金野吉晃 LP/CDレヴュー 1

70年代から即興演奏家(文筆家としても)として活躍されているOnnykこと金野吉晃氏によるアルバム・レヴューを掲載いたします。本「フリー・ミュージック 1960~1980;開かれた音楽のアンソロジー」の為に書かれるも、収録枚数の制限の為に未掲載となったレヴューが中心になっています。

40~Ovary Lodge (RCA/1973)

英国のジャズ界でも独自の世界をもつピアニスト、キース・ティペット。83年に他界した南アフリカ出身の白人ベーシスト、名手ハリー・ミラー、そして徹底して響きを追求するパーカッショニスト、フランク・ペリーのトリオによる即興演奏。73年の発表だから時期としてキングクリムゾン「アイランド」に匹敵する。クリムゾン帝国の独裁者、ロバート・フリップ一世はとにかくティペットが好きで、何度かバンドに加入を要請したが、果たしていない。しかしティペットは、クリムゾンの録音にはよく参加しているし、彼のアルバムを、フリップが何度もプロデュースしており、その一枚がこれである。フリップが、自身とは対照的な音楽家であるティペットの無限定な即興に惹かれたのは、よく分かる。同じ「オーヴァリィ・ロッジ」のタイトルで、ティペット夫人のジュリーを入れたカルテットとなり、一枚アルバムが発表されているが、まとまりにかけたライブであり、レビュー子はトリオの緊密さをより好ましく思う。ティペット夫妻のいる即興カルテットなら、”Blue Print”のほうが緊張感溢れる好演である。はてさて、陳腐な聴覚印象を。 ...足をとられながら激流を乗り越えて仄暗い、深い森の奥の小径に分け入っていく。湿った空気を吸い込みつつ、自分の踏みしめた枯れ枝の折れる音に、小動物の素早い動きに、名も知らぬ鳥の叫びに、時には息をすることさえ憚られるほど怯える(『もののけ姫』だね)。やがてサウンドと一体になっていく意識。渇いても居ないのに羊歯の陰に湧く清水を飲んでしまった。 ...気付けば前方から微風が吹いて来る。何処迄も続くかと思えた森は開け、弱い陽光がさしてくる。ふと安心して気を許した瞬間...。三者の非対話的な、つまり共観的即興の世界が広がって行く。その独自の幽玄さを演出しているのはペリーの打楽器群だろう(後に”Deep Peace”なるソロアルバムでほぼ完成される)。英国のと言わず、そしてジャズ、フリージャズを問わず、敢えて言えば即興演奏というスタイルの美が結晶化した一枚である。(Onnyk

39~Rudu Malfatti&Stephan Wittwer;Thrumblin(FMP/1976)

トロンボニスト、マルファッティはインカス・レコードの「バランス」というユニットにも参加。ソフトマシーンにいた故エルトン・ディーン(sax他)のバンド「ナインセンス」にも加わっていたが、最近では音響派に人気の作曲家でもある。つまり殆ど「音を出さない、出しても変化させない」ことが重要な「曲」を書いている。ギターのヴィトヴァーはスイス出身だがドイツのロックバンドDAFや、ロシア系ジャズメンとも共演した。ソロアルバムでは物凄い迫力で弾きまくっているロックセンスの人。この二人が70年代に出会ってFMPから二枚のデュオを出している。管と弦の組み合わせはいつも面白いのだが、ここでも対照的なサウンドのぶつかり合いが刺激的だ。

38~Norbert Moslang&Andy Guhl;Deep Voices(FMP/1977)

多種の管楽器、打楽器、自作楽器そしてベースを用いたデュオの、典型的フリー・ミュージックではあるが、そのレベルはかなりのものだ。しかし80年代に入って、メスラングとグールの演奏は全く変貌する。壁から壁に張り渡したワイヤーを二人で叩いたり擦ったりする演奏や、日用の家電製品が生み出す多様なノイズ、壊れかけたラジオやアンプなどを多数使ってノイズの集積を作り上げCracked Everyday Electronicsと称した。さらにNYの怪物ノイズトリオBorbetmagusと合体して、さらに強力なユニットとなる。メスラングは05年にスイスの即興演奏家としてライヴをするため公的な来日をしている。

37~Company 4(INCUS/1976)

これは、20世紀の「即興演奏」を代表する一枚と言っていいだろう。非言語的そして非対話的コミュニケーションを、サウンドにおいて、音楽の文脈で成しうるとすればこれ以上のコラボレートがありうるだろうか。ギターとサックス、そのデュオは無数にあるが、この二人の巧者ほどの組み合わせがあるだろうか。これはベイリーの言う「非イディオマティック即興」というよりも、「エフェメラルなイディオムの生成」そのものの即興だ。デレク・ベイリーとスティーヴ・レイシー。両者共鬼籍に入ってしまった現在、この録音の価値はさらなるものだ。ポトラッチ・レーベルに両者のデュオがもう一枚ある。

36~Max Eastley,Steve Beresford,Paul Burwell,David Toop;Whirled Music(Quartz/1978&79)

音響彫刻作家イーストリー、奇才ベレスフォード、研究家・編集者でもあるトゥープ、多彩な打楽器奏者バーウェルが集まって「振り回す楽器」だけで演奏した奇妙なライヴ。例えば「精霊の声を出すブルロワー」(うなり板、アフリカ各地に見られる)などを用いた。危険なので演奏者達は異様な仮面をつけ、客席との間には金網を張ったという。この時期のBeadレーベルの連中は非常に実験的な試みをしていた。後にトゥープ、イーストリーが電子音を用いるアンビエント風に走った理由がよくわからない。確かにこのアルバムの音楽にも始めも終わりもないのだが。

35~Andrew Cyrille&Milford Graves;Dialogue Of The Drums(IPS/1974)

フリージャズ・ドラミングの嚆矢と言えば、サニー・マレイと、このM・ウレイヴスを誰しも挙げるが、ここにもう一人その可能性があった。それがここに聴くアンドリュー・シリルである。ここでは即興演奏の基本とも言える「コール&レスポンス」のセンスによって様々な打楽器サウンドが行き交う。ここまで真っ正直にやられると「ドラミングの基本は会話だったのか」とさえ思う。グレイヴスは現在でも活発に演奏しているが、ドラミングに身体、生命/生活、宇宙を反映する理念を持っている。音楽だけで無く、舞踏、格闘技、医学などを統合した一種の宗教的な精神をもっているのである。だから、ここでの演奏ひとつを取り上げてどうこう言うのは敢えて避けるが、これは彼の出発点のひとつを示す貴重な記録ではある。

34~Steve Beresford;The Bath Of Surprise(Piano/1977~80)

ピアノ、各種管楽器、家庭用キーボード、オモチャ、ベースなどなんでもこなすベレスフォードのソロ。壊れたテープレコーダーによる歪んだ再生や、自ら風呂に入ってる様のそのまま録音、なども独立したトラックになっている標本箱のような小品集。これらを「音楽ではない」と思うのは自由だが「これは楽しい、私もやってみよう」というならそれこそ狙い通りだろう。プロデュースは、フライングリザーズで名を馳せたデヴィッド・カニンガム。実は巧者ベレスフォードは、チャールズ・ヘイワード(This Heat)とともにフライングリザーズのメンバーとしても参加しているし、日本人女性デュオのフライング・チキンズ、ダブバンドのニューエイジ・ステッパーズにも加わっているのである。

33~Evolutionary Ensemble Unity;Concrete Voices(EEU/1976)

結成1年後の76年、近藤等則(tp)、高木元輝(sax),吉田盛雄(b)のトリオだった時点で録音されたEEUのファーストLP。セロニアス・モンク、スティーヴ・レイシーらの曲の他、オリジナルも収録。間章の企画にはお馴染みの近藤、高木であるが、この当時は二人ともハードな演奏を脱し、個々の即興がいかに従来のジャズ的フレームに批判的な立場を取れるか、という方向に向いていたように思われる。それはジャズを内側から変えて行く闘争だったかもしれない。時代がクロスオーヴァーだ、フュージョンだ、ロフトジャズだと動いていく中で、ドラムレスという編成は却って、ビート感やリズムだけがノリではないことを明確に示す宣言となった。

32~East Bionic Symphonia(ALM/1976)

76年、神田「美学校」の音楽教場を担当していた小杉武久が、そこに集う若き音楽家達を指導した。そして彼等はこの即興演奏集団を結成してALMにレコードを残した。これを第二のタジマハール旅行団と言う勿れ。当時のEBSは音を出す事にもっと躊躇しているようにみえる。多田正美、向井千恵、今井和雄ら、現在も活躍するメンバーが参加している。そして20年後、当時の面々が集い「マージナル・コンソート」を結成し、CDを発表した。それも併せて聴いていただく事をお薦めする。それは遥かに集団即興としての充実感、手ごたえがある。

31~Peter Cusack;After Being Holland For Two Years(Bead/1975,76&77)

ピーター・キュザックは正体の掴めないギタリストだ。Beadレコードの一枚目ではサイモン・メイヨ(cl)と素晴らしいデュオを繰り広げ、S・ベレスフォードらと組んだAlterationsでは何をしているのかわからない、ところがクライヴ・ベル(reeds)とのデュオではギリシャの弦楽器ブズーキをなかなか巧みに弾いている。「オランダに二年滞在後」では生ギター一本で位相のずれた録音を点描的に聴かせるが、全くドラマチックさはない。聞かせどころの無いのが狙いだ。B面ではただ数人で動物の鳴き声を真似してるだけのトラックもあり、ある意味「凄い」即興だ。誰がこんなことを実際ソロアルバムに収録しようと思うだろう。その後も彼は環境音を主にしたCDなども作っている。

30~Circadian Rhythm(INCUS/1978)

「日周期リズム」というのは生物の体内にある時間感覚のようなもの。そのタイトル通り、一日中演奏するというD・トゥープの企画から生まれたアルバム(実際は13時間の演奏)。参加者の中には演奏ではなく、担当が「火」となっている者もあり、一体どういう状況で演奏されたのか極めて興味深い。P・リットン、D・トゥープ、M・イーストリー、P・バーウェル、E・パーカー、H・デイヴィーズ、P・ローフェンス、A・ニコルソン8名が参加しているが、写真にはもう一人見える。メンバーからするとインカス、欧州派とBead派の結節点のようでもある。捕らえ所がないが、それゆえに注意して聴くほどに面白い演奏である。

29~Jean Dubuffet;Experieces Musicales De Jean Dubuffet(Finnadar/1978)

1901年生まれで、1985年に没したフランスの画家(ベルナール・ビュッフェと間違わないでほしい)。デュビュッフェの画業については、あまりにも有名だから、ここでは語らない。私が彼の音楽に出会ったのはカナダのレーベルFinnandarが出した"Musical Experience"というLPだった。ジャケットに大好きな彼の絵があったので、つい手を出したのだが、なんとそれは彼自身が演奏した即興演奏録音集だった。しかも50年代からそんなことをやり、多重録音を行い、西欧楽器から各種民族楽器、そして水音やら非楽音まで投入して、驚くべき音世界を作っていたのである。それは、様々な物質を塗り込めた彼の絵の雰囲気にも似ているし、もうひとつ彼を有名にした「アール・ブリュ」のコレクション、今で言うアウトサイダーアートにも似ている。彼の残した録音は実は膨大で、その編集版こそが一枚のLPだった。その後内容的には重複したものや、それ以外を含むCDも出たし、詳細な解説もついたものがある。しかしなんといっても彼の言葉、「私は五万年前の人間の気持ちで音楽をやる。そこでは何物も彼を制約しなかった。」というのが実に爽快だった。もっとも五万年前でも現在でも制約は、あるところにはあるし、無い人には無いのだが。彼の音楽を説明するのは難しい。もし強いて似ているものを挙げろと言われればカーゲルの「エキゾティカ」だろう。多数の民族楽器を並べてひたすら演奏する作品は、形式も方向性もない。しかしデュビュッフェのそれは、もっと強烈なテンションを持っている。それはまさに限りない衝動によって音を出しているからだ。驚くべき作業ではある。

 

 「クークー・バザール」は一種のオペラである。登場するのはデュビュッフェが想像し、その姿形も、衣装?も全てデザインした、おかしな歪んだ人物たちである。それが彼の音楽とともに、彼の作った舞台で、もたもたと動き回る。私は以前、ある録画で見た。またデュビュッフェは建築?も手がけている。晩年の作品は多少マンネリの感がないでもない。家業のワイン販売を続け、45歳を過ぎて改めて絵を志し、彼の芸術は「爆発」した。

28~Mtume;Alkebu-Lan(Strata East/1971)

ロフトジャズは、70年代中盤からフリージャズの再燃というべき波として聴こえて来た。その代表的レーベルのひとつ、ストラタ・イーストはスタンリー・カウエル、チャールズ・トリヴァーらの優れた、伝統的かつ先鋭的なジャズメンを擁し、ブラックアメリカンの意志を主張していた。マイルス・バンドに起用されて注目を集めたコンガ奏者、ムトゥメ(*当時、日本では「ムトゥーメ」と呼ばれていた。現在では「エムトゥーメイ」と表記されている。~末冨注釈)の、このセカンドアルバム(「黒人の国」を意味する)は二枚組で、彼の宣言に始まり、熱狂的とも言えるバンドとコーラスの応酬によって進行する。音質はいまひとつだが、当時の熱気が伝わる傑作である。そんな彼が後には売れ筋ソウルのプロデューサーになってしまったのは、決して心変わりではないと思うのだが。

27~Kenneth Terroade;Love Rejoyce(BYG/1969)

k・ターロード(ts,fl)は、サニー・マレイと一緒に渡仏し、アラン・シルヴァらと活動した。ジャマイカ生まれで、ロンドンに移住、デイヴ・ホランド、ジョン・サーマンらとセッションしてきた。もう一人のサックス、R・ビアーは南アフリカ出身でやはりロンドンに住んでいた。その意味では他のBYGのフリージャズとは異なり、北米黒人ジャズの流れというよりは欧州的なセンスかもしれない。実際、密度の高いサウンドテクスチュアは、FMPあたりの初期作品に近いものを感じさせる。各面の曲ともターロードの作品となっているが、サックス、フルートとも殆ど二人が均等なバランスでプレイしている。フルートも割に力強い印象だ。B面の後半、F・テュスクのピアノが素晴らしい冴えを見せる。

26~Guitar Solos 3(RIFT/1978&9)

ヘンリーカウのリーダー的存在だったフレッド・フリスのギターソロプロジェクト第三作。1は彼のみ、2は彼の他、D・ベイリー、G・F・フィッツジェラルド、H・ライヒェルの4名。そしてここでは8名(K・ロウ、H・カイザー、E・チャドバーン、飯島晃、C・ハンディ、P・キュザック、D・ウィリアムスそしてフリス)のそれぞれのユニークな即興ソロが収録されている。飯島晃は何もギミックなしの静謐な演奏で最後を締めくくっている。フリス自身の作品は、1本のギターを三人で演奏するという反則的なもので、サウンドは想像にお任せする。これは一種の批判的表現だろう。ジャケットはR・ワイアット夫人のアルフレダ・ベンジによる。

25~Takehisa Kosugi/小杉武久&Akio Suzuki/鈴木明男;New Sense Of Hearing(ALM/1979)

「音の仙人」鈴木は、近年海外でも評価が高い。これは、1979年に小杉と二人で録音したアルバム。完全にアコースティックな演奏であるが、鈴木の自作楽器アナラポスなどがアナログリバーブサウンドを演出して、深く、心地良い空間感を作っている。小杉は例によって声と、あの独自のヴァイオリンを奏で、両者は不即不離、和而不同といった距離感を見せている。融通無碍とでも言うべき境地に達した二人の「擬似対話」は水墨画か山水画のような趣がある。そう感じさせる理由の一つは、各々のサウンドがくっきりしたアタックと余韻によって象られており、それは色彩の平面というより、筆さばきの美しさを思い出させるからだ。ALMレコード、コジマ録音の名品。

24~Garry Todd,Dave Solomon,John Russell,Nigel Coombes,Steve Beresford;Teatime(INCUS/1975)

インカス・レコードは英国の即興演奏がジャズ的イディオムから脱却する大きな足場を作った。初めてこのグループを聴いたとき、その脱力感に呆れると同時に新鮮さを覚えた。しかもその脱力は逆に演奏衝動を促したのである。音楽をやるのだという身構えを取り払い、かわりにシニカルな視座と、身勝手な音達のふるまいによるアンサンブルならぬ脱構築。このレコードを聴くまで、かつて音楽を聴きながらそんな事まで考えただろうか。テクニックとセンスだけでは「達者な演奏」になっても「凡庸な音楽」にしかならない。これはAlterationsや49Americansといった一連の「脱力演奏」派の基盤となった。

23~ Sakata Akira Trio/坂田 明;Counter Clockwise Trip(Frasco/1975)

中村誠一から代わって、山下洋輔トリオの一員となったばかりの坂田が、ドイツで出会った技巧派ベーシスト、アデルハルト・ロイディンガーと盟友、森山威男(ds)を得てトリオとして録音したファーストアルバム。冒頭から小気味良い、切れ味鋭い演奏が聴く者をぞくぞくさせる。それが最後の一音まで途切れることなく、緩急自在、要所要所を締めて「これが俺のジャズだ!文句あるか!」と圧倒してくる。香具師の調子良い「たんかばい」に乗せられているような気分だ。童謡への回帰は当時の山下トリオに既に始まっていたが、森山脱退後に顕著となった。ハナモゲラ的自筆ライナーも面白い。

22~Michel Waisvisz;Crackle(FMP SAJ/Claxon/1976&7)

ICPテンテットにも参加した、オランダ即興シーンと関わりの深い電子音楽系作曲家・演奏家。ピッチの不安定な自作のタッチセンサー型シンセサイザーを主に用いたユーモラスな演奏。しかし、非常に構築的、かつ時に暴力的でさえある。まさにユニーク!ほんとうに数少ない、シンセサイザーによる即興演奏アルバムとしてもっと聴かれて欲しい作品だ。彼のパームトップシンセをS・レイシーが演奏したこともある。後には四肢にセンサーをつけてその動きがサウンドを変えるシステム「モンキーハンド」を発表し、独ヴェルゴから一部紹介されている。

21~GAP(ALM/1976&7)

佐野清彦、曽我 傑、多田正美によって70年代半ばに結成された集団GAPは、現代曲の演奏、屋内、屋外でのパフォーマンス、機関紙出版、レコード自主制作、学習会、セミナーなど多様な活動を展開した稀有なグループだった。その演奏は私的録音の他に殆ど無く、このアルバムが唯一と思われる。後に三人はそれぞれの音楽活動をLPやCDにしているし、佐野は91年に、音楽史を総括するような書「音の文化誌 東西比較文化考」(雄山閣)も著した。このALMレコードからのアルバムでは、決して硬質ではない素材感のあるサウンドが、それぞれの間を保って響いている。それを日本的というか構築感の衰退というかはリスナーの意識によるだろう。日本の集団即興演奏のグループは70年代にかなり存在したが、タージ・マハル旅行団以外、記録が極端に少ないので貴重だ。

20~Irene Schweizer;Hexensabbat(FMP/1977)

欧州へのフリージャズ襲来に対し、最も早く反応した一人がスイスのシュヴァイツァーだった。マニ・ノイマイヤー、ウリ・トレプテ、ヤキ・リーベツァイトらロックで有名になった人々も彼女の初期トリオに参加していた。マニとイレーネは97年にも強烈なデュオを発表している。そのピアノの迫力と技術はライヴで接して圧倒されるばかりであったが、70年代からそれは全く変わる事が無い。タッチの強さと確実さ、多様なスタイルを枠として全体を構成する力もさる事ながら、内部奏法の美しさは決して裏技ではないことを思い知らされる。彼女はピアノをピアノとして鳴らしきる。タイトル「魔女の休日」は彼女のフェミニズム史観を象徴しているようである。蛇足:ヘンリーカウ最後のアルバム「ウェスタン・カルチャー」でも彼女の参加トラックは光っている。

 

*ジャケット写真は、INTAKTから再発されたCD。76年録音のFMP盤「Wilde Senoritas」と「Hexnsabbat」の両方を収録した2枚組。

19~Joan La Barbara;Voice Is the Original Instrument~Early Works(Lovely Music/1974~1980)

声によるソロ・パフォーマンスの歌姫ラバーバラの74~80年の貴重な作品集。女性が音楽に関わるとき、その意志を最も現すのが「肉声」である。全ての声は個性そのものであり、女声は無限の魅力を備えたサウンドの源である。disk 1は生の声自体の、2では電子的変調や多重録音した作品群。特に1のトラック2が面白い。ライヴの1時間前から完全に目隠しをし、ステージでもそれをとらず、手元に用意された複数の未知の物体を触れたときの感情を声にするという作品である。それを知らずに聴くと単なる叫びにしか思えないのだが。蛇足:ミラノの公演時の写真で彼女の後ろに見えるのは、超絶的ヴォーカリスト、故デメトリオ・ストラトスだ!合掌。

18~Misha Mengelberg&Han Bennink;Einepartietischtennis(FMP/SAJ,ICP/1974)

長年に渡り、デュオを組んで来た二人だが、割に録音は少ない。彼等は音楽大学で毎週、学生達の前で演奏しては討論するという時期があったという。同じ顔合わせで何度も、楽曲ではなく、自由な即興演奏するというのは一見楽に思えるが、実に大変な努力を要する。アイデアが尽きてしまうか、マンネリに陥るのである。ここでは両者の共通の経験的なスウィングジャズのパターンに導入され、次第に要素が分解し、各々のソロが展開する。対話的即興を格闘技ではなく、まさにテーブルテニス=卓球のラリーに例えるのは古典的ではあれ、理解しやすく、また楽しい。前陣速攻型のハン、受けつつ意外な裏技をくり出すミシャ。ジャケットの写真では卓球の最中でもタバコをくわえている。

17~ICP 10-tet;Tetterettet ICP 020(ICP/1977)

A.V.シュリッペンバハが主宰するグローブユニティがFMPの関係者を主にしているように、同じくピアニスト、ミシャ・メンゲルベルクを中心とするICP関係者で結成したのがこのバンドである。グローブユニティよりも懐かしいジャズ、ワルツ、タンゴなどのモチーフを感じさせ、ライヴを見ても「メンゲルベルク座長のICP一座」という雰囲気。P・ブロッツマン、H・ベニンク、J・チカイ、T・ホンジンガー、A・シルヴァといった大御所の他、ミシェル・ヴァイスヴィッツ(syn)らも参加。その電子音がユーモラスかつ異化的だ。メンゲルベルクの曲が主ということもあり、いつもぶつぶつとモンクを言うような彼のピアノはいつになくのっている。来日時のライヴアルバムもリリースされているが、メンバーはかなり変わり、近藤等則(tp)、ケシャバン・マスラクらが加わった。

16~Jacques Berrocal;Paralelles(D'Avantage/1976)

72~79年のソロからオクテットまで多様なセッションを編集した作品集。フランスのフリーシーンに鬼才は多いが、このジャック・ベローカルも本性が掴めない一人である。主に金管楽器を奏するのだが、演奏力を誇示するよりは曲毎のアイデアに応じて様々な楽器(このアルバムではテープ、打楽器、自転車まで)のサウンドを構成してみせる。しかしどの曲も決してヴァイタルではなく、メランコリックかつニヒルな雰囲気を湛えている。いわば意識的にフリージャズへの接近を排除しているのだ。これらの演奏を聴いた人は、そこにメッセージやシニフェなど見い出す事はないだろう。また、多重録音による短いソロ作品は、85年、Natoレーベルから発表されたアルバム”Hotel Hotel”の曲調の萌芽があり、ロマンティックかつエキゾティックな絵画的イメージを見せている。

 

*ジャケット写真は再発CD.

15~Spontaneous Music Ensemble~John Stevens,Nigel Coombes,Roger Smith,Colin Wood;Biosystems(INCUS/1977)

故ジョン・スティーヴンスは全く多才な人物だった。アマルガムでは当初フリージャズだったのが次第にロック的になり、Free Bopでは大編成を指揮し、自らのカルテットではハードバップとも思えるようなノリの演奏を見せ、またワークショップを率いて若手や素人に集団即興の指導を行った。ドラムセットを拡大するのではなく、より繊細な指向のサウンドを出すよう縮小し、またコルネットも吹いた。彼のライフワークとも言うべきSMEではジャズとは異なる即興演奏を指向した。このアルバムでは、それまでのメンバーを一新しスティーヴンス以外の三人は英国即興界では第二世代である。ある意味、より室内楽的な傾向を強めた傑作である。

 

*ジャケット写真は再発CD.

14~Evan Parker&Paul Lytton;At The Unity Theatre(INCUS/1975)

このデュオには多くの録音があるが、駄作がない。管楽器と打楽器というデュオはいかにもフリジャズ以降のフォーマットだが、彼等の場合、各種民族楽器、自作楽器、電子音、録音、声などを多用し、筆者がリットンに聞いた話では「最大時は自分の機材だけで重さ100キロ以上になった。」という。演奏スタイルそのものは決して多様ではなく、むしろ瞑想的と言えるほど集中力がある。E・パーカーにとって最高の共演者の一人は間違いなくこのリットンだろう。そしてここにバリー・ガイのベースが加わり、フリーミュージック史上、最高のトリオの一つが出現したのだった。

 

*ジャケット写真は、psi recordsの再発CD。

13~Peter Kowald,Wadada Leo Smith&Gunter Sommer;Touch The Earth(FMP/1979)

FMPを築いた偉人コヴァルト。彼ほど多くのジャンルの共演者を得たベーシストはいない。アメリカの黒人、ワダダ・レオ・スミスは、A・デイヴィス(p)、W・ブラウン(b、fl)と共に「ニュー・ダルタ・アークリ」を結成し、全く新しいセンスによるトランペットと多楽器主義を示した。D・ベイリーの「カンパニー」へ招待され、日本へは詩人白石かず子に招かれ、その後エレクトリック・マイルス路線へと進んだ。ドラマー、ギュンター・ゾマーは共演者に反応して全体をまとめあげる欧州即興演奏の典型だ。それは個人主義と民主主義の共存。これは闘争の音楽「フリー・ジャズ」とは違い、個の平等性と主張の尊重が保証された地盤が必要だ。欧州でも人種問題はあった。それ故「理想のシステム」は「フリーミュージックという理念」を求めたのだ。冒頭の疾走感は次第に内省的な三つの「声」となり、一転、激しい叫びが支配する。そして再び「三つの声」はそれぞれの裡へと帰っていく。即興はいかにして終わるべきか。作曲との差異のありかだろう。即興に終わりはない。即興は旅であり故郷はない。それ自体が目的だ。

 

*ジャケット写真は81年録音の「Break The Shells」とのカップリングされたFMPの再発CD。

12~Cornelius Cardew;The Greate Learning(Deutsche Grammophon/1971)

AMMの初期メンバーであり、スクラッチオーケストラの主宰者、英国の前衛音楽家として忘れる事のできない業績を残した作曲家。集団即興演奏のための膨大な作品「大学」(中国古典を基にした)の一部をスクラッチオーケストラが演奏している。オーケストラとはいえ、音楽家ではない人々が多数参加して、声や小さな打楽器などにより、サウンドのマッスを作り上げている。単に自発的な集団即興では技術に溺れるか、狂躁状態に終わってしまう事態を、美しいグラフィックスコア(図形楽譜)により明確な方向性を与え、かつ構築的にしている。カーデュー関連作品は近年リリースが多く、忘れられていないのが嬉しい。

11~Karlheinz Stockhausen;Aus den sieben Tagen(Harmonia Mundi/1969)

作曲家シュトックハウゼンの「直感音楽」のシリーズ。即興は直感に依存する。しかし、直感音楽は、短い詩のようなテクストを意識し続けることが重要である。こうしたテクスト指示形式の作曲は60年代には多くの作曲家が試みた。それは多くが集団即興のためのものだった。その結果は多くの場合、どれも似たような結果を産んだ。そこで「名演」として残ったのは、作曲家の意図とは離れ、優れた演奏家達による録音となってしまった。M・ポルタル、J・P・ドゥルエ、H・ボージェ、J・F・ジェニークラークなどジャズ界でも活躍した演奏家が静謐なプレイを聴かせている。仏音楽界の重鎮、P・ブーレーズがプロデュース。

10~Alexander Von Schlippenbach&Sven-Ake Johnsson;Live 1976/77(FMP/1976&77)

FMPの創設者の一人、欧州を代表するピアニスト、シュリッペンバッハと、スウェーデン出身のフリージャズ・ドラマー、ヨハンソンのデュオ。グローブ・ユニティという大部隊での作戦行動に比して、デュオは気のあった友人同士の遠乗りとでもいった風な気軽さがある。ヨハンソンはアコーディオンもやるが、それはいきなり中断し、プリペアされたピアノとドラムの交錯へと進む。そしてヨハンソンは「虹の彼方へ」を美声での無いのだが披露する。これを演劇に例えれば、ブレヒト的異化効果にさえ匹敵する。そうした意味ではこのデュオはフリージャズの解体へと向かっていた。シュリッペンバッハは、その師であるアロイス・コンタルスキーと、ジャズの哲人モンクを止揚せんとしていた。

9~Sven-Ake Johnsson;Schlingerland/dynamische Schwingungen(FMP/SAJ/1972)

67年、ブロッツマン・トリオの「フォー・アドルフェ・ザックス」、翌年、名作「マシンガン」のブロッツマン・オクテットに参加したヨハンソンは、72年、このドラム・ソロ・アルバムを自主制作。後にFMPのミュージシャン自主制作シリーズSAJの最初の一枚として再発され、04年、カナダのレーベルからCD化された。ここでのソロは、それまでのドラミングの印象を完全に裏切る。切れ目ないキックドラム。タムもスネアもシンバルも同期しているような連打。ある種の痙攣的衝動。ドラムを始めて3ヶ月とでもいったような技術の不在。彼は決して多種多様な打楽器を使わない。彼の変貌は、言わばジャズ、フリージャズという集団音楽から、フリー・ミュージック、つまり個人的なイディオムの音楽への移行を示すのではないか。残るのは原始的とも言えるパルスのみ。それが「シュリンガーラント」だった。

8~グループ・音楽/group ONGAKU;music of group ONGAKU(HEAR sound art library/1961)

1960年結成の学生達の即興集団(塩見允枝子、刀根康尚、小杉武久、水野修孝ら)。演奏を同時録音し、再生時に歪ませるとか、シュトックハウゼン「イーレム」のようにステージから演奏者が分散していくなど、相当に実験的。ただし、そういう説明がないと録音自体の悪さもあって把握できない。同時期、草月ホールでのイベントや海外の新しい音楽の紹介が盛んになりはじめた。当時の日本の芸術家達は海外の情報に飢えており、わずかに入って来るそれを貪欲に吸収した。例えば美術なら「具体」や「九州派」のように、60年代の日本の芸術のユニークさは、むしろ世界的な潮流とのギャップによって生まれた。韓国に孤立していた姜泰煥(カン・テファン)がフリージャズを意識しつつ異なる次元の音楽を産んだ事実に似ていないか。

7~Henry Kaiser&John Oswald;Improvised(Music Gallery Editions/INCUS(再発)/1978,1996(再発))

米西海岸の即興演奏の中心、メタランゲージ・レコードを、ピアニストのグレッグ・グッドマンと共に設立したカイザーは、そのデヴュー当時から非常に注目された。いわばロック世代の即興演奏が頭角を顕して来た感があった。彼の変前自在なエレキギターサウンドに対して、ひたすらアルトサックスでフレーズにならないサウンドを斬り付けるオズワルド。その彼が後にサンプリングを多用した音楽「プランダーフォニック」を生み出すというのも面白い。78年のデュオから18年経て二人は再び同じ状況で演奏した。それはインカスからCDでリリースされ、1トラックだけ最初のデュオが収録されている。その差異は? ご自分で検分してはどうだろうか。

 

*掲載のジャケットはINCUSの再発盤。

6~David Rosenboom;On Being Invisible(Music Gallery Editions/1977)

最近、CD化され評判になっているアルバム。解説を要約するだけでもかなりの行を割いてしまうが、つまりは増幅された脳波の入力によってシンセサイザーやサイン波発振機を持続的に鳴らし続けるということが眼目である。出て来る音響がそのまま脳波と直結している訳ではない。ここに聴く音響の印象は決して構成的でもないし、即興演奏として興味深い訳でもない。1面ではアクセントを欠いたサボトニック風だし、2面は眠りかけのサンラのシンセソロのようだ。こう書くと貶しているようだが、音楽家としてのローゼンブームはピアノ即興のアルバムも凄いし、ブラクストンとの共演は名演である。バイオフィードバックの理論家としても名高い論文を残している。

5~David Tudor;Microphone(Cramps/1973)

ケージの沈黙の曲、「4分33秒」を「初演」したことで有名なピアニスト、テュードアのソロ電子音作品。彼はケージの不確定性作品の演奏から進んで、サウンドが自発的に生成するような回路の設計、そして実際の製作によりライヴ・エレクトロニクス(電子音による生演奏)を開発した。その初期の演奏は既に70年大阪万博でも聴衆の発する声や環境を取り込んで発表されていた。スタジオで構成する電子音楽よりも抽象的かつ即興的。その後の展開では神経組織の自己学習メカニズムを模した、非常に複雑な回路の作品を出すに至ったが、そこで彼の道程は惜しくも終わった。

4~Lou Reed;Metal Machine Music(RCA/1975)

言わずと知れた元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのヴォーカリスト、ギタリスト。その彼が75年に製作した、全面めくるめくカオス的電子音の渦で埋め尽くされた二枚組アルバム。これを即興演奏として紹介するのは何かひっかかるが、楽器を使用していないということで、ある種のライヴエレクトロニクス即興とみなしてもよかろう。また同時期、ケネス・アンガーの映画で、ミック・ジャガーが電子音だけのサウンドトラックを作ったことがある。ロック・ミュージシャンがサイケデリックなサウンド素材として、民俗音楽や電子音を再発見したときの産物でもあり、後のノイズ派やアンビエント、エレクトロニカの源流であろう。

3~Demetrio Stratos;Cantare La Voce(Cramps/1978)

アレアのリーダー、ヴォーカリスト、作曲家として有名。その声の可能性を最大限に展開したのがこのアルバム。幾つかの特殊唱法(ホーミーなど)を自らのものとし、それらを組み合わせて多様な「曲」を構成した。声の即興に興味ある方には是非聴いてもらいたい。アレキサンドリアに生まれ、建築を学んだ後にテクニック、パワー、センスを持つロックバンド「アレア」を結成。左翼シンパとして、また現代音楽における歌手としても活躍したが、惜しくも79年に脳腫瘍のため他界。逞しい彼のヴォイスは一度聴けば忘れられない。しかしもうディスク以外では聴くことができないのだ。他に二枚のソロがある。

2~Area;Event 76(Cramps/1976)

イタリアの、というよりあまたのロックバンドと一線を画す存在。どのアルバムのどの曲を聴いても、類い希なセンスと、驚異的技巧と、熱気を感じる。その中で異色なアルバムがこれで、全面即興演奏である。それも偶然性に基づいた方法論で、52枚のカードを各演奏者が6枚ひいて、そのイメージに基づいて90秒ごとに演奏を変化させる。アレアの中心メンバー、デメトリオ、P・ファリセッリ、P・トファニの三人(全員ソロを出している)の他に、S・レイシーとP・リットンが参加している。この即興巧者二人の参加は大きかったようだ。アレアはリーダー、デメトリオの急死によってその栄光の歴史は閉じたが、その追悼盤として79年にリリースされた。

1~Han Bennink;Solo ICP-011(ICP/1971~2)

即興第一世代の代表であり、フリージャズドラムから脱却した最初の一人、ハン・ベニンク。現在も活発な活動で人気も実力も衰えることがない。72年に録音された彼の最初の全面ソロ。単に打楽器だけでなく、管楽器も含め多様な楽器を全て「ハン流」に歌わせている。なかでも既成の録音を自分の演奏に取り込んだ例として、ブラジルのジャングルに鳴く鳥達の録音をバックにドラミングするトラックが面白い。この当時のハンは様々な民族楽器を組み合わせた騒々しいほどのオリジナルセットを用いていたが、80年代には全くシンプルなドラムセットを使うようになった。現在はまた色々使っているが、チベットの仏教音楽で使うシンバルをハイハットにすることはずっと変わらず、彼のサウンドの代名詞だ。ICPからは彼のソロ・ビデオも出ており、あらゆる物体を楽器と化す様はまた必見の価値がある。

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