherness」は、その前哨戦のような感じで、似た雰囲気が香って来る。こっちの方が、人数の少ない分、演奏もすきりしていて、名盤と誉れ高いブルー・ノート盤よりも、こっちを聴く回数がこれまで多かったので、自分の心に正直にこちらを紹介した。イタリアのマイナー・レーベルからのリリースだったが、近年まさかのCDでの再発に拍手! 印象的なジャケット・デザインも良い。

 

527~John Stevens&Evan Parker;The Longest Night Vol,1(OGUN/1976)

これは、1976年録音の、John Stevens/ジョン・スティーヴンス(ds,cor)とEvan Parker/エヴァン・パーカー(ss)のデュオ・アルバム。二人は1966年から数多く共演を繰り返してきた間柄だ。イギリスの即興シーンの最初期の形を作り上げて来た者どうしのデュオ・アルバムは意外と少ない。このVol.2と、93年に同じOGUNからリリースされた「Corner To Corner」が有るだけではないだろうか。現在は、Vol,1&2と合わせて2枚組CDとして全部収録されて出されている。まだ、フリー・インプロヴィゼイションを聴き始めていた頃(78年頃か?)に購入したLPだったのだが、所謂フリー・ジャズとは大きく違った演奏に正直最初は?マークがたくさん頭に浮かんだものだった。フリー・ジャズにもノリはある。ただ普通のジャズのスウィング感とは違うと言う程度であって、「ジャズ」としての前へ前への推進力はフリー・ジャズも放棄はしていない。それどころか猛スピードで突進して行くものだ。だが、この演奏は前への推進力が無い訳ではないのだが、細分化された音の粒子を、ぶつ切りの空間に放り投げているような演奏なのだ。エヴァン・パーカーの演奏もトレード・マークのようなサーキュラー・ブリージングはほどほどにして、高速のタンギングを多用し音をぶつ切りにして行っている。ジョン・スティーヴンスのドラムも同じパターンをただの一度も繰り返しはしない。まことにストイックな演奏だ。このような演奏が快感に変わる頃には、この世界から永久に抜け出せない耳になっていた。


526~広瀬淳二;Hodgepodge(Cacoon/1981)

広瀬淳二の自主レーベルCACOONの第2弾は、当時の高柳昌行・ニュー・ディレクションのメンバーと、当時よく共演をしていたベースの永野秀一とのデュオとカルテットの演奏を収録したアルバムとなった。アルバム・タイトルになった「HODGEPODGE」が曲名になっているside-B最後の曲は、広瀬のエレクトリック・ギター&スモール・パーカッションのソロになっている。その後のセルフメイド・ノイズ・インストゥルメントへの移行を強く匂わすトラックだ。とてもギターの演奏には聴こえない。正にノイズ・マシーンと化している。side-Aはギターの飯島晃とのデュオ。スタジオ録音とFar-Outでのライヴ録音の4曲になっている。お互いの反応が素早くて、インプロのデュオのいい面を表している。side-B は、山崎泰弘(ds)と永野秀一(b)を加えたカルテット。こちらはキッド・アイラック・ホールでのライヴ録音。空間を音で埋め尽くすのではなくて、高柳昌行のニュー・ディレクションの演奏するGradually Projectionのように音と音との間隔を広く取るもの。何しろ当時のニュー・ディレクションのメンバーが二人参加しているのだから、似て来るのも自然なことか。演奏はフェイドアウトして終わる。この先の演奏でマスな音の応酬があったかもしれないが・・・。山崎のニュー・ディレクション以外での演奏の聴ける貴重な録音でもある。永野秀一の数少ない録音でもある。



525~Oliver Lake;Life Dace Of Is(Arista Novus/1978)

これは、Oliver Lake/オリヴァー・レイクの1978年録音のアルバム。メンバーは、マイケル・グレゴリー・ジャクソン(g,bamboo-fl,harmonica,synth,vo),アンソニー・デイヴィス(p,org),レナード・ジョーンズ(b),フェローン・アク・ラフ(Paul Maddox)(ds)~1曲 バスター・ウィリアムス(b)。何だか当時のレオ・スミスのバンドからリーダーが抜け、代わりにMG・ジャクソンが入ったような編成だ。O・レイクとMG・ジャクソンは、お互いのリーダー・アルバムで共演を重ねている間柄で、ここでもMG・ジャクソンの曲も演奏している。このアンサンブルのキモと言えるのがこのギターリストだ。いちギター弾きで参加している以上の貢献をしている。フリー・ジャズ・ギターリストとして見れば、ソニー・シャーロック、ジェームズ・ブラッド・ウルマーのような過激さは無い。ほどよい具合の過激さと言おうか。バンブー・フルートやシンセサイザーも操り、演奏の幅を広げている。オリヴァー・レイク自身も、フリーキーに雄叫びを上げるタイプではない。もうそういう時代ではなくなっていたのだ。60年代と同じ音楽を続ける訳にはいかない。ブラクストンほどには抽象的な演奏ではないが、音の跳躍の激しい曲も演奏されている。けっこうノリの良い曲もある。同年11月には、このメンバーにアブダル・ワダド(cello)と4人のヴァイオリン奏者が加わった「シャイン!」も録音されている。弦楽を加えたことで、よりカラフルな演奏になっており、合わせて是非聴いていただきたい。この2枚は、数あるロフト・シーンから生まれたアルバムの中でも、70年代後期のアルバムとしては群を抜いた演奏だと、個人的には思っているのだ。

524~James Newton;The Mystery School(India Navigation/1980)

これはJames Newton/ジェームス・ニュートン(fl)の1980年録音のIndia Navigation盤。と、書くと所謂フリー・ジャズ、それも70年代吹き荒れた(ほどでもないが・・)ロフト・ジャズのホットな演奏を思い浮かべる人が多いだろう。だが、このアルバムはCool! なのだ。ドラムやベースやピアノと言ったリズム・セクションを使わず、低音部はチューバ(何と、古くはルイ・ームストロング、レスター・ヤング、チャーリー・パーカー、アート・テイタムらと共演し、録音も残しているRed Callender/レッド・カレンダー!)と、バスーン(John Nunez)が受け持ち、その上をニュートンのフルート、John Carter/ジョン・カーターのクラリネット、Charles Owens/チャールズ・オーウェンスのオーボエとイングリッシュホーンがソロを取るといった室内楽的なアンサンブルなのである。全体の響きはジャズのそれではなく、クラシックの木管アンサンブルのごとき柔らかなもの。どの曲もかなりきっちりと譜面に書かれている。その中でソロ・パートは即興が行われる。もちろん全員が即興演奏をしていると思われる部分もあるが、そこでも相当節度を持って演奏され、マスの勢いで押しまくるなどという事は全くない。さて、これをフリー・ジャズと言うのか? インプロヴァイズド・ミュージックと言うのか? はたまた現代音楽なのか? あっさり「これもジャズ。」と言い切っていいのか? ともあれ、これまで結構聴いて来たアルバムの一つなのである。実は、私、木管アンサンブルの柔らかい音が結構好きなんです。

 

523~長与寿恵子;PAN(ALM/1976&77)

とかくユニークな存在が多い現代音楽界の中でも、長与寿恵子は相当ユニークさでは引けを取らない。ヨーロッパ的、西洋的音楽の概念から音達を思いっきり引き剥がした作曲家の一人だろう。人間の感情表現たる音楽から、ゲームでも楽しむかのような作品が並ぶ。70年代半ばの作品3曲が収録されたこのアルバムは、そのユニークさを全開したしたものだ。全3曲。「Signification」は、特定の楽器を指定せず、音符も最小限にしか表されてはおらず、言葉によって演奏の仕方が指示してある程度。パターンの組み合わせは奏者の自由。「Kuntu」は任意の民族楽器を集めて演奏する。曲の軸となるのは4種のリズム・パターン。基本パターンを様々組み合わせて演奏する。楽譜は、シロートには絵のようなデザインのようなものにしか見えないかも。この二つの曲だが、知らずに聴けば出て来る音は、とてもシンプルで聴いていて心地よい程だ。とても音のゲームを行っているようには聴こえないだろう。1曲目は、高橋悠治、篠崎功子、菅原淳、川俣和男。2曲目は、松平頼暁、甲斐説宗、北爪道夫、藤枝守他という豪華な面々。3曲目「PAN・汎」がこのアルバムの目玉か。3人ずつ6人の男女を中央に配置し、他はその周辺にばらまかれて声を使った”演奏”をする。だが、ここでの”演奏”は楽器も使わなければ、歌さえも歌わない。譜面は、台詞(童謡、叙事詩、新聞記事、革命詩、ノンセンス等)とタイム・スケジュールのみ書かれてあるだけ。どうしゃべるかは自由裁量にまかせられている。ほとんどは前後の脈絡のない言葉は現れては消えていく。これが30分近く続くのだが、その長さは感じられない。



522~佐野清彦;奇有異 1・作品・演奏記録集 1970~1979(ALM/1970~79)

佐野清彦は、1945年上海生まれの作曲家。子供の頃自分を中国人だと思い込み、日本人だと知って落胆されたそうだ。これは彼の1970年から79年にかけての作品集であり、自身の演奏の記録集でもあるLPの2枚組。曽我傑、多田正美とのGAPでの演奏も含まれる。即興グループでもありイベント・グループでもあるこの三人の”演奏”は、タージ・マハル旅行団に影響を強く受けている。実際多田正美は小杉武久の音楽教場の出身だ。「Anonimus」という曲のタイトルから分かるように、佐野自身も大きく小杉武久、そして高橋悠治に影響を受けている。何かを強く主張するものでもなく、ミニマルな音の動きや、ゲームでもしているかのような音の動きは、正に音が「そこにある」といった感覚を受ける。アルバム・タイトルになっているGAPの三人による演奏で聴ける「KIUI」は、3つのコンピューター・プログラムによる~の副題のついた作品。佐野の操作する2つのオシレーターが発する音が会場内を取り囲むように配置されたスピーカーを回遊して行く間、多田の十三弦、十七弦筝と曽我のel-pがコンピューターでプログラムされたパターンに従い、ポツンポツンと音を空間に置いていく。



521~Roscoe Mitchell Creative Orchestra;Sketches From Bamboo(Moers Music/1979)

これはレオ・スミス・クリエイティヴ・オーケストラと同じスタジオで同じ時期、同じエンジニアで、同じミュージシャンで演奏、録音されたアルバム。同じオーケストラを使い、演奏する曲を作曲した者の名前をオーケストラの前に付けたという事だ。こちらはロスコー・ミッチェルの作品を収録。ロスコーの曲は、ゆったりと横に流れる抽象性の高いもの。レオさんの曲と同じく、かなり綿密に楽譜に書かれてある曲になっている。19人もメンバーを揃えるということが、そもそもビッシリと書き込む曲を作るという前提に立っているのだろう。拘束のゆるい即興ばかりならここまで集めることはない。個々は強烈な個性の強いミュージシャンばかりだが(何しろブラクストン、レオ、ロスコー、G・ルイス、R・アンダーソン、D・ユアート、K・ホィーラー、M・クリスペル、W・ブラウン、B・ノートン、アク・ラフ etc)、皆まじめに?譜面通り演奏しているのが面白い。だが、一度ソロが回って来たら本領発揮となる。が、それもここでは普段よりは相当少ないと言って良い。side A-2は、まるでスウィング・バンドのノリなのがユニーク。当時「即興」と言う言葉が一人歩きを始め、「即興だからいい。」とか「即興じゃなきゃダメなんだ。」とか、何だか極端に触れてしまった状況が見て取れた。完全即興ならせいぜい4人くらいまでで、それ以上となると、そこに何かの成果を期待しようとなると、何がしかのルールが必要となって来ると考えるミュージシャンも多かったのも事実だ。ここでは、その反動が現れたのではないか。レオ・スミスさんは「即興はもうやらない。必ず途中でみんながどうしていいのか分からないような状況が起こる。これでは、客に悪い。」と言われたことがあった。90年代のことだ。

520~Leo Smith Creative Orchestra;Budding Of A Rose(Moers Music/1979)

1979年パリで、当時のPalmというレーベルのスタジオでJef Gilsonによって西ドイツのMoers Musicの為の録音が行われた。レオ・スミス率いるクリエイティヴ・オーケストラの演奏が収録された。何ともインターナショナルな作業である。と、思ってしまうのは島国日本だからか。このオーケストラは、西ドイツのメールス・フェスティヴァルに出演し、その映像を副島輝人さんの「メールス映画」で見たことがある。当時のフリー・ミュージック界では、「即興」を突出して捉える動きがあったが、このレオさんのオーケストラ作品は、その流れに異を唱える意味もあったのか総勢19名のそうそうたるメンバーにはビッシリと書き込まれた譜面が渡されたようだ。あえて即興部分を少なくしたような感じを受ける。当時のレオさんの曲の特徴である上下の音の跳躍が大きく、ひとつひとつに分けられたブロックを再度つなぎ合わせたような作品が三曲演奏されている。グローブ・ユニティ等で聴かれるような全員の自由な「合奏」は全くここには無い。ビッグバンド以上にカチっと音が固定されている。ある意味現代曲とも言えそうな感じなのだが、クラシックのオーケストラやアンサンブルとは違い、弦はベースだけなので(吹奏楽団とも言えそうだが)、やはりジャズ的な音の感触は強い。何しろ集められたメンバーが超のつく個性派ばかりなのだ。個の音色を強く持っている。この楽器とこの楽器のこの音を足せばこう響くが通用しない。だが、ビッグバンドとはまるで違う音の表情なのだ。「フリー・ジャズ・オーケストラ」と言い切ることも難しいユニークさなのだ。現代音楽でもないし・・・。

同時に全く同じメンバーで、ロスコー・ミッチェルの「Sketches From Bamboo」の録音された。

 

519~Sam Bennett,Elliott Sharp,Ned Rothenberg;Semantics(Rift Records/1985)

1980年前後頃インプロヴァイザーの一部に「即興」が一人歩きし始め、「フリージャズとかフリー・ミュージックも古い、これからは「即興」と呼ぼう。完全即興こそが新しい扉を開く。」みたいな幻想とも言える考え方に取り憑かれた一群が現れたものだった。実際は毎度毎度金太郎飴の如く同じことの繰り返しに聴こえたライヴが多く、それに辟易した私はしばらく即興から遠ざかり、現代音楽や民族音楽をもっぱら聴いていたものだった。そんな中ニューヨークから新しい動きが現れて来た。70年代後半からジョン・ゾーン、ユージン・チャドボーン、ヘンリー・カイザーと言ったこれまでとは異質な即興音楽を行う一派がいるにはいたが、80年代に入って大きな潮流となってヨーロッパや日本でも注目を集めることになった。ネッド・ローゼンバーグ、サム・ベネット、エリオット・シャープのNYダウンタウンシーンの強者三人によって結成された「セマンティックス」は、その代表的なユニットの一つだ。ここには楽譜も存在するし、リズムもある。リフも効果的に使われている、結構キッチリとしコンパクトな印象もある。長い時間かけて演奏の形を作り上げていくようなインプロヴァイズド・ミュージックとは違い、一つ一つの展開が早い。そして瞬時に全く別の形に変化する。異常なほどの引き出しの多さと、即座に反応出来る反射神経(音楽的な意味で)を持たないと出来ない音楽だ。そして、これこそがこの時代のトレンドとなって行ったのだった。80年代を代表する一枚。

 

518~佐藤允彦;Randooga(Sony/1990)

1990年と言えば振り返って見ればバブルで浮かれていた(自分の回りでは「どこが?」)頃だ。日本各地で大きなジャズ・フェスティヴァルが行われていた。その中でも我々ジャズ・ファンの興味を引いていたのが「Live Under The Sky」だった。その90年のステージに「ランドゥーガ」と称したグループが出た(TV放送を見たのだが)。リーダーは佐藤允彦。続くメンバーには驚いた。高田みどり、梅津和時、峰厚介、岡沢章、土方隆行は理解の範囲だったが。アレックス・アクーニャ、ナナ・ヴァスコンセロス、レイ・アンダーソンも、有り得る話だろう。なんともうひとりがウェイン・ショーター!と言うから驚いた。演奏されるのは全て佐藤さんのオリジナルで、日本の伝統音楽の諸要素を汲み取って作曲された曲を演奏したもの。時々こうした試みは無いではなかったが、どうも糠味噌臭いというか、西洋と東洋(この場合は日本)がしっくり行っていないと感じるものが多い。ここでは、土台はしっかりとグルーヴしていて、その上を雅楽の響きが現れたりしている。その中をウェイン・ショーターが自由に泳いでいるといった風景なんだが、元がその他大勢のジャズ・プレーヤーとは大きく異なった個性の持ち主だからだろう。彼の起用は大正解で、完全に溶け込んでいる。彼がいるから逆にジャズ臭さが薄れているとも言えるだろう。ナナはここでもアマゾン川奥地の湿気を持ち込んで来た。基本的にはジャズに日本の伝統音楽を融合させた音楽なんだが、もっとそこに色んな色を付けているのは個々のミュージシャンの持つ多彩な色の数々なのだ。



517~高田みどり;Tree Of Life(BAJ/1998)

これは、副題が「高田みどり Plays 佐藤允彦」となっている打楽器奏者・高田みどりの98年録音のアルバム。高田さんは、現代音楽の打楽器奏者から出発し、その後アフリカ、アジアの演奏家とのコラボレーションで大きく注目を集めた。同時にジャズにも参入され、佐藤允彦さんとはラドゥーガやトン・クラミを始め色々な形で共演を深められた間柄だ。ここでは、佐藤さん作曲のソロを4曲と、姜健華(Jiang Jian-hua)とのデュオを1曲演奏している。佐藤さんらしく、アラブ、タイ~ラオス、アフリカ、ミャンマーの旋律や音階を使って作られている曲達である。基本的にはランドゥーガの流れから来ている路線と捉えていいだろう。実際最後の「Tan Tejah/タン・テヤー」は、ランドゥ-ガの第2作目「Kam・Nabi」という92年のアルバムですでに演奏されている。高田さんが世界各地で演奏し好評を博している曲なんだそうだ。圧巻は約23分の組曲「二綾楽(ふたあやあそび)」(95年国立劇場委嘱作)だ。姜健華の二胡と高田さんのマリンバとのデュオ。八章の独立した小品は、どの順番で演奏されてもよい。当然演奏の度に変わることになる。どの曲も西洋音楽(ロックだろうがジャズだろうが)に慣らされた耳には不思議な響きを聴くことになる。どこか浮遊する感じが心地よい。



516~吉沢元治;割れた鏡 または 化石の鳥(ALM/1975)

これは1975年、間章プロデュースの元、軽井沢の教会において録音された吉沢元治の無伴奏ベース・ソロ・アルバム。当時の吉沢のベース・ソロの記録は73年の「インスピレーション&パワー」での1曲と74年の「インランド・フィッシュ(これは1曲豊住芳三郎とのデュオが含まれる)」だけだった。75年は本作と2ヶ月後のホール・コンサートでのライヴ録音の「アウトフィット」の2作がリリースされた。全10曲、1曲ごとにアイデア(使うテクニック等)を限定して短いソロを演奏している。アルコだけで重音を繰り返す、ネックを10本の指で叩く、アルコを上下にスライドさるだけ、ピチカーットだけ等々。そんな中にも、「化石の鳥」(バール・フィリップスに捧げられている)は、12分を越える演奏で、通常のライヴでもこうであったろうと思われる一曲の中に様々なテクニック、アイディアを詰め込んだ演奏になっている。このアルバムでは最も聴き応えのあるトラックだ。当時こうしたフリー・ミュージックは、とかく「反逆」、「前衛」、「制度への対峙」、「破壊」の文字が踊る。間章周辺は、それがセクト化していて、他の価値観は絶対認めないといった按配で、離合集散を繰り返していたものだった。私は今もって間章には馴染めない。そんな捉え方ばかりされていたこのような音楽だが、21世紀の現在の耳で聴くと、何とよく歌う演奏なのか。これのどこが過激なのかと思ってしまう。これは時の流れの風化現象とは違う。



515~土取利行&高木元輝;Origination(ALM/1975)

これは、1975年渋谷のジャズ喫茶「メアリー・ジェーン」(店はいまでも開業している!)で収録された土取利行(ds)と高木元輝(ss,ts,a-cl,b-cl)とのデュオ・ライヴのLP。75年と言えば、高木の「モスラ・フレイト」や豊住芳三郎の「藻」が収録されたのと同じ年だ。この頃を日本のフリー・ジャズのピークだった時期と言ってもいいだろう。ここで聴かれる演奏で、「フリー・ジャズ」の言葉で連想される荒々しい怒涛のパワープレイを期待する人には少々はぐらかされた気がするかも知れない。そのような演奏はこのアルバムの中の一部でしか存在しない。その一部では、恐らくそのようなリスナーの度肝を抜くような強烈な演奏になっているはずだ。それ以外の部分では静謐な空間を切り裂くかの如き二人の断片的な、不連続な音の放射が聞き手の耳を襲う。特に高木の音は空間を切り裂く音の凶器が如き厳しさだ。凶暴な静寂とでも言える音楽だ。

このような演奏をしていた二人だが、80年代以降は大きく音楽性を変えて行く事になる。より深く音楽の深淵を求めて。


514~Anthony Braxton;Four Compositions(日本コロムビア/1973)

1972年12月18日、Anthony Braxton/アンソニー・ブラクストンが突然来日した。大量の楽器を抱えて来たのはいいが、観光ビザで来たために人前で演奏する事が出来なかった。唯一新宿のPIT INNでの日野皓正グループのライヴに飛び入りして「ストレイト・ノー・チェイサー」を演奏しただけだった。来日後、色んなレコードを聴いた中に佐藤允彦のレコードがあった。佐藤の演奏にいたく感心した彼は、佐藤との共演アルバムを作ることを考えた。そこで実現したのがこのアルバムだ。当時の佐藤のグループ「がらん堂」~翠川敬基(b)、田中保積(ds)との演奏となった(田中はB-2の1曲のみ)。ブラクストンはアルト・サックス、ソプラニーノ、B♭cl、ソプラノ・クラリネット、コントラバス・クラリネット、フルートを演奏している。佐藤達は前日の短いリハーサルだけで、ブラクストンの複雑な楽譜を理解した。音の跳躍が激しい演奏は、もうジャズの概念も飛び越える。だが、こんな跳躍を含みながらもスピード感溢れる演奏が出来るのもジャズ・ミュージシャンならではとも言えるだろう。残念ながら田中の演奏は1曲しか聴く事が出来ない。「がらん堂」の演奏の録音は殆ど残っておらず、ここで聴ける演奏は貴重と言える。


513~Marion Brown&Elliott Schwartz;Soundways(Century/1973)

これはMarion Brown/マリオン・ブラウンがElliott SchwartzとBowdoin Collegeで行ったデュオを収録したアルバム。M・ブラウンはアルト・サックスの他クラリネット、ピアノ、パーカッションも演奏している。E・Schwartzもピアノ、シンセサイザーの他パーカッション等を演奏している。ここはテーマ等存在しない即興演奏で、現代の「インプロ」に通じる内容。お互いがひとつの楽器に固執することなく取り替えながら相対して行く。途中ピアノ・デュオになったりもする。E・Schwartzのシンセサイザーはキボードの使い方ではなく、いかにも電子音楽と言った音響を発する。互の出す音に俊敏に反応し、局面ごとに様々な組み合わせが現れて来る。どちらもが「ナントカ奏者」になっていない。AACM的な多楽器主義とも言えそうな演奏だ。M・ブラウンをよくある「叙情的な・・」と言った表現で括ることは、これを聴けばそれはほんの一面にすぎないことが分かるだろう。



512~Marion Brown;Solo Saxophone(Sweet Earth Records/1977)

これはMarion Brown/マリオン・ブラウンが1977年、NYCのEnvironで演奏した無伴奏ソロ・ライヴを収録したLP。会場のノイズもそのまま収められているマイナー盤。M・ブラウンと言えばこの録音の前のアルバムまでは、どれもアンサンブルで演奏された作品ばかりで、こう言った無伴奏でのライヴを行っていたとは想像もしていなかったので、これを聴いた時は少々驚いたものだった。「Angel Eyes」、自作の「La Placita」等を素材に1曲7分から10分程度のソロ・ロヴィゼイションを繰り広げている。近頃のソロ・サキソフォンのように、超絶技巧のショウケースのようなものではない。部分部分には時代の先端を築き上げて来たアヴァンギャルドとしての技を垣間見せるが、基本的には稀代のメロディーメイカーらしく歌い上げている。この翌年からはBatstateにヒット・アルバムを録音して行くことになる。



511~Free Jazz Und Kinder~15 kinder&Brotzmann,van Hove,Bennink(FMP/1972)

FMPは1972年から75年にかけて5種6枚のシングル盤をリリースしていた。これはその第1弾で、72年録音の2枚組。くわしいことはライナーノートがドイツ語だけなのでほとんど分からない(英語でも分からないくせにって?ハイそうです。)。Peter Brotzmann/ペーター・ブロッツマン(sax)Fred van Hove/フレッド・ヴァン・ホフ(p)、Han Bennink/ハン・ベニンク(perc)が15人の子供達と即興演奏をした記録だ。一体どこまでが大人3人の演奏なのか、どこまで子供達が鳴らしているのか判別が付けづらい喧騒の渦が巻いている。子供に限らず自由な即興をアマチュアがやると、誰かに引っ張られて演奏がパターン化したり繰り返すばかりに陥りやすいものだ。ここでも見受けられないワケではないが、これだけ一見メチャクチャな音の暴力になったという事は、ここまで来るまでに何度かのワークショップを行ったのだろう。決して「子供と一緒にやりました。」という記録だけに終わっていない。聴けるのだ。こういった録音の場合は、ワークショップの結果よりも、ここまでに至った過程が最も興味を引くところだ。そこも含めてもっと長い編集でCD化して欲しいものだ。出来れば、たくさんの写真も見ることが出来れば有難い。もっと欲を言えば、映像が残っていれば見てみたい。

510~Noah Howard;Berlin Concert(FMP/SAJ/1975)

Noah Howard/ノア・ハワードの1975年ベルリンでのライヴ録音。ハワードの他はLamont Hampton(perc)、加古隆(p)、Kent Carter(b)、Oliver Johnson(ds)。加古、カーター、ジョンソンの三人はTOKと言うトリオを組んでいた。ハワードのアルト・サックスは熱い。当時のブラック・パワー&ブラック・イズ・ビューティフルを地で行くような強力な演奏をする。ここに加古隆とは、現在の加古の演奏しか知らない者が聴くと驚く事間違いなし。加古がコルトレーンの「Ole」を演奏する姿は想像出来ないだろう。ホットなフリー・ジャズなのだが、加古のピアノ・サウンドは後年のクールで明晰な表情を予見できる響きも時折見せもするのだった。元々メシアンに学んだ現代音楽畑の作曲家でピアニストだったのだから。



509~Noah Howard;Schizophrenic Blues(FMP/SAJ/1977)

FMPと言えばヨーロッパの屈強なフリー・ミュージックの牙城のようなイメージがあり、アフリカン・アメリカン達の入り込む余地なんか無いようなレーベル・イメージだが、例外的に数人のアルバムもリリースされている。66年にESPから登場したNoah Howard/ノア・ハワード(as)もその一人。彼は自己のグループに日本人ミュージシャンを加えて活動もしていて加古隆や沖至が参加している。この77年ベルリンでのライヴ録音では沖至が参加している。ベースはJean-Jacques Avenell、ドラムはOliver Johnson。演奏はFMPのイメージとはかなり離れた感のあるフリー・ミュージックと言うよりこれはフリー・ジャズだ。それも当時のNYCの奥深くで演奏されていたロフト・ジャズ(という音楽のジャンルがあるわけではないが)の香りがすると言っても過言ではないだろう。中にはテンポもビートも存在しない部分もあるにはあるが、N・ハワードの粘りのあるアルト・サックスの濃厚な香りはブラック・ミュージックに他ならない。沖至のトランペットもヨーロッパのトランペッター達とは違う温度感を持つ。両者どこか温かみのある(時にはホットに)音楽を作るところも似ており、とても相性が合っている。ハワードの作る曲のユニークさは、彼のレギュラー・グループのメンバーだった加古隆も注目していて、よく採譜をしていたそうだ。同じFMP/SAJで、75年には、加古隆の参加したハワードのグループの録音がリリースされている。「Berlin Concert」 ベースは、Kent Carter、ドラムは同じくO・ジョンソン。これにLamont Hamptonのパーカッションも加わっている。こちらも必聴!

508~佐藤允彦;観自在(日本コロムビア/1976)

日本コロムビアのディレクターが雑誌に掲載されていた書道家・佐藤勝彦の作品を見て、同じMasahikoの佐藤允彦に「この作品を素材にして何か出来ないかなあ。」と持ちかけて実現したのが、このピアノ・ソロ・アルバムだ。ピアノの周りに書を何点か飾り、それに何がしかのインスパイアーを受けながら演奏されたもの。即興演奏は外界からの刺激に反応しては演奏が成り立って行くものだ。この場合これらの書が図形楽譜の役割を果たしたとも言えそうだ。ジャケットの写真を見る限りピアノの上に楽譜らしきものは置かれていない。ただ書と相対して音が繰り出されているのだろうか? 楽譜があって、それを元に即興演奏されているとしか思えない程、全6曲が多彩なアイデアで彩られている。よくある勢いに任せたパワーファイトではないのだ。計算しつくされたような演奏に聴こえる。これが全くの即興だとすると恐ろしい。一度ご本人に確かめたくて仕方がないのだけど、そんな野暮なことはしない。「これは一体どうなっているんだろう?」と考えながら聴くのもフリー・ミュージックの楽しさなのだから。



507~李世揚/Shin-Yang Lee&豊住芳三郎;Music Non Stop(Nicole's Creative/2014)

 フリー・インプロヴィゼイションは、2000年以降世界中と言っていいくらいに広く演奏する者が現れ始めシーンが広がって行った。(中米やアフリカは貧聞にてまだ具体的な人材の名前や演奏を聞いたことがないが、絶対何人かはいるはずだ。)フリー・ジャズがまだまだジャズから出発したミュージシャン限定の音楽だった頃から次第にその枠が拡大し始め、「即興」をキーワードにジャズ以外のフィールドからも参入可能となった事が大きい。正直、台湾についてはこれはもうアフリカ並に情報が入らなかった。音楽に限らず政治や歴史についても台湾の事は疎かったが・・。そんな台湾にも即興演奏のシーンが存在する事を豊住芳三郎さんが度々台湾に行っては演奏される事で知った次第。これは、豊住芳三郎(ds,二胡)2014年の台湾ツアーで収録された台湾のピアニスト李世揚/Shin-Yang Leeとのアルバム。6曲中お互いのソロが一曲づつ収録されている。豊住~いやサブさんと呼ばせていただく~は、百戦錬磨の世界でも屈指のフリー・ジャズ、フリー・ミュージックのドラマーだ。李は台湾と言う即興音楽ではまだ始まったばかりの国のピアニスト。相手への反応の速さや多彩さはサブさんならでは。対する李のピアノは、確かに達者な腕前を有するし、反射神経(音に対する)もいい。キレも良い。なかなか私好みのピアニストだ。だが、まだまだ先人の色々な特徴を折衷しているように聴こえるのはやむを得ないか。セシル・テイラー風の音の畳み込み方が聴けたり、キース・ジャレット風になる所も。1曲目はプリペアード・ピアノの演奏。オリジナルな姿を見せるようになるのも間近だろう。

 

506~John Surman&Tony Levin;Duo・Live At Moers Festival(Ring/1975)

これは共にイギリスのジャズ・シーンを代表する二人のミュージシャンのJohn Surman/ジョン・サーマン(bs,ss,b-cl,synth)とTony Levin/トニー・レヴィン(ds,perc)のデュオの1975年最初期のメールス・ジャズ祭でのライヴ録音。Moers Musicの前身のRing Recordsからのリリース。バリトン、ソプラノ・サックスとバス・クラリネットの達人J・サーマン激しいパワープレイからその後のECMで聴かれるようなシンセサイザーも使った透明感あふれる叙情的な演奏まで楽しめる。トニー・レヴィン(キング・クリムゾンのベースとは別人)も変幻自在にサーマンの演奏に相対している。Ringはブラクストンのソロ・アルバムから始まり、エヴァン・パーカー、ポール・ラザフォード、ギュンター・クリストマン等のアルバムをリリースしているのだが、一向に再発をする気配が無いのが残念だ。

 

 

505~Ulrich Gumpert,Radu Malfatti&Tony Oxley;Ach Was?(FMP/1981)

この録音当時(1981年)はまだ東ドイツのイエナ生まれのUlrich Gumpert/ウルリヒ・グンペルト(p)、1943年オーストリアのインスビルック生まれのRadu Malfatti/ラドゥ・マルファッティ(tb,pipapo?)、1938年イギリスのシェフィールド生まれのTony Oxley/トニー・オクスリー(live-electronics,Amplified vln,ds)の三人によるベルリンのFLOZ(Oはウムラウト)でのライヴ録音を編集したアルバム。グンペルトのピアノはほとんど内部奏法だし、マルファッティのトロンボーンも通常のトロンボーンらしい音は皆無だし、オクスリーもドラムを通常の叩き方はほとんど無いし、ほぼエレクトロニクスに専念しているようだ。所謂フリー・ジャズ的熱狂は皆無に近い。一部そのようなオーソドックスな演奏の部分もあるにはあるが、ほぼ前編抽象化された音の断片が飛び交う音響に終始している。つい最近の演奏と言っても疑う人は少ないだろう。近年マルファッティは、極端に音を減らす方向に向かって行った。最近はエレクトロニクスだけで作られたCD-Rを自らのレーベルで発売している。

 

504~Karlheinz Stockhausen;Prozession(Deutsche Grammophon/1971)

「Prozession」は、1967年に、シュトックハウゼンのアンサンブル(electronium,p,el-viola,tamtam with microphonist,filters&potentionmeters)の為に作曲され、このアンサンブルで数多くのコンサートをこなして行った。71年に録音されたこのヴァージョンでは、Harald Boje(electoronium)、Christoph Caskel(tamtam)with Joachim Krist(microphonist),Peter Eotvos(electrochord with synthesizer),Aloys Kontarsky(p),K・Stockhausen(filter)の6人による演奏。6人と言っても元々の音を出しているのは4人で、Kristとシュトックハウゼンは発せられたそれらの音をリアルタイムで加工する役目だ。一体どんな楽譜になっているのか見たことが無いので分からない。おおまかには決められているだろうが、相当な部分は即興だろう。音符に現しようが無い音響達ばかりだ。だが所謂フリー・ミュージックとはまるで異なった音の表情を見て取れる。横の動きよりも、その場その場に音を置いていく作業と言ってよい。テンポやノリとは別の作られ方がされている。だが、フリー・ミュージックを聴く以上の緊張感をこの演奏には感じられる。

 

 

503~Gunter Christmann,Detlef Schonenberg+Harald Boje;Remarks(FMP/1975)

Gunter Christmann/ギュンター・クリストマン(tb,b)とDetlef Schonenberg/デトレフ・シェーネンベルク(perc)のデュオ・チームの名作「We Play」(FMP/1973)に次ぐ75年録音の本作は、シンセサイザーのHarald Boje/ハラルド・ボーエが加わったトリオ演奏となった。ボーエの操るシンセサイザーを、ロック、ジャズ、ポップスで使われているような鍵盤楽器としてのシンセサイザーと同じに考えてはいけない。キーボード的なフレーズは微塵も現れては来ない。エレクトロニックなノイズの断片を激しく変化させながらクリストマンとシェーネンベルクの演奏と対峙している。クリストマンのトロンボーンがこれまた曲者で、トロンボーンらしいフレーズは皆無。声も混ぜ合わせながらユニークな音響をせわしなく撒き散らす。一瞬どこまでがトロンボーンの音で、どこまでが電子音なのか判断に困るような場面すらあるくらいだ。そこにシェーネンベルクは打音を絡ませて行く。丁々発止とは正にこの演奏を言う。




502~土取利行/Toshiyuki Tsuchitori;The Euphio/多幸波(Balcony/1984)

これはドラマーの土取利行が1984年、ラフォーレ・ミュージアム原宿と法政大学学館大ホールで行ったライヴを収録したアルバム。A面はソロ。元々土取はジャズ・ドラマーだったが、その後フリー・ジャズを通過し、広くアジア、アフリカの音楽を研究し、日本の縄文時代にまでたどり着いた。ここでのソロはその姿が垣間見える演奏だ。ポリリズムの渦が巻く怒涛の演奏は、とても一人で叩いているとは思えないほど。客をも巻き込んだ演奏は懐かしい。当時はよく土取のソロ・ライヴに行っていたものだった。A面の演奏が、正にその頃聴かれたような演奏なのだ。ドラムの音や声で客席とのコール&レスポンスを繰り返す。自分がどこかアフリカの部落で、太鼓叩きと一緒に盛り上がっているような錯覚を起こす。対してB面は、水と油ほどタイプが異なっているようなFred Frith/フレッド・フリスとのデュオ。ギターではなくて6弦のベース・ギターを使っているとクレジットされている。ハンドメイドの楽器とカシオトーンも使われている。音から判断すると、当時よく聴かれたテーブル・ギターのような使い方ではないようだ。けっこうリズムをカットしている場面も多い。20分ほどの間に演奏は様々な局面を見せる。お互いが探り合っているような部分。単純なリズムが現れる部分はロックでも聴いているようだ。所謂フリーな部分等々と短く繋ぎ合わされて聴こえて来る。全体がパッチワークのような構成になっている。あらかじめ進行を決めて臨んだ演奏ではなく、即興で展開して行ったらこうなったものだ。お互いの違う部分がハレーションを起こさず噛み合ったデュオになった。

 

 

501~Fred Frith&Henry Kaiser;With Friends Like These(Metalanguage/1979)

 

 これは主流からはみ出したギターリスト同フレッド・フリスとヘンリー・カイザーのデュオ・アルバム。1979年の録音。今でこそ大御所と言ってよい二人だろうが、当時の私には「どこの誰?」な存在だった。私は、ロックの洗礼をほとんど受けていない。ビートルズだけは子供の頃っから今でも聴き続けているが、所謂ロックはジミ・ヘンドリックス他かなり限られている。ベスト本とかに出て来るのを拾い聴きした程度だ。どちらといえば、ポップ・ヴォーカルの方をよく聴いた。どうも私の世代では稀有な存在らしい。ヘンリー・カウ等も後付けの知識でしかない。フリー・インプロヴィゼイションのギターと言えばデレク・ベイリー、高柳昌行を二大巨塔として聴いていたので、彼らのようなエレクトリック・ギターを使ったロックテイストの即興演奏は、逆に新鮮に映った。いや新鮮だったのは私だけじゃない。フリー・ジャズ、フリー・ミュージック、フリー・インプロヴィゼイションと呼ばれていた即興音楽は、それまでは少々はみ出していようとジャズのフィールドの中での出来事と考えていた。そこに明らかに別の血が混ざり始めたのは、この頃だった。その先鞭を付けたのが彼らだった。弦をはじくと言うアコースティックな音響を、エレクトリック・ギターは、大幅にその音響の範囲を拡大し、ノイズの領域まで演奏の限界を持って行った。それは、高柳とて同じなのだが、高柳のフルアコのギターと、フリスとカイザーの使うギターとでは、まるで別物の楽器と言ってもよい。より幅の広い可能性を今でも拡張し続けている。弦を張ったエレクトロニクスと思っていただいてもあながち間違いではないだろう。彼ら2人は、そんなギター・ミュージックの先駆者なのだ。CDでは大幅に収録曲が増えて2枚組になっていてお得。

 

500~John Zorn;The Classic Guide To Strategy(Lumina/Tzadik/1983&85)

私のJohn Zorn/ジョン・ゾーンのイメージはこのあたりが一番強い。これは、元々Luminaからリリースされて長らく廃盤だった2枚のLPをJ・ゾーン自らが再発した彼のソロ・アルバムのCD。ソロと言ってもアルト・サックスのソロはほんの少しだけ。あとはダックコールやマウスピースだけ使ったりしたソロとなっている。テーブルの上にたくさんのダックコール、マウスピース、お椀(水が張られている。ブクブクとやるため)等が所狭しと並べてある。それを取っ替えひっ替えして音を出す。70年代後半にリリースされていたParachute盤でのJ・ゾーンの演奏で、すでに彼の音には馴染んでいたつもりだったが、改めてソロとして集められたこれらの演奏を聴くと、ミュージック・コンクレートかと聴き間違えるような音響が響いていたりと新たな発見もあった。ジョン・ゾーンは、常に世の常識なるものに?マークを付け、我々に突きつけて来る。




499~Christian Marclay;More Encores(No Man's Land/1987,88)

 Christian Marclay/クリスチャン・マークレイの登場は衝撃だった。ターン・テーブルとLPレコードを使って「演奏」し、ひとつの音楽を創造出来るとは! 一聴思い出させられるのはジョン・ケージのアルバム「VariationⅣ」だ。これもジャズのLPを用い、偶然性を使ってレコードを鳴らして行く。全く脈絡もなく色んな演奏の断片が現れては消えるの連続だった。C・マークレイの場合はそれを即興で行う。ただターンテーブルの上にLPを乗せて回すだけじゃない。回転を上げたり落としたり、繰り返したり、何枚ものLPをミックスをする。はるかに音のヴァリエイションが多いのだ。ミュージック・コンクレートの一種とも言えるだろうし、アートのパフォーマンスとも捉えることも出来るだろう。マークレイのこの演奏は、音楽家として発想から来たものではなくて、アーティスト・美術家としてのパフォーマンスがその始まりだと聞いた事がある。さもありなんと合点がいった。即興で行われるところから、ケージの前記のレコード「ヴァリエーションⅣ」とは根本的に音楽のあり方、姿勢が異なっている。全く逆と言ってもよい。音の選び方は、マークレイのその時その瞬間のフィーリングに負うところになる。彼の瞬時の音の選択のセンスには感心する他はない。LPに刻み込まれた音楽だけじゃなく、LPの盤面についた傷から出るノイズも積極的に利用する。そこからリズムも生まれる。演奏の土台にも出来るのだ。すぐに追従者が世界中に続出することとなった。ダンス・ミュージックのDJとは一線を画す。

 

 

498~Frank Lowe;Doctor Too-Much(Kharma/1977)

Frank Lowe/フランク・ロウの1977年録音のアルバム。side Aは、F・ロウのテナー・サックスの無伴奏ソロが2曲続く。オリジナルに続き、レスター・ボウィーの曲を演奏している。続いてはFred Williams(b)、Philip Wilson(ds)、Olu Dara(tp)、Leo Smith(tp)という2トランペットを要したユニークな編成の演奏が続く。二人のトランペット奏者の個性の違いを効果的に使っている。F・ロウのサックスは高速で長いフレーズを繋げるフリー・ジャズの典型ではなく、ぶつ切りに砕いた音の断片を並べて行くもので、外見のイメージとは違う?個性を持っている。レオ・スミスも上下運動の激しい音の使い方をする。対するオル・ダラは水平方向の音の運動になる。P・ウィルソンも、パワープレイというよりは、連続するパルスよりも、一打一打の間を大切にした演奏だ。各人の個性がうまくかみ合ったグループ表現となっている。



497~Maurice Mcintyre;Humility In The Light Of Creator(Delmark/1969)

Maurice McIntyre(Kalaparusha Ahroh Difda)/カラパルーシャ・モーリス・マッキンタイヤーは、1936年アーカンサス州クラークスヴィル生まれ。シカゴで育ったサックス奏者。1966年にAACMに参加し、同年ロスコー・ミッチェルの初リーダー作の「Sound」に参加している。このアルバムは、69年録音の彼の初リーダー・アルバム。全7曲中6曲は、2ベース、2ドラムスにカラパルーシャのテナー・サックス、クラリネットという編成。そこに3曲はGeorge Hinesのヴォーカルが加わる。6曲目は、これにレオ・スミス(tp,fl-h)、ジョン・スタブルフィールド(ss)、アミナ・クローディン・マイアーズ(p)が加わった19分あまりの5に分かれた組曲になっている。とかくフリー・ジャズは猫の喧嘩を例えに出されるような騒々しいだけの音楽と思われがちだが、ここではきっちりと構成された曲が骨組みに有り、その上で各人がソロをとっている。そのソロは強烈で、この時代のアフリカン・アメリカンの情念を熱く燃やしている。だが、それが野放図な叫びに終わってはいない。




496~小杉武久&風巻隆;円盤(風狂舎/1983)

 風狂舎のアルバム第2弾は、1983年前作と同じく「すとれんじふるうつ」でのライヴ録音。風巻隆の今度の共演相手は何と小杉武久。風巻とは音楽家としての出自は正反対を行く小杉だが(小杉は芸大出身)、「アノニマス」な音を追求する姿勢は風巻と合った。太鼓を叩く風巻に対し小杉はヴォイス、たて笛、ヴァイオリンで相手を務める。声を出したり笛を吹く小杉の演奏は、ごくごくシンプルな演奏なんだが、ヴァイオリンが鳴り出すと、聞き手の耳は一気に「Catch Wave」へと持って行かれてしまう。小杉自身が望むところではないかもしれないが、それだけこのヴァイオリンの音は、実は「アノニマス」ではないのかも知れない。無名性どころか、ヴァイオリンの音を聞いた瞬間に「小杉武久!」とこちらの耳は反応してしまう。いわゆる即興演奏のコンサートやレコードでは、その強い個性こそが最も大事な要素だったりする。その強烈に強い個性を、小杉のヴァイオリンからは我々リスナーは受け取ってしまう。小杉の言う「アノニマス」な音だったり演奏とは、私たち聞き手の考えとはまた別の意味を含んでいるのだろうか。「アノニマス」さ加減で言えば、風巻の方がより「アノニマス」な演奏を繰り広げているといえよう。彼の演奏からは「俺が俺が」と言った自我の押し売りは感じられないものだ。なのに、風巻隆の存在を忘れる事はない。他に類例の無い稀有なミュージシャンといった印象がある。「アノニマス云々」を超えて、聞き手の私には、それが何を目指そうと、彼らの演奏を聞く喜びでいっぱいなのだ。

 

 

 

495~風巻隆&向井千恵;風を歩く(風狂舎/1982)

風巻隆(perc)と向井千恵(胡弓)の1982年すとれんじ ふるうつにおける”即狂”のライヴ録音。

曲名が「どどど」、「ぐわしゃーん」、「ずどーん」、「ばしっ」の4曲?を収録。「フリー・ジャズ」とも今で言うところの「インプロヴァイズド・ミュージック」のような誰でも想像出来るようなカッコ付きのカタチを拒否する”即狂演奏”。あるがまま、なすがままの自己顕示欲が希薄な演奏とでも言おうか。80年前後頃からだろうか、「うまい」だの「へた」だの議論から横にズレた、ひとつの型を拒否する動きが現れてきた。楽器を一切使わない”即興”のイベントも行われていた。どこにでもでもある家電品や鍋釜総動員の”即興演奏”。ここではタイコに胡弓が使われているが、既存のカタチを拒否した演奏には違いない。子供がしゃべくっている(多分演奏中の二人と子供が話しているのだろう)声もそのまんま収録されている自由さ。「制度への対峙」は言いすぎか。

 

494~Itaru Oki,Michel Pilz&Ralf Hubner;One Year-Afternoon&Evening(FMP/1978)

沖至(tp,flh,fl)に交流は今でも続くMichel Pilz/ミヒェル・ピルツ(b-cl)にRalf Hubner(ds)(uにウムラウトが付く)のトリオで1978年ベルリンで録音されたアルバム。発売当時、我々日本人のファンにとってはFMPは「マイナー界のメジャー」といった今から思えば不思議な感覚で捉えていたものだった。そんな「メジャー・レーベル?!」から「我らが沖至が堂々アルバムを発売!という快挙!!」と、何ともカワユイ感慨に耽させていただいたものだった。もうレコード店(Disk Union 新宿店)に入荷と同時に買ったのだった。演奏はFMPと想像するだけで思いつく重量級質実剛健ド・フリー(って何だ?)とは少々趣が異なる。もっとジャズ寄りでより人肌の感触を感じられるものだ。破壊の為の破壊を目標にはしていない。乞うCD化。

 

 

493~中村達也/Tatsuya Nakamura;Jazz Fellows(I.J.E/1978)

70年半ば単身NYロフトの奥深くに乗り込んで「ヘイ・ブラザー!」となったドラマー中村達也の、トリオ・レコードの「Song Of Pat」(76年)に続く第2弾は、自身による自費出版となった。NYから”ブラザー”のTed Daiel/テッド・ダニエル(tp,flh)Joseph Bowie/ジョセフ・ボウィ~レスター・ボウィの弟(tb)を呼び寄せベースは望月英明が参加して、78年5月に日仏会館ホールでコンサートを打った。これはそのライヴ録音。当時も今もNYからミュージシャン呼び寄せホールでコンサートとは、大変な労力と経済的負担を要する。そしてそれをLPでリリースするとは、何というヴァイタリティーだったのだろうか。中村が活躍した当時のNYロフト・シーンの熱気と勢いを何のフィルターも通さずに、直接日本に持ち込んで、ホールのステージに上げてしまったのだ。快挙と言う他はない。ダニエルのトランペットと、ボウィのトロンボーンと言うブラス2管の編成で、ピアノがいないこともあって、フロントのふたりは伸び伸びと演奏しているようだ。後にファンク・バンドを結成したジョセフ・ボウィのフリーなトローンボーンの演奏がこれだけ聴けるアルバムは多くはないので、貴重だ。ダニエルにしても、アルバム自体が多いとは言えないので、やはり貴重と言える。特別参加のベースの望月がいい。彼がここでの演奏の軸となって支えているからこそ、ボウィもダニエルも自由に飛んで行けたのだ。録音はとても良いとは言えない。元々レコード化されるとは思っていなかったジョセフ・ボウィは、マイクの位置を気にせずバリバリと吹きまくっている。行儀の良いコンサート録音ではないところが逆に幸いしたと言えるだろう。このコンサートはホールが満員だったそうだ。

492~Marion Brown&Leo Smith;Creative Improvisation Ensemble(Freedom/1970)

これは1970年パリで録音されたMarion Brown/マリオン・ブラウン(as,perc)とLeo Smith/レオ・スミス(tp,perc)デュオ・アルバム。アルト・サックスとトランペットによるせめぎ合い的フリー・ジャズとはひと味も二味も違うデュオ・アルバムの傑作。二人共主要楽器の他、色んな打楽器からギターまでも持ち込んだ。それまでサックスとトランペットが鳴り響いていたと思ったら突然打楽器に移ったりと、刻々と音の表情は変化する。この頃のレオ・スミスのトランペットの演奏の特徴は、音の上下運動が激しいことだ。そして寡黙と言ってもよいほどに音を切り詰めた演奏になることもある。そのレオ・スミスに対してマリオン・ブラウンは横の動きを見せて、演奏を対象化する。彼はパワープレイ全盛のフリー・ジャズ・サックスの中にあって特異な位置を占めていた。ここでの彼の打楽器の使い方は他では聴くことが出来ない。AACM的と言えるほど打楽器を演奏することが多い。二人の打楽器アンアサンブルと化す部分も多い。他のマリオン・ブラウンのアルバムとはかなり表情の異なったものになっている。レオ・スミス寄りの演奏と考えるのは、マリオン・ブラウンの一面しか見ていないのかもしれない。

491~高橋悠治/Yuji Takahashi;ぼくは12歳(日本コロムビア/1977)

1975年父は在日朝鮮人の作家高史明(コ・サミョン)と日本人の母との間に生まれた岡真史は、12歳で自らの命を絶った。彼の遺品の中から見つかった詩集は本になり当時ベストセラーとなった。その詩に高橋悠治が作曲し11篇の歌とした。13曲作られているようだが、2曲は未発表。彼の死の2年後、スタジオに中山千夏(うた)、高橋悠治(synth)、佐藤允彦(synth)、鈴木重男(ss、fl、cl)、寺川正興(el-b)、豊住芳三郎(perc)が集結し一枚のアルバムを作った。これらのうたには奄美大島や朝鮮半島の童謡、民謡のリズムが色んな形で引用されている。うたを歌う中山千夏は当時夫だった佐藤允彦と共同作業で何枚もアルバムを作っていた頃だった。決して上手いとは言えない(表現の上手さというのではなくて、クラシックの歌手のようなテクニックは持ち合わせてはいないという意味で)中山の歌が、逆にここではこれらの詩を我々にうまく伝えられていると思う。これを、クラシックの唱法で朗々と歌われたらいかがなものか? アレンジも含めてシンプルにまとめられていてメロディーも親しみやすいものだ。だが、そこは高橋悠治。前述したようにリズムは一筋縄でいかない隠し味となっている。


490~Evan Parker&Barry Guy;Incision(FMP/SAJ/1981)

Evan Parker/エヴァン・パーカー(ss,ts)とBarry Guy/バリー・ガイ(b)の1981年ベルリンでの録音のデュオ・アルバム。この二人にPaul Lytton/ポール・リットン(ds,perc,electronics)を加えるとEvan Parker Trioになる。その二人の最初のデュオ・アルバムがこれだ。いかにもINCUSで出されてもおかしくない内容だが、FMPからのリリースとなった。ここではメロディーやリズムの欠片すら提示されはしない。音の断片を繋ぎ合わせて高速で回る走馬灯を眺めるような感じだ。お互いがお互いの出す音に過剰に反応することはない。かと言って聞く耳持たずの関係でもない。極めてクールな表情を決めているのだが、ほのかな温もりを感じさせる演奏でもある。聴くものを突き放したりはしない音達なのだ。それも、現代の耳で聴くからだろうか。リアルタイムで購入し聴いた時は、確かに強烈な印象を持ったものだった。

489~佐藤聰明/Soumei Satoh;太陽讃歌/Hymn For The Sun(ALM/1976)

これは佐藤聰明の、コジマ録音(ALM)の、と言うよりも日本の現代音楽を代表するヒット作だ。単に「売れた」と言う意味でななくて。現代音楽は調性や旋法を使わないものとのイメージで聴いていたが、ここではそれが恐れることなく使われている。では古臭く聴こえるかと言えばそうじゃない。凄く新鮮に響いたものだった。これ以前からニュー・モーダル・ミュージックと呼ばれた作曲家達が出て来てはいたが、佐藤のこれらの曲は、一味違う感触がある。3曲収録されているが1、2曲目はピアノを多重録音し、音を重層化し畳み掛けることによって音どうしが干渉し合いモアレとなって立ち昇る(作者はコロナと言っている)。単に聴き心地の良い音だけには終わっておらず、後半は轟音が響く。2曲目はぐっと音数は減じられ点が連なった線を感じられる。当時無名と言ってもいい存在だった佐藤を取り上げこうしてアルバムをリリースしたコジマ録音の英断、先見の明には恐れ入ります。

488~Jazz In Tokyo '69(日本コロムビア/1969)

1969年は日本のフリー・ジャズにとっては、ライヴの活動は以前から見られたのだが録音されアルバムとして世に出るのはこの年からだった。堰を切ったようにリリースに沸いた。これはそんな69年日比谷公園野外音楽堂に29ものグループを集めて行われたコンサートの模様を収録した2枚組。残念なことにたったの8グループしか選ばれていない。宮沢昭を加えた佐藤允彦トリオ(富樫雅彦、荒川康男)、山下洋輔トリオ(中村誠一、森山威男)、西村昭夫カルテット、松本英彦カルテット、本田竹彦トリオ(ヘイジュードを演奏)、峰厚介クインテット(沖至参加)、猪俣猛クインテット、南里文雄を中心としたセッションが収録されている。佐藤トリオ+宮沢の演奏は今の耳で聴いても十分新鮮。切れ味鋭い演奏だ。佐藤~富樫のコンビはこの後も富樫が亡くなるまで続いた。初代山下トリオは言わずもがなの破壊力だ。個人的には最後の南里文雄が聴けて嬉しい。コンサートには、高柳昌行ニュー・ディレクション、富樫雅彦E.S.S.Gも出演していたようだが録音は残っていないのだろうか。


487~Sensational Jazz '70(日本コロムビア/1970)

1970年4月30日 渋谷公会堂に当時日本のジャズ・シーンの先頭集団と言っていいグループが集結し、コンサートが開かれた。ハード・バップあり、ジャズ・ロック(まだフュージョンの時代ではない)、フリー・ジャズありのヴァラエティーに富んだラインナップだ。現在同じようにジャズフェスは行われているが、まず100% アヴァンギャルドは締め出しを喰らう。「」付きのJAZZではすでに「前衛」は存在しないに等しいのも確かなのだが・・。さて、日本のビッグ・バンドの中で最も先鋭的な活動を行っていたニュー・ハードは、ここでもビッグ・バンドらしからぬトンガった演奏を繰り広げている。ソロイストは日野皓正。沖至は翠川敬基と田中穂積とのトリオ演奏。空間の感触が感じられる。このトリオの演奏は、ジャズ評論家副島輝人の自主制作で彼のレーベルJazz Creatersから「殺人教室」としてリリースされた。トリオ・レコードから名作「しらさぎ」がリリースされるのは、74年まで待たなければならない。このアルバムもうひとつの目玉は、高木元輝と豊住芳三郎はデュオチームに、佐藤允彦が加わったトリオ演奏だ。富樫雅彦作曲の「フォーユニット」を演奏している。これはその高木ヴァージョンだ。オリジナルは宮沢昭のアルバムで演奏されている。3人がしょっぱなからフルスロットルで一気に駆け上る。この三曲だけでも、このアルバムは「買い」だ。(と、考える人はきょうび少ないだろうなあ)録音の少ない鈴木弘が聴けるのも有難い。佐藤允彦は「石川晶とカウント・バッファローズ」でジャズ・ロックも同時に演奏するという幅の広さ。

486~Bob James Trio;Explosions(ESP/1965)

Bob James。そうあのボブ・ジェイムスの1965年のアルバムだ。ベースはBarre Phillips/バール・フィリップス。ドラムはRobert Pozar/ロバート・ポザー。日本のジャズ・ファンが好きな所謂ピアノ・トリオだ。だが、ここではもう一つ加わっている。テープだ。B・ジェームスとB

・フィリップスが、Robrt Ashley/ロバート・アシュレイとGordon Mumma/ゴードン・ムンマの協力を得てテープに様々なノイズや電子音を編集していった。いわゆるテープ音楽だ。それを流しながらトリオは演奏した。4人目の共演者といったところだろう。断片的、点描写的なクールな現代音楽的といってもいいような演奏が聴ける。だが、それだけには終わらず、ミュージック・コンクレートと言って良いエレクトロニックな音響の上で、ブルースを演奏し、スウィングもしてみせるのだ。勿論それだけで演奏は収束には向かわない。この頃のボブ・ジェームスは正にジャズの最先端にいたのだった。それも相当に実験的な。だが、この時期の彼は、サラ・ヴォーンの伴奏者でもあったのだから、才能の振れ幅は何とも大きなことか。

485~World Beat~Dance To The Rhythm Of Life(Piazza Plus/1998)

これは、カルフォルニアのGallery Piazzaで、大倉正之助とグレッグ・エリコが、「異なった伝統を持ったドラマーを集めたら何が起こるだろうか?」と話したことから実現した企画だった。Michael Lewis,Denni Banks,Hugh Bundie Cenac,Greg Errico,Tony Menjivar,金大煥,Gary Duncan,Narada Michael Walden,大倉正之助という7人のドラマーとそれをサポートするベースとキーボードの2人が1998年カリフォルニアのとあるスタジオに集結し行われた録音。アメリカ先住民、ラテン・パーカッション、ファンク・バンド、ロック・バンド、ジャズ、能楽そして金大煥! これらがごった煮のようにリズムの饗宴を繰り広げる豪華で楽しいアルバムだ。リズムの洪水の中から突然空気を引き裂くような大倉正之助の声と、金大煥の独特な演奏が突出して現れる。「違った伝統、文化を集めて」という中でもこの二人の異色ぶりは群を抜いている。おそらく百人集まってもこの二人の突出ぶりは目立つだろう。東アジアと欧米の違いはそれほどに有るということか。

484~佐藤允彦/Masahiko Satoh;ピアノ作品集/Piano Works(Nippon Crown/1993)

佐藤允彦という器の中は、まるで闇鍋をつっつくようなものだ。何が飛び出して来るやら分からない。一聴現代音楽の響きかと思いきや、熱くキレのあるスピード感いっぱいのフリーな即興演奏があり、ド・ジャズあり、歌伴あり、TV・映画の作・編曲あり、落語とピアノの共演あり等々と引き出しの多さでは世界有数のミュージシャンだ。そんな佐藤允彦に有りそうで無かったのが、このアルバムのような「ピアノ作品集」。全11曲。きっちりと書き込まれた(内9曲には即興と指示された部分あり)ラヴェル・ドビュシーにサティとジャズ・フレイヴァーを混ぜ合わせたような響きの短編集といった感じか。フリー・インプロヴィゼイションで爆発している時のような姿はここには無い。ベーゼンドルファー・インペリアル(~97鍵)を柔らかな音で弾かれている。曲名が愉快だ。「食い詰めた野良犬が・・・」、「やまあらしの逆説」、「殺しの技法」・・。「春になったら」、「イベリアの夕陽」といった綺麗なタイトルもあるのでご安心あれ。CDと同時に楽譜の出版されている。我が家にある楽譜には、佐藤さん自身による鉛筆で印刷の間違いを訂正した箇所がある。

483~Frederic Rzewski;The People United Will Never Be Defeated!「不屈の民」~Yuiji Takahashi/高橋悠治(p) (ALM/1978)

「不屈の民」変奏曲は、フレデリック・ジェフスキーが1975年ピアニスト、アーシュラ・オッペンスの為に書いた曲。「不屈の民」自体は、セルヒオ・オルテガ(Sergio Ortega)とキラバジュン(Quilapa Yun)の共作による歌。チリ人民による民主化闘争の歌として各地で歌われている。「不屈の民」の原曲が提示されたあとは、36の変奏が続く。26番ではアイスラー/ブレヒトの「連帯性の歌」が引用されている。イタリアの革命歌「Bandiera Rossa/赤旗」が聴こえたりもする。変奏部分に入ると原曲が何だったか分からなくなるくらい解体されるが、所々原曲のメロディーが薄らと現れる所があちらこちらに用意されており、フリー・ジャズがテーマは演奏するも、あとはまるで関係なく演奏するのとは一線を画す。親しみやすくも力強い旋律が聴く者の心を捉える。ジェフスキー自身によるHAT HUT盤、チャーリー・ヘイデン&リベレーション・ミュージック・オーケストラによるECM盤も推薦。

482~高橋悠治/Takahashi Yuji;ピアノのためのクロマモルフ第2番 他(ビクター/1964,68,74,75)

これは高橋悠治の1964年から73年までに作曲された曲が収録されたアルバム。「ピアノのためのクロマモルフ 第2番(1964)」は、鍵盤上の領域を区別して、その組み合わせを作り、集合論の法則に適合し作られた曲。音の雲海を飛行している感じ。「ローザス 1 1/2(1968)」と「4つのヴァイオリンのための6つの要素(1965)」は、ヴァイオリンのための曲。共に微分音も含めた線的に流れる音の動きがユニーク。「たまおぎ(1973)」は、混声合唱、木管、金管、打楽器のための曲。副題には「楚辞による祭祀劇」とある。宗玉作の「招魂」を詩人の高橋睦朗が古語を使って再構成したテキストが使われている。合唱曲というよりはシアターピースだ。ここでは所謂西洋の発声は行われていない。朗詠的と言ってもいいだろう。呪文を聞いているようでもある。そんな声の間を打楽器や管楽器が埋めていく。日本の合唱曲の傑作。

481~Barry Guy;Statements Ⅴ-Ⅵ for double bass&violone(Incus/1976)

Barry Guy/バリー・ガイの1976年のスタジオ録音。ベースの無伴奏ソロ・アルバム。だが、一人で弾いてはいるが、ジャケット裏の写真では立てかけた二本のベースをアルコで演奏している姿がある。このアルバムの端から端まで、普通のベースという楽器から発せられるような音はどこからも聴こえて来ない。ベースを「弾く」と言うのからも逸脱しているようだ。一体全体どうやってこの音を出しているんだろうと想像させられる音のオンパレードに、初めて聴いた時はさすがに?マークが10個くらいついた。その頃はせいぜいフリー・ジャズ止まりのリスナーだったから、このアルバムは衝撃だった。意地になって聴き続けていたら、いつの間にやらスーと体に入り込んで来るようになった。そうなると逆に、普通が面白くなくなって行く。しかし、ここまで来ると、楽器を使うことにこだわる必要もないような・・・。他の何かでもいいような気もしてくるが、そこはこのベースという楽器からどれだけ色んなサウンドが取り出せるかというテーマから逸脱してしまうのだろう。

480~Lee Won Hui;Grow(Johnny's Disk/1985)

これは、Lee・Won Hui/李 元輝(イ・ウォンヒ~ヒーの発音は語尾を少し上げる。これ崔全培さんに教えてもらった。)こと高木元輝、1985年当時陸前高田市にあった「ジョニー」で録音されたソロと、ドラマー菊池コージとのデュオ・アルバム。A面はソプラノ・サックスによる無伴奏ソロが6曲収録されている。テーマが終わりインプロヴィゼイションに移るかと言えばそうではなく、テーマを変奏したりと、いつもとは様子が違う高木さんの姿がある。元々が「シンプルに」、「普通に」といういう依頼の下で行われた録音だったのだ。時折見せる「美音」を持つ高木さんのサックスの、その部分だけでという依頼だったのだ。B面はもっと意表を突く。普通のジャズ・ドラマーとの共演。それも地元で活躍するベテランのアマチュア・ミュージシャンである。高木さんも富樫、豊住といったインンプロヴァイザー相手との演奏とはいかず、反対にドラマーの方もそう簡単には逸脱出来るものではない。よって、お互いギリギリ歩み寄った感じの演奏になっている。さすがに、ドラムは硬い。動かない。その上で高木さんは動けるだけ動いてみたと言った感じ。じゃあ、つまらないかと言えばそうでもなく、今でも時折聴くことがあるんだなあ。

479~生活向上委員会;In NY支部(SKIー01/1975)

1974年、梅津和時はニューヨークの奥深くへ単身乗り込んで行った。その翌年には盟友原田依幸も合流し(こっちの酒は旨いぞと言って誘ったとか)、「生活向上委員会」のNY支部結成となった。「生活向上委員会」は、まだ国立音大在学中の梅津和時と原田依幸のデュオに付けられた名前だ。Studio Weを中心に、彼ら二人と当時のロフト・シーンを彩る多くのミュージシャンとの共演、交流が図られた。このアルバムは、そんな交流の中で生み出された自主制作盤だ。500枚プレスだったと聞く。75年8月Studio We にて録音された本作のメンバーは、当時バリバリの若手たちで、まさに「ロフト・ジャズ」と呼ばれていた熱い溶鉱炉の中のマグマのような連中が揃っている。梅津和時(as)、原田依幸(p,b-cl) の他はAhmed Abdullah(tp)、William Parker(b)、Rashid Shinan(ds) そしてエンジニアがAli Abuwiといった面々。後も活躍を続ける強者ぞろい。とは言うものの、当時アブドゥラは75年にサン・ラ・アーケストラに参加したばかりで、まだ初リーダー・アルバムもリリースされていない時期だった。彼の初リーダー作は、78年チコ・フリーマンらと演奏した録音で、この時もドラムは、ここで共演しているラシッド・シナンが演奏している。ウィリアム・パーカーは今でこそニューヨークのジャズ・シーンでも3本指に数えられるベーシストで、バンド・リーダー(オーケストラも)だが、当時の彼もアブドゥラ共々まだ初リーダー作も出せていなかった若い時期だった。

さて、このアルバムは、両面20分を越える長尺の演奏。日本人だの本場のジャズメンだのといった御託が吹っ飛んでしまう熱演だ。「これぞ直球ど真ん中のJAZZ!ってもんだろう」と、今でも思う。だが、アメリカ勢というかNY勢は、これで結構しなやかなスマートと言っても良さそうな演奏だが(多分今の耳で聴いているからそう感じるのかも。当時はもっとホットな演奏に聞えていたはずだ)、日本勢二人はかなり破天荒な演奏をしているように聞える。何という個性、アクの強さだ。アフリカン・アメリカンのルーツを持たないからこそ到達できたとも言える。そんな破天荒さは、彼らの帰国後の演奏に如実に現れて行く。だいたいバンド名が「生活向上委員会」だ。翌年には、八王子アローンを基地に、こんどは「集団疎開」だ。77年にはリハーサル・オーケストラが「生活向上委員会大管弦楽団」と名付けられ、これがテレビに度々登場することとなり、80年にはメジャーで2枚のアルバムが制作されもした。メジャーでのアルバムは梅津、原田個人名義でも制作された。『梅津:Bamboo Village』(80年、富樫雅彦、デヴィッド・フリーゼンという豪華さ)、『原田依幸:MIU』(81年、山内テツらに混ざって、豊住芳三郎や翠川敬基も)。このあたりから、とくに梅津和時の上昇気流は一気に上空まで上りつめていった感がある。80年、RCサクセッションへの参加。81年ドク梅バンド結成等々。同じく81年、富樫雅彦のアルバム『Flame Up』には、梅津、原田両名が参加し富樫とのトリオを組んだ。私個人の記憶では、80年前後の新宿PIT INNでの山下洋輔トリオ+αへのゲスト参加や、坂田明テンテットとかへの参加で聴いた梅津さんの演奏がひときわ印象に残っている。まさに本家を食う勢いがあった。

ここでもう少し、個人的な体験談を。93年頃だっただろうか、隣町の山口市のポルシェという現在でも健在な老舗ジャズ喫茶がある。そこに板橋文夫グループが出るけど、メンバーが多くて(と言っても4人だが)とても一台の車に乗せられないからと、応援を頼まれた。その時私の運転する車に乗ったのが、梅津さん、齋藤徹さん、小山彰太さんだった。私は当時カフェ・アモレスという喫茶店をやっていて、毎月フリージャズを中心にライヴを行っていた。だから、梅津さんたちには、「あれ、てっきりカフェ・アモレスできょうは演奏するものとばかり思ってた」と言われた。近年は、防府の「印度洋」にKIKI Bandで来られて久しぶりに再会できた。去年、ユニバーサル・ミュージックからリリースしたCD/LP『崔善培:The Sound of Nature』では、梅津さん、小山さんにも参加していただいている。もうひとりベースは、井野信義さん。

ところで、75年2月にワシントン・スクエア・メゾジスト教会で行われた総勢30名に及ぶミュージシャン(2名のポエトリー・リーディングを含む)で、アール・フリーマンの曲が彼の指揮で演奏されている。その中に、Kappo Umegaの名前がある。梅津さん本人に聞くと、「それ、僕。これが初レコーディングだった。こんなもん持ってる人がいるんだあー!」と言われてしまった。『The Universal Jazz Symphonette Presents SOUND CRAFT ’75』(ANIMA A.N.1001)です。ウィリアム・パーカーも参加しています。原田依幸さんとは、これまで一度もお会いしたことはありませんが、崔善培さんや故金大煥さんが原田さんと共演をされ、CDも残されています。

 

(注)JazzTokyo掲載中

478~Polly Bradfield&Eugene Chadbourne;Torture Time!(Parachute Records/1981)

これは1981年ベルギーで録音されたPolly Bradfield(vln、electoronics)とEugene Chadbourne(g、electoronics)のデュオ・アルバム。フリー・ジャズからも大きく逸脱したFree Improvisationの正に黎明期の傑作。ヴァイオリンとギターからギシギシ、ガリガリとノイズをぶち撒ける。そこにエレクトロニクスから発せられる電子音が混ぜられる。しかし、その混ぜ具合は控えめなものだ。基本的にはアコースティックなノイズが主体である。ノイズと言っても、現在ジャンルとして確立したかに見える「ノイズ」とは違うものだ。音で空間を埋め尽くすことはない。ノイジーだが、それまでの即興の概念から逸脱した演奏ではない。お互いがお互いの音を注意深く聴き、反応するところは反応し合う。そこははみ出ているようで、即興の宇宙の中にいる。それは、今の耳だから言えることで、当時はこの演奏には驚いたものだった。「ここまでやるか?」と。「ここまでやってもいいんだ。」とも思ったものだった。そう思った者は結構多かったようで、この頃から楽器のコントロールの上手い下手云々を飛び越えて、いかに目の前の楽器から通常の演奏では鳴りえない音を作り出すか。そしてそれをいかに音楽として表すか。はたまた音楽からも逸脱するか。そこも飛び越えて、楽器を使わないで、日常の生活道具や家電製品だけでのライヴもあったりしていた。(当時でもすでにラジオは古典的な“楽器”だった。) 本作は、即興演奏の限界を大きく広げてくれたアルバムのひとつとして重要。

 

 

477~The Rova Saxophone Quartet;Cinema Rovate(Metalanguage/1978)

サキソフォン・カルテットは、西洋クラシック音楽における弦楽四重奏のジャズ版と捉えるとそんなに間違ってはいないと思う。70年代の中盤をすぎてワールド・サキソフォン・カルテットが現れて、大変注目を浴びた。彼等のメールス・デヴューは1977年だった。時を同じくしてベイエリアを中心に活躍していた白人のサキソフォン奏者、Jon Raskin(bs、as、ss、cl)、Larry Ochs(ts、as、sn)、Andrew Voigt(as、ss、sn)、Bruce Ackley(ss、cl、a-cl)もサキソフォン・カルテットを結成し活動を開始していた。78年録音のこのアルバムは彼等のファースト・アルバム。WSQとはメンバーの人種の違いが有る。そこは同じ形態のアンアサンブルでも大きな音の違いとして現れる。WSQはドゥーワップも視野に入れた自分たちの血に忠実で且つ先鋭的な表現を求めた。ロヴァ(メンバーの頭文字を取って並べた名前)にはブラック・ミュージックの要素は希薄だ。かと言って現代音楽とも一線を画する。インプロヴィゼイションが音楽を創造する土台として有るのだ。メンバー各人のサキソフォン奏者としての技量も相当高度で、聴いていて爽快だ。後に、A・Voigtが脱退しSteve Adamsに替り今に続いている。アルバムのリリース枚数も膨大。

476~Cymbalum Tsigane/ジプシーの音楽・ハンガリーのツィンバロム(キング・レコード/?)

北インドから放浪の旅に出た者の一部は、現在のハンガリーに移り住み、当地の伝統的なマジャールの音楽を取り込んで、ハンガリー・ジプシーの独特な音楽を作りあげていった。ヴァイオリンとツィンバロムを使うことに大きな特徴がある。ツィンバロムは、ダルシマーと同系列にある楽器で、イランなどで演奏されるサントゥールも同じ仲間。箱に張った弦を撥で叩いて音をだす。このアルバムでは全編に渡って妙技が聴ける。いかにもジプシーといったメロディーや音階が聴けるだけではなくて、ヨハン・シュトラウス作曲のポルカや、ウィンナワルツ、マジャール民謡(バルトーク、コダーイが取り上げた)も演奏される。この楽器は相当に演奏が困難と聞くが、ここで聴かれるゲーザ・ビチュケイ、イフユー・ヤーノシュ・ブライ、バラージュ・ポジャールの三人は、繊細さと力強さと技巧を備えている。ジプシー達は、ヨーロッパに広く移り住みながら、当地の音楽と混ざり合いながら様々な豊かな音楽を生み出していった。

475~Ritual De La Zambra Cale/フィエスタ・フラメンカの魅惑(キング・レコード/?)

これは、アンダルシアに住むヒターノ(ジプシー)が生み出したギター、歌、踊り、それから大事なおはやしからなるフラメンコを、グラナダ・サクロモンテの洞窟で演奏され歌われた録音。演奏するのはマリア・ラ・カナステーラとそのグループ。グラナダのフラメンコでは、セビーリャ、カディス、ヘレスなどではあまり使われないパンデレータ(タンバリン)を使い、ここ独特のレパートリーを多く持っているようだ。激しく賑やかな演奏に妖艶とも言える歌が重なり、大いに盛り上がる。歌とギターだけのカンテ・フラメンコや、マニタス・デ・プラタ、パコ・デ・ルシアに代表されるギター演奏も素晴らしいが、このような歌と踊りも加わったものこそが、フラメンコの真髄だろう。西洋の西の果てにある半島の地で、東洋的な色彩の濃い音楽が盛んに演奏され、聴かれるのは、この音楽を演奏して来た者達が広い地域を放浪して来た民族だからだ。音楽に限らず文化はこうして広がり混交してまた新たなものを生み出して行くのだ。

474~La Marmite Infernale;Moralite Surprise(ARFI/1983)

南フランスの民俗音楽を取り込んだり、大道芸人、はたまた調理師まで取り込んで誰がリーダーとなるワケでもなく組織化された創造的集団のARFIのメンバーで結成されたオーケストラ、La Marmite Infernale/ラ・マルミト・アンフェルナルの1983年本拠地リヨンでの録音。Steve Waring(g、as、basse a vent、voice)、Francois Raulin(p)、Patrick Vollat(p)、Christian Ville(ds)、Louis Sclavis(as、ss、cl、b-c)、Yves Robert(tb)、Alan Gilbert(tb)、Christian Rollet(ds、tb)、Jean Mereu(tp)、Jean Bolcato(b、voice)、Maurice Merle(ss、as、basse a vent)等々13人のラージ・アンサンブルの演奏が聴ける。いかにも南仏を思わせる軽やかで陽気なアンサンブルに、各人のソロが乗っかるのだが、そのソロもハードなものではない。こういったジャズでも、クラシックでいうところのドイツ音楽とフランス音楽のように、一つ国境を渡るとガラりとその肌触りが変わるもので、ここではいかにも南フランスの田舎の祝祭音楽といった風情だ。かなりきっちりと書き込まれた楽譜が用意されているようだが、各人即興の達人なので聞き飽きない。どこかしら懐かしい気分にさせられるところがる。アメリカで生まれたジャズ、それもフリー・ジャズが、世界に伝播することによって、その地域地域のローカル性がどんどん取り込まれていって、他の地域とは違った表現が生まれて行く。そうして、新陳代謝を繰り返して行って、型を守るだけの硬直した音楽に陥ってしまうことを避けている。ARFIは、その最も積極的な姿勢を示してくれている。こうした試みが世界中で行われると、もっともっと新しい音楽が生まれ土壌を肥やしてくれる。

 

473~Jef Gilson;1945/1975 Anthology ~The Meeting Time:Bobby Jasper/Byard Lancaster(Palm/1958&74)

Jef Gilson/ジェフ・ギルソンは、1926年フランス、Guebwiller生まれのピアニスト、作編曲家、ビッグ・バンド・リダー。クラシックを学ぶかたわらパリのクラブでクラリネットを演奏していたが、ピアノに転向した。戦後早くからビ・バップを演奏し、フランスにおけるモダーン・ジャズのパイオニアの一人。57年に自身のビッグ・バンドを結成し、ジャン・ルイ・ショータン、ジャン・リュック・ポンティ、フランソワ・ジャノー、ミッシェル・ポルタル等後にフランスを代表するようになる若手ミュージシャンを起用した。革新的な作・編曲は、60年代初期のアルバム「Oeil-Vision」「Enfin!」「A Free Call」「New Call From France」に結実している。どれも現在入手困難なのが残念。マダガスカルへのツアーでは、現地の音楽に触れ大きく刺激され、後マダガスカルのミュージシャンとのグループ「Malagasy」が生まれた。さて、このアルバムは、ギルソンが設立したレーベルPalmから4枚に分けてリリースされた彼のアンソロジーの中の1枚で、40年代から70年代までの録音がテーマごとに集められている。一枚の中に様々な年代の録音が混在してる。このPalm21は、Walter Davis jr(p)Doug Watkins(b)Art taylor(ds)といったアメリカのジャズメンも加わった、まさに正当的ハードバップから、フランス人ミュージシャンだけで、カリプソを演奏しているもの。そして最後に1曲74年録音が収録されているが、これはByard Lancaster(as)Clint Jackson (tp)が活躍するNYCのロフトで演奏されていてもおかしくない熱い音楽だ。彼は、時代に呼応して最先端の音楽を作り、一箇所に自分を閉じ込めることなく、常に前進を続けて来た。

472~John Lewis;Traveling(Finite Records/1976)

Alex Foster/アレックス・フォスター(as、ts)との熱いデュオ・アルバムを残しているドラマーのジョン・ルイスの、76年録音?の今度はグループでの演奏を紹介する。彼の経歴等はネットで調べても出てこない。相当にアンダーグラウンドの存在だったのか? メンバーは、J・ルイス(ds)、Bob Sardo(p、org)、Alex Foster(as、ts)、John Blair(vln)、Karen Joseph(fl)、Paul Metzke(b)。曲はJ・ルイスの作曲で、NYCの通りの名前などをタイトルにした6曲の組曲になっている。A・フォスターとのデュオの時とは変わって、ビートを効かせたアンサンブルが、いかにも当時のNYCの街のサウンドらしい。フロント陣もサックス、フルート、ヴァイオリンと通常のジャズ・アンサンブルとは異なり、このグループを特異な存在にしている。たまには、こういったB級アルバムをご賞味あれ。

471~Roy Haynes;Senyah(Mainstream/1971)

Roy Haynes/ロイ・ヘインズは、1926年マサチューセッツ州ロックスベリー生まれのドラマー。ルイス・ラッセル、レスター・ヤング、チャーリ-・パーカーに始まってジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィス、チック・コリア、パット・メセニー等々、スウィングから今日までのジャズの歴史を渡り歩いて来た。数多くのリーダー作も残している。71年録音の本作は、彼が45歳と油がのりきっていたころのアルバム。R・ヘインズ(ds)の他は、George Adams(ts)、Lawrence Killian(conga)、Don Pate(el-b)、Marvin Peterson(tp)、Carl Schroeder(el-p)、Roland Prince(g)という布陣。時代を反映してギター、ベース、ピアノはエレクトリックだ。71年は、ウェザー・リポートが第一歩を踏み出し、チック・コリアはサークルでフリー。翌年リターン・トゥ・フォーエヴァー。キース・ジャレットはソロ・ピアノ「フェイシング・ユー」をという具合にジャズの潮流が変わり始めた真っ只中だった。R・ヘインズのドラムもバップから飛び出し、はみ出し時代の変化に対応して来た。バップ・ドラマーの位置に安住するようなタイプではなかったのだ。ここでは、まさに当時のニューヨークの熱いジャズが聴ける。何よりその熱さの先頭に立っているフロントの二人、G・アダムスとM・ピーターソンがフロントでフリー、ギリギリの熱い音の塊をぶっ放つ。同レーベルにはこの4ヶ月前にもR・ヘインズのアルバムを録音している。こちらには日本人ベース奏者の中村照夫が参加している。

470~Elton Dean,Joe Gallivan,Kenny Wheeler;The Cheque Is In The Wall(OGUN/1977)

Joe Gallivan/ジョー・ギャリヴァンは、ロチェスター生まれのドラマー。早くからシンセサイザーも演奏した。マイアミ大学や当地のミュージシャンに師事し音楽を学んだ。キャリアのスタートもマイアミ。ラテン・バンドやビッグ・バンドで演奏をしていた。61年にニューヨークへ移る。ドナルド・バードのグループで演奏したが、このグループへは、エリック・ドルフィー、ハービー・ハンコック達も去来した。62年にマイアミに帰り、テレビ・ショウ「MusicUSA」の指揮をとる。そこで盟友となるチャールズ・オースティンと出会った。69年NYに再度移る。ギル・エヴァンスに認められ、彼のオーケストラに誘われた。76年ヨーロッパへ移り、ロンドンを拠点として活躍し、オーケストラも組織した。これは、1977年彼のプロデュースで行われたElton Dean/エルトン・ディーン(as、Saxello)、Kenny Wheeler/ケニー・ホィーラー(tp、fh)とのトリオ演奏のアルバム。ここでのジョー・ギャリヴァンは主にシンセサイザーを操っている。聴く前のイメージは、エレクトロアコースティクな音響を想像したが、シンセサイザーの電子音は鳴り響くものの、演奏そのもののスタイルは、まさにオーソドックスなフリー・ジャズで、ケニー・ホィーラーですら、バリバリと吹きまくっている。電子音と言っても、キーボードを演奏して出て来た音が電子音というだけで、いわゆる電子音楽で聴けるものとは違う。ジョー・ギャリヴァン自身の短いライナーノートで、「三人の少々伝統的な古いスタイルのジャズ・ミュージシャンが演奏しているようなソロを取らないもの云々」と、書いている。ニューオリンズ・スタイルのエレクトロアコースティクな演奏をやってみたということか?

 

469~Tony Oxley's Celebration Orchestra;Tomorrow Is Here(Dossier Records/1985)

これは、1985年のベルリン・ジャズ祭のTony Oxley/トニー・オクスリー(ds)率いるCelebration Orchestraの演奏を収録したアルバム。T・オクスリーら4人のドラマー、Barry Guy、Phil Wachsmanら6人のヴァイオリン、チェロ、ベース等の弦楽器奏者とUlrich Gumpert(p)、Johannes Bauer(tb)、Gerd Dudek(ss、ts)、Ernst-Ludwig Petrowsky(cl、as)、Larry Stabbins(ss、ts)の総勢16人のオーケストラ。1曲目はT・オクスリーのソロから始まりしばらくして他のドラマーが加わり怒涛のドラム・アンサンブルが続く。それから6人の弦楽器が加わるところは大迫力。その響きは管楽器がいないからか、ジャズというよりも現代音楽。でも、現代音楽では、こんな混沌とした迫力のある演奏はそうそうお目にかかれない。このオーケストラは、ジャズを象徴する管楽器を減らし弦打を増やしたところが大きな特徴で、他のフリー・ジャズ・オーケストラとの響きの違いを際立たせている。T・オクスリー自身がドラマーなので考えついたのだろう。

 

 

468~板橋克夫/Itabashi Katsuo&河野優彦/Kono Masahiko(SISA RECORD/1983)

これは、ピアニスト板橋克夫とトロンボーン奏者の河野優彦による1983年のデュオ・コンサートを収録したアルバム。当時板橋克夫は頻繁にライヴを行っていたので、私もあっちこっちで聴くことが出来た。リコーダー等小物も取り出しては、他のいわゆるフリー・ジャズ・ピアニストとは違う演奏を聴かせてくれたものだった。エネルギッシュな演奏よりも、一音の響きを大事にする演奏で、現在のインプロヴァイズド・ミュージックで聴けるようなより幅の広い表現をするピアノだった。対する河野のトロンボーンも板橋のピアノと対話を繰り返すように吹奏する。二人して会話をしながら散歩でもしているような演奏が続く。決して大声で喚き散らしたりはしない。板橋がとっさに閃き投げかけたメロディーやリズムの断片を河野が受け取り、しばしふたりでそのメロディーやリズムを展開させるのかと思ったら、突如解体しだす。または、その逆もあり。けっして演奏が停滞することなく、色々な局面を見せながら進行して行く。板橋はピアノを演奏すると同時に装飾的に小物類も鳴らしている。これがなかなか効果的なのだ。河野のトロンボーンは、バリバリと吹奏するよりも、墨の流れを眺めるかの如く。この演奏は、今から30年以上前の録音になるが、最近の演奏と言われても違和感は無く、新鮮に聴けるだろう。その後、河野は活躍の場をNYに求め渡米した。ケヴィン・ノートン、エレン・クリスティ、ウィリアム・フッカー、ウィリアム・パーカーらのアルバムで彼の演奏が聴ける。特にウィリアム・パーカーのオーケストラには無くてはならないメンバーだ。板橋は、このアルバムが録音された同年同場所で今度はピアノ・ソロを録音している「Sea」(SISA-002)。

 

 

467~翠川敬基/Midorikawa Keiki;Five Pieces Of Cake(Offbeat Records/1975)

これは翠川敬基の、1975年録音の初リーダーアルバム。当時の翠川は、富樫雅彦、佐藤允彦との「C.P.U.」や富樫の色々なアルバムへの参加等ですでによく知られた存在だった。ベースのみならずチェロも弾くので当時は珍しい、そして貴重な存在だった。もうひとつの顔は、藤川義明らとのナウ・ミュージック・アンサンブル。これはハプニングも取り入れた破天荒なグループで、ステージ上で弁当を食べたりと、突出した存在感を示していた。このアルバムでは、ソロ、デュオ、トリオ、カルテットと、インプロヴァイザーとして、作曲家としての多面的な顔を見ることが出来る。チェロによるソロは、静けさに満ちた深い表現。続くカルテット、吉田正(tp)、片山広明(ts)、藤川義明(as)(ナウ・ミュージック・アンサンブルのメンバー)はバス・マリンバによる導入部からチェロが加わり、しばらく音のモグラ叩きのように音の上下運動が続く。そしてトランペットが前線に躍り出たコレクティヴ・インプロヴィゼイションとなる。最後はバス・マリンバひとり残されて静かに終わる。藤川(as)、翠川(b)、中山正治(ds)のトリオは、フリー・ジャズ・トリオと言って良いアグレッシヴな演奏。替わって中山(ds)とのデュオ(翠川はb)は、二人の濃密な会話のよう。最後はチェロに替えての藤川(fl)との可憐なデュオで締める。特に2曲目のカルテットを聴いて感じるのは、完全な即興もいいが、ある程度の作曲は、これはこれで演奏の幅や表現を広げることになる。作曲しないと無理な表現もあるというものだ。

466~WorldMusicMeeting(Eigelstein/1984)

これは、1984年のBaden-Baden New Jazz Meetingで行われた「World Music Meeting」を収録したアルバム。山本邦山(尺八)、Krzesimir Debski(vln)、Charlie Mariano(ss、as)、Alfred Harth(ss、ts、b-cl、tp)、Juaan Jose Mosalini(bandoneon)、Karl Berger(vib、p、marimba)、Peter Kowald(b)、Ken Johnson(steel ds、conga、perc)、Ponda O'Bryan(african-ds、conga、perc)、Trilok Gurtu(tabla、ds、perc)、Barry Altshul(ds)の8カ国(日本、インド、西ドイツ、アメリカ、ポーランド、アルゼンチン、スリナム、トリニダード)と言う異なる文化的背景を持った者どうしが集い、この11人が、色んな組み合わせで演奏する事で、予想を超える出来事が起こりそうではないか。様々な組み合わせの演奏は5曲収録されている。他の4曲はフル・グループの演奏で、それぞれのソロが回される。全体的にはジャズ・オーケストラと思ってよい演奏だ。そこに山本邦山、K・デブスキ(vln)、C・マリアーノ(as)らのソロが乗っていく。A・ハルトがトランペットで力強いソロをとるという珍しい演奏も聴ける。このアルバムにはボーナス・シングル盤が入っている。山本邦山、K・デブスキ、J・J・モサリーニの尺八、ヴァイオリン、バンドネオンによるトリオ・インプロヴィゼイションが片面だけ収録されている。このアルバムでは、山本邦山の尺八が全編に渡って大活躍をする。彼のファンなら必聴だろう。当初、山本はオレゴンのコリン・ウォルコットとの共演が予定されていて、尺八用の譜面も山本に送られて来たのだが、ウォルコットの突然の訃報により実現しなかった。だが、良い事もあって、山本とベルガーは意気投合し、翌年日本で「山本邦山+カール・ベルガー:アゲイン・アンド・アゲイン」というアルバムを録音することになったのだ。このアルバム、CD化すればボーナス・シングルも収録出来ていいのだが。

 

465~Creative Improvisation Orchestra;The Sky Cries The Blues(CMIF RECORDS/1981)

これは、1977年に組織されたThe Creative Musicians Improvisors Forum Inc(CMIF)のメンバーで結成されたCreative Improvisors Orchestraによる81年に録音されたアルバム。Leo Smith(tp、fh)、George Alford(tp、fh)、Genghis Nor(tp、fh)、Oliver Lake(ss、as、fl)、Marty  Ehrich(as、cl、b-cl、fl)、Cliff Wtite(ts、bs、fl)、Bill Lowe(tb)、Bobby Naughton(vib)、Robert de Sesa(vib、perc)、Wes Brown(b)、Mario Pavone(b)、Joe Fonda(b)、Gerry Hemingway(ds)、

Yohuru Ralph Williams(perc)、Harryson Buster(perc、voice)、Allan Jaffe(g)-B-1 only といった編成。A面2曲はレオさんの曲。当時のレオさんの曲の特徴でもある音の跳躍の大きな曲で、かなりの部分書き込まれている。そんな中を各人のソロが現れるのだが、流石にオリヴァー・レイクのソロは強力だ。B面の1曲目は、ジェリー・ヘミングウェイの曲で、この曲だけに参加しているアラン・ジャフィーのギターが活躍する。2曲目は、ボビー・ノートンのリズミックな躍動感のある曲。おそらくこのアルバムは、CMIFの自主制作盤だろう。入手は困難か。

 

464~Anthony Braxton;For Two Pianos(ARISTA/1980)

これは、Anthony Braxton/アンソニー・ブラクストンが作曲した2台のピアノの為の曲を、自身も作曲家のFrederic Rzewski/フレデリック・ジェフスキーと、Ursula Oppens/ウルスラ・オッペンスが演奏した1980年録音のアルバム。ピアノの他にも、チターとメロディカも同時に演奏される。ブラクストンと言えば、例の一体どうやって声に出して言えばいいのか分からない図形の表示が楽譜しも書かれてあるのだろうか。お互いが同じ音型を繰り返したり、ピタっと同時に止まるところがあることからすると、いわゆるオタマジャクシも書き込まれてあるようだ。相当な部分は即興に委ねられているとは思う。二人のピアノのタッチも音使いもジャズ・ミュージシャンのそれとは明らかに異なるので、響きはあくまでも現代音楽。ピアノの音に混ざって時々チターやメロディカの音が短いアクセントを付ける。買った当時はよく聴いたものだった。

463~Michael Snow;Musics For Piano,Whistling,Microphone And Tape Recorder(Chatham Square/1970~72)

Michael Snow/マイケル・スノウは、1929年トロント生まれの総合格闘家ならぬ総合芸術家と呼んでもいいような傑物。ジャズ・ミュージシャン(CCMCというアンサンブルを率いる)、実験映画(「Wavelength」やサウンド・トラックにアルバート・アイラーを起用した「New York Eye And Ear Cotorol」等々)、彫刻、絵画、写真等々芸術全般何でもござれのスーパーマン。面白いのは、これだけ何でも創作してしまうのに、これらを統合したような作品作りをしていないのだ。1970年から72年にかけて制作された録音を収録した本作は、CCMCで演奏しているようなインプロヴィゼイションではない。1曲目は、ピアノで単純な音型を延々と繰り返す。わざと音質を落としているようだ。どこかの安酒場に片隅にでも置いてあるようなピアノの音がする。おまけに音が歪んでいる。2、3曲目はテープ音楽だろう。電子音(具体音をテープ操作で加工して電子音のように作っているのかもしれない。)を重ねて作られたシンプルな作品。4曲目もテープ音楽。ピアノの音を録音したテープを速度を変えて再生したり様々に加工して編集したもの。短い色んなパターンがバラバラにされて並べられている。音楽家としてはジャズ・ミュージシャンとして捉えていたが、まだまだ幅広い人だった。

462~Mike Osborne&Stan Tracey;Original(Cadillac Records/1972)

これは、イギリスのクリエイティヴな音楽シーンを長年に渡り牽引して来た二人Mike Osborne/マイク・オズボーン(as)とStan Tracey/スタン・トレイシー(p)の、1972年StockwellのSurrey Hallでのデュオ・コンサートを収録したアルバム。LP両面に渡り1曲という長尺の演奏。フリー・ジャズではあるが、お互い引き出しをたくさん持った者同士なので、長い演奏でも飽きさせない。M・オズボーンのサックスの演奏は、現在聴けるサーキュラーブリージング、マルチフォニック等々を屈指した超絶技法を展開する演奏とは違う。しかし、この二人の演奏は歌心のあるフリーとでも言えそうなもので、決して聴き劣りするものではない。「普段聴き」という言葉があるとすれば、こういう方が長く聴き続けられるのかもしれない。

461~Stan Tracey;Alone at Wigmore Hall(Cadillac Records/1974)

Stan Tracey/スタン・トレイシーは、1926年ロンドン生まれのピアニスト。50年代はテッド・ヒース楽団やロニー・スコットらと共演。60年にロンドンで「ロニー・スコット・クラヴ」が開店するとハウス・ピアニストに就いた。それは67年まで続いた。ここでは、アメリカからやって来たスタン・ゲッツ、デクスター・ゴードン、ローランド・カークら多数のジャズメン達と共演。これは、74年ロンドンのWigmore Hallでのソロ・コンサートを収録したアルバム。両面通して1曲ぶっ続けのソロ・パフォーマンスだ。いわゆるフリー・ジャズ的疾走と破壊的な音の続く演奏ではない。インプロヴィゼイションが「瞬間瞬間の作曲」とも言われるが、正にそれを表したような演奏で、次から次へとリズムやメロディーが変化を繰り返す。T・ヒース時代のスウィングからフリーまでジャズの歴史を横断して来た者の、取って付けたシロモノではない身に染み込んだ音楽が、淀みなく次々と湧いて出てくる。

460~Claude Delcloo&Arthur Jones;Africanasia(BYG/1969)

Claude Delcloo/クロード・デルクローはフランスのドラマー。このアルバムをリリースしたBYG Recordsのプロデューサーとしても何枚もアルバムを制作している。A・シェップ、J・カーシル、B・グリーン、C・ソーントンらのアルバムにはドラマーとして参加しておりその数も多い。Arthur Jones/アーサー・ジョーンズは、1940年クリーヴランド生まれのアルト・サックス奏者。R&Bのバンドにいた頃エリック・ドルフィーとオーネット・コールマンを聴いて衝撃を受け、方向転換をした。S・マレイ、B・グリーン、A・シェップらのアルバムでも演奏が聴ける。69年録音の本作は、二人の他、Kenneth Terroade(fl)、Roscoe Mitchell(fl)、Joseph Jarman(fl)、Clifford Thornton(conga)、Malachi Favors(log-ds)、Earl Freeman(gong、bells、perc)というアート・アンサンブル・オブ・シカゴのメンバーも参加した豪華な布陣。アルバム・タイトルが表しているように、アフリカのリズムにアジアのメロディーを掛け和せたような演奏になっている。ジャーマン、ロスコー達もサックスではなくてフルートだけを吹いている。そこがジャズから引き離されて遠くアフリカやアジアを連想されるに十分な役割を果たしている。フルートは、どこかの木や竹で出来た横笛として機能している。本来ベーシストの二人もゴングやログドラムで参加。アフリカへの憧憬を誘う。その上に乗っかってA・ジョーンズが熱いソロを繰り返す。彼等のようなミュージシャンがたくさん滞在し活躍した当時のパリに行ってみたいものだ。

459~Alan Silva;Solo. Inner Song(Sun Records/1974)

Alan Silva/アラン・シルヴァは、1939年バミューダ島生まれのベーシスト。近年は、シンセサイザーも演奏する。一家はNYへ移住。ピアノ、ヴァイオリン、そしてドナルド・バードにはトランペットを習った。そして、ニューヨーク・カレッジ・オブ・ミュージックで学ぶ。「エクスペリメンタル・アンサンブル」に参加。ベース奏者の代わりをしたことで、その後ベースに専念することになった。64年の「ジャズ十月革命」にはバートン・グリーンのグループ「フリー・フォーム・インプロヴィゼイション・アンサンブル」のメンバーとして参加した。この時、ビル・ディクソンとは、デュオ、スモール・グループ、オーケストラでも共演した。65年から69年まではセシル・テイラー・ユニットに参加。65年から70年はサン・ラーとも共演。69年パリで、「セレストリアル・コミュニケーション・オーケストラ」を結成。以降はパリを中心に活躍を続けている。フリー・ジャズ黎明期から爛熟期を駆け抜けた屈指のベーシストだ。74年録音の本作は、5曲からなる彼のソロ・アルバム。アルバム・タイトルにもあるように、ベース以外にもピアノやヴォイスを用いた演奏が聴ける。A・シルヴァのベース・ソロは、バリー・ガイ達のように即物的にはならない。音はまだ彼の内に篭っている。どの演奏も派手にならず、聞き手の心の奥底に沈み込んで行くような深い演奏だ。78年のオーケストラ作品「ザ・シャウト」には、沖至も参加している。2001年の沖至のアルバム「パリ往来」には、シルヴァが参加。

458~Attila Zoller&Masahiko Satoh/佐藤允彦;Duologue(東芝EMI/1970)

Attila Zoller/アッティラ・ゾラーは、1927年ハンガリー生まれのギターリスト。48年にウィーンに進出し、50年代にはドイツを中心に活躍した。59年に渡米。ハービー・マンのグループ等で演奏をしていた。69年にアストラッド・ジルベルトの来日の時グループのメンバーとして来日し、その時佐藤允彦と知り合っている。翌年にギター・フェスティヴァルで再度来日した折に録音されたのが本作。ギターとピアノのデュオ・アルバム。A面は、「Falling In Love With Love」、「The Look Of Love」、「You Stteped Out Of A Dream」と、ポップな曲をビル・エヴァンスとジム・ホールのデュオのようにギターとピアノが表になったり裏になったりして、オーソドックスなジャズの演奏。B面は打って変わって二人のアヴァンギャルドな本性をむき出しにした演奏になっている。A面とはまるで別人の演奏のようだ。佐藤はピアノを打楽器的に使ったり、内部奏法も混じえる。ゾラーも激しく応戦する。こちらの方を聴き慣れているせいか、A面の方に違和感を覚えるのは私だけか?

457~Stomu Yamash'ta/ツトム・ヤマシタ~Masahiko Satoh/佐藤允彦;Metempsychosis/ものみな壇ノ浦へ(日本コロムビア/1971)

ツトム・ヤマシタは、1947年京都生まれの打楽器奏者。今でこそクラシック、現代音楽の打楽器奏者のスタープレイヤーは世界中にたくさんいるし、打楽器アンサンブルもたくさん有るが、一般的には一昔前は打楽器と言えばこのツトム・ヤマシタが唯一無二の存在だった。マスコミが作ったとも言えるのだが、打楽器の独奏と言えばまず彼の名前が挙がっていたのは間違いない。彼の場合はクラシックだけではなくて、バークリー音楽院でジャズも学んでいるのだった。そのヤマシタをソリストにしてジャズのビッグ・バンド、宮間利之とニュー・ダードの為に作曲したのが、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった佐藤允彦。作られた曲は「ものみな壇ノ浦へ」という40分近い曲だ。いわゆるドラマーではなく打楽器奏者とビッグ・バンドの協奏曲のような感じだ。ビッグ・バンドにヤマシタの叩くスティール・ドラムのソロが絡むところや、管楽器のクラスターと怒涛の打楽器ソロが重なる所など、それまでのジャズのビッグ・バンドでは聞かれなかったものだ。「ものみな壇ノ浦へ」と表題されているが、平家物語をことさら音で綴った作品として聴く必要はあまりないように思える。この当時ビッグ・バンドのクリエイティヴなアルバムが多数リリースされていた。佐藤允彦は、この他に「パースペクティヴ」、「天秤座の詩」、「4つのジャズ・コンポジション」、「邪馬台賦」、「那由多現成」を書いている。

456~Lawrence D.Butch Morris;Testament(New World Records/1985~95)

これは、1985年から95年にかけて行われたブッチ・モリスのコンダクション(指揮された即興とでも言えようか)NO.1からNO.50までの録音から15回分のコンサートを収録し、CD10に収めたボックス・セット。嬉しいことに東京で行われたNO.28とNO.50が両方収録されている。私はNO.50の公演に行っているのだが、出演する金さんにヴィデオカメラを渡されて、づっとファインダーを覗きながら撮っていた為に、演奏がどうだったのかあまり記憶にないのだが、後年こうしてリリースされたのは有難い。日本公演の特徴は、形態としては即興のオーケストラになるのだろうが、即興の専門家といえるジャズ系ミュージシャンの参加は極力抑えた編成にしていることだ。特に邦楽からの参加が多い。半数近くが邦楽の音楽家だったりする。そこに大友良英のターンテーブル、千野秀一のコンピューター、巻上公一のヴォイス、金子飛鳥のヴァイオリン、足立智美のヴォイス、金大煥のパーカッション等々が絡む。NO.28では何と大野一雄の舞踏までも参加したのだった。このCD・BOXの中で最も躍動的なのがNO.38だろうか。93年ドイツでの録音だが、吉沢元治、レ・カン・ニン、ジーナ・パーキンス、マイラ・メルフォード、ハンス・コッホ等々色んな国から集まったアンサンブルがブッチ・モリスとの間でスパークした。最もユニークなのは、イスタンブールで現地のミュージシャンがアメリカのミュージシャン達と共演したNO.25,26だろう。NO.26は、詩人達による詩の朗読だけのコンダクションで、ブッチ・モリスさんは、私にCD・BOXに入れると言われていたのだが、見送られたようで、収録されていなかった。

455~Kim Dae Hwan/金大煥;Moogu/默雨(不明・クレジット無し)

これは金大煥さんが自費出版された豪華ブックレット付き2枚組CD。いつ録音されたのかクレジットされていない。出来上がってすぐ渡されたのだがいつだったか思い出せない。CD1は、ソロが9曲に分かれて収録されている。金さんは通常プク、ロートタム、シンバル、ゴングの四個だけを使われる。しかし、手には少し太いバチ、丸いマレット状のバチ、小さなスティックを三本挟んでいる。これだけで色々な音を出す。だがビートは金さんに言わせると「ワン・ビート」。延々とシンプルなビートが続く。共演者はそれに乗っかって自由に音を出せばよい。が、ここではソロなのである。プクだけ。ロートタムだけ。ゴングだけ。または、それぞれの組み合わせで演奏されている。組み合わせはどうであろうと、「ワン・ビ-ト」は変わらない。どこまで行っても金大煥のサウンドなのだ。CD2は、バイク命だった金さんの真骨頂。バイクのパイプから出る排気音との共演! ステージに大きなバイクを上げて、エンジンが止まる寸前まで回転を落とす。排気音は、非周期的な音を連ねる。金さんはその排気音と「共演」するのだ。残念なのは音質があまり良くないので、排気音の音が少々弱いのだ。ブックレットには色んな写真が掲載されている。その中に私が撮った金さん、金さんの奥さん、従兄弟の姜さんの写真もあった。

454~Han Bennink&Willem Breuker;The New Acoustic Swing Duo in Japan 1984(Jazz&Now/1984)

Jazz&Nowの中村邦雄氏がWillem Breuker/ウィレム・ブロイカーとHan Bennink/ハン・ベニンクのデュオ・ツアーを行われた時は、少々驚いたものだった。1967年にこの二人による衝撃のデュオ・アルバムがリリースされ、ミシャ・メンゲルベルクと共にICPを設立したものの、W・ブロイカーは袂を別れ、Bvhaastを設立した。そんなイメージから両者がまたデュオを行う、それも日本ツアーもするということが正直ピンとこなかった。その後このLPがリリースされ、聴いてみたら、67年から17年後の二人による濃密でより奔放なデュオ演奏を聴くことが出来たのだった。1曲づつお互いのソロも収録されている。W・ブロイカーはバス・クラリネットによるソロだ。W・ブロイカーは、ソプラノ、アルト、テナー・サックスとバス・クラリネットでの演奏なのだが、その引き出しの多さと、瞬間の切り替えと、音のスピード&パワーと、止めどもなく湧いてくるアイデアの豊富さには驚かされる。H・ベニンクは、ド迫力のパワーはそのままに、これまたアイデアの豊富さ、破天荒な展開、ピアノもサックスも演奏するのだけれど、これがまた上手いのだ。何をやっても一級品とは彼の事を指す。まるで二人が、おもちゃの詰まったたくさんの引き出しをモグラ叩きでもしているように、開けて回っているような演奏だ。

 

453~Evan Parker;Zanzou/残像(Jazz&Now/1982)

これはEvan Parker/エヴァン・パーカーの無伴奏サックス・ソロの通算5枚目にあたる1982年仙台のJazz&Nowで収録されたライヴ・アルバム。ただ一晩のライヴの記録以上の重みのあるものなのである。当時仙台でJAZZ&NOWという店をされていた中村邦雄氏がエヴァン・パーカーを日本に呼び寄せ、日本国内をコンサート・ツアーして回わられた。その時の自店Jazz&Nowでの演奏をLP化されたものだ。まだまだそう簡単に個人が海外のミュージシャンを呼び寄せツアーを組むのは容易ではない時代のことだった。おまけにLPを作りリリースするもの容易な時代ではなかったのだ。そんな時代に来日ツアーを企画し、レーベルを立ち上げLPの製作販売を行った中村氏の熱意たるや敬服に値する。そんな中村氏の為にエヴァン・パーカーも、最良の演奏で答えた。素早い指使いと高速タンギングと循環呼吸によってもたらされる音が同時に4つも聞こえるようなあの超絶なサックス・ソロが聴けるのだが、このアルバムを更に重要なものにしているのは、ここで初めてテナー・サックスのソロが収録されていることである。エヴァン・パーカーのソロと言えばまずはソプラノ・サックスを思い浮かべるだろう。レコードでしかエヴァン・パーカーの演奏を聴いた事のない人にととっては、初めて聴くテナー・サックス・ソロであった。Jazz&Nowからは、85年広島と東京での録音になる「Evan Parker&Barry Guy Duo Improvisation:Tai kyoku/対局」(Jazz&Now 3)もリリースされている。中村邦雄氏は、我々のようなオーガナイザー、レーベル運営をする者にとっては、目標とする御仁なのである。そんな彼のサポートがあって、エヴァン・パーカーも最善の演奏をしようと心がけていたに違いないではないか。ここには名作が生まれる条件が揃っているのだ。

 

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